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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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一会→十会 —アッシュ・グロックと秘密の屋敷—

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【パラミタより】


 日本の領海の上空に位置するパラミタと、オーストリア。直線距離にすれば9000キロ以上離れている場所で、パートナーや友人達は今頃どうしているのだろう。
 時差を考えれば自分達は当然寝ていると思われていそうなものだが、そんな時間に、ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)は未だ物思いに耽っていた。
 睫毛を伏せる彼女の肩に気遣わしげに手を乗せて、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は首を横に振る。
「ごめんなさい、でも…………眠く無いの」
 起きていてもどうにもならない。だが目を瞑れば胸の奥に漠然とした不安が押し寄せてくる。これがもしジゼルの持つ未来予知の能力の延長なのだとすれば、冷静を装う飛鳥 馬宿ですら揺さぶられるものがあった。
 と、そんな折。卓上の通信端末でランプが点滅する。
 此処はプラヴダの基地で、今は部屋の主である隊長は不在だ。一体誰がこんな時間に何のようかと首を捻りつつ、ジゼルはスピーカーボタンをプッシュした。
「はい、ジゼルです」
『あらやだこの子ったら、まだ起きてたのね。本当なら夜更かしはお肌の敵って言いたいところだけど……今は丁度良かったわ。
 イルミンの先生から電話きてるの、そっちに繋いで良いかしら?』
 野太い声が柔らかい言葉を喋るのに馬宿とリカインは少々面食らっていたが、相手のキャラクターを把握しているジゼルの方は、ごく当たり前のようにしている。通話中の相手は当直のニコライ少尉らしい。
「ちょっと待ってね」と会話を一旦切って許可を求める青い目に、馬宿はジゼルと場所を入れ変わり電話を繋ぐようにニコライ少尉へ指示をする。
 案内音が響くと、程なくして電話越しに待たされていた人物が、厳めしい咳払いをするのが聞こえてきた。
「イルミンスール魔法学校のアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)だ。
 今そちらで我が校の生徒が世話になっているようだが、何か問題は起こってはしないだろうか」
 アッシュ・グロック(あっしゅ・ぐろっく)と言えば、彼について回る【灰を撒くもの】という二つ名である。それを鑑みれば、アルツールの電話が一体どういう内容なのか察せられて、馬宿は此方の身分を名乗り、『今の所は』問題が起こっていない事を簡潔に説明してみせた。
 しかし。
 「――いや、だが……」と馬宿は、言い淀む。彼等が憂慮していたアッシュの出自の件を、もしかしたら講師であるアルツールならば知っているのでは無いか。
 言葉を選びながらの質問に、アルツールは慎重に考えたのか少しの間を置いて、もう一度話し出した。
「俺の方で知っている事は何もない。
 だが馬宿様。もしそれが気になっているのであれば、アッシュ・グロックという人物について、その歩みを辿れるところまで遡って辿ってみるべきではないか」
 その言葉に、馬宿はぴくりと眉を動かした。彼とてそのような考えを持たなかった訳では無かったからだ。
「魔法学校の入試、入学時の記録。
 そして、オーストリアからこちらに来ているなら必ず存在するはずのアッシュ君自身のパスポートの出入国管理記録。
 また、もし貴族と言う立場からシャンバラ新幹線で高価な指定席に乗ってきたのなら、その記録もあるはず。
 どの時点でそれらが途絶えているか、齟齬が発生しているかを、アッシュ君自身の記憶をすり合わせながら辿っていけば、どの時点、どの地点で『何かがあった』と言う事のだいたいの見当がつけられる。
 この結果と彼の故郷に向かった契約者達の結果をすり合わせれば、ある程度は真相が見えてくるのではないだろうか」
「実は一通り、ここに来るまでの間に調べはつけていた。彼のプライバシーを侵害しない前提であったから、先程あなたが言ったような内容を、だが。
 ……何もおかしな点は無かった。彼に疑惑の念が無ければ気にも留めぬ、そんな内容であった」
 どうやら最近になって会得したらしい電子機器を用いてのアッシュの身辺調査は、『アッシュという人物に何かある』という仮定を無理やりくっつけた上で『ごくありきたりを装っている』という結果に行き着いた。つまり特筆すべきものは何もないのである。疑わなければ疑えない、そんな塩梅だった。
「下手すると経歴詐称で退学と言う結果にもなりかねんが……。
 本人には嘘をついている気配は無いし、アッシュ君がそんな腹芸ができるような人物にも見えんのだ」
 アルツールは深い溜め息をつきながら「……魔術師としては大変宜しくないことだが」と苦い声で付け足し電話を切った。
 アッシュが悪い人物でない事は此処にいる誰もが分かっている。だからこそ彼を信じたいのだ。
「――そう、だよね。やっぱり本人に聞いてみよう」
 それが一番正しい方法なのだと、三人は頷き合う。
 時刻は24時をとうに越え翌日になっていたが、事件を解決する迄自分達は仲間なのだから、互いを信じられない状況を長続きさせている訳にはいかないと、それぞれ腰を上げた。
「寝てたらまずごめんなさいよね」
 言いながら扉を開けるジゼルの眼前に広がったのは、廊下の壁ではく軍服の布地だった。
「コーリャ? どうしたの?」
 先程電話で話したばかりのニコライがそこに立っているのに首を傾げるジゼルに、ニコライは何も答えずに大きな体躯を横へ退ける。
「夜遅くに失礼するですよぅ」
 その後ろから出てきたのは波打つ緑の髪に食えない笑みを浮かべた、イルミンスール魔法学校校長、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)その人だった。
「エリザベート校長、何故ここに?」
 顔に、意図を探るような雰囲気を忍ばせて馬宿が問えば、エリザベートはふふ、と笑って口を開く。
「私がここに来たのは、彼の名誉のため、ですかねぇ。彼はイルミンスールの生徒で、そして私はイルミンスールの校長ですからぁ」
 その発言でその場に居た者たちは、エリザベートがアッシュの事でここにやって来たのだと勘付く。
「豊美とアレクはきっと自力で辿り着くでしょうからいいとしてぇ、皆さんには私からちょっと話しておきますねぇ」
 部屋の真ん中に進み出たエリザベートは、懐から球体を取り出すと魔法を紡ぎ、ふわり、と宙に浮かべる。それはプロジェクターの役割を果たして空間に映像を映し出す。
 そしてエリザベートの口からは、アッシュに隠されていた秘密が語られていった――。