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無人島物語

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無人島物語

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「もう、ルシアちゃんってば。ちょっと目を離すとすぐこれなんだから。もう、変なお兄さんを拾ったりしたらだめだよ」
 あの後すぐ、辻永 理知(つじなが・りち)はルシアの手を引いて密林探検にやってきていた。海はなんだか危険な感じがしたからだ。
 密林とは言うものの、邪悪でダークな雰囲気はない。普通の山奥にありそうな深い森林だった。木々が生い茂り、鳥や虫の鳴き声がする。小動物が理知たちの気配を感じて恐る恐る見つめていた。
「あ、可愛いリス! ……おいで」
 ルシアが手を伸ばすと、小動物は、シャー! 唸った。
「外見似ているけど、それ多分別の生き物じゃないかな。気をつけないと噛まれるよ」
 油断も隙もない、と理知は気を引き締めた。よく見たら変な生き物も蠢いている。この島でしか生息していないモンスターもいそうだった。
「見るからに怪しそうな植物は食べちゃだめよ」
 ルシアが紫色のキノコを珍しそうに見つめているので釘を刺しておく。
 理知とルシアは、しばらく散策を楽しんだ。密林の植物を取ったり二人で絶壁からの海を眺めたりしてみる。
「おいしそうな木の実とれたよ、ルシアちゃん」
 理知はルシアと実を半分にして一緒に食べた。
「……ねえ、心配?」
 ふと、理知の表情を伺っていたルシアが、唐突に聞いてきた。
「お家では、旦那さまが待ってるんでしょ?」
 ルシアは、天然なのに時折鋭い感性を見せるときがある。理知の表情に一瞬翳りが走ったのを見逃さなかった。
「心配しても変わらないわ。それより、ルシアちゃんとの時間を大切にしたいから」
 理知は微笑んだ。時間はたっぷりあるのだ。ゆっくり遊ぼう……。
 だが。
 不意に、がさがさと草がなって、二人の前に人影が現れた。
「誰っ!」
 ルシアをかばいながら前に出る理知。
「……なんだ、誰かと思ったらお前らか」
 出てきたのは神条 和麻(しんじょう・かずま)だった。彼もまた、海難事故でこの島に遭難してきたのだ。災厄少女を見かけたからまさかとは思ったが……、まぁ予想通りの結果かとなんとなく納得して、この島で生活を始めていたのだ。
「ルシア、ルシアじゃないか。久しぶりだな。こんなところで会えるなんて、なんて奇遇なんだ」
 和麻は嬉しそうに近づいてきた。
「あ、和麻こんにちわ〜。私も、お船に乗ってその後泳いでここに来たのよ」
 ルシアは笑顔で返す。
「ああ、その辺りのくだりは俺も体験してきたばかりだ」
「香菜も向こうにいるわよ。キロスが心配なのか海ばっかり見てるわ」
 ルシアはくすっと笑ってから、聞く。
「ここで何してるの?」
「家を作ってたんだ。しばらくいなければならなくなるかもしれないからな」
 和麻は答えた。さりげなくルシアの手を両手を取り誘う。
「そうだ、俺の家に来ないか? みんなで一緒にこの島に住もう」
「ルシアちゃんにへんな誘いをかけないでね。あと、手を離して」
 理知が冷たく言った。本当に、ルシアは誰にでも簡単いついていきそうだった。
「手厳しいお目付け役がいるんだな」
「ルシアちゃんは、私が守ってあげたいからね。……って、いつまで手を握ってるの?」
「私は全然構わないけど」
 理知が何故怒っているのかわからない顔で、ルシアは言った。理知はちょっと苦笑する。
「あのね、ルシアちゃん。男の人に馴れ馴れしくされたら用心しないと駄目だよ。私の主人みたいに出来た人って、そんなにいないんだから。たいていは、ルシアちゃんと何かいいことをしようと企んでるんだよ」
「そうなの?」
「俺はそんな男じゃない」
 ルシアの手を握ったまま和麻は力強く言った。
「ルシア、俺の目を見てくれ。俺がそんなにやましい男に見えるか?」
「……」
 ルシアは、和麻を見つめ返した。純粋な澄んだ瞳で、覗き込んでくる。
「くっ……」
 ややあって、和麻は先に目を逸らせた。本当にやましい気持ちなどなかったのだが、ルシアが長い間何も答えず、ただ彼の目を見つめているだけだったから、根負けした感じだった。
「やったー、勝ったわ!」
 ルシアは嬉しそうにVサインする。その笑顔だけで、和麻は見つめあいをした甲斐があったと思った。
「……目を逸らせたのに、まだ手を握ってるんだ、あなた」
 理知が呆れた口調で言う。和麻は首を小さく横に振りながらふっと笑った。
「さすがルシアだ。負けたよ。お詫びに俺に家に来ていいから」
「これ、そろそろキレていいよね、私」
 理知が睨むと、和麻は、冗談だよと手を離した。
「でも、和麻が作った家なら見てみたいな」
 ルシアが言うと、理知が目を丸くした。
「ルシアちゃんが乗り気だったらしょうがないわね」
「じゃあ、案内しよう。実は食料も蓄えてあるんだ。」
 和麻はルシアたちを少し離れた自作の家に連れて行くことにした。
 そして、家の前で立ち止まった。
「え?」
「わふっ!?」
 和麻は目を疑った。彼の家の前に蓄えてあった食料を漁っていた者がいたのだ。しかも、相手はどういうわけか、裸の女の子だった。
「わふーーーーっ!」
 その場で、食べ物を貪っていた裸のレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)は、和麻の姿を見ると、毛を逆立たせて獣のような唸り声で威嚇してきた。
 あの最初の頃、衣服を脱ぎ捨て密林の中へと入っていき、帰ってこなくなっていたレオーナだった。今パートナーが、いやいや彼女を探している頃だろう。
 和麻は無言で見つめていた。とっさに、どう反応していいかわからなかったのだ。
 レオーナを隠しているのは、胸元と股間の葉っぱだけ。密林に感化され、完全に野生化していたレオーナにそれ以上は必要ないのであった。すでに人としての特性すら放棄しているらしく、四つんばいで、食べ残しを口に銜えたまま、じりじりと下がっていこうとする。演技でないことは、様子から明らかだった。
「かわいーー」
 ルシアは、レオーナを見て、ペットの子猫を見る少女の目になった。おいでおいで、しながら屈みこんで近寄っていく。
「お、おい、ルシア……、うかつに近寄ると危ないぞ……」
「わふっ!?」
 レオーナは、和麻とルシア、理知を見比べて、逃げようかどうしようか躊躇った。人間は嫌いだ。野生動物と同じく恐れている。だが、可愛い女の子は大好きだ。それに和麻から奪った食べ物もおいしい。これを見つけるまでは、虫や草を食べていたのだが、あまりおいしくないのだ。食欲も捨てがたかった。
「わっふわふわふ〜、わふふっ」
「わふっ、わふわふ〜」
 ルシアが話しかけると、レオーナが答えた。会話が成立したらしい(?)。ゴロニャ〜んと甘える声でルシアにじゃれ付いてくる。
「犬なのか猫なのかはっきりしろよ。……って、その前に服着ろよ、貸してやるからさ」
 和麻が言うがレオーナは聞いていなかった。ルシアに喉をなでてもらって気持ちよさそうにしている。ゴロリと寝転がり愛撫を要求した。
「わ〜ふぅ、わふっ?」
「わっふわふふわふっ!」
 ルシアに身体を撫でられて“ヘブン状態”になったレオーナの頭の中で、何かが弾けた。それは天から与えられた本能と欲求。覚醒した野生をさらに上回る、大好きな女の子への深い愛情だ。
「いずれ世界征服し、可愛い子猫ちゃんとお姉さまだけの、神聖百合帝国を築くの」、誰かの声がレオーナの脳裏に蘇る。
「わふっ!!!」
 なんと、四つんばいになっていたレオーナが立ち上がった。だがそれは、野性を捨てて人間を取り戻したのではなかった。四つんばいでは、お持ち帰りするのに不便だったからだ。
「わふ〜〜〜〜〜〜〜ん!」
 レオーナはルシアを抱きかかえると、凄い勢いで走り去っていく。このために、女の子を愛することのために、神はレオーナに命を下さったのだ! ……まあ多分。
「あっ、ま、待てっ!?」
 レオーナに呆気に取られていた理知が、我に返った。完全にノーガードだったのはうかつだった。大切な親友のルシアを、守らないと!
「『サンダークラップ』!」
「わふーーっ!」
 レオーナは、なんと理知の放ったスキルを抵抗した。ルシアを手に入れたい欲求と密林で目覚めた野性の前に、小細工など通用しないのだった。
「わー、凄い凄い! 速いね〜!」
 ルシアは嫌がるどころか、遊びか何かと勘違いしているのか、レオーナに抱えられて喜んでいる。
「わふぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
 レオーナは雄たけびと共に、密林の奥深くへと駆け入って行く……。