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学生たちの休日11

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学生たちの休日11

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    ★    ★    ★

「土佐艦長、湊川亮一だ。今回新たに配属された諸君の乗艦を歓迎する。今回は海京周辺を一周する比較的短いコースでの洋上訓練だが、これまでの訓練で学んだことを活かして各自の職務を全うしてほしい。以上だ」
 土佐の艦内放送で、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)が新たに採用した航海科分隊の新規採用乗組員に対して呼びかけた。
「まあ、新人に対する挨拶としては、こんなところかな」
「聞こえちゃいますよ」
 オペレータ席に声をかけた湊川亮一だが、そこにいた高嶋 梓(たかしま・あずさ)に目でCIC内にいるベテラン航海士通信科分隊を示されて、おっとという顔になった。
 激しい戦闘にも充分に対応できるように、土佐では大幅に乗組員の増強を行ったのだ。他にも、整備分隊甲板科分隊も強化されている。
 ただし、強化と言っても、まだ頭数を揃えたという段階なので、早く土佐に慣れてもらうために今回訓練航海に出ることにしたわけだ。
 訓練とは言え、なるべく実戦に近づけようと言うことで、ブリッジ要員は通常艦橋ではなく、戦闘用司令室であるCICから行っている。
「それでは出港する。ロック外せ。微速前進」
 湊川亮一が命令すると、航海科分隊が桟橋からの戦隊ロックを解除した。
 ベテラン航海士が湊川亮一の命令を復唱し、ゆっくりと土佐を前進させる。
「進路確認を」
 高嶋梓の指示で、通信科分隊がレーダーを初めとする各センサーで、進路の安全を確認した。
「土佐、海京ベイエリアを出ます」

    ★    ★    ★

「ああっ、もう、うるさいわね。せっかくの魚がみんな逃げてしまうじゃない!」
 人工の浜辺に連なる桟橋から釣り糸を垂れていたお嬢様が、出港していく土佐の方をキッと睨みつけた。警笛の音がうるさい。
「大丈夫ですよ、お嬢様。このへんの魚は、ああいうのには慣れっこですから」
 多分という言葉を小さくつけ加えながら、パラソルをお嬢様にかざした執事君が言った。
 流れ流れて、お嬢様一港は海京くんだりまでやってきている。
 元々はヴァイシャリーの名家の一つではあったのだが、錦鯉ブームのときにファンドの口車に乗せられて養殖業者に投資したのが運の尽きだった。海賊によって生け簀が襲撃され、大損をこき、挽回のために投資した空京放送局が乗っ取りにあったりなど、お金をつぎ込んだ所が次々に潰れていって、あっけなく家も傾いてしまった。
 おかげで夜逃げを余儀なくされて、一家は散り散りである。お嬢様も、今はさすらいの身である。本名を口にしなくなって、もうずいぶんとなる。もっとも、早くから自立すると言って家を出奔してしまった下の妹や、百合園女学院を放校された末の妹などは最初からいないも同然であったが。いろいろと噂は伝え聞くが、幸か不幸かニアミスはあっても、ばったりと顔を合わせるということはまだなかった。
「なんだか偉そう。自信があるんなら、今度はあなたが釣りなさいよ」
 早くも今晩のおかずの調達に飽きたのか、お嬢様が釣り竿を執事君に押しつけた。やれやれとパラソルをメイドちゃんに渡すと、執事君が交代で魚を釣り始めた。
 入れ食いである。
 今晩のおかずは確保できたが、なんでそうなるとお嬢様はお冠である。頬をふくらませつつぷいと横をむくと、何やら地元の青年たちと目が合った。
「そこの彼女、一人? ああ、可愛いメイドさんも一緒かあ。どう、一緒にお茶でもしない?」
 ナンパである。
「ふん」
 落ちぶれたとはいえ、さすがに軟派にほいほいついていくほど気ぐらいはなくしてはいない。お嬢様は、あっさりと横をむいて無視を決め込んだ。
「ねーねー、そんなに邪険にしなくてもいいじゃない。そこのメイドさんからも、俺らと遊んでくれるように言ってやってよ」
 メイドちゃんの方に近づいて、青年たちが言った。
「……にたいですか?」
「えっ?」
 メイドちゃんの言葉がよく聞こえなくて、青年が顔を寄せて聞き返した。
「死にたいですか……」
 メイドちゃんが、低い平坦な声で繰り返す。チャリンと、パラソルの柄を引いて、仕込み刀の刀身をのぞかせて見せた。
「い、忙しいみたいだね。じゃ、また今度、暇なときに誘うよ」
 こいつらヤバいと察した青年たちが、そそくさとその場を去って行った。

    ★    ★    ★

 船の出港する警笛音を聞いて、海京の人口ビーチに寝転んでいた水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が、ちょっと驚いたように顔をあげた。
「船の出港みたいですね。でも、ちょっとうるさいかも」
 パラソルの下に広げたビーチチェアーの上で、水原ゆかりが軽く片足を立ててつぶやいた。
「港が近いから、しょうがないよ」
 こちらは背もたれを立てて座り、二人の間のテーブルにおかれたジュースを手に取りながら、マリエッタ・シュヴァールが言う。
 ストローでトロピカルジュースを一口飲みながら、何気なく横の水原ゆかりの方を見る。
 のんびりと何も考えてはいないように見えるが、気を抜いていると言うよりも、どこか心ここにあらずという感じがする。
 事実、骨休めに来ているはずなのに、水原ゆかりの頭の中では、いろいろな考えがグルグルと巡っていた。教導団に身をおく者としては、それも致し方ないのかもしれない。いつ突然、大規模な作戦のための招集があってもおかしくはないのだ。そして、いつも無事に帰ってこれるという保証はない。つい先日も、鏖殺寺院の残党相当任務に駆り出されたばかりである。
 逆に、それだからこそ、こういう休日は何も考えないでのんびりすればいいのだが、どうしてもそうならないのは職業病というところだろうか。もう少し、頭を空っぽにして、はめを外した方がいいのかもしれない。なにしろ、ここはビーチだ。泳げもすれば、いろいろとその場限りの出会いもあるかもしれない。
「マリー、少し泳ぎましょうか」
 麦藁帽子を手に取ると、水原ゆかりが立ちあがった。せっかく流行のワンダフルビキニを着てきたのだ。少しは泳ぐとか、男共の目を楽しませてあげてもいいだろう。水原ゆかりは、さっとパレオの皺を直すと、ビーチサンダルを履いて砂浜を歩き出した。
「あっ、カーリー、ちょっと待ってよ」
 飲んで位置ジュースをテーブルに戻すと、マリエッタ・シュヴァールがあわてて水原ゆかりの後を追いかける。上品なピンクのビキニの水原ゆかりと比べて、こちらは可愛らしいワンピース水着だ。下がスカート状になっており、右胸と左の腰に、青い花飾りがついている。
 二人して砂浜を歩いていると、むこうからやってきた青年たちが声をかけてきた。よく見ると、それなりにイケメンである。
「一緒に泳がないかい?」
「いいわね」
 まっ、それもいいかという感じで、水原ゆかりがあっさりと承諾する。そのまま二人は海に入って泳ぎだしてしまった。
「あらあら、これじゃ今夜は朝帰りかな。まあ、きっと今日だけのおつきあいだろうけど」
 それで気晴らしになるのならいいでしょうと、マリエッタ・シュヴァールが水原ゆかりを見送る。ここでくっついていくのも野暮というものだ。
「おいてかれちゃった?」
 青年の連れが、砂浜に残ったマリエッタ・シュヴァールに声をかけてきた。自然と、二組に分かれるように仕向けたらしい。遊び慣れている男たちだ。遊びだから、慣れてもいるのだろう。
「行かせたのよ」
 マリエッタ・シュヴァールが青年に言った。
 こちらもこちらで、夏は一時の恋を楽しむことになりそうであった。