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リアクション
6、彼女の望んだ、本当の世界
「やっと会えたわね……蜃気楼!」
セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は【パイルバンカー】をぶつけ合い、叫ぶ。
「そうね……お互い、雪辱戦と行きましょうか?」
セイニィの顔をちらりと確認し、リネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)は身構える。
「リネンさん、必要でしょう? これが」
そんなリネンに対して、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が【魔剣ユーベルキャリバー】を鞘から引き抜き、手渡した。その魔剣の力が光を放ち、ユーベルの体にも傷をつける。
「ありがと、ユーベル」
リネンはその剣を大きく息を吐いて受け取った。秘められた力が、剣の持ち主の手に収まる。その溢れ出す力を、無理やり押さえつける。
「ミュート、ユーベルをお願い。近づかれたら不利よ、距離を取って」
「はぁい。ふふ、最後まで縁がありますねえ、蜃気楼さん」
ミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)は【ソーラーフレア】を構えつつ、笑う。
「私の中はこんなですけど、あちらはどうなっているんですかねぇ……?」
ミュートは左の目の鉄板部分をずらし、自らの体に移植された機械部品をちらと見せる。蜃気楼がミュートの顔をじっと見つめていたが、特になんの感想もないのか、剣を振り払って歩いてきた。
「サポートは任せて! 【超加速】!」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が味方に術を使う。
「アーシャルの事は任せるわ。確保って苦手なのよねっ!」
リネンはそう言い、蜃気楼の一体に向かって走る。それに続くように、セイニィも駆けた。
「はあっ!」
二人は蜃気楼の周りを、位置を変え、前後を変えて回る。一本しか剣を持たない蜃気楼がそれに交互に剣を振るうが、ルカルカのスキルもあって速度はすさまじい。
「全力でいいわよ。こっちで合わせる!」
「はなから全力よ、こっちは!」
交互に位置を変え、飛び跳ねながら、リネンとセイニィは言葉を交わす。二人の位置を把握しきれない蜃気楼に、リネンが両手に持った【魔剣ユーベルキャリバー】に力を込める。
「この一撃、受け止められる!? 蜃気楼!」
そして、剣を振るう。その重い一撃は、蜃気楼の剣で抑えようとも、
すさまじい衝撃となって蜃気楼を襲った。両足を引きずり、蜃気楼は大きく後ろへと下がる。
「まだよ!」
そこにセイニィが低い姿勢から駆け、追撃を与える。反撃することも出来ない蜃気楼は攻撃をまともに受け、大きく体をのけぞらした。
「アーシャル、覚悟しやがれ、【念動球】!」
ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は直接アーシャルを狙う。が、現れたもう一体の蜃気楼が攻撃を防ぎ、そのままダリルに向かって跳ねた。
ダリルがとっさに地面を転がって攻撃を避けると、セイニィの攻撃によって怯んだ蜃気楼へと向かって、今度は飛ぶ。
「セイニィ、そっちに行ったぞ!」
ダリルは叫んだ。セイニィは声を聞いて後ろに下がる。セイニィがいた場所が、現れたもう一体の蜃気楼によって抉られた。
「もう一体!」
セイニィが叫ぶが、
「手を貸すセイニィ! 灯!」
武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)が【22式レーザーブレード】を手に、前に出た。
「はい! カード・インストール!」
龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)が叫ぶと、彼女の服が弾け飛び、彼女の体が光に包まれた。
「ケンリューガー!」
そして、灯の体は魔鎧と化し、牙竜の体へと装着される。さらに牙竜の【行動予測】、灯の【歴戦の必殺術】が重なる。
「遅い!」
それは蜃気楼の動きを、完全に読みきった動きだった。ほんのわずかに体を動かすだけで相手の攻撃をぎりぎりで避け、伸ばした剣に添うように牙竜の【レーザーブレード】が伸びる。肩の辺りに剣は突き刺さり、蜃気楼は下がる。
「いいとこ持ってってんじゃないわよ!」
そこに、リネンが大きく跳ねた状態から攻撃。二体の蜃気楼は、【魔剣ユーベルキャリバー】の攻撃に、二体ともが後ろに吹き飛んだ。
牙竜、リネン、そしてセイニィは笑みを浮かべ、前に出る。よろけた蜃気楼二体が立ち上がり、同時に剣を構える。
三人の攻撃が、重なった。
【隠密技巧】で放たれた【レプリカシャドウレイヤー】に、一体の蜃気楼が巻き込まれる。そこで動きが鈍くなったところに、二人に分身した紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が連続の攻撃を放つ。
さらにその後ろから二体の分身。何十発もの攻撃に、蜃気楼はよろける。
「今度の縮界は前回と違って全力だ。蜃気楼、てめえに止められるかよ?」
分身が唯斗の体の周りに集まり、唯斗は蜃気楼をにらみつける。
「何対いようが、何十体いようが、」
そして今度は、分身と共に走り出す。
「全部止めてやんよ!」
そして、五人の唯斗が同時に拳を放った。
「【終焉剣アプソリュート】!」
酒杜 陽一(さかもり・よういち)は剣の冷気を開放し、蜃気楼の足を止める。
「現れよ、バハムート!」
そこに、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)が【召還獣:バハムート】を呼び出し、圧倒的な魔力をぶつける。
「私も! 行け、【裁きの光輪】!」
酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)の放つ光の輪が、蜃気楼の後方に位置取り、そこから光の光線を放つ。
「そこをボクが狙い撃つ!」
怯んだ蜃気楼に、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)の【とどめの一撃】を使った精密射撃。足元の間接部を貫いた攻撃は、蜃気楼にひざをつかせた。
「【ゴッドスピード】!」
「【疾風迅雷】!」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も、遥か極限まで高めた速度で、蜃気楼へと迫る。
セレンは【希望の旋律】を手に取り、相手の攻撃よりも遥かに速い速度で、のど元へと剣を突き立てる。
それでもダメージはほとんどないようだ、蜃気楼が、剣を振るう。
「……鎧着こんでるだけあって、嫌らしいほど頑丈ね。でもっ!」
振るった剣をセレンはスピードを殺さぬまま、空中で体を回転させる。蜃気楼の剣を避けつつ回転し、再び剣で攻撃。
「頑丈ならいいってもんじゃないわよ!」
着地し、再び蜃気楼の眼前へ。蜃気楼は次の攻撃を予期して防御しようとするが、
「ふふっ」
セレンは笑って、剣を上へと投げる。そして、着ていたコートを、蜃気楼の顔へと向かって投げつける。現れたのは、トライアングルビキニのみの、ほとんど裸体のその姿。しかし、蜃気楼は視界が奪われ、見えない。
少しだけ、セレンが後ろへと跳ねた。そのほんのわずかな隙間に、セレアナが【青のリターニングダガー】を投げつけた。それは見事に蜃気楼の足の関節に突き刺さり、わずかに体が前に傾く。
「オラオラオラ!」
そこに、再び前進したセレンが【裸拳】を全力でぶち込む。蜃気楼が後退すると、セレンは投げておいた【希望の旋律】を片手でキャッチし、
「でやぁ!」
「はあぁ!」
走りこんできたセレアナの【星印の剣】と同時に、胴体部へと突き立てる。剣を引き抜き、その際に、コートを取り返すのも忘れない。
「先輩、すさまじい絵です!」
「わかっている、とにかく撮影だ!」
近くでばしゃばしゃとシャッターを切る音には、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が【光術】を、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が【雷術】飛ばした。
「【エクスプレス・ザ・ワールド】!」
遠野 歌菜(とおの・かな)は槍の檻を作り上げ、一体の蜃気楼を閉じ込めようとする。それは蜃気楼の剣に一瞬で壊されるが、
「その一瞬が、」
「隙ありじゃ!」
剣を振るっている以上、一瞬だがガードは甘くなる。その一瞬を、
ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)、ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)が同時に攻撃を仕掛ける。
反撃をする蜃気楼、剣を振るうときにはすでに二人は離脱、地面に剣が突き刺さると、
「そこよ」
その動けないほんの一瞬を、ルナ・リベルタス(るな・りべるたす)が攻撃を加える。蜃気楼が気づいたときにはすでにルナは射程外、一瞬のヒット&アウェイだった。
「合わせるぞ、歌菜!」
「了解! 行くよ、羽純くん!」
「「【薔薇一閃】!」」
歌菜、そして月崎 羽純(つきざき・はすみ)の息の合った乱撃が、蜃気楼をとらえた。
「「【グラビティコントロール】!」」
長曽禰 ジェライザ・ローズ(ながそね・じぇらいざろーず)と、ニーナ・ジーバルス(にーな・じーばるす)の二重のスキルが、対峙する蜃気楼の足を止める。
「そこ、隙だらけよ!」
ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が、【光白椿・焔(魔剣『朱雀』)】を振るい、炎のエネルギーを開放させる。炎に包まれた蜃気楼は両手を振り回し、体をまとった炎を消そうとする。
「ハコ! やっちゃえっ!」
ソランが叫ぶと、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)が飛び出す。
「【絶流拳】!」
ハイコドは力を込めた強い一撃を蜃気楼に放ち、蜃気楼は壁付近まで飛ばされた。
「さぁ、狩りの時間よ。【アブソリュート・ゼロ】!」
そこにニーナが分厚い氷の壁を作り出す。そこに閉じ込めようとしたが、蜃気楼は剣と拳を使って壁を壊し、のそのそと出てきた。
「ダメだった!?」
ニーナは叫ぶが、
「いや、効いているよ。彼はもう虫の息だ」
ロゼは冷静に言う。よく見ると、蜃気楼は足がぐらつき、剣を支えにしてやっと立っている」
「ならもう少しってことだな……」
「ええ。とっとと鎧を剥いで、体中を舐めまわしてあげるわ」
「それは単なる変態だ」
ハイコドとソランは並んで言った。
そんな風に皆で戦っている最中。
「ふふふ、見付からずに追跡は得意であります」
葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はダンボール箱を被り、蜃気楼に隠れてアーシャルを確保しようと動く。
「この完璧な隠蔽術、見抜けなかったようでありますね。……ん?」
見ると、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)も戦慄を離れ、こそこそとアーシャルのほうを伺って動いている。
さらには少し離れた物陰に隠れているのはデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)。ハデスはすでにこちら側だが、じっとアーシャルを伺っている。
「おかしいであります……辿楼院刹那たちがいない。もう退いたでありますか……?」
そこまで吹雪は呟いて、まさかと思って振り返った。
が、自分はダンボールの中だ。振り返ってもそこに穴は開いていなかったので、ダンボールの位置を直す。
「やられたであります!」
吹雪が叫んだ。
まだ数対の蜃気楼は戦線に加わっていないとはいえ、皆が協力し、一体ずつを確実に弱らせていた。
いける。誰もが思った。蜃気楼を倒し、アーシャルを捕らえられる、と。
「申し訳ないですが」
そんな皆の背に、声が聞こえた。
「彼女の邪魔をしないで欲しいですね」
声の主、ファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)と、一列に並んでいる【月の棺の戦闘員】。ファンドラは【神の奇跡】の力によって武器を戦闘員たちの手に握らせ、それを一斉に向けさせた。
「撃て」
そして、手を振る。戦闘員たちが握った銃から一斉に攻撃が放たれ、混乱した戦場に、それら攻撃が無数に迫る。
「くっ!」
牙竜はセイニィとリネンを庇い前へ。集中砲火を浴び、彼の体から血が吹き出す。
「ぐっ!」
涼介もアリアクルスイドを庇って銃弾を受けた。
「セレンさん!」
土井竜平が槍を回転し、さゆみたちに向けられた攻撃は弾いたが、前にいたセレン、セレアナはその攻撃をすべて避けきることができなかった。肌に赤い線が走る。
「マスター!」
「いいから頭引っ込めてろ!」
ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)はフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)を抱いてしゃがむ。血まみれの手でジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)も地面に伏せさせた。
「く、【アブソリュート・ゼロ】!」
ロゼは氷の壁を作ってガードを固めるが、
「え!?」
「………………」
突如現れた女王・蜂(くいーん・びー)が、氷の壁ごとロゼの体を槍で突き刺す。
「がっ……」
肩の辺りを貫かれ、ロゼはそのまま倒れこんだ。
かろうじて軽症で済んだものも、ほとんど動けなかった。
残ったのは真っ赤に染まる地面と、倒れた多くのメンバーたち。蜃気楼は健在で、アーシャルも無傷だ。
「………………」
アーシャルは無言でファンドラを見据える。ファンドラは「ふふ」と笑みを浮かべ、メガネをくいと持ち上げた。
「終わったぞファンドラ。見事に一掃できたのう」
残ったメンバーも、辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)、女王蜂にイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が手を下し、皆が倒れていた。
「わかったでしょう。私たちの力。あなたの目的のため、協力できると思いますよ」
ファンドラは言う。アーシャルは無言のまま、じっと、倒れた者たちを見下ろしていた。
「羽純くん……」
「歌菜……いまそっちに……」
赤く染まった歌菜に、同じく真っ赤な羽純が手を伸ばす。
「ファラさん、ルナさん……」
ウィルは動くことが出来ず、ただ近くでうつぶせに倒れている二人の名を呼んだ。
「おにい、ちゃん……」
美由子も兄の名を呼ぶ。片足を貫かれた【バラミタドーベルマン】が、彼女の顔をぺろりと舐めた。
「負けるかよ……こんなところで、終われるかよっ!」
陽一は叫ぶ。最後の力を振り絞り、言うことを聞かない体を無理やり立ち上がらせる。
「うおーっ!!!」
そして、陽一は叫んだ。洞窟中に響くように、皆の胸の届くように。
「【サクリファイス】!」
そして、もう一度叫ぶ。陽一の体を真っ白な光が包み、その光が、周りで倒れていた者たちを包み込んだ。
「しまった!」
ファンドラは再び手を上げ、戦闘員たちに構えさせるが、
「遅すぎるでありますよ!」
ダンボールから勢いよく出てきた吹雪が、ライフルを連射する。
「二度も遅れは取りませんよ……」
ミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)も身を起こし、【ソーラーフレア】で戦闘員たちを撃った。
「フィリシア、皆の回復を! 俺は、蜃気楼を足止めする!」
ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が叫び、動き出した蜃気楼に向かう。
「歌菜……!」
「羽純くん!」
二人の手が繋がれた。支えあって立ち上がり、周りの者たちに手を貸す。
「ファラさん!」
「ウィル……」
ウィルはやっと目を開けたファラを抱き上げた。立ち上がったルナも、苦しい表情をしながらも、眼前の蜃気楼をけん制する。
「だが、虫の息に変わりはない! 戦闘員たち、今一度、攻撃を!」
ファンドラが叫ぶが、
「そうはさせっかよーっ!!」
戦闘員たちに藍華 信(あいか・しん)が飛びかかる。
「信! 来てくれたか相棒!」
ハイコドは嬉しそうに叫んだ。
「親衛騎兵団、出撃!」
ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)も駆けつけ、空賊たちを戦闘員たちに差し向ける。
「ヘイリー!」
「無事ねリネン! しょうがないわね、なんとかするわよ!」
ヘリワードも【アロー・オブ・ザ・ウェイク】を手に、戦闘員たちを射抜きながら叫ぶ。
「フハハハ、戦闘員と聞かれて黙ってられるか! ゆくのだ、我が戦闘員たち!」
「なんで無事なの!?」
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が叫んだ。ドクター・ハデス(どくたー・はです)も自分たちの戦闘員を呼び出し、蜃気楼の警戒などに当たらせる。その間に、回復の出来るものが回ってゆき、皆はなんとか立ち上がる。
「もう、無理しちゃって……」
ひとりだけ、【サクリファイス】を発動した陽一だけが倒れたままだ。美由子は彼を安全な場所まで引きずってゆく。
自らの身を犠牲にして、仲間を回復させる、諸刃のスキルを陽一は使った。血まみれのその体はまだ苦しそうではあったが、陽一はどことなく、笑っているようにも見えた。
「くっ……」
有利になったかと思ったが、人数も増え、逆に不利になったことを危惧したのか、アーシャルの表情が少し曇った。そして彼女は、懐に手を入れる。
「な、まさかっ!?」
「邪石!?」
ダリル、ルカルカが叫ぶ。自分たちは立ち上がったばかりで、対応できない。
「くっ!」
近くに隠れ、無傷だったマリエッタが前に出ようとするが、
「ちゃーんす!」
先に飛び出たのはデメテールだった。彼女の【ブラインドナイブス】による【先制攻撃】が、アーシャルの心臓を狙う。
「ぐっ……」
とっさに避けたものの、それは彼女の右手から力を奪った。彼女が取り出そうとしたなにかが、地面を転がる。
デメテールはそのままその石を奪い取り、
「それじゃーねー!」
と、走り去ろうとする。が、目の前に蜃気楼が現れ、急ブレーキ。立ち止まった。
「それを、返しなさい!」
アーシャルが叫び、デメテールの腕を掴む。デメテールはなんとか逃れようと体をよじる。
「はーなーせー!」
デメテールはアーシャルに蹴りを入れて逃れた。蜃気楼の脇を抜け、走ろうとする。
「お、おお?」
そこに、ちょうど地震が起きた。デメテールは倒れ、石が転がる。それに手を伸ばすと、アーシャルもいつの間にか近くにいて、石に向かって手を伸ばす。
「っ!」
「んー!」
二人が手を伸ばす。が、アーシャルの手が突然、視界から消えた。デメテールの体が、突き飛ばされる。
「へっ?」
デメテールは突き飛ばしたアーシャルの、冷たい目を見た。そして、後ろから必死に手を伸ばす蜃気楼と、そして、微動だにしないアーシャルの姿。
上から岩が落ちてきていた。岩はアーシャルの頭上に降り注ぎ、ごっ、という鈍い音を響かせた。
「………………」
「………………」
皆が無言で、その様子を見ていた。やがて、ゆらりとアーシャルは立ち上がる。デメテールの攻撃で右手はだらりと垂れ下がり、頭は皮が剥がれ落ち、真っ赤に染まっていた。
それでも彼女は――ゆらゆらと、なにかを求めるように歩き出す。
後ろにいた蜃気楼を追い越し、隠れていたマリエッタの横を通り、玉座からちょうどまっすぐ行った、なにもない場所に彼女は手を当てた。
蜃気楼が彼女を追い、そして、岩の間に剣を突き立てる。岩は二つに分かれて道を作り、アーシャルはゆらゆらと左右に揺れながら、その中へと入っていった。
「えっと……えい!」
デメテールは石を拾って走り出すが、
「待って!」
【ポイントシフト】で彼女の前に立ったマリエッタが彼女を捕らえた。ゆかりとハデスも彼女の元へゆき、手にしていた石を手にする。
「これは……」
邪石かどうかなんて、わからなかった。ただ、今はアーシャルのことが気になった。周りを見回すと、他の蜃気楼たちは微動だにせず、まっすぐ構えてアーシャルが入っていった場所を見つめている。
「戦意を喪失したのか……」
牙竜が灯の魔鎧モードを解除する。灯が全裸のまま現れ、慌てて牙竜は背を向けた。
「あら……どうしましょう」
灯は言う。セイニィが慌てて服を拾ってきて、彼女に着せた。
「………………」
刹那は視線だけで女王蜂たちを呼ぶ。女王蜂、イブも頷いて、大きく後ろへと後退、洞窟の奥へと隠れる。ファンドラも、戦闘員たちを引き連れて退いた。
「……どうなったんだ?」
陽一が意識を取り戻して言う。ロゼに回復してもらって立ち上がり、アーシャルが入っていった、小さな穴を見つめた。
「………………」
ゆかりが無言で歩き出した。それを追うように、他のメンバーも奥へと向かう。
広い玉座の、その後ろ。ほんのわずかに開けた隙間から、中に入ってゆく。
そこには蜃気楼が立っていた。しかし、攻撃も、妨害もせず、ただゆかりたちを一瞥するだけで、同じように中へと入ってゆく。
その奥に、誰かがいた。
真っ白なベッドの横で、静かに立ち尽くしているのは、背が小さい、一人の少年だった。
「……ジャック」
アーシャルはふらふらと歩いて彼の元へと向かうが、彼に届く寸前、倒れこみそうになる。その体を、蜃気楼が支え、ベッドへと静かに横たえた。
「あなたは……」
ゆかりが声を上げる。
少年はゆっくりと頭を下げ、まっすぐにこちらを見据えた。
「母が……ご迷惑をおかけしたようですね」
そして、小さく口にする。
「母……ということは、」
「はい。僕は、彼女の……アーシャル・ハンターズの息子です」
少年は静かに頷いた。
「なんだって息子がこんなところにいるんだ、ってか、ここは……」
ハイコドはその場所の異様さに気づく。
緑色に光った地面からは、なにか、強い力のようなものが流れている感じがする。自然の、大地の力が溢れ出し、それがそのまま放出されているような、そんな不思議な感じ。
「マスター、ここは一体……」
「わからない。一体なんだ、これは」
フレンディスはベルクに身を寄せた。ベルクも辺りを見回す。
「説明します。僕のこと、この場所のこと、そして、母のやろうとしたこと、母のやってきたことすべてを」
少年はそう言い、横たわるアーシャルの元へと歩む。
――彼女の肺は上下していない。彼女はもう、呼吸をしていない。
――アーシャル・ハンターズは、絶命していた。
少年は母の手を胸元で握らせる。しばらくその手を握っていたが、やがて、こちらへとゆっくりと振り返り、優しく微笑んだ。
「僕は……十歳まで生きられないと言われました。僕の父親である人間に捨てられた、まだ十代だった僕の母は――深く、深く絶望したそうです」
少年は語り始めた。
「ですが、母にはひとつの希望がありました。契約者……この大陸の存在です。契約によって、人間は、身体能力を高めることが出来る。母はその行為に、望みをかけた。僕を契約者にし、なんとかして、生き長らえさせようとしたのです」
少年は母の手を再び握る。
「僕はこの大陸に来て、僕は契約をしました。でも……ついてなかった、とでも言うんでしょうか。僕が契約をして、半年も経たない頃でした。僕の契約相手は、不慮の事故により、亡くなったのです」
「それは……」
美由子が表情を歪めた。
「幸い、僕と契約相手の絆はそれほど強くなく、僕は死ぬことはありませんでした。ですが……僕の体は、ますます衰えました。自分ひとりでは起き上がれないくらいに」
少年は言う。そこで一度呼吸を整え、再び母を見据える。
「母は……契約を恨みました。契約者を恨みました。そしてなにより、この大陸に来たこと、自分が行ったこと……自分自身を、恨みました」
誰も、口を挟まなかった。ただ、少年のぽつりぽつりと語られる物語に、聞き入っていた。
「ですが、母にはまだ望みがあった。『賢者の石』です。錬金術には、不老不死の研究という側面もある。この大陸には、機昌石を始め、まだ解明されていない多くのものが存在した。母は、そちらに目を向けました」
母から離れ、少年は皆に背を向ける。洞窟のそこから、どこかと奥を眺めるかのように、視線をめぐらせた。
「そのために母は、発掘作業や鉱石の研究、『賢者の石』の研究をする人に近づいた。……褒められる方法では、ありませんでした。きっと母は、もう、壊れ始めていたのだと思います」
その言葉が出てくるまでには時間がかかった。それを口にすると、彼は一度呼吸を整え、静かにこちらに向く。
「そんなとき……ここを見つけたのです。ここは地脈の中心、特殊なエネルギーの流れる場所です。母は僕を、この場所に連れて行きました。僕の体は、少しだけ、楽になったのです」
彼の言葉に、地面が反応するかのように緑色に光った――そんな気がした。
「ですが、発掘をしていた男たちは、この場所を、このエネルギーをなにか活用できないかと考えた。でもそうすれば、多くの人がこの場に訪れ、力は失われ、僕はまた、動けなくなってしまうと、母は考えたのでしょう」
その言葉のあとも、わずかな空白があった。
「母は殺しました。この場所を知っている人間を、すべて」
少年が振り絞った声は、とても苦しそうな声に聞こえた。
「それからも母は……このような、エネルギーの集まる地脈を探した。発掘をしたり、地質学をしたりしている人たちに、近づいて。母はこの頃から、おかしくなっていきました」
苦しそうな声は続く。聞いている者たちも、息が詰まる想いだった。
「黒魔術を研究し、生きた人を実験台にし、多くの人を……母は殺した。すべては僕のせいなんです。僕が……僕がこんな体だからこそ母は、そういうふうに、なってしまったんです」
「……あの洋館の事件か」
陽一が言うと、こくりと少年は頷く。
「それからも、この場所に似たような場所が見つかるたびに母は口封じをしました。それでも……なにも見つからなかった。そして、この場所ですら、力がなくなりかけています。母は再び、エネルギーの代替物となるものを探しました」
「『賢者の邪石』……」
ルカルカの言葉に、少年は頷く。
「『賢者の石』は、何百年も研究されて、なおも形を成していないもの。それと手に入れるのは無理と悟った母は、『邪石』なら作れるのではないかと思い、材料を集めようとしました。そのために、テロリストと手を組んだ」
そこからの物語には、集まったメンバーも関わっていた。
「母はそのときはもう、黒魔術のマスタークラスだったんです。多くの人間を操り、利用することで、小さな過激集団をテロリストに仕立て上げ、現実に存在する組織との繋がりを作った。レース場のテロの後、母は多くの“仲間”を作り上げていた。いわゆる裏社会に、入って行った」
「カイザーたちは……きっかけだったということか」
牙竜が言う。
「母は協力の見返りに、他にも多くの犯罪に加担しました。母のしたことは、許されることではありません。でもそれは本当にたったひとつの目的……僕がいたから、なんです」
そこまでを言い、少年は静かに息を吐いた。
「それが、母の……アーシャル・ハンターズの、物語です」
彼の語る物語は――孤独で、身勝手で悲しくて、そんなひとりの女性の物語はそこで終わった。
「そんなことがあったなんて……」
リネンは息を吐く。
「すべては子を思う母の歪んだ愛、か」
セレンも静かに呟き、
「なんてことだ……」
ジェイコブもそう呟いた。
「許して欲しいなんて言いません。それほどまでに、母のやってきたことは重大です」
少年は言う。
「母はもう、眠りにつきました。僕だって、この場所がなくなれば、外では生きてゆけない。母と共に、この場所に残ります」
「残るって、こんななにもないところに、」
さゆみが口を開くが、
「大丈夫ですよ。SAYUMINさん」
少年はさゆみに向かって言った。「え?」とさゆみは声を出す。
「皆さんのことは知ってました。いえ、僕は……この大陸で起きたこと、すべてを知ってます」
少年が言うと、地面からなにか四角いものが、いくつも飛び出してきた。それは皆の体をすり抜けて空中に止まると、四角い中に、まるで、テレビ画面のように映像を映しだす。
「な、なんだこれ!?」
涼介がそれを見て叫んだ。
「この映像……これ、ついこの間の、クリスマスの映像ですよね?」
ウィルの言葉に、皆の視線がウィルの指差す画面へと向く。
クリスマスの、ケーキ販売競争の様子だ。
「こっちは……この前の、演劇か?」
別の画面には、ついこの間の演劇の練習風景が。
「これ、去年のハロウィン!」
「ろくりんピックのときの……」
「お祭りのときの映像ね」
映像は――物語だった。多くの、物語だった。
「これはまさか……この大陸で起こったこと、でありますか?」
吹雪が言う。少年は頷いた。
「この場所には……ありとあらゆるものがあります。この大陸で起きた多くの物語、多くの事件、人と人との出会い、恋、夢、喜びや悲しみ、そう、すべてが」
その中に、アーシャル・ハンターズの姿も見える。泣いて、怒って、喚いて、それでも立ち上がって歩く、そんな、血まみれの女性の姿。
「みなさんに、知って欲しいことがあります」
そんな多くの物語が流れている中、少年は静かに言う。
「この大陸は、いずれなくなる」
その言葉は、とても大きく響いたような気がした。
「それがいつかはわかりません。何年後か、何十年後か、もしかしたら、何百年後か。それでも、確実にこの大陸は、いずれ滅ぶでしょう。そうなったら……契約者はきっと、僕と、同じになる。死する運命に、あると思います」
少年はゆっくりと、口にする。彼の母が、まだ笑っていた頃の映像を、だんだん笑わなくなってゆく映像を見ながら。
「母は……それを、止めたかった。理不尽に、命が奪われるという状況を、止めたかった。でも、その強い、強すぎる思いが、かえって人の命を奪った。人の命を疎んじた。人の命に対し、なにも思わない要因となった。母は本当は……とても、優しい人だった」
少年の声が、詰まった。
映像に写るのは若き日の母の姿だろうか。まだ見ぬ新大陸を、希望に満ちた新たな生活を小さな子供に語るその姿はとても――美しかった。
「みなさんは、絶望しないでください。例え死の運命が皆さんを待っていても、この大陸がなくなるとわかっても、母のようには……ならないでください」
少年は、うつむいて口にした。
母と同じように、彼もまた、絶望していたのだろうか。
死の運命に、どうあがいても訪れる現実に。
そして母は壊れた。絶望が、目的と手段を狂わせ、彼女を間違った道へと追いやった。
その事実を……少年には、どうしようも出来なかったのだ。
「ならないよ」
そんな少年の肩に、手が回された。
「私たちは、そんなふうにはならない。この大陸が滅びようが、この世界が滅びようが、私たちも知っているから。多くの物語に希望があるってこと。ハッピーエンドが存在するってこと。あなただって、それを知ってるんでしょ? こうやって、たくさんの物語を目にして」
衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)は少年を抱く手に力を入れる。
「だから、私たちは絶望しない。たくさんの人と会って、たくさんの物語を見て、私たちはね、笑って過ごせる道を知っているから。どんなことがあったって、くじけない。私たちの中には、心が温まる物語が、たくさんあるから」
少年が、涙を浮かべた顔で玲央那を見つめた。
「この大陸がなくなっても……私たちは大丈夫」
「そうだよ……玲央那の言うとおりだよ」
遠野 歌菜(とおの・かな)も言う。
「私たちはいろいろな人に会ってきた。いろんなものを見てきた。絶望も、希望も見てきた。だからこそ、決められた運命に逆らうことだって、私たちは出来る」
そう言って、歌菜は羽純を見つめる。
「運命は自分で掴み取るもの、の筈だよ。私たちの前にそういう、絶望的な運命が立ちふさがっても……私たちは、自分の力で、それを乗り越えていける。私たちには、絆があるから。大切な人が、近くにいるから」
「その通りだよ」
陽一も、一歩前に出た。
「俺たちは絶望したりしない。この大陸で出会った多くの人が、この大陸で触れた多くの物語が、俺たちを支えてくれているから」
陽一は力強く、口にした。
「ありがとう……ございます」
少年は言う。
絶望することしか出来ない少年も、その言葉の重さを、知っていた。その言葉の意味を、知っていた。
彼も、たくさんの物語を見てきたから。たくさんの物語の中で、どんな絶望だって乗り越えてきたものたちを、知っているから。
自分も、そうなりたかった。希望を、捨てたくなかった。
最後の希望だった母を失い、少年は泣いた。
それでも……彼らの言葉は、彼に新たな希望を与えた。
「わ、また地震であります!」
地面が揺れ始め、吹雪が叫ぶ。皆も身を低くし、近くにいるものと手を取り合う。
「……行ってください。もう、この洞窟を支えているエネルギーは、もう尽きようとしている。長くは持ちません」
「でも、あなたを置いていくことなんて、」
玲央那は少年の肩に手を回したまま言う。
それでも少年は首を横に振って、玲央那の手を握り、ゆっくりと離す。
「僕の……僕たちの物語は、もうここで、終わるべきなんです」
そう、少しだけ寂しそうな表情を浮かべて口にした。
「蜃気楼!」
そして、叫ぶ。
叫び声に答えるように、蜃気楼がゆっくりと歩いてくる。そして、外で待機していた蜃気楼たちも、次々と中へ入ってくる。
「天井が崩れ始めてやがる!」
ベルクが叫んだ。天井から、多くの岩が落下し始めていた。
「ダメよ、みんな、避難して!」
ゆかりがそう叫んで、皆は走り出した。
「玲央那!」
少年から離れようとしない玲央那を、歌菜が手を引く。玲央那は最後まで少年の姿を見ていたが、少年が優しく笑みを浮かべると、自分の足で立ち、走り始めた。
「蜃気楼」
少年が、傍らの蜃気楼へと話しかける。
「ありがとう。母に従ってくれて。僕たちの傍にいてくれて」
蜃気楼は剣を置いて、ゆっくりと頭に手をやった。
甲冑が外れる。その中にある小さな頭部が、姿を現した。
「でもごめん……できれば、最後まで、付き合って欲しい」
「……はい、マスター」
その頭は、少女の姿をしていた。
周りにいた他の蜃気楼も、皆マスクを外す。そこにはすべて、同じ顔をした少女が。
「機昌姫……だったのか?」
牙竜がその姿を見て口にした。
「急いで、早く!」
その背中にリネンが声をかける。
崩れてゆく岩に隠れて蜃気楼たちは見えなくなり、牙竜は再び走り出した。
そうして、洞窟の最深部奥は崩れ去った。
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