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リアクション
■それぞれの触れるもの
北都たちが邂逅していた頃。
施設のほぼ中央に位置する中央制御室では、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が溜息をついていた。
今も生駒と朋美が奔放に研究所内のスイッチやらなにやらを弄り倒しているのか、次々とモニター脇でランプが点滅しているのだ。幸い今の所、何事も起こってはいないが、この調子では何が起こるか判らない。
「この部屋に、施設を統括する中枢コンピューターがあると思うんだがな……」
「殆どの端末が、死んでいるようだからな」
部屋の中の探索をしながら、甚五郎が言った。モニターは、各施設にひとつずつ程度には生きているようではあるが、何分古い上に、パラミタとはまた違う技術によって成り立つ、古代ニルヴァーナの施設だ。どれが何かを推測するにしても、ひと手間である。
「ここのほかに、それらしき部屋もなかったからのう……ここに間違いなくあるのじゃろうが」
羽純が呟くのに、ブリジットが頷く。
「センサーの類が殆ど全て死んでいましたからね。中枢といえど、無事かどうかは五分五分でしょう」
あれでもない、これでもない、と相応に難儀した結果、メインコンピューターらしきものを発見し、ダリルが接続と起動を試みてみたが、やはり長い年月と、何らかの原因によって中枢としてのシステムは既に死んでいた。断片的な記録だけを、辛うじて残す中枢コンピューターは、他の端末への接続を失っており、研究所内全ての情報を引き出すことは出来ないようだ。やはり直接、それぞれの場所の端末を当たってみるしかないようで、甚五郎達も早速、その場に残ったデータを端末へと移していく。どれも酷く欠損しているが、繋ぎ合わせていけば修復できないものでもなさそうだ。その様子に、ダリルは再び溜息をついた。
「ここに残っているのは、過去のデータ程度か……」
「けど、それが残っててくれたのは、正直嬉しい所だな」
言ったのはコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)だ。
仲間であるダリル達と自分の生まれ故郷であるニルヴァーナとの間に何があったのか、ギフトであるコードにとって、気にならないはずが無い。
「だが……真実を知るのは少し、怖いな」
少なくとも、戦争があった。お互いを敵として傷つけあった。その原因がもし、自分達ニルヴァーナ側にあるのなら、そしてとても理不尽な何かを、パラミタに押し付けたのであったら。そんな不安がそんな言葉を吐かせたのだろう。迷う様子を見せるコードをダリルは黙って見ていた。
「けど……知らずにいる、訳にはいかないよな」
そう決意するコードに、ダリルはほんの少し満足げに目を細めると、甚五郎達に倣い、端末に残るデータを引き出し始めた。流石にかつてはシステムの中心であったからか、損傷は激しくてもデータ量は多く、修復可能な過去の一部分だけに絞っても、それなりの時間がかかりそうだ。
そんなダリル達の様子を眺めていたコードは、ふと、モニターのなかに動く姿を見つけた。
「これは……封鎖地区か」
旭とマネキの対立が平行線を辿っているちょうど只中、彼らの達の戦闘の行われているのとはまた少々離れた地点では、翠たちが石化した機晶姫たちの傍で、なにかをあれこれと試しているようだった。それを見て、コードはモニターの近く、幸いにも生きていたマイクのスイッチを入れた。
まさにその時。
封鎖区画では、石化した機晶姫を囲んで、ああでもない、こうでもない、と翠や詩亜たち一行が頭を悩ませていた。ぺたぺたと触れてみたが反応はないし、言葉に応じる気配は当然無い。それでも、あれこれと試してみた結果、すこしずつ成果は見え初めている……ように思えた。
「あとちょっと、って感じなんだけど……」
詩亜が呟いた、その時だった。
『何をしてるんだ?』
突然、近くのスピーカーから流れてきた声に、きゃあ、とミリアが驚きの声を上げた。
「なに、何なの?」
翠がきょろきょろと声の主を探していると、近くの壁に埋め込まれた小さなモニターに、コードの姿が見えた。端末の接続は死んでいても、機能の全てを失っているわけではないようだ。声が届くのが確認できたので、コードは続けた。
『生き証人だぞ。出来たら殺さないでくれ……』
その言葉で、先程の声も今の声も、モニターごしにこちらを見ているコードのものだと知って安堵して、翠はむう、と口を尖らせた。
「わかってるの。そんなこと、するつもりないの!」
じゃあどうするんだ、と言いたげに首を傾げたコードへ向けて、詩亜がにっこりと笑う。
「お友達になるんです」
そう、彼女達は機晶姫たちを、破壊ではなく、その石化を解除しようとして、奮闘していたのだ。
原因の判っていない中での作業は、なかなかに困難ではあったが、今期よくあれこれと試した結果、ついに、一体の機晶姫が、氷の中から溶かし出されるかのように、その表面がかつての姿を取り戻し、ゆっくりとその瞼を押し開けた。
「――……」
その機械の目が、状況を確認しようとするようにぐるぐると周囲を見回し、そして翠たちを捕らえて瞬く。突然目覚めたことへの混乱か、それとも現状が判らないから故の不安か。その眼の中にあったのも、明らかに強張った態度にあったのも、決して友好的ではなかったが、少女たちは迷い無くその手を伸ばした。
「――はじめまして!」
その言葉に、戸惑いながら、警戒しながら、それでも最後には、おずおずと伸ばされたその手は、幼い少女達の手にそっと重なったのだった。
「どうやら、穏便に済みそうだね。」
その光景を遠巻きに、北都とモーベットはそれぞれ息をついた。
同じように、経緯を見守っていた真人が「そうですね」と相槌を打つ。いざとなったら、踏み込もうと身構えていたのだが、幸い徒労に終ったようだ。最低でも、エンジェルの治療のための情報源となればいい、と思っていたが目の前の光景は、それ以上の何か、彼らがそれぞれ手に入れた情報に勝るとも劣らない、大きな収穫だと感じさせるには十分だった。
「後は――エンジェルを助けるだけですね」
朱鷺の言葉に、北都たちは頷いた。
必要な情報は、揃った。後はそれを生かすべき所へと、持ち帰るだけだ。
「それでは、帰還と参りますか」
真人の言葉に、一同は帰路へとついたのだった。
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