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リアクション
4.襲撃
豪華客船でパーティー。という話を聞きつけ、新風 燕馬(にいかぜ・えんま)は、「これだ!」と思った。
先だっての一件で、パートナー達を放置した結果怒らせてしまって、内二人の怒りは現在も継続中だ。
「置いて行かないで、って言ったじゃないですか……!」
「燕馬ちゃんは全くもう!
契約を結んだ以上、自分一人の命じゃないことをいまいち理解してないんだから!」
とかんかんで、そのご機嫌取りに使える、と燕馬は期待したのだ。
果たして、パートナーのサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)とローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)は喜んだ。
「……まあ、さすがに燕馬もそろそろ骨身に染みたでしょうから、怒るのはここまで。
折角のパーティーですから楽しみましょう」
怒るだけ怒ったことだし、そろそろ許そうと思っていたタイミングだった。
「そうね。
一通りお説教も済んだことだし、燕馬ちゃんの思惑に乗って、パーティーを楽しんであげちゃいましょ♪」
そうと決めれば、女性陣の切り替えは早い。
どうにかお嬢様方の機嫌も直ったことだし、ようやく安堵した燕馬も、パーティーを楽しむことにした。
「……で、それとその女装に何の関係が?」
サツキが呆れた目で見る。
胸元と太ももに大胆なスリットの入った黒いワンピースを着た燕馬の胸には勿論、こだわりの巨乳サイズのフェイクバストがついている。
カラーコンタクトが入っていないだけで、サツキは以前、同じ姿を見たことがあった。
「『ヤミー』のコスプレだよ」
案の定、燕馬はそう言う。
ヤミーとは、燕馬の前世の人物の名だ。
「あのグータラ女の強烈な『働きたくない』オーラの力で、事件の芽を潰す。
今回は戦闘とか忘れてのんびり楽しみたいからな」
「あ、何か今フラグが立った気がするわ」
ローザが乾いた笑いを漏らした。
ということをとりあえず置いておき、彼等はパーティーを楽しむ。
「やっぱり高級料理って美味しいですよね……。家でも食べられるといいんですけど」
ご馳走に舌鼓を打って、サツキがそう言うと、燕馬も頷いた。
「言うと思ってタッパーを用意している。後で一通り詰めに行こう」
新風家の料理は、主に燕馬が担当しているのだ。
「……自分でここまで手間暇かける気はないのね……」
ローザが肩を竦めた。
「それにしても、このパーティーって、エイリーク坊ちゃんが意中の人をゲッチュする為な訳ね。
相手は誰なのかしら?」
女三人寄れば、恋バナに花が咲く。
「三人違う」
「どうやら欠席しているらしいですよ」
燕馬の呟きを余所に、残る二人は話に夢中だ。
「ところで、彼の方をチラチラ見ている娘があそこに」
「……ほう。
あれは恋だけどまだ淡いわね。イベント次第では上書きも……」
「……お前等、よく飽きないな……」
終わることを知らない会話に、暫く付き合って耳を傾けた後、燕馬は深々と溜息を吐いた。
「試しにダンスとか誘ってみたら?」
ヘル・ラージャが言うと、アリーは赤くなって俯き、首を横に振った。
ぎゅ、とドレスを握り締めるので何となく悟る。
これまで人間の足を持たなかったアリーは、ダンスを知らないのだ。
「ああ……そっか、うんでも、それなりの顔が霞んで吹っ飛ぶくらいの美形二人が侍っちゃうんだから、少しは楽しんでね。
あ、でもポッてなるのはダメね。特に呼雪は、か弱い女の子に優しいからさー」
と、ヘルは言って地団駄を踏む。
アリーは二人を交互に見て、あっさり首を横に振った。
「有り得ないって?
よっぽどあのボンクラ……じゃなくてあの人が好きなんだね」
呼雪は二人の会話を聞きながら、アリーの感情を、ソウルヴィジュアライズで読み取れないかと観察してみるが、特に親しい間柄ではないせいか、はっきりとは判らない。
ただ、その表情に嘘はない、ということは感じられた。
「でも、恋が実らないと泡になっちゃうなんて、何か納得いかないよなー」
ヘルは一人で呟いて頷いた。
「そんな時にはぴこぴこーん! でらっくす大幣ー!」
大幣を掲げ、そして魔法少女ばりの早業で、巫女装束に着替える。
「アリーちゃん、その魔法掛けた人の名前教えて?
ちょっと東洋の神秘でサクッと呪い返しとかしてみるよ?」
アリーは首を横に振った。
「あ、話せないかぁ。
うーん、じゃあちょっと怪しくなるけど、このまま行ってみよう!」
ざっ、とヘルはアリーの頭上で大幣を振る。
びく、とアリーは身体を竦めて目を閉じた。
「……失敗か?」
呼雪が訊ねた。
「……あれー?
うーん、失敗、っていう手応えじゃなかったんだけど……あれ?」
変だな、とヘルは首を傾げる。
今迄の全てを投げ打ってでも叶えたい恋ならば、応援したいとエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は思った。
その相手があの馬鹿息子というのが、ちょっと彼女には可哀想な気もするけれど。
陸の世界を知らない彼女が、憧れや何かで瞳を曇らせてはいないかと心配なのだ。
エースは、歌菜達が周りから去った後のアリーに歩み寄り、一輪の薔薇の花を差し出した。
「可愛いお嬢さん。お近づきの印にこれをどうぞ」
アリーは、驚きながらもそれを受け取る。エースはにこりと笑いかけた。
「良かったら、ダンスのお相手をお願いできるかい?」
すると、アリーは困ったように首を横に振った。
「この子人魚だよ」
ヘルが言う。
「ダンスはまだ、知らないみたい」
「ああ……そうなんだ。ごめんね」
エースは謝って、話せないというアリーの名前を呼雪達から聞き、筆談も出来ない、という話を聞く。
「筆談がダメなら……」
と、パートナーのエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)を見ると、彼は頷いた。
(僕の声、届いてますか?)
脳裏に聞こえる声に、アリーははっとした。
(え、今の何?)
(良かった、届いてますね。
僕は今、念話でアリーさんに話しかけています)
言いながら、エースに向けて、テレパシーでの会話が繋がった、という意味を込めて頷いてみせた。
(よかった……、やっと話が通じるのね……)
アリーが安堵する。
彼女の言葉を聞いて、エオリアは驚いた。
「え?」
◇ ◇ ◇
「そこの人。紅茶のおかわりをいただけるかしら?」
「はい。ただいま」
ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)が呼び止めた女中は、
御神楽 陽太(みかぐら・ようた)のパートナー、
御神楽 舞花(みかぐら・まいか)だった。
舞花は、社会勉強も兼ねて、今回の処女航海の臨時スタッフとして雇われていた。
ミュケナイでの一般的な女中の格好は、クラシックタイプのメイド服のようで、皆ドレス程の裾の長いものを着ていたが、舞花は、上品さを損なわない程度に洒落たデザインのメイド服を着ている。
航海前の準備の段階から真面目に働いて、今もテーブルに食事を足したり、客の要望に応えたりと忙しく、かつ立ち振る舞いも麗らかに動き回っていた。
舞花の淹れた紅茶を一口のんで、ミネルヴァはその味に満足する。
「ふふふ。
ハデスさん、爆弾は仕掛け終わりましたわ」
紅茶と爆弾が趣味の、オリュンポスのスポンサーであるミネルヴァは、既に仕事を終え、何処かに潜んでいるはずの
ドクター・ハデス(どくたー・はです)をよそに、優雅に紅茶をもう一口。
「後は、招待客に紛れて見物させていただきますわね」
「……はっ!?」
舞花は、はっ、と顔を上げた。
何かが起きる。
不穏な未来を予測する。舞花は咄嗟に、舞台の方を見た。
目が合ったハルカが、ぽかんとしたので、
黒崎 天音(くろさき・あまね)はウインクしながら少し笑って、歩み寄った。
「やあ。こんなところで会うなんて少し驚いたよ。食事は美味しいかい?」
とっても、と頷いてから、ハルカは驚いた表情のまま、天音を見上げる。
「くろさんは女の人だったのです?」
くすくすと天音は笑った。
今の天音の装いは、背中が大胆にカットされたプラチナドレスで、その生地はメイプルスペクトルの効果で微かに色を変えている。
淡い色の魔石が、結い上げた髪を留めていた。
体型は、フェイクバストと秘密の補正下着で女性にしか見えない。
「この姿の時は、歌姫マオだよ」
「マオさん」
「ああそうだ。ハルカにお礼を言いそびれてたんだけど。
先日は美味しい林檎を有難う。お陰で風邪もすぐに治ったよ」
嬉しい顔で頭を撫でると、ハルカも嬉しそうにする。
「リンゴは好きなのです?」
うん、と言うと、ハルカは笑った。
「それじゃ、今度はアップルパイを作るのです」
ブルーズに頼めばきっと、天音の好みの味付けにしたレシピを教えてくれるだろう。
「おや……」
ふと、天音は、招待客の中に、見憶えのある顔を見つけた。
「ローレライから、こんなところへ、どうしたの?」
そっと近づいて声を掛けると、驚いて振り返る。
やはりあの時の人魚の一人だ。
人魚は怪訝そうに、そして不審と敵愾心を込めて天音を睨む。
一度しか会っていないし、女装しているから判らないかな、と天音は微笑んだ。
「御覧の通りの歌姫だけど」
「歌姫?」
ぴくり、と人魚は眉間を寄せる。
「私の前で、歌姫を語らないで欲しいものね」
「そう? なら是非とも聞かせて欲しいね。
人魚の歌も、その歌声も、とても興味深いよ」
天音は手を伸べて人魚を舞台に招いた。
アリーがその姿を見て驚く。
舞台に立ち、パーティー会場を見渡して、人魚は、ふ、と息を吐いた。
彼女は、此処に来た目的を忘れはしなかった。
はっ、と舞花が顔を向ける。だが間に合わない。
人魚は、パーティー会場に、【咆哮】を放った。
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