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「みんな一生懸命に手紙を書いてるね」
「あぁ、賑わっているな」
 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)は手紙書きで賑わう中庭を見渡していた。
「羽純くん、付き合ってくれてありがとう。約束通りちゃんと羽純くんの好きな甘いお菓子も持って来たからね」
「それは食べるのが楽しみだな」
 歌菜は自作の甘いクッキーを焼いてくるからと甘党の羽純を今回のイベントに誘い、受けた羽純は歌菜のクッキーを楽しみに即参加を決めたのだ。
 二人は近くの空席を選んで座った。

「……未来体験薬って前にも使ったよね」
「あぁ、あのあるかもしれない未来だな」 
 歌菜と前回参加した未来体験薬の事を思い出した。
「そうそう、数年後の未来で可愛い子供達がいて賑やかで」
 歌菜は以前体験した未来を脳裏に思い浮かべた。双子の兄妹の誕生日で大張り切りの自分と子供達のプレゼントを用意する羽純というあたたかな家族の未来。
「そうだな。今回はどうするんだ?」
 同じく思い出した羽純は肝心な事を訊ねた。
「今回も使うよ。でも数年後じゃなくて10年後にするよ」
 歌菜は前回よりも更に先の未来を選んだ。ただし、前回と違うのは歌菜の想像であるという部分だけ。
「……随分先だな(10年後の俺、か。少し想像つかないな)」
 羽純はじっと便箋をにらむも数年後は前回の参加もあって思いつくがその先となると少々難しい様子。
「早速、想像して、使ってみるよ(10年後の私、今と変わらず、羽純くんと一緒に居て立派に主婦してるかな? 変わらずに、歌い続けてるかな?)」
 歌菜は色々考えながらも10年後を想像し、便箋に染み込んだ匂いを楽しんだ。

 歌菜が想像の旅に出た後、
「……俺も書くか……まずは未来の俺へ……」
 羽純はゆっくりと普通に手紙を書き始めた。
「……やはり想像はつかないが、歌菜の隣に居る事だけは変わらないだろうな(歌菜に封印を解かれるまでは今のように過ごせる未来があるなんて、考えられなかったしな)」
 羽純は書きながら歌菜と過ごしている今、封印されていた事とあれこれ考えていた。
 その合間に
「……さすが、歌菜。俺の好みの甘さを分かっている」
 歌菜が用意してくれた甘い甘いクッキーを頬張る。特技が料理である上に『調理』を有する歌菜作なので味は最高に美味しい。しかも羽純が喜ぶ甘さに調節しているあたりがさすが奥様である。
「……何か嬉しそうな笑顔だな。どんな想像をしているのやら」
 楽しそうな笑顔で想像しつつペンを進める歌菜を盗み見て軽く苦笑。
「しかし、幸せな未来に違いないな。幸せな未来か……(俺の未来も今以上に幸せだろうな。歌菜がいるのだからそうならない訳が無い)」
 羽純は改めて幸せな未来に頭を巡らす。
 すると次第にもやっとした想像が形となり、
「……」
 羽純は最後の一押しと未来体験薬の力を頼り、穏やかな表情をして歌菜の隣に居る姿を想像出来た。
「……あれだと言葉は不要な気がするな。しかし、そうなると手紙に書く事がなくなる」
 羽純の手か完全止まってしまった。手紙で夫婦仲や将来を聞く必要性を感じられなくなったから。
 参加したからには何か書かない訳にもいかず、
「……伝えるとしたら一言だけだな」
 羽純は考えた末に一文だけ綴り終わりとした。

■■■

 10年後、ある家族が住まう家。

「……あれ、これは」
 すっかり落ち着いた大人の女性となった歌菜は使った本を戻そうとした時、奥に何かを発見した。
「どうした、歌菜?」
 別の部屋にいた羽純が声を聞きつけてやって来た。10年という年月によってすっかり素敵なおじ様に変貌していた。
「行方が分からなくなっていたアルバムが見つかったよ」
 歌菜は嬉しそうに手にある分厚い冊子を羽純に見せるなり、テーブルに置いて適当にページをめくった。
 現れたのは自分達の子供、双子兄妹のある誕生日の写真だった。
「……あぁ、これはあの子達の誕生日の時の写真だな。歌菜が朝から張り切って」
 羽純は昨日の事のように鮮やかに賑やかな誕生日の事を思い出していた。
「えぇ、あの子達に呆れられて……でも本当に懐かしい」
 同じく思い出した歌菜はその頃の子供達の様子にクスクスと笑いを洩らした。
 その時、
「何、二人で楽しそうに見ているの?」
「どうしたの?」
 夫婦が見ている写真よりも成長した息子と娘が笑い声を聞きつけてやって来た。
「アルバムを見ていた所だ」
 羽純がアルバムを手に取り見せながら答えた。
「アルバム?」
「見たい、見たい」
 双子の兄妹は興味津々に加わった。
「うわぁ、小さい」
 娘は赤ちゃんの頃の写真を発見し、驚きの声を上げる。
「えぇ、そうよ。二人が生まれてきてくれた時は本当に嬉しかったよ」
 歌菜は母親の顔で子供達が赤ちゃんだった頃の話を始める。
「この写真はあの時の」
 息子は何かしている時の写真を発見。
「そうだ。あの時のだ。あの時はお前が……」
 羽純は息子と同じ写真を見てありありとその時の事を思い出し語ったのだ。
 そんな感じで笑い合う家族のあたたかな日常が今日もゆっくりと流れていくのだった。

■■■

 想像から帰還後。
「羽純くん! 素敵な未来を想像したよ。落ち着いた大人の女性になった私がいて素敵なおじ様になった羽純くんが隣にいて元気な子供達ももちろんいて。それで家族で幸せそうに笑い合ってて幸せそうだったよ!」
 歌菜は羽純に想像した未来を聞かせたく声高になった。
「そうか。幸せな未来だな。実は俺も歌菜が書き始めた後に少しだけ想像とやらをしてみた」
 羽純も匂いの力で想像を鮮やかにした事を明かした。
「どんな事を想像したの? 幸せそうだった?」
「あぁ、歌菜が想像した未来と同じさ。俺の隣に歌菜がいる未来」
 興味津々という顔で訊ねる歌菜に羽純は口元に笑みを浮かべつつ想像した未来の事を話した。
「羽純くんの想像の中に出て来たなんて嬉しいなぁ。でも想像ってやっぱり想像だね」
 羽純の話を聞くなり歌菜は嬉しそうにするが途端に肩をすくめた。
「どうした?」
 羽純は軽く聞き返した。先程の浮かれていた様子が急に大人しくなったので。
「だって現実の方がずっと羽純くんは格好いいし、きっともっと素敵なおじ様になっていて想像以上に幸せな毎日を送っているはずだもの」
 見ている方が恥ずかしくなるほど幸せ発言をテンション高く口走った。歌菜は確信していた。この先に待つのは自分が想像した未来よりもずっと素敵だと。なぜなら愛する人が隣にいるのだから。
「そうだな。しかし、歌菜が落ち着いた大人の女性で俺が素敵なおじ様か……」
 羽純も歌菜の言葉には賛成だが、自分と歌菜の変貌についてはつぶやきを洩らしていた。
 とにもかくにも歌菜と羽純はこの先もずっと二人が想像した未来以上に幸せになっていくだろう。

 書き上げた歌菜の手紙は
『未来の私へ

未来の私、元気にしていますか?
羽純くんと、仲良くしていますか?

そんな事、聞かなくてもきっと大丈夫ですね
逆に聞かないといけない状態だと、絶対駄目なのです!

私は誓ったんですから
私が羽純くんを幸せにするって

だから、幸せでない訳、ないのです!

……ちょっと自信過剰かな?
けれど、信じてます』
 と幸せを信じる内容であった。

 羽純の手紙は
『未来の俺へ
良かったな、俺』
 という本当に短い物であった。