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茨姫は秘密の部屋に

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【ゲート】


 夏も終わりに近付き、近頃は肌寒いとすら感じる日も増えてきた。
そんなある日の午後、蒼空学園に所属する小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はパートナーコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)と共にイルミンスール魔法学校の敷地を訪れていた。
人の一生を何度繰り返しても読み切れない程の蔵書を誇る同校の大図書館で借りていた本を返却し帰る途中、彼女は意外な後ろ姿を目にとめる。
「ねえねえコハク、あれジゼルじゃない?」
「本当だ、どうしたんだろうこんな所に」
 二人が『何故イルミンスールに居るのか』と不思議に思ったのは、彼女ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)の生活圏が蒼空学園を中心に構成されている事を知っているからだ。
学園と、その近所にあるアルバイト先、そして空京の街の外へは殆ど出た事が無いと本人も言っていたのに、珍しいものだと思い、二人はジゼルの様子を窺ってしまう。
(ちょっと様子おかしくない?)
 美羽はコハクと視線を合わせる。敷地内を歩くジゼルは妙に落ち着かない様子で周囲を見回したりしながら時折考え込む様な仕草を見せるのだ。
「迷子かもしれないよ」
 コハクがそう言って、ジゼルに向かって歩き出した時だった。
 イコンも運搬可能な大規模なゲートの前に立っていたジゼルが、ふいに小さな悲鳴を上げたのだ。大規模ゲートは同校の校長らなど強大な魔力を持っていなければ動かせない様な代物である筈なのに、どういう偶然なのか発動の光りがその場に満ちあふれてゆく。
 美羽もコハクも、どちらともなくジゼルを助けようと走り出す。
しかし三人は瞬く間にゲートの光りに包まれ、その場から姿を消してしまったのだった。


* * *


【狂気の森】


 同時刻、イルミンスールの森。昼迄も暗いその場所で、キアラ・アルジェント(きあら・あるじぇんと)の作り出した魔法の光りが辺りを包み込んでいた。
「早く! 今のうちに逃げるっス!!」
 杖を握るキアラの手は汗で湿り、声は絶叫に近い。目の前に迫りつつ有る彼女のパートナートーヴァ・スヴェンソン(とーゔぁ・すゔぇんそん)と違い、彼女はそれ程大きな力を持った契約者では無いから、咄嗟に皆を守る魔法障壁を展開出来ただけで御の字な位だった。
 同じタイミングで踵を返す仲間の契約者達。
 そこへ出口が無作為という『魔法』のアバウトさを体現するような小規模なゲートを通って森へやってきていた神崎 輝(かんざき・ひかる)一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)一瀬 真鈴(いちのせ・まりん)が現れた。
「マスター、あれ!」
「トーヴァさん、明らかに変なんですけど!? ヤバそうです! みんなで逃げないとー!」
 真鈴の提案に頷き合った三人は、走り出して暫く車椅子の少年五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)を見つける。
 友人のトーヴァを追って小規模ゲートを使用したもののうっかり迷子になってしまい(正確には、方向音痴の割りに決断力のいい真鈴が闇雲に歩いた事が原因だった)森を彷徨っていた三人と同じく、東雲もまたジゼルを姿を追ってここへ迷い込んでいたのだと言う。
 足の悪い森で車椅子が足枷となり立ち往生していた東雲を、輝達は代わるがわる抱きかかえ、背後に迫る軍隊から逃げ走る。
「アハハ! 輝君。追いかけっこ? 逃げないでおねーさんと遊んでよ!」「瑞樹、今度お料理教えてあげるって言ってたの、今からしない?」「迷子になってなぁい真鈴? こっちにくればアタシが出口に連れて行ってあげるわよ!」
 トーヴァの口から出てくる甘言は、いつも通りの彼女なのが逆に不気味だ。走る三人は汗をびっしょりかいていたが、その中には『予感』から流れ落ちる厭な汗も含まれていた。
「トーヴァさん一体どうしちゃったんだろう、取り敢えず逃げた方がいいっぽいけど……そんな事より此処何処!?」
「やっぱちゃんとしたゲート使った方がよかったのかな……」
「あうぅ、ごめんなさい……」
 迷子の責任を感じてしょんぼりと頭を垂れる真鈴に、彼女の双子の姉は困った顔だ。
「真鈴ちゃんは無闇に歩き回る癖を止めた方が……」
「そうだけど、そうだけどそんな事話してる場合じゃないって! 二人とも口を動かす前に走る! って目的地どこ!? ゲートどこーーッ!?」
 機晶姫の引率役の輝ですら、そんな様相だった。他の契約者達から置いていかれた三人の足を引っ張っているのは他ならぬ自分の存在だと気がついている東雲は、しかし自分を置いていけ等と口にする事は出来ない。
自分達だけでも大変な状況だと言うのにアカの他人に手を差し伸べる心優しい三人の心を、蔑ろにするような発言をする訳にはいかず、我が身を顧みなかった行動に反省を込めて、消え入りそうな音を東雲は絞るのだ。
「神崎さん、瑞樹さん、真鈴さん……ごめんなさい……」