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無人島物語

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無人島物語

リアクション



一章:そうなんですかーーーー



「あ、見て見て、流れ星……」
 場面変わって、ここは名もなき無人島。
 波打ち際の草原に仰向けで寝転がりながら星を眺めていたシルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は、夜空に向かって指をさした。
『ダイパニック号』の沈没事故に巻き込まれたアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)と、パートナーのシルフィアは、二人この島に辿りついていた。
「……ふふっ」
 ようやく雲も去った夜空。水平線の彼方へと消えていく流れ星を見送りながら、シルフィアはすぐ隣で同じように寝転んで夜空を見ているアルクラントをちらりと意識した。
 酷い目に遭った。まさか遭難するなんて。
 だが、二人とも無事で同じ場所で同じ夜空を眺めている。これを神の意志と言わずして何と言おう。
「……流れ星に、何をお願いしたのですか」
 アルクラントは、星空を眺めながら微笑む。
「何もお願いしなかったわ。だって、そんな必要ないんだもの」
 シルフィアは、アルクラントの手の温もりを感じながら答えた。
 あの激しい嵐の中、どんなことがあっても二人は手を放すことはなかった。大勢とはぐれてしまったけど、二人ははぐれなかった。それだけで十分だ。
「アルは何をお願いしたの?」
 今度は、シルフィアがアルクラントの表情を覗き込む。
「こんな時間が続けばいいな、ってね」
「なによそれ? 遭難して喜んでるの?」
「そうじゃありません。こんな素敵な星空が、二人だけのもの。神秘的で幻想的な天然のプラネタリウムは心を静かに落ち着かせてくれます。でも同時に、心を騒がせもする。なぜなら、私の隣にはもっと美しい星が輝いているから。そんな心のざわめきが心地いい……」
「ああ、そういえば。夜も二人きりなんて久しぶりかもしれないわね」
 シルフィアは、敢えて淡白な口調で答えた。アルクラントのセリフが恥ずかしすぎて、危うく赤面するところだった。
 やはりどうしても意識してしまう。慌てる必要がないことくらいわかっているのに、確かに心がざわめくのだ。
「ロマンチックだ……」
 アルクラントは呟いた。満天の星空の下、二人で仰向けになって寝ころんで……。
「……」
「……」
 二人は、なんとなく黙り込んだ。
 アルクラントは、シルフィアをちら見した。彼もまた、十分に意識していたのだ。
(……っていうか、この状況であんまり気にしてなかったけど。シルフィアの服が張り付いててなんというかエロイというか)
(うぇー、服が張り付いて気持ち悪いわ……。下着も透けちゃってるし。まあ、見てるのもアル君だけだからいいんだけどさ……)
 シルフィアもゴクリとつばを飲み込んでいた。なんだろう、この雰囲気。やらかしそうで何も起きなそうな中途半端な空気が漂っている。
(っていうか、こういう状況でも手を出してこないって言うのも、なんというか……そういうとこだけへたれてるんだから。さすがに何あるかわからないこんなところで暴走されても困るけど)
(……どうなんだ、これは? こんな機会だし、誰も見ていないし、少しくらい羽目を外しても)
 二人は、しばし見つめ合っていた。お互いどちらからともなく自然と接近しようとして……。
 カタリ……!
「!」「!?」
 不意に、どこかで物音がした気がして、二人は同時に半身を起した。
 あたりを見回すも、やはり何もいない。気のせいのようだった。
「ふふ……」
「くすくす……」
 ややあって、二人は顔を見合せたまま小さく笑いだす。
 くすぐったいような、甘い夜。確かに、こんな時間が続けばいいと思った……。



(ああああ……。ごめんなさい、お二方。邪魔するつもりはなかったのですよ……)
 夜空を眺めていたのは、アルクラントとシルフィアだけではなかった。ついでに言うと、彼らより一足先にこの島に流れ着いていた少女がいたのだ。
 二人が寝転がっていた場所から少し離れた大きな樹木の上。茂みに覆い隠されて見えにくいが、確かに住居が作られていた。
 同じ夜空を、御神楽 舞花(みかぐら・まいか)もまた自作した住居の窓から眺めていたのだ。
 舞花が荒波を乗り越えてこの島に流れ着いたのが、船が沈没した次の日の昼過ぎのこと。メタな説明をすると、時系列的には、ガイドでのNPCたちの描写より前の時点だ。
 ここに着いた頃には、まだ嵐の余韻の中だった。しばし強風から身を潜め、猛威をふるっていた台風がそろそろ海域から去りかけていたのを見計らって、完全に暗くなる前に安心安全スペースを確保することにしたのだ。
 安全確保の観点から、居住地のロケーションは樹上を選んだ。
 道具なんてなくても全然平気である。『真空波』で樹木や蔦を切断し建材調達し『空飛ぶ魔法↑↑』で自身と材料を浮遊させて樹上で組立て。
 簡易ナイフは、石を『真空波』で切り出して磨けば出来上がり。大きな葉や木材を材料に家具や寝具を作成すると、そこそこ住めそうな家が出来たではないか。そして、彼女は今ここにいる。
 ようやく雲も去った空。舞花は残してきた家族たちに思いを馳せていた。
 陽太や環菜は、今頃どうしていることだろう。事故に巻き込まれた自分の行方を心配しているだろうか? いや、案外今頃オフィスで仕事をしているかもしれない。
(そう言えば、夜空をこんなにゆっくりと眺めたのはいつ以来でしょうか)
 そんなことを考えている内に、大きな物音を立ててしまったらしい。距離は離れていても、予想外に響いた。何をするつもりだったのか、中断されたアルクラントとシルフィアが手をつないでどこかに去っていく。
(あわわ……、アツアツの恋人さんたちでした。雰囲気ぶち壊してしまってごめんなさい……)
 二人を盗み見るつもりはなかった。視界の端に捉えていてちょっと気になったのだ。
 舞花は心なしか赤面しながら部屋の奥へと引っ込んだ。
 光景に満足したし、今夜はもう寝よう。夜食も軽く取ったし体調も悪くない。さっきのことは、寝て忘れよう。
 明日は、この島を丹念に探索して、他の遭難者たちがいないか調べてみることにする。住みやすいように、食器やかまども作ってみたいし、それから……。
「おやすみなさい。陽太さま、環菜さま。……むにゃむにゃ……」
 横になった舞花はいつしか眠りに落ちていた。窓から柔らかな微風が吹きこみ心地よい安らぎへと導いてくれる。一人の夜でも大丈夫。きっといい夢が見れるだろう……。
 ……。
「……?」
 ふと、何か気配を感じて、舞花は眼を開けた。
 感覚が敏感過ぎるだろうか? 木々が風にざわめいたか、野生動物でも通り過ぎたのかもしれない。
「……」
 窓の外に視線をやると、夜明け前のようだった。水平線の彼方がほんのりと明るくなりつつある。
 どうする? もうひと眠りするか……。舞花はもう一度心地よい眠りに誘われる。
「……?」
 ほどなく、彼女は眼を開いた。おかしい。やはりなにか気配がする。
 そっと窓から身を乗り出し、住居のある樹の下に目を凝らしてみた。
「?」
 それは、すぐに見つかった。
 薄明るみかけた光に照らされて、暗闇の中にぼんやりと浮かび上がる小さな人影。真っ白な肌に映える金髪、真赤な瞳の少女がすぐそこにいた。
 まだ幼い、吸血鬼のようだ。その場でくるくると回っていた。とても楽しそうに。
(他の契約者さんたちもこの島に流れ着いてきたようですね)
 舞花は、確認のために樹の上から降りていく。
「あの……?」
「ぴ!?」
 吸血鬼の少女は、舞花の姿を見つけると小さく悲鳴を上げた。この島に流れ着いていたアリア・ディスフェイト(ありあ・でぃすふぇいと)は、ぴたりと動きを止めると信じられない眼で舞花を見つめ返してきた。
「おはようございます。あなたもこの島にやってきたのですね」
「ぴっ!?」
 舞花が声をかけると、アリアはもう一度悲鳴を上げた。慌てて逸らせたアリアの眼に涙が浮かび上がってくる。
「……」
 じっと見ていると、アリアは夜の眷属らしく暗闇に紛れてこっそりとフェードアウトしようとした。
「あ、ちょっと待ってください! 落ち着いてください。私は特にあやしい者では……」
 舞花は思わず追いかける。自分以外にも契約者がいるなら合流したほうがいいと判断したからだ。
「はううううううう! た、助けてくださいなのですぅ。誰かが追いかけてきます……!」
 アリアは、夜明け前の島を逃げまどう。
 彼女は重度の対人恐怖症で、人間に近づけないのであった。
 無人島! 人がいない! ここは天国ですの〜、とご機嫌だったアリアは、舞花の姿を見てパニックになっていた。
「無人島って表記間違いですの!? 人が居るですの!? 騙されたですのー!! ふぇーーーーん!!」
「朝っぱらからやかましいわ!」
 そんなアリアの襟首を捕まえたのは、マスターの神凪 深月(かんなぎ・みづき)だった。夜半過ぎにこの島に辿り着いた深月は、夜が明けて空が明るくなるまで一休みしていたところだった。
「流された着ぐるみは後でこしらえてやるから、大人しくしておるのじゃ」
「で、でもでも、なのですぅ……」
 アリアは深月の背後にこそこそと隠れた。普段は案山子のような着ぐるみを着て、他人とは視線を合わせないようにしているのだ。嵐で、その着ぐるみは流されてしまったらしかった。
「……ああ、おはよう。よく眠れたかの?」
 深月は、追いかけてきていた舞花に気づくと軽く挨拶してきた。
「おはようございます。もうじき夜が明けますね」
「そのようじゃな。日が昇ったら本気出す」
 深月は、もう一休みとくつろぎ始めた。すでにこの島に住み着いているような落ち着きっぷり。
「……」
 舞花は、とりあえず目覚ましに伸びをしていた。
 ようやく空が白み始めていた。
「ちょっと早いけど、朝ごはんの準備しよ」
 少女たちの、新しい一日が始まる。



 で。
「さて、本気出すとするかのぅ」
 夜が明けると、深月たちは舞花がこしらえた樹の上の住居に押し掛けてきた。
「おじゃまするぞ。……ふむ、なかなかの作りじゃな」
「……え、あの……? いやまあ、いいですけど……」
「これからクロニカに秘密基地を作らせるところじゃ。ここをそれまでの仮住まいとする。舞花もゆっくりとくつろぐがいいぞ」
「他人宅に押し掛けておいて、ドヤ顔で何を言っているのですか、あなたは?」
 深月のパートナーのクロニカ・グリモワール(くろにか・ぐりもわーる)が、これから作る家の材料探しから帰ってきた。
「私はゆっくりと休みたいから家を作りますけど、あなたのスペースはありませんから」
「なんと!?」
 冷ややかに言うクロニカに、深月はガーン! とショックを受けた表情になる。
「あの、私はいいですよ、ここに居てもらっても。ゆっくりしていってください」
 舞花は苦笑しつつも、階下へ降りて行った。本格的に調理ができるようかまども作り終わったし、食器類もこれから準備することころだ。
「朝ごはんは何がいいですか? 魚のダシやわかめでお味噌汁も作れそうですし、山菜サラダも考えているんですけど」
「なんといい子なのじゃ。我が家に嫁として迎えたいくらいじゃよ」
 ゴロリと横になり、さっそく取ってきた木の実をポリポリとつまみながら深月は言った。
「わらわは米が食べたいのう……」
「お、お米ですか。それはさすがにちょっと、今ここでは……」
 樹の上の部屋からの返事が聞こえたのか、舞花が困った声を出した。
「うむ。それは残念じゃ。帰ってからのお楽しみとしよう。……ポリポリ……。はぁ、居心地いいのう……」
「いや本当にさっきからキミは……。いい加減にしておかないと、そろそろワタシも怒るにゃ」
 パートナーの深夜・イロウメンド(みや・いろうめんど)が、舞花の部屋でゴロゴロしていた深月を引きずり起こした。
「痛てて……、今結構本気で殴ったじゃろう?」
 頭を抱えながら部屋から出てきた深月は、気を取り直すと背筋を伸ばし力強く頷く。
「まだ慌てる時期ではないと思っておったが、どうやらわらわの力が必要なようじゃな」
 かつて、あっちへふらふらこっちへふらふらしていた放浪者の実力を見せる時が来たようだった。サバイバル能力には自信があった。
「アリア、火を起こしておくがいいぞ。わらわはすぐに戻ってくるでのぅ」
「ふ、ふえええ!?」
「……ふむ」
 海にするか密林にするか……。少し考えて、深月は密林で狩をすることにした。。
 近くにあった木を魔力を込めた手刀で切り倒し、木槍を作って得物にする。長さも程よく、豚をケツから丸刺しにして姿焼きでも出来そうだった。
 獣寄せの口笛で獣をおびき出し、ブラインドナイブスで背後から狩る。計画も完璧だった。
「新鮮な肉を取って来てやろう。みな喜ぶぞ。……。……うぷっ! うえぇぇ……げほげほ!」
 やる気十分で木槍の尖った先端を見つめていた深月は急に気分が悪くなって、武器を投げ捨てた。
「ふ、不覚じゃ……。そういえば、わらわは尖端恐怖症じゃった……」
 密林の獣たちと戦う前に自分との戦いに負けた深月は、ほうほうの体で戻ってきた。
「お帰りなさい〜。本当にすぐ戻ってきましたですねぇ」
 対人恐怖症ながらも、見事に火を起こし終えたアリアは笑顔で出迎えてくれた。深月が何も持っていないのに気づき首をかしげる。
「どうしたのですか、さすらいの放浪者さん? 早く本気を見せてくださいよ?」
 超知性体のスキルで特技土木建築を発現させて、地下基地を作っていたクロニカが、冷んやりした目つきで深月を見た。
「井戸水掘り当てても、飲ませてあげませんよ?」
 水脈を調べてそこに井戸を掘ろうとしているクロニカは、今や強者の立場にあった。海に囲まれた無人島で真水を飲むことが出来たら……。誰もが望むはずだった。
「……少し油断しただけじゃ。ふふふ……、わらわは本当は釣りのほうが得意での。今に見ておれ。驚くほど巨大な魚を釣り上げて振舞ってやるぞ」
「釣竿も釣り針も、先端はすごく尖ってますね。応援してますから頑張ってくださいね」
「……」
 深月は、ちょっぴり涙目になってイロウメンドを見た。
「お肉まだかにゃ〜、お魚まだかにゃ〜」
 口ずさみながらクロニカの家作りを手伝っているイロウメンド。魔法で穴を開け、『我は誘う炎雷の都』のスキルで壁を焼き固めていく。原始的な作りだが、順調に進んでいるようだ。
「か、刀さえあれば。愛用の刀さえあれば、わらわだって……」
 深月は、アイテム類を一切持っていないことに改めて愕然とした。
 尖った物が苦手でも、刀は別だ。あれは腕の一部。一緒に修羅場を潜り抜けてきた友なのだ。彼女の想いに応えてくれる相棒がいないのは心細かった。
「明日になったら本気出すのじゃ」
 深月は、ひっそりと樹の上の舞花の家へ帰っていった。外に彼女の居場所はない。部屋の中で膝を抱えて一人寂しく木の実を齧っていよう。きっとそのうちいいこともあるはずだった。
「……!」
 すでに住人のごとく舞花の家に入り込んだ深月は、壁の片隅に見慣れない刀が立てかけてあるのを見つけた。さっきまではなかった物だった。
「これは一体……」
 手に取り刀身を抜いてみると、鞘の隙間に小さな紙が挟みこまれていた。
『 姐さんへ。不肖、助太刀いたす。これをあっしと思って使ってやってくだせぇ 』
 それは……、普段、深月に恩義を感じる下っ端ヤクザからの差し入れらしかった。
 侠客のスキル『義侠心』。
 侠客がピンチになった時、一度だけ身代わりになってくれる。あるいは、武器や刀を貸してくれる。
「そ、そなたという男は……」
 深月はじわりと涙ぐみそうになった。確かにピンチだった。いつもとは違うテンポと話の流れにアイデンティティ崩壊の危機だったのだ。
 だが、これで彼女は救われる。いつもの自分を取り戻せるのだ。
「一体どこから……」
 深月は辺りを見回した。ここは無人島のはずだ。他には誰もいようはずがなかった。
「……まあよい。ありがたく使わせてもらうとするぞ」
 彼女を助けた下っ端は見つからなかった。
 当然だ。これは、なんと言うか……。アイテム持ち込み禁止のルールを破る、超法規的(?)展開なのだ! 略して超展開とも言うが、気づかないでおくのが賢明だ!
 深月は『任侠の刀』を装備した!
 これで、勝つる!
「皆の衆、待たせたのぅ……」
 さあ、狩りの時間が始まる!

 深月たちの冒険はこれからだ!


 ≪第一部・完≫

「ちょっ、待つのじゃ! わらわの活躍は……!?」
 深月が言っているが、ここで区切ろう。

 引き続き、無人島物語第二部をお楽しみください!