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無人島物語

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第六章:美容にいい果実の話


 さて、島での生活の場面はひとまずおいておいて。
 場面を変えよう。
 この無人島には、浜辺や密林、断崖絶壁以外にも重要な冒険拠点がある。
 言うまでもなく、洞窟だ。
 ちょうど、絶壁の真下あたりに位置する入り江の奥。岩場に囲まれた隙間が、洞窟の入り口だった。
 灯台下暗し。ルシアたちは自分達の真下に洞窟があるのに、足元の岩場が死角になっており見つけることが出来ていなかったのだ。
 だが、そんなわかりづらい洞窟を探し当て入っていこうとする者たちがいた。
 無謀なる冒険者の一人である吉井 真理子(よしい・まりこ)と、そのペットのわんちゃん……もとい、パートナーにしてポータラカ人の吉井 ゲルバッキー(よしい・げるばっきー)だった。
「へぇ……、あの船沈没しちゃったんだ。乗らなくてよかったわ」
 洞窟を入ったすぐあたりにある岩に腰掛け、真理子はのん気にカレーを食べながら頷いた。
 彼女は遭難者ではなかった。大型のリュックに食料品や必需品をたんまり詰め込んで、自作のイカダで流れ着いてきたのだ。飯ごうで米を炊き、レトルトカレーまで持って来ている。
<言っておくけどね、真理子。君がさっきから飲みまくっている水は、僕が持ってきたものだよ。それがどれほど重かったか、考えてみたことはあるのか?>
 ゲルバッキーは、雪山救助犬のごとく首筋に大きな樽をつけられ、ここまで連れてこられたのだ。長時間イカダで旅してきた割には水は腐らず新鮮だが、それはずっと海水につけてあったからだ。陸に上がってからはゲルバッキーが運んだ。その感謝を少しでもしたらどうだ、といわんばかりの彼に、真理子はカップの水をゴクゴク飲みながら答える。
「伝説の『美容にいい果実』を見つけたら、あなたにもあげるって言ってるでしょ。普段働きもせずごろごろしているだけなんだから、少しは人の役に立ちなさい」
<いらない上に、眉唾すぎるだろう? だいたい、そんな情報どこで手に入れてきたんだよ?>
「何よ。もしかして私のことバカだと思ってる? これでも文献読み込むくらいの教養はあるのよ。お肌の美容のために、徹夜して食事抜いてまで探したの」
<バカなのか? 美容に悪すぎるだろ>
「ゲルバッキーさんこそなんですか〜? 一万年以上生きてきて、もしかして一冊も本読んだことない人なんですか〜? 果実のことは、伝承本に何度も出てきてるでしょ」
<腹立つなー。……僕はもう帰らせてもらうよ>
「犬かきで? どこぞの記者が喜ぶかもしれないわね。『わんちゃん、パラミタ内海を渡る』。雑誌に載ったら、私ニヤニヤ読むわ」
<今日という今日は我慢できない。真理子とはコンビ解消だ!>
「えっと、もう15回目だったっけ? 今度は何日で戻ってくるの? 寝床が恋しくなってさ」
 ぐぐ……と呻くゲルバッキー。真理子は、カレーを食べ終わると水をたんまり飲んで、視線を移す。
「で、どこまで聞いたんだっけ?」
「え、ええ。今言ったので全部よ。波に流されてこの有様ってわけ」
 真理子の問いに、桜月 舞香(さくらづき・まいか)が気づいたように顔を上げる。彼女もこの洞窟の近くに漂着していたのだが、一緒に岸に打ち上げられたイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)が、まだ目を覚ましていないのが気がかりなようだった。
 横たわったままのイングリッドを百合園のメイド技術で介抱している。
「……」
 何も言いはしなかったが、マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)もすぐ傍にいて、意識を取り戻さないイングリッドを心配そうに見つめていた。
「探検って、マジか吉井? お前、確かトラベラーで他のクラスやスキルもってないよな?」
 少し離れたところで様子を見ていた輝石 ライス(きせき・らいす)が不安げな口調で聞く。こいつ死にたいのか? とその目は語っていた。
 真理子は平然と答える。
「大丈夫よ。目潰しのスプレー持ってきてるし。『異文化コミュニケーション』で結構話し通じるモンスターいるのよ」
「素人同然かよ。勘弁してよ」
「種もみ剣士LV100の人と一緒に冒険したことあるけど、結構何とかなってたわよ」
「あの辺の特殊なと一緒に考えるなよ。……まあいいか。探検には明かりが必要だな。木や葉で火をおこす、よりか銃器やスキルを使おうか。それとも吉井持ってない?」
「ライターと懐中電灯あるけど?」
 真理子は、リュックの中から必要なものを取り出し始める。
「はいはい、荷物持ち決定。俺らが戦ってやるから、吉井は後ろで荷物見張ってろよな」
「そう邪険にしたものでもなかろう。その貧弱さで乗り出してきたということは、情報に相当自信があるのだろう」
 ライスのパートナーのミリシャ・スパロウズ(みりしゃ・すぱろうず)は、一瞬目を輝かせた。だが、すぐいつものクールな表情になって真理子を見た。
「美容にいい果実……。本当か?」
「間違いないわ。私、これでも必死なのよ」
 真理子はミリシャを真剣な眼差しで見つめ返した。
「あなたまだまだ若いわよね。……わたし、今年で27なの。人生の分岐点なのよ。このままババアになるか、いつまでも若いまま保っていられるか」
「わかった。そういうシャレにならない話はやめよう」
 ミリシャは身につまされそうになったが、真理子の真剣な表情に信じることにした。
「俺は行ってもいいぜ。どうせ暇だしな」
 ライスは言う。島の浜辺や密林で遊んでいる連中たちとは気が合いそうもなかった。美容に興味はないが、洞窟で遊んでみるのもいいだろう。
「ライスが行くと言うなら付き合おうか。一人では不安だろう」
 ちょっと咳払いをしながらミリシャは賛同する。
「伝説の美容にいい果実なら、私も興味あるわ。女の子はいつまでたっても綺麗でいたいのは自然なことよ」
 舞香が話しに加わってくる。
「探検行きましょう。そして、いつまでも可愛く綺麗でいましょう」
 舞香が微笑んだときだった。
「んん……」
 イングリッドがゆっくり目を開けた。何度か瞬きしてから半身を起こす。
「あれ、ここは……?」
「無人島よ。って、私たちがいるけど。イングリッドもここに流れ着いてきたのね。大丈夫だった?」
 舞香が聞くと、イングリッドは洞窟内を見回しながら言う。
「……おかげさまで大丈夫らしいですわ。あなたたちが助けてくださったのですね。ありがとうございます」
「いいのよ。それより聞いてイングリッド、伝説の美容にいい木の実があるらしいわよ」
 舞香は、これまでの話を伝えた。
「美容は……よくわかりませんけど、探検するなら大歓迎ですわ。戦えそうですものね」
 イングリッドに生気が蘇ってくる。
「……」
 マイトは、ずぶ濡れのイングリッドにコートでも羽織らせてやろうとした、がやめた。自分も同じ状態だ。英国紳士も刑事も、無人島では形無しで面目なさそうだ。
「カレー食べる? お腹が減っていたら、何も出来ないわよ」
 真理子が食べ物の用意を始める。イングリッドは笑って。
「結構ですわ。それよりも焚き火がありましたら、当たりたいのですが」
「遠慮せずにどうぞ。みんなもあたればいいわ」
 真理子はすでに火をつけていた。道具を持って来ているため、浜辺や密林で苦労しているメンバーと比べれば遥かに簡単だった。
「女子で着替えたい人いる? シャツと短パンでいいなら何着か持ってきてるけど?」
 真理子は女性としては標準的体型だ。見回したところ、規格外はいなさそうだった。誰でも着替えることが出来るだろう。
「では、お言葉に甘えましょう」
 イングリッドは、濡れた制服が気持ち悪そうだった。さっそく脱ぎ始める。
「……あっちへ行こうか」
 マイトがライスの肩を叩いた。気にはなるが、英国紳士は表に現さないのだ。
「カッコつけてんじゃねえよ」
 ライスは言うものの、ミリシャにも睨まれてしばらく退散することになった。
「おい、そこの犬のフリしてる君もだ。こんな時だけ完全に犬になりきってその場にいようとしてもそうは行かない」
<……ハッハッハッハッハッ>
「つぶらな目で舌出して尻尾振ってもだめ」
<チッ……>
 マイトによって、ゲルバッキーも連れて行かれる。
 しばらくして。
「ずいぶんと動きやすくなりましたわ。まあ体操服みたいなものですわね」
 薄地のTシャツと短パン姿のイングリッドが出来上がった。脳内で衣装修正しておいて欲しい。
「そろそろ出発するわよ」
 真理子が焚き火を消し荷物をまとめて立ち上がる。
「……」
 戻ってきたマイトは、着替え終わったイングリッドを見た。
 濡れたので全部脱いだのだろう。Tシャツと短パンの下は何もつけていのがわかったが、それだけのことだ。何も起こらないし起こさせない。
「わたくし、もうモンスターたちと戦う準備は出来ておりますわ。さっそく探検を始めましょう」
 やる気に満ち溢れたイングリットだが、ゲルバッキーは拗ねたように言った。
<僕は行きたくない。皆で冒険を楽しんできてくれ>
「あなたね。いい加減にしないと、首輪つけて引っ張っていくわよ」
 真理子は腰に手を当ててゲルバッキーをにらみつける。彼も、鋭い瞳で睨み返してきた。本気の表情に、真理子はちょっとたじろぐ。
<もし僕にそんな真似をしたら、今までのような冗談は通じなくなる。再び復讐の鬼となりパラミタに災いをもたらすであろう。……真理子、これでも僕は大人しくしている方なんだよ>
「さっきからこの調子なのよ」
 真理子は困った表情だったが、少し考えて溜息をつく。
「仕方ないわね。この犬はここに放っておいて、もう私たちだけで行きましょう」
<……>
 ゲルバッキーは、無言で真理子たちを見送った。
 自分が子供じみているのは知っていた。どうしてあんなに怒ったんだろう。先ほどの出来事を思い出して、ゲルバッキーは内心自省する。
<……くそっ>
 真理子たちは、もう見えなくなってしまっていた。