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リアクション
ヴァイシャリーでの戦いから数日後 AM11:47 迅竜 医務室
「本当にこいつらを作った人間の気が知れないよ。パイロットの身体をなんだと思っているだい」
迅竜の医務室。
そのデスクでアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)はぼやいた。
迅竜に搭載されている六機の『竜』。
ブツブツとつぶきながら、アヴドーチカは今までの各データと書類をめくり計算と研究を進めていく。
「この念竜とか彩竜ってやつはどうしたもんかね」
再び呟くと、アヴドーチカは隣に座るパートナー――結和・ラックスタイン(ゆうわ・らっくすたいん)へと話しかける。
「なあ、結和。おまえはどう思う?」
「は、はい!」
突然話しかけられて結和は驚きの声を上げる。
彼女もまた研究の最中なのだ。
「ああ、ごめんよ。結和」
言いつつ、結和に資料を渡すアヴドーチカ。
「ちょいと意見を聴かせてほしいんだよ。結和、おまえにドクターとしての意見をね」
結和が資料に目を通したのを見計らい、アヴドーチカは水を向ける。
「たとえば、念竜と彩竜に関しては、増幅されすぎた魔力が直接操縦士にいかないような『あそび』となる回路を作るとか。あるいは、相反する負荷をかけて打ち消したりとかね」
アヴドーチカの案に聞き入る結和。
自然と結和は頷いていた。
「なるほど。その考えはありませんでした」
「それ以外だと……まあ、これはあんまりやるべきじゃないんだろうけどね」
そう前置きしてから、アヴドーチカはまた別の方法を口にする。
「最悪、治癒しながら搭乗する手もあるかもしれないけど、パイロットに操縦以上の負荷をかけるわけにもいかないからね」
本人としても、この方法は使いたくないのだろう。
アヴドーチカの声音からもそれが伺える。
「もしやるとした場合だけど、バッテリーの様に事前に治癒魔法の魔力を機体に貯めておいてコックピットに充填するようなことはできないか、って考えてる」
そう語るアヴドーチカに、結和は深い頷きを返す。
結和にとってアヴドーチカの言葉はどれも箴言だ。
医療者としての先輩なのだから当然といえば当然だが。
「で、結和。私の相談に乗ってもらったんだ。おまえの相談に乗れることがあれば、何でも言っておくれよ」
結和が自分と同じく研究の真っ最中。
それも深く考え込んでいたのを見て取ったアヴドーチカは優しく言葉をかける。
「そうですね……実は――」
少し考え込んだ後、結和は手元の資料をアヴドーチカに見せた。
「現代医学と治癒魔法を融合させたいんです。今は治癒魔法は外科的に作用するものが多いけれど、それを応用できないものかと思ってて。いずれ『怪我』だけでなく『病気』をも治せる手段にできたらいいな、って考えてます」
そう語る結和。
アヴドーチカは黙ってそれに耳を傾ける。
「呪術医(ウィッチドクター)ではなくて、医学的診療、治療に加えて治癒魔法を組み込むことで、より早く確実な回復を図る――そんな医療術を開発したいんです」
そこまで聴き終えて、アヴドーチカは何一つ否定せず、ただ一言続きを促すだけだ。
「なるほど。面白いじゃないか。続きを聴かせておくれよ」
「えっと、とりあえず……前に手術で、縫合の代わりに治癒魔法使ったのは上手くいったし。……でもあれ、魔力を点状に集中させるの大変なんですよね……」
「結和。確かおまえは、治癒魔法で虚弱した体力を回復しながらの手術も経験済だったね。十分、土台はできてると思うけど?」
「は、はい! でも、開腹した状態ならともかく、身体の外から狙った臓器を魔法で治療するのって難しいですね……。それに、今のままだと炎症を抑えるような、対症療法にしか使えないんでしょうか……」
するとアヴドーチカはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「なら聞くけど、結和。おまえはどう思うんだい?」
「まずは代謝や自己治癒能力を向上させる治療の補助に使うところから……でしょうか?」
それを聞いた後、アヴドーチカは一度、深く大きく頷く。
「そうさなぁ――」
人差し指を一本立てるアヴドーチカ。
「その使い方を思いついてるってことは、もう答えのすぐ近くまで来てるんじゃないかい?」
「え……?」
「すべての魔法使いがそうだと言い切るわけじゃないけどね。たとえば、治癒魔法の使い手の中には『治癒魔法にはとてつもなく詳しい奴』っていうのがいるんだよ」
「『治癒魔法には』……?」
「ああ。治癒魔法をどうしたら速く正確に発動できるか。術式の構築や展開、もちろん作用や効果ってものにもすごい詳しい。けどね――」
そこで一拍の間を置くアヴドーチカ。
「――人体の構造については地球の医者ほど詳しくはない……ってケースもあるのさ。魔法に一切頼らず人を治療してきた地球の医者には、ね。でもって、地球の医者はどこが悪いのかを見極める目も、どこをどうすれば良くなるかを見極める目も確かなものを持ってる」
アヴドーチカは結和をしっかりと見据える。
「そして、おまえは地球の医療と、パラミタの治癒魔法の両方を知ってる。だったら答えはそこにあるんじゃないかい?」
自分の言葉が結和の心に浸透するのを待ち、アヴドーチカは告げた。
「どこにどう治療を施すべきか、それを医療の観点から判断して。それに応じて治癒魔法の使い方をその都度工夫していけばいい。怪我や病気なんて様々だし、どんな治療が必要かも時と場合によりきだ。けど、おまえならできるよ」
「できるでしょうか……私に……?」
「大丈夫。確かに、治療の度に毎回新しい形の治癒魔法の使い方を編み出していくようなもんだからね。けど、おまえは激しい戦いの中、ずっと頑張り続けてきて、自分が医療者として立った戦場では一人の死者も出していないじゃないか」
励ますように結和の肩を叩き、アヴドーチカは続ける。
「そうなるとだ。呪術医(ウィッチドクター)というより、治癒魔法師(ヒーラー)としての側面が強くなるわけだね。地球の医者で治癒魔法を手段として本格的に用いた一人――いいじゃないか」
細くしなやかな指を顎に当て、しばし思案するアヴドーチカ。
ややあって、彼女は口を開く。
「――さしずめ、治癒医術師(ヒーリングドクター)ってとこかい。治療するだけなく、治癒もさせる医者。誰かを癒そうとするおまえらしい在り方だと、私は思うよ」
「ヒーリング……ドクター……」
反芻する結和に、アヴドーチカは微笑みとともに頷いてみせる。
「ああ。それと、治癒魔法もそうだけと、何よりおまえが持つ一番の癒しの力はね。常に誰かを幸福にしたいと思って、その為に頑張れるその心だよ。敵味方も問わずに治療しようとするその気持ちこそが、ヒーリングドクターの条件なのかもね」
再び結和の肩を叩くアヴドーチカ。
迷いの晴れた様子で、結和は晴れやかな笑みを浮かべる。
後にこの日は、世界初の治癒医術師(ヒーリングドクター)が誕生した日として知られることになる。
だが、当の本人達はまだ知る由もなかった。