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 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)には気になることが沢山あった。盗まれたという緑の機晶石のことも心配だったし、ソーンの目的についても、もしかしたら悲しい事情があるのではないかという気がしてならない。
 しかし何より一番気がかりだったのは、やはりリトのことであった。
「リトの記憶は、そのうち戻るかしら」
 ルカルカがそう問うと、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は少し考えるように間を置いて答えた。
「過去の記憶がいずれ彼女を苛む。今沢山のプラスの経験と友人を持つ事が、『その時』彼女の精神を崩壊から守るだろう」
「んじゃ今日は思いっきり遊べばいいのね? よーし、それじゃあリトを探して一緒に遊ぼう! ダリルも来るでしょ?」
 しかしダリルは首を横に振って、「俺は別にやることがある」とどこかへ行ってしまう。
 仕方なくルカルカは一人で拗ねてどこかに隠れているらしいリトの探索を始めた。大声を出したところで逆効果だろうし、地道に子どもがかくれんぼでもし易そうな場所を探すことにする。
――と、何となく効果があるような気がして発動させていた【トレジャーセンス】に反応を感じて、ルカルカは木造建ての校舎を見た。


 入口の祠を破壊されてからというもの、封印の洞窟は何の変哲もない、ただの洞窟と化していた。
 そして祠の損傷を除けば、ソーンら『灰色の棘』と戦った痕跡もほとんど残っていない。今後の身の振り方によっては重要な拠点にもなり得るので、血痕やら何やら、目について不快なものはカイが全て片付けたのだった。
 ダリルは洞窟の最深部――リトが『煌めきの災禍』として封印され、機能を停止していた場所――まで機材を運び込むと、そこを診療場所にするべく改造を施していく。リトが今後どうなるのかは分からないが、簡易的とはいえ安全に医療を受けられる場所は必要だろう。それに小屋程度の場所では狭すぎて、リトを診ることは困難と思われた。
 間仕切りで空間を区切り、ベッドを運び込む。
 ダリルは従者の特選隊たちにも手伝わせて、この改造を短時間で仕上げるべく作業を進めていった。


 手土産にした絵本。それと、道すがら集落入口の看板に掛けてきた花輪。それに対して妖精たちがどんな反応をするかを考えながら、黒崎 天音(くろさき・あまね)は宿直室に入った。
「やっぱり冬はコタツだよね」
 電源を入れつつ腰を下ろすと、天音は何やら逆側のコタツ布団が少し盛り上がっていることに気付く。
「……かくれんぼ? そのままだと暑くてたまらなくなると思うな」
 少しの沈黙の後、その人物はもぞもぞとコタツの中から這い出て来る。
 艶やかな長い黒髪に灰青色の瞳。首に掛けられた綺麗な琥珀のペンダント。しかし笑顔の天音とは対照的に、何に腹を立てているのかリト・マーニの眉間には皺が寄っていた。
 とりあえずリトを向かいに座らせると、天音も改めて腰を落ちつける。コタツの上に乗せてあったロボット人形をこつんと指で突いて、同じく机上の写真立てに視線を向けると、そこに写っているソーンの瞳と目があった。
 そういえばこのソーンの容姿は、天音の知る彼の姿よりも少し若いような気がする。一緒に笑っている女性の方は以前見たH−1に酷似しているが、機晶兵ではなく血の通った人のようだ。二人の親しげな様子からすると恋人か、あるいは血縁者か何かのように見える。
 天音は思わず考え事にふけりそうになる視線を無理やり剥がすと、リトの方に向き直って言った。
「もう少ししたら、差し入れが来ると思うから一緒に食べよう」
 少し怪訝な顔をするリトに微笑み、しばらく彼女の様子を観察する。表面的なことだけを言うなら、すっかり元気になったというのは本当らしい。
「……覚えていて、良かったかい?」
 唐突にそう問われて、リトはびくりと肩を震わせた。彼女が意図を探るような視線を向けても、天音はただ穏やかに微笑を浮かべるばかりである。
「……私は何も、覚えてない」
 やがて顔を伏せながら、リトはそう答えた。
「私には……どうして分からないことばかりなのか、それさえ分からない。どうして目が覚めたら森が全然違くなってるのか、そもそもどうしてそんなに途方もない位の時間、私は眠ってたのか……全然、何も覚えてない!」
 リトからすれば、覚えていることよりも覚えていないことの方が気にかかるのだろう。
「ハーヴィはいつも私の後ろにくっ付いて来てたのに、いつの間にか族長なんて呼ばれるようになってるし! 妹みたいな存在だったのに、今は私よりお姉さんみたいに言ってくるし……! なのに私が知りたいことは全然何も教えてくれないから、色んなところを見て周りたいのに……カイが、外に出るなって言うしっ……」
 別に皆に迷惑を掛けて回りたいわけではない。ただリトは特別扱いなどではなく、ハーヴィたちから「普通」に接して貰いたかった。昔のように、普通に森を散策したりしたいのだ。
「ハーヴィもカイも心配はしてくれるけど、私の気持ちは分かってくれないっ……! それともこれは、私がわがままなの?」
「わがままだと思っても、自分の望みを口にするのは大事だよ。口にしなければ何も伝わらない」
 そんな話をしていると、ふいに職員室の扉が開いてリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が姿を現す。
 リリアは部屋の奥にリトの姿を認めると、ぱっと顔を輝かせて駆け寄った。その手にはパートナーのエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)から預かってきた、色とりどりの花で出来たブーケを抱えている。
「素敵なお嬢さんには、エースは必ず花束を贈るのよ」
ブーケを差し出されてきょとんとした表情のリトに対して、リリアはにこやかにほほ笑んだ。
「あ、ありがとう……」
 リトははにかむような、どうしたらいいのか分からないというような表情をしている。そんな彼女を、リリアはぎゅっと包み込むように抱きしめた。
「お帰りなさい」
 一時的だったとはいえリトの記憶が完全に消されたことも、ハーヴィの苦悩も知っている。リトが意識を失っている間中、周囲の植物たちが彼女の帰還を願っていたこともだ。だからリリアは森の木々たちの代わりに、リトを強く抱きしめたのだった。
 それからリリアはフラワーリングが契約者との出会いで少しずつ開拓されてきているという話を、リトに語り始めた。
「学校とか色々設備を皆で作っている所なの。まだ暫く騒々しいけど、ごめんなさいね。カイもそれでこの村に移住して来たのよ。ね?」
 いつの間にかブルーズと並んで職員室に立っていたカイに、リリアが首だけで振り向いて話を振る。
「あー、えーとまぁ……やっと落ち着いて住める家を手に入れたところではあるけど」
 自分の姿に気付いた瞬間リトが憮然とした表情を浮かべたことに気付いて、カイは思わず凹みそうになる気持ちを奮い立たせた。
「その、何と言うか……さっきはリトの話も聞かずに、こっちの意見を押しつけたからな。ごめん。別に集落内に軟禁しようとか、そういうつもりで言ったわけじゃないんだ」
 頭を下げるカイを見て、リトは少し驚いたようだった。それからすぐにバツが悪くなったのか、小さな声で「私もごめん」と呟く。
 気まずい沈黙を破るように、ブルーズは差し入れのアイスクリームを皆に勧めた。きちんとアイスクリームメーカーで作った、お手製のものである。
 リトも物珍しそうにそれを受け取ると、ぺろりと舌を出してアイスを味わう。
「……! 甘い……冷たい……」
単語ののみの感想しか出て来ないが、しきりに舐めているところを見るとどうやら気に入ったらしい。
 そんな時、宿直室の裏口が音を立てて開いて、ルカルカが顔を出した。
「みーつけたっ」