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リアクション
[ハイハイ次ー! 次いってみよー!!
『あの子もこの子も皆ラブラブ!?なんだかドキドキしてきちゃう』さくせーん]
通信のキアラの声が段々と投げ遣りになっていくのに、山葉 加夜(やまは・かや)は不安になってくる。
(キアラちゃん、大丈夫かしら……)
加夜は今、とあるカフェのボックス席に座っていた。
ジゼルらが座っているのはそのまさに隣なのだが、(隠れてもアレクさんには気づかれる)と思った彼女は敢えて堂々と、それでいて邪魔しない距離をとりながら静かに行動していたのだ。
ドリンクをサーブするウエイトレスの後ろに、キアラが投入した最近付き合い始めたばかりの初々しいカップル高円寺 海(こうえんじ・かい)と杜守 柚(ともり・ゆず)がジゼルらの方へ向かうのが見える。
「ジゼルちゃん、偶然ですね!」
「ああほんとにぐうぜんだなジゼル!!」
「か、海くん、ちょっと棒読みっぽいです!!」
海の余りの大根役者ぶりに様子を見ている加夜たちは頭がくらくらしそうだし、柚の方は可哀想なくらい慌ててしまっている。
しかしアレクはそれを一瞥もしない。
(やっぱり、バレバレですよね……)
加夜は眉を寄せて息を吐き出した。
そんな間に南條 琴乃(なんじょう・ことの)と南條 託(なんじょう・たく)の夫婦が向こうの席につく。
この二組のカップルを周囲に配置し、ダブルデート(死語)の如くジゼルらを焚き付けようというのがキアラが彼等と練った作戦だ。
元々人数が多い一行に更に投入した二組のカップル。そして密かな……と思っているのは本人達だけのバレバレな護衛と、白の教団の見張りと、カフェの客は殆ど彼等で埋まっている状態だ。別にアレクでなくともその異常な様に気づくだろう。
これ以上人数が増えてもことだと、流石にその場に居ないキアラだったが、皆の様子が直接目で確認出来ない分心配事は増えた。
(……大丈夫かなあの二人……)
そう思っていたのは託と琴乃の事だ。
「友達だからねー……別にデートしたいだけではないよ?」
と笑った託。
「友達だからね! 別にデートしたいだけじゃないよ!」
と少し焦りながら言った琴乃。二人のあの様子に妙な予感はしていたが……。
「あいつらただデートしたいだけじゃん」
カフェで唯斗に支払わせる予定のケーキを突っつきながら、離れた席でジゼルらを見ていたトゥリンは言った。
彼等が座る席は丁度唯斗の背中の向こうで死角になっているのだが、トゥリンが別に構わないだろうと首を振るので、唯斗は身を乗り出して後ろを覗く。
「ちょ……」
その様子に唯斗はコーヒーを吹きそうになる。
「はい、あーん☆」
「あーん」
パフェからたっぷりの生クリームを掬い、琴乃は託の大きく開けた口へそれを移動させる。座っている席は勿論隣で、互いに空いている方の手は合皮の生地の上で握り合っている状態だ。
『煽る為の行動』。
そんな風に割り切っているからか、理由を付けているからか、琴乃の行動は何時もより大胆だ。だから託は作戦開始からずっと可愛い妻も見つめ、鼻の下をだらしなくも伸ばし続けていた。
「おいしい?」
「うん、琴乃があーんしてくれたら何でも美味しいよ」
「もうっ、託ってば!」
赤い頬を指で抑える琴乃に、託は我慢出来ないとばかりに手を伸ばす。
「……あ」
琴乃も雰囲気に呑まれそうになっていた時だ。
[作戦、忘れてないっスよね!?]
半目になっている表情をそのまま伝えるキアラの通信の声に、二人は慌てて離れて居住まいを正した。但し託の方はめげていない。
「……あ、うん、本来の目的はぎりぎり忘れてないよ?」
「う、うん。その、託と二人で……ラブラブなところを見せてジゼルさん達を煽るんだよね?」
「ラブラブって琴乃……かわいい」
握っていた手を引き寄せて抱きしめてくる託に、琴乃はほんの少しだけ抵抗をするそぶりを見せながらも、結局のせられてしまう。
「託も琴乃も楽しそう、良かったね」
笑うジゼルは託や柚の作った作戦の目的を全く理解していない。
そもそもカップルを入れて煽られ盛り上がれるのは、双方がカップルだった場合だ。ジゼルの前に居るアレクの隣には相変わらずピッタリと入る隙もなくミリツァが居るし、そもそも一行と言って問題無いくらいの人数がくっついているので、傍目から見ていてこれを『デート』と評する人はいないだろう。
「ジゼル!」
隣の席から身を乗り出してコードは言った。
「俺もジゼルにあーんしたい!」
「え……と、うん?」
コードの唐突な発言の意図が理解出来ずに考え込むジゼルに、ルカルカのウィンクが飛んでくる。そこでジゼルはやっと、コードが作戦前に言っていた事を思い出した。
「俺とジゼルが仲良くしてたら、奪われるって思って俺に攻撃してくるんじゃないかな。
で、ジゼルを『大切な存在』だって痛感する寸法さ」
あれを聞いた時ジゼルは『攻撃』とは穏やかじゃない、二人が喧嘩するような事は止めて欲しいと思ったのだが、アレクが怒るかどうかは兎も角このくらいの事で攻撃まで発展しないだろう踏む。
正面からは(嫉妬させちゃえ!)とでも言うように、ルカルカがこっそり手をヒラヒラさせている。
「それって私が、コードにえいって食べさせればいいの?」
思い切って聞くと、コードがニカっと笑うのでそれで正解のようだ。
「じゃあ……パフェじゃなくてアイスだけどこれでいいかな?」
あーんに重要なのはメニューでは無いのだが、ジゼルはそういうところに疎かったらしい。硝子の器にのるストロベリー味にスプーンを入れてコードの口元へ持っていく。
「はい」
「ジゼル、あーんて言わなきゃ!」
「そ、そか!」
ルカルカに言われて、ジゼルはコホンと小さく咳払いし、満を持してその言葉を口にした。
「「あーん」」
被った声にふとそちらを見ればミリツァが微笑みながら兄の口に何かを突っ込んでいる。アレクは甘いものが苦手だから、あれは恐らくローストアーモンドだろう。否、それこそ重要なのはメニューでは無い。ローストアーモンドだから、指で直接運ぶかたちになっているのだ。そこが重要で、問題だ。
(何あれ!!)と思った瞬間には一気に熱が沸騰していて、頭が真っ赤になったジゼルはそれを聞く迄気づかなかった。
「ふぐっ……ジゼぅっぐるじっ」
喘ぐ声にハッとしてコードを見ると、勢い自分がスプーンをコードの咽奥まで突っ込んでいた事に気づく。
「ご、ごめんなさい!」
咳き込むコードの背中を摩っていると、アレクがこちらを向いているのがジゼルには分かった。そしてそれがわざわ確認するまでもなくその顔が、嫉妬ではなくコードに対する同情の色に染まっているであろう事も……。
「うう。ごめんなさい私……
琴乃みたいに上手く出来なくて……あんな風に出来たらいいのに……色々良く知らなくて……」
口から出た素直な言葉に、ジゼルは以前加夜と話した時に自分が言った言葉を思い出していた。
もし自分が普通の少女だったら。
ジゼルが何かにつけて考えてしまう事だ。
(だって海に居たときはあーんどころかアイスだって見た事なかったし、男の人だって見た事無かったし……。
琴乃みたいに普通の女の子だったら色々上手く出来てたかな……今頃……)
頭を擡げる卑屈な考えを打ち消すのは、アレクに以前言われたものだ。
「お前が『それ』だったから、オトモダチと会えたんじゃないのか?」と、本当に何気ない言葉だったのだが、ジゼルはこの悩みに行き当たる度にこれを思い出している。ルカルカのように、ジゼルの中身を指して普通の少女だと言ってくれる人は居る。それはジゼルにとって心地よいものではあったが、未だにジゼルの心は蟠りを残したままだ。
ただアレクはジゼルが兵器であるという部分を否定しなかった。
(私は、そのままの私で、兵器のセイレーンのままで居ていいの?)
この悩みは永遠に尽きる事はないだろう。だが、ジゼルには今その不安を支えてくれる人間が、傍に居てくれる友人達がいるのだ。
彼等に応える為にも、今は悩んでいる場合じゃない。キアラ達の為に自分が先頭に立って頑張ると決めたのだ。
(私がお兄ちゃんを取り戻さなきゃ!)
「おにいちゃん」
呼びかけにこちらを向いたアレクと視線が搗ち合った瞬間、ジゼルはもう一つの視線に晒される事になる。ミリツァがこちらを睨んでいる。彼女はジゼルが、アレクを「お兄ちゃん」と呼ぶのが気に入らないのだ。たった三日程だが一緒に住んでいた時に、ジゼルはあれに大いに悩まされた。
(でも今気持ちが負けたら、同じ事になっちゃう。平気って顔をしないと……)
努めて明るく微笑んで、ジゼルは提案する。
「私、プールに行きたい。夏休みの間、バイトばっかりで何処へも行けなかったから――」
「プール?」
「ここからだとパラミアンとか?」
空かさず壮太が続いたのは、ジゼルの提案が彼女のものによるものではなく遠野 歌菜(とおの・かな)が出し、予め打ち合わせされたプランだったからだ。
こうして一行は、パラミアンへ向かう事になった。
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