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リアクション
【それぞれの病室にて】
三日目の昼。
治療院に入院中の叶 白竜(よう・ぱいろん)の病室へニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が訪れたのは、 痛み止めによる倦怠感も幾らか抜け、怪我や意識の侵食めいたもの影響も落ち着いて、起き上がれるぐらいには回復し、あとは経過を見る段階へ入った頃合だった。
とは言え治療院の魔導師からもまだ無理は禁物と言われているため、安静に勤めている最中、室内へ入ってきた客人に、上体を起こしかけた白竜に、ニキータが「いいから」と制した。
「まだ無理しちゃだめって、言われてるんでしょう? アタシは頭打った程度だけど、少佐はそれどころじゃなかったんですからね」
今は安静にしておいてください、とニキータは釘を刺した。先の負傷の折、スカーレッドと一二を争うような重症でありながら、自分への回復を後へ回させたために、傷の直りが他よりも遅いのである。
「その節は……迷惑をかけました」
「少佐ったら水臭いわ、気にしないで下さい。あ、それよりリンゴ剥くわね」
変わらず真面目な様子に、ニキータがからりと笑って、ベッドサイドの椅子に腰掛けていそいそとりんごを剥いていく。
「おや、お揃いだねぇ」
そうして、白竜がニキータの剥いたリンゴを口にしていると、軽い声と共に入って来たのは氏無とスカーレッドだ。同じく重症だったはずの女性が何事も無かったかのような素振りで見舞いに入ってくるのに、白竜は複雑な顔をし、ニキータは気安い調子で声をかけた。
「はい、大尉。あたしはしっかり見られなかったんだけど、大尉は大暴れだったらしいわねぇ」
自分のたんこぶを撫でつつのニキータの言葉に、スカーレッドはなんとも言えない顔で肩を竦めた。どうやらその時の記憶は相応に残っているらしく、攻撃を受けたことも手を上げたことも、彼女の中では苦いものらしい。それを察してそれ以上は追求せず「そういえば」とニキータは続けた。
「そういえば、大尉と繋がってたのって誰だったの?」
「エルドリース、と呼ばれていたわね。とは言っても、彼の記憶は随分おぼろげで、名前以外殆どわからないのだけれど」
その名前に軽く驚いたように目を瞬かせたニキータは、不意に首をかしげた。
「確かそれって、龍器って言われてた存在でしょ?」
それなら、スカーレッドの意識を奪って指揮下に置いたのは、ポセイダヌス、ということになるが、行動を見る限りではどちらかと言えば邪龍側の行動のように思えたのだ。それについての問いに、スカーレッドは「そうね」と目を細めると、無意識にか腕を暖めるようにして撫でた。
「…………冷たい気配だったわ。恐らくは、邪龍の意思でしょうね。恐らくだけど、エルドリースが龍という存在そのものへの融和性が高かったのもあるけれど、ポセイダヌスとリヴァイアサタンが、本質的には同じ存在だったから、ということではないかしら」
その言葉に、ニキータは軽く目を瞬かせた。
「……そう……それで、同じ歌に同じ影響を受けて立ってことなのかしらね」
そんな呟きとともに、ニキータが遺跡にいるタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)へとテレパシーで何事か伝えている間、白竜はその視線を氏無へと向けた。
女性の病室へ押しかけるべきではないという自制から、意図的に避けているが、クローディスの様子が気になっていないわけではない。最後に目にしたのは、倒れた彼女の姿だ。治療院側からその容態を聞いているとすれば、目の前の氏無ぐらいだろうが、かといって問うにもそれは患者のプライベートでもある。結局、深く眉を寄せる以外出来ることはなかったが、それでも言っておかねばならないとばかり、白竜は口を開いた。
「もし、何事かあれば……勿論、教えて頂けるのでしょうね?」
威圧感のある眼差しに、氏無が軽く怯んで「判ってるよ」と口にした。
「大丈夫、彼女が丈夫なのは良く知ってるでしょ。心配しなくても……」
「大尉」
言いかけた言葉を遮る白竜に、氏無は困ったように頭をかくと、溜め息を吐き出して「……判ってるよ」ともう一度口にして、きしりと遠慮なくベッドの端に腰を下ろして、僅かに笑みを消した。
「本当に大丈夫だよ。ここの治療院は「そういうの」の専門だからね、腕はいいし、影響は暫くしたら収まるそうだ。邪龍の件でこれ以上の災禍を被ることはない。今はね」
「今は」
言葉尻を捕らえて眉を寄せる白竜に、氏無は声を低めた。
「これは独り言だし、ただの推論なんだけど、此処まで狙い通りに運ばれた可能性が高いんだよねぇ」
沈黙を守った白竜に、氏無は視線をあわせないまま続ける。
「全部が全部じゃあない。でも、ボクが此処に来ること、ルレンシア女史を招き、ディミトリアスくんがついて来るところまでは多分、そうなんじゃあないかな……掌で踊らされたって程計画的なものでもないけど、何らかの条件のひとつは、相手が揃えちまったと見て良い」
ぼそぼそと独り言のように続けられる言葉は、最後にはため息のようになって「裏をかかれたと言うより、ボクの動き方を良く……とっても良く知ってるって事だね、どうも」と、肩を竦めて苦く笑う。
「目的はひとつ、その策を複数にすれば自ずと手を割かなければならなくなる……全く、ヤなとこばっかり覚えてやがる」
本当に独り言のように口にして、氏無は息をつくと、きしりと音を立ててベッドから腰を上げた。
「まぁ何にせよ……今のキミのお仕事は安静にすること、回復することかなぁ。キミらにはこの先……頑張ってもらわないといけないからね」
そんな頃、同じ治療院の源 鉄心(みなもと・てっしん)の泊まる一室には、奇妙な来客があった。
「まだ、まだとこかにいますのね……ッ、こ、今度こそ除霊してやるのですわ……!」
イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)がお札を片手に、びくびくと腰が引けながらも部屋をあちこちと見回すのに、鉄心は頭を抱えていた。氏無の計らいでホテル代わりに使わせてもらっている病室で、最初こそ酷かった頭痛も落ち着き、戦いやら何やらの疲労も大きかったため、暫くのんびりしようと思っていたのだが、早くも思惑は崩れてしまったようである。事情は説明されいるが、彼女にとっては判りづらかったのか、悪霊が鉄心に悪さした、と信じて疑わない様子である。
「何というか、その……亡霊はもう居なくなったから、落ち着こう、な?」
『…う・そ・つ・き』
何とか宥めようとする鉄心の耳元で、少女の声がくすくすと笑った。思わず振り仰ぐと、ただでさえ警戒していたイコナはびくっと身体を強張らせた。
「……そこですわね! ナムナム、悪霊退散〜!」
札を握り締めて、仇でも見るかのようにぶつぶつとやっているが、それが通じる相手ではない。鉄心が苦笑しているのに、失敗を察したようで、イコナの目がぐるぐると室内を回った。
「い、イコナちゃん目が据わってますよ……!」
ティー・ティー(てぃー・てぃー)がそんなイコナにあわあわとしているが、イコナの方は御札を握り締めたままどんどんどの目つきが不穏なものになっていく。
「く、来るなら来いですの。鎧袖一食ですわ!」
『……食べてどうすんだよ』
思わず少女の魂は呟いたが、呆れているというよりは、自分にどこか面影の似たその少女の行動を、面白がっているようだ。くすくすと表情をほころばせる少女に、鉄心は彼女だけに聞こえるようにと声を潜めた。
「もう用は済んだんじゃないのか……?」
『えー?』
その言葉に、少女は大袈裟にびっくりしたような顔をして見せた。
『だって、最後まで付き合うって言ってくれたよね? アレも嘘だったのかな?』
純真な乙女の心を弄ぶなんて、悪い男ねー、とからかうような言葉に、確かにそう口にした覚えのあるだけに、鉄心は反論できず苦笑したものの、その表情を直ぐに緩めた。こうしてからかって遊んでいるように見えるが、それは怯える心の反面だ。本当に行きたい場所、したいことは、それを彼女に許してくれるかどうかもわからない。だからここでこうやって、足踏みしているのだ。だがそれを察した上で、そのままではいけないと鉄心は遠まわしながら、少女へ向けて囁いた。
「まぁ、好きにすれば良いが…残された時間、後悔の無いようにな」
『……』
黙りこんでしまった少女に、鉄心は苦笑を深めた。一部とは言え、記憶や感覚を共有したのだ。その思いも苦しみも、鉄心には良く判っていた。手段は間違っていたかもしれなくても、彼女の心が求めていたものは純粋で素朴なものだ。
「君はやれるだけのことは十分やったと思うし……個人的にはもう少し報われても良いと思うんだがな?」
その言葉に返答できないまま、少女はじゃれつくようにしているティーとイコナの二人を見やった。相変わらず亡霊を探して猫のように毛を逆立てるイコナを何とか宥めようと、ティーが苦心している。仲の良い姉妹のような二人、そしてそれを眺める鉄心の三人は、少女には優しく暖かな家族の姿に見えた。
自分がついに持ちえず、しかしその欠片のようなものを手にしたかもしれないこと。そしてそれを自分の手で壊してしまったことが胸に迫る。ごまかす様に『そうだと、いいな』とぽつりと漏らした。
『これ以上居たら本気で除霊されちゃいそうだし、もう行くよ』
冗談めかしてはいたが、その表情はどこか寂しげで、そして同時に僅かな決意も見え隠れしているのに、鉄心は少女を止めず「そうか」とだけを口にして見送った。その意図を悟っているのかどうか、少女は遠ざかりかけたところで、不意に振り返ると、最後ににこり、と邪気の無い微笑を、鉄心へと向けたのだった。
『世話になった……ありがと』
一方。
別の病室では、大分調子も取り戻したようで、クローディスが上体を起こし見舞い、と言うよりも話をしに来た様子のヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)を迎えていた。
「もう、動いて大丈夫なの?」
「ああ。本当は直ぐにでも調査に戻りたいんだが、ツライッツが怒るんだ『安静にしてなさい』って」
軽く拗ねた様子なのにヒルダは少し笑いながら、ちらほらと雑談とともに、調査団の面々が置いていったと思しき見舞いの品をいっしょに食べたりした後「ちょっと、聞いていい?」と口を開いた。
「都市が沈んだら……アジエスタの記憶は、クローディスの中から消えてしまうの?」
その問いに、クローディスは軽く目を瞬かせると、一瞬考え込むようにしてから「多分、幾らかは消えるだろうと思う」と眉を寄せた。
「勿論、全ての記憶が消えるわけではないんだろうが……その魂自体が持っていたもの、たとえば戦い方や知識の類は、殆ど残らないと思う。あれはあくまで、彼女たちが持っていた力で、繋がったことで引き出されていたの過ぎないものだからな」
いいながら、ただ、とも付け加えるように、クローディスは少し表情を緩めた。
「想いが完全に失われることは無いと思う。感覚は共有できなくとも、受け取った想いは……言葉でも知識でも無いものは、そう簡単に消えるものじゃない」
その回答に、そう、と何か考えるようにして黙り込んだかと思うと、ヒルダはずいっとアジエスタに向かって身を乗り出した。
「でもそれは、詳細に事細かに残るとは限らないって事よね」
「あ……ああ、それは、そうかもしれないが……」
突然顔が近づいたのに驚いてクローディスが状態を引いたが、構わずぐぐぐとヒルダは近づいた。
「……ジョルジェに、何か内緒の話は無い?」
その言葉に目を瞬かせていると、ヒルダは続ける。
「秘密はお墓まで持ってくわ。聞かせて欲しいだけなの。アジエスタが伝えたいこととか」
本音のところは、パートナーとクローディスの間だけで通じる話というのが何となくもやもやしてしまうから、自分もそういう秘密を持っておきたい、というところだったが、それ以上にアジエスタという存在がジョルジェをどう思っていたか、というのが、パートナーが余り細かく語ってくれないために気になるのだ。
その熱意に動かされたのか、暫くクローディスが黙ったかと思うと、その声がアジエスタのものになった。流石にヒルダが慌てたが、遺跡の時と違って既に接続は離れているため、届いているのは声だけで、負担は特に無いらしい。病室の仕組みが影響を軽減しているのもあるのかもしれない。
「“秘密……そうだな、あの時ほんのちょっとだけ……恨んだことかな”」
その言葉に目を瞬かせるヒルダに、アジエスタは続ける。
「“私にとって、ジョルジェは大事な副官だった。手にかけるつもりなんて、無かったのにあの時……何故私に斬らせたのか……とね。まあ……止められなかった私が一番、悪いんだが”」
そうして、ヒルダの問うままにアジエスタが語ったのは、ジョルジェとの記憶だ。初めて出会った時に、生真面目そうな目に気になっていたこと、その実力、目配せだけで意図の通じるようになった時の嬉しさや、自分の右腕として誇らしいとも、そして同時に友人以上に信頼を置いていてもいたこと。
そんなことを、嬉しげに、同時に僅かに切なげに語るその声に、やはりまだ深い後悔が滲んでいるように見えたが、それは流石に当人たちの問題だ。口を挟むことはせず、最後ぽつりと漏らすようにして「“……話しすぎたかな”」と苦笑した。
「“…………私たちがこのまま消えても、覚えていてくれたらと……そう思ったら、最後に……話しておきたくなったんだ”」
アジエスタの漏らす悲しげな声に、これが最後じゃない、と言うようにヒルダは首を振った。
「5千年死んでたヒルダも蘇ったのよ、またどこかで……会えるよね」
「“……そうだな”」
その言葉に、アジエスタは少し驚いたようだったが、嬉しげな声はそう応じて、そうなればいい、と祈るような言葉を口にしたのだった。
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