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2024夏のSSシナリオ

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2024夏のSSシナリオ

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某日 PM 5:40 ローマ市内某所

「こんにちは」
 挨拶とともに洒落たデザインの建物に入っていく富永 佐那(とみなが・さな)
 挨拶の口調は柔らかく、建物もとかく平和的な雰囲気が漂っている。
 率直に言えば、戦いの中に身を置く佐那には珍しい一幕だ。
 
 佐那本人はもちろん、ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)も同行している。
 だがやはり、イコンを持ちだしてどうこう、という雰囲気は感じられなかった。
 イコンのサブパイロットを担うエレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が今日は留守番というのも理由の一つだろうか。
 他に目を引くことがあるとすれば、二人とも大きめのバッグを背負っているということだろう。
 
「ジナマーマ、楽しみですね!」
「ええ。収録はもうすぐ始まるわ。楽しみましょ」
 落ち着いている佐那とは対照的に、ソフィアは興奮と上機嫌を隠しきれないらしい。
 それもそのはず。
 聖エカテリーナアカデミーへと正式に転籍した佐那たちは、まさに新しいイタリア生活の真っ最中だ。
 すぐに順応した佐那はともかく、まだアカデミーの生活に慣れていなかったソフィア。
 ソフィアにとって収録は絶好の気分転換であり、彼女は喜んでスタジオへとやって来たのだった。
 
 ――収録。
 彼女達がこのスタジオを訪れた目的はそれだ。
 
 WEBでの先行公開オンラインライブイベント。
 このイベントの主役は佐那とソフィアである。
 もっとも、『佐那とソフィアとしてではない』が。
 
「「お疲れ様です」」
 
 廊下ですれ違うスタッフに揃って挨拶しつつ、楽屋入りする佐那とソフィア。
 楽屋へ入ると、二人は背負っていた大きなバッグをそっと置く。
 ジッパーを開き、二人が取り出したものは少し大きめのポーチだ。
 
 それを持って二人は鏡の前に座る。
 ポーチのジッパーを開ける二人。
 中から出てきたのはゴシックパンク系の黒いシャツと同色のスカートだ。
 二人とも同じような衣装ではあるが、佐那のものは紫、ソフィアのものには赤のアクセントがそれぞれ入っている。
 手早く着替えを終えた二人は、再びバッグに手を懸けた。
 
 次いでバッグから出てきたものはメイク道具一式だ。
 佐那は慣れた手つきで一揃えのメイク道具を化粧台の上に広げていく。
 それが終わると、やはり慣れた手つきで佐那はメイクを始めた。
 ファンデ、チーク、リップと終えた佐那は仕上げに入る。
 今回のメイクの中で最も気合いを入れている部分――アイメイクだ。
 
 アイメイクを始める前に佐那は、忘れずに小さなケースを取り出した。
 ケースを開けると現れたのはグリーンのカラーコンタクト。
 それを難なく着けると、佐那はアイシャドウを手にする。
 
 アイシャドウの色は蒼海を思わせる鮮やかなブルー。
 シャドウを引いた後、やや色の濃いブルーのアイライナーを引く。
 続いてつけたマスカラもアイライナーと同じ色をした濃いブルー。
 仕上げのアイブロウも、やはり蒼海のブルーだ。
 
 すべてのメイクを完了した後、佐那はすべての仕上げに入った。
 バッグからそっと大事そうに取り出したブルーのウィッグ。
 アイメイクと同じく、蒼海の色をしたそれを着ける佐那。
 最後に細かい位置を直せば、そこにいたのは佐那のもう一つの姿――海音☆シャナであった。
 
 シャナとなった佐那は隣に座るソフィアのメイクも手伝ってやる。
 ブルーのカラーコンタクトを入れてあげると、佐那は素早くアイメイクに入る。
 佐那と同じく鮮やかな色合いではあるが、ブルーを基調にアイメイクをした佐那に対しソフィアはグリーンが基調だ。
 自分と同じアイメイクをブルーからグリーンに色を変え、ソフィアに行う佐那。
 手早くアイメイクを終えると、佐那は自分の時と同じくウィッグをソフィアにかぶせる。
 
 最後の仕上げも終え、佐那もといシャナの隣には霙音☆彡サフィに変身したソフィアがいた。
 変身完了した二人は早速スタジオへと急ぐ。
 今日の主役はシャナとサフィの二人なのだから。
 
 海音☆シャナと霙音☆彡サフィの二人によるユニット【Русалочка】。
 その新曲の収録こそが、今日の大きな目的の一つだ。
 
 曲名は『небожитель』。
 天上を意味する、ピアノ伴奏の挿入された綺麗な前奏とテクノポップが融合した一曲。
 
 
 ソフィアは前奏を含め複数箇所あるピアノパートを担当する。
 ピアノを弾き語りしながら佐那と歌う彼女は、天賦の才もあってピアノの技量は既にプロレベルである。
 そして、幅広い声域をカバーする佐那の声帯。
 二人が奏でる音が重なり合い、この楽曲はまさに『天上』の曲名に違わぬ心地良い耳障りだ。
 
「ふぅ。お疲れソフィア」
「お疲れ様です! ジナマーマ!」
 
 歌い終えてほっと一息つく二人。
 見れば防音ガラスの向こうでレコーディングエンジニアがサムズアップしている。
 どうやら一発でOKテイクが出たようだ。

「良い歌が歌えたわ。ソフィア、ありがと」
「私の方こそ、ありがとうございます」
 
 観客の前ではないからだろうか。
 口調はまだ普段通りのソフィアだが、どこかいつもよりも快活な印象が感じられるのはレコーディングの興奮からだろうか。
 あるいはそれとも、サフィの姿になっているからだろうか。
 
「ソフィア、まだ気を抜くのは早いわ」
「はい! ジナマーマ!」
 
 元気良く言葉を交わし、二人はレコーディングブースを出る。
 そして迷わず向かう先は、ステージだ。
 
「みなさーん、こんにちはー☆彡海音☆シャナです☆彡」
「霙音☆彡サフィです☆」
 
 ステージに立つなり、二人は弾けるような最高の笑顔で挨拶をする。
 既にカメラは回っている。
 その向こうでは、数えきれないほどの人々が彼女達の姿を観ているのだから。

「「今日はオンラインライブにアクセス有難うございます☆彡」」
 声を揃えて言う佐那とソフィア。
 敢えて一拍の間を置いた後、二人は目を見合わせて一度微笑む。
 そしてカメラへと向き直り、もう一度微笑むと、声を揃えて名乗る。
 
「「私達……【Русалочка】でーす☆」」

 佐那とソフィア二人によるユニットを結成しての新曲お披露目。
 これこそが、今回のオンラインライブイベントの目的だ。
 
 先程と同じくソフィアはピアノを演奏し、佐那は今回ステージ上ということもあってダンスしながら歌う。
 楽曲はもちろん【Русалочка】だ。
 
 佐那とソフィア。
 二人による最高のテンションでのパフォーマンス。
 それは間違いなくWEBの向こうのファン達に伝わった。
 オンラインライブゆえに、二人はファン達の声援は直接聞こえない。
 だが、いつしか二人はファン達の声援を心に感じていた。
 パフォーマーとファンの確かな一体感を感じ、二人のパフォーマンスは更に磨きがかかる。
 そして、最高のテンションの中で二人のパフォーマンスは無事終演を迎えた。
 
 楽屋に戻った佐那。
 ウィッグを外し、とカラーコンタクトを取り替えながら、彼女はふと呟く。
「さて――休日も終わりか。あいつも、この空の下で今日もまた音楽を聴いてるのかな」
 
 同日 同時刻 エッシェンバッハ派秘密格納庫
 
「イイ曲じゃねえか」
 ベッドに腰掛け、壁に寄りかかった姿勢で卓上に置いたラップトップを眺める航。
 その顔は満足げだ。

 格納庫に併設された居住スペース。
 その一角にある私室。
 平時ということもあって静かに時間が流れる中、航の部屋だけは賑やかだ。
 
 【Русалочка】のオンラインライブを視聴した航。
 ライブが終わるなり、彼は早速【Русалочка】の代表曲でもある同名曲をダウンロードしていた。
 ミュージックプレイヤーアプリを立ち上げ、すぐさま再生に入る航。
 もちろん、再生モードはリピートだ。
 上機嫌で曲に聴き入っていると、唐突にドアが開く。
 
「あら、随分とご満悦ね」
 ドアが開くと同時に入ってきたのは航の相棒たる女性――理沙だ。
「良い曲じゃないの。演奏も良いし、何より声が良いわ」
 理沙は航の隣に腰を下ろすと、曲に聴き入る。
「もう気に入ったようね」
「ああ。イイ曲だろ」
「ええ。あなたのことだから、この楽曲もコクピットで流すのかしら?」
「それもイイかもな。これを流しながら飛ぶのは気持ちイイかもしれねえ――」
 
 この曲とともに蒼空を行く漆黒の機体を想像したのだろう。
 航は一瞬、遠い目をする。
 
 自然と収まった二人の会話。
 ややあって再開の口火を先んじたのは理沙だ。
 
「ねぇ、もしかして。あなたがこの曲を気に入ったのって」
「ん?」
「この声があなたに毎度挑んでくるパイロット――確か……ジーナとかいう子に似てるからかしら?」
 
 ふと悪戯っぽい笑みを浮かべて問いかける理沙。
 すると航は軽やかに笑った。
 
「ハッ! んなワケあるかよ。海音☆シャナとジーナじゃ似ても似つかねえって」