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学生たちの休日11

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学生たちの休日11

リアクション

 

    ★    ★    ★

「こ、この雰囲気は……」
 ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)に連れてこられた場所の独特の雰囲気に、思わず榊 朝斗(さかき・あさと)が数歩後退った。なにか、邪悪な妄念のような物をひしひしと感じる。
「ふふふふ……。逃がしませんですよ」
 がしっと榊朝斗を羽交い締めにすると、ルシェン・グライシスがズルズルと建物の中へと引きずり込んでいった。榊朝斗の頭の上に乗っていたちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が、落ちたら大変と必死に榊朝斗の頭にしがみつく。
「ちょ、おま、待て……」
「暴れると、他のお客様に御迷惑です。それとも、朝斗は、そんなことも分からない非常識者ですか?」
「にゃー」
 違うもん、そうだよねーっと言いたげに、榊朝斗の頭の上でちびあさにゃんが鳴いた。
「しまった、出遅れました。手遅れにならないうちに、なんとかしないと……」
 またルシェン・グライシスが悪巧みをしていると感じとって、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)は密かに後をつけてきていた。
 だが、怪しげな会場に近づくにつれて、その場所の発する障気にあてられて目眩を感じてしまった。その一瞬の隙に、榊朝斗たちを見失ってしまったのだ。
「私がなんとかしなくちゃ……」
 人垣のむこうにチラリと見えたちびあさにゃんを目印に、アイビス・エメラルドは人混みをかき分けながら進んで行った。

    ★    ★    ★

「ああ、この雰囲気。久々に堪能しますわあ」
 思いっきり深呼吸しながら、が同人誌即売会の空気を楽しんだ
「今回は新刊もバッチリですし。むふふふふ……。あはははは……。はあはあはあ。いけない、販売開始前に、むこうの世界に行ってしまいそうになりましたわ」
 思わず零れそうになったよだれをじゅるりと啜りながら、同人誌静かな秘め事がはあはあした。
 今回の新刊は、そのものずばりBLパラダイスである。
 天御柱学院の生徒同士でのXXXカップリング。
 交わす視線!
 ぶつかり合う超能力!
 交錯する想い!
 そして、超能力を介して二人の意識が融け合い、一つになって互いを求めるように……。
「はあはあはあ……。傑作ですわ。さあ、早くならべないと……。運営チェックもそろそろ参りますし……」
 またもや別世界に行きそうになり、思わず同人誌静かな秘め事が、新刊の詰まった大きな段ボール箱をスリスリとした。思いっきり、邪念と妄想と偏愛と欲望を擦り込む。
「んっ? 何かしら、感触が少し違うような……」
 奇妙な違和感を感じて、同人誌静かな秘め事は急いで箱を開けてみた。
 ベリベリとガムテープを剥がして、段ボールの蓋を開ける。
 中に、裸の美少年がいた。
 バタンと、急いで蓋を閉める。
「えーっと、新刊が入っていたはずですわよねえ」
 再びちょろっとだけ開けて、中をのぞいてみる。
 美少年が、アクビをしながらのびをした。
 バタンと、蓋を閉める。
「こ、これは棚ぼた?」
 瞬間きょとんとした同人誌静かな秘め事だったが、一瞬後にその顔がだらしなく崩れた。
「むっはー! び、美少年! 同人誌の登場人物の面影を残す美少年! ああ、いけませんわ、いけませんわ。生まれたばかりの姿を晒すなんて、なんて御褒美……けしからんことですわ。なんて素敵にけしからん……。ああ、でも、これでは、警備さんに怒られてしまいますわ。発禁ですわ。ああ、発禁本……、なんて甘美な響き……。ああ、酔っている場合ではありませんわ。これは、なんとしても、責任もっとお持ち帰りしませんと……」
 握った両手を合わせて巨乳をプルプルさせて不思議な踊りを踊りながら、同人誌静かな秘め事が悶えた。
「ん〜っ。あれ、ここはどこ? ボク……。あれえ、本じゃなくなってる」
 目覚めた同人誌 ビーエルパラダイス(どうじんし・びーえるぱらだいす)が、段ボールの蓋を開けて裸の上半身を顕わにした。
「うおおおお……」
 同人誌静かな秘め事が、人とは思えない声をあげる。
「えっ、ボク、裸!? そこのお姉さん、そんなにじろじろ見ないでよー」
「お姉さん! いいのよ、お母さんと呼んでも!」
 著者、つまり、お母さんである。
「と、とにかく、このまま愛でて……いやいやいやいや、何か着せないと、あこがれの発禁本に……」
 同人誌静かな秘め事が困っていると、そこへルシェン・グライシスが榊朝斗を引きずりながら現れた。
「やほー、新刊買いに来た……。お盛んのようで、また後にするわ……」
 裸の美少年を見て、ルシェン・グライシスが回れ右をしようとした。
「そうだ、早く帰ろう」
 ルシェン・グライシスの腕の中で、榊朝斗が呻く。ここには、これ以上一秒もいてはいけない気がひしひしとする。
「いや、これは違う。覚醒したのよ」
「なによ、あなたは、最初から覚醒しっぱなしじゃない。それとも、その美少年を分けてくれるの……。あれ、なんだか、朝斗に似ているわね?」
 なんでという顔で、ルシェン・グライシスが訊ねた。
 元々同人誌ビーエルパラダイスの主人公の一人は榊朝斗である。人型になった同人誌ビーエルパラダイスが榊朝斗に似てしまったとしても、不思議ではないだろう。
 とにかく、同人誌静かな秘め事が必死に、同人誌ビーエルパラダイスが魔道書化したことを説明する。
「とにかく、早く何か着せないと……」
「それなら、朝斗の服が多分ぴったりだわ」
 ニヤリと悪巧みの笑みを浮かべながらルシェン・グライシスが言った。
「待て、代わりに僕に裸になれってか!?」
「いいえ、ちゃんと衣装は用意してあるわよ」
 ふふふと、ほくそ笑みながらルシェン・グライシスが榊朝斗に言った。
「だが断る!」
却下よ
 榊朝斗の抵抗を、ルシェン・グライシスが一蹴した。そのまま、同人誌静かな秘め事とともに、榊朝斗をひんむいて着替えさせる。
「また、これか!」
 ネコミミ同人セットに衣装チェンジされた榊朝斗が、もはや人生を諦めたかのように深い溜め息をついた。
 代わりに、同人誌ビーエルパラダイスが榊朝斗の服を着る。
「さあ、売り子としてお手伝いするのよ」
 パチパチと、ならんだ榊朝斗と同人誌ビーエルパラダイスのツーショットを激写しながら、ルシェン・グライシスが言った。
「どうでもいいが、なんで、俺そっくりなんだ?」
 同人誌ビーエルパラダイスを見て、榊朝斗が同人誌静かな秘め事に訊ねた。
「世の中には、知らない方がいいこともあるわ」
 追求してはいけないと、同人誌静かな秘め事がポンポンと榊朝斗の肩を叩いた。
 結局、なし崩し的に、榊朝斗が新刊の売り子をさせられる。さすがにここで暴れては、他の人たちに迷惑なので、観念したというところだ。
「じゃあ、私たちはちょっと他のところの新刊ゲットしてくるから」
 そう言うと、同人誌静かな秘め事はルシェン・グライシスと共に、同人誌ビーエルパラダイスを連れていってしまった。知り合いに、同人誌ビーエルパラダイスを見せびらかしに言ったのかもしれない。
「や、やっと見つけた……」
 人混みの中から、少しやつれた感じのアイビス・エメラルドが現れた。
「こんな所で何をしているのよ」
「売り子らしい」
 もう完全に諦めた榊朝斗が答える。背後では、ちびあさにゃんが新刊の補充をしようと、段ボール箱と格闘している。
「いったい何を売って――」
 ――るのかしらと、アイビス・エメラルドがBLパラダイスをめくってみた。思わず、紙面と榊朝斗の顔を何度も往復して見比べる。
「どうした、僕の顔に何かついてい……」
あはははは……。私に隠れて、こんなことやこんなことやこんなことを……
「ちょ、アイビス、どうした……。しまえ、アイアンクローなんかしまえって!」
 おもむろに武器を取り出すアイビス・エメラルドを見て、榊朝斗は叫んだ。