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夏祭りの魔法

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夏祭りの魔法
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「マスター見て下さい、美味しそうな料理が沢山ですよ!」
 屋敷の庭を訪れるなり感嘆の声を上げたのはフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)だ。隣にはパートナーであり、一応、恋人でもあるベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)の姿もある。
 ――一応、とつくのは、付き合いだして大分経つというのに、未だに恋人らしいステップを踏めずにいるからだ。
 ベルクはそのことを、こっそり気にしていた。
 今日は久しぶりに、ベルクとフレンディス、二人だけの外出だ。ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)は留守番を買って出てくれたし、いつも邪魔してくる、フレンディスのもう一人――一匹――のパートナーもいない。この期に、少しは、関係を発展させたい、と目論んでいるベルクである。
「この度は、夏祭りにお誘い下さり、ありがとうございます!」
 そんなベルクの胸の内など知りもせず、フレンディスは早速両手に屋台で入手した戦利品を抱えてニコニコしている。焼きそばにフランクフルト、たこ焼き、と盛りだくさんの食べ物の山に、ベルクははぁ、とため息を漏らした。
「……少し、休憩しねえか。個室借りられるみてぇだしな」
 ゆっくり食おう、というようなニュアンスで誤魔化して、ベルクはフレンディスを客間へと誘った。勿論本音は二人きりになるためだ。いくらカップルだらけで気を遣う必要は無いとは言え、人前でいちゃつくのは気が咎める。
「個室ですか……」
 文句は言わず客間の前まで来たフレンディスだったが、しかしいざ二人きりとなると、以前のできごとが思い出されるのだろうか、フレンディスは躊躇いがちに俯いた。超感覚で出現させているトレードマークの耳も、へちょりとへたれてしまっている。
 しかしベルクは雑念を振り切る様に、室内へと足を踏み入れた。そうすればフレンディスも、おずおずと後を着いてくる。どうやら嫌というわけではないらしい。そのことに少しだけ安心する。
 だが、客間のテーブルの上に買ってきた物を広げたフレンディスは、しかし頑なにベルクから一定の距離を取っている。流石に傷つくなぁ、と苦笑して、ベルクは自分から、フレンディスとの距離を詰める。
「あ、あの、マスター?」
「たまの二人きりなんだ、少しくらい……な?」
 解りやすく頬を紅潮させるフレンディスの肩を抱き寄せて、唇を合わせた。触れるだけのキスでさえ、どれほどぶりだろうか。フレンディスはぎゅっと目を瞑り、体を固くしているが、振り払う様子もない。
「力抜けって……そんなに嫌か?」
 嫌、とは言わないだろうと踏んだ上で聞いて見ると、フレンディスはぶんぶんと首を横に振ってから、しゅんと俯いた。
 何か言いたげな様子に、ベルクは少し体を離し、改めてフレンディスの顔を覗き込む。どうした、とそっと手を取ってやると、フレンディスは言い辛そうにもごもごと小さな声で語り出す。
「わ、私はその――くノ一失格なのです。魅力が、ないのだそうで」
「誰がそんなこと言った?」
 こんなに魅力的なのに――手を出すのを我慢するのに必死になる程度には――と思って居るベルクとしては、全く心当たりのない言葉に、思わず聞き返す。
「母、です」
 消え入りそうな声で、フレンディスが告げる。今まで一度もそんな話聞いたことなど無いベルクは、言葉を失った。
「その、体も傷だらけですし、全然綺麗じゃないですから……きっとマスター、がっかりします」
 初めて聞かされたフレンディスの本音に、ベルクは拳を握りしめる。
 自分の気持ちばかりが急いていて、フレンディスの困惑に気付いてやれて居なかった。情けない、と自分を叱る。
 だが、そんな悩み、ベルクにとっては些細な事だ。
「そんなことでガッカリなんてしねぇよ。そんな薄情な男に見えるか?」
 そう言って、ぎゅうとフレンディスを抱きしめる。先ほどより少し力の抜けた体が、ふるふると首を振った。
「全部ひっくるめて好きなんだよ。それじゃダメか」
「ダメじゃ……ない、です」
 震える声が答えて、フレンディスの腕がベルクの背中をぎゅっと握りしめた。
「ありがとうございます、マスター」
 出来ればそろそろマスターと呼ぶのはやめて欲しいなぁ、と心の隅で思いながら、それはまた次の目標と心の棚に上げておく。
 とりあえず今は、スキンシップに対する抵抗が少しでも薄れてくれたことが嬉しい。焦らずに少しずつ、距離を詰めていけば良い。
 背中に回された小さな手の感触に今は満足することにして、フレンディスの額に唇を落とした。

 その頃。
 フレンディスのもう一人、もとい、もう一匹のパートナーである忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は、目下友人以上特別な名前の付いた関係未満、なペトラ・レーン(ぺとら・れーん)と共に夜店を見て回っていた。
「へへ、ポチさんも一緒に来られてよかった!」
 賑やかな祭に、ペトラはうきうきと足取りも軽い。
「喜んで貰えたなら嬉しいのです」
 ポチの助はそんなペトラの横にぴったりついて歩きながら、ペトラを見上げる。
 ペトラに頼まれると、嫌とはいえないポチの助である。惚れた弱みと言う奴だ。
「ところで、あっちの方は何してるのかな?」
 ペトラが指差すのは、庭の奥の方。夜店の列は途切れているが、ちらほらと人影がある。
 興味を持った二人は、ぶらぶらとそちらの方向へと足を進めた。
 屋台街を抜けた先には、立派な花壇があり、薔薇の花が植えられている。今の季節は何も咲いていないが、季節になれば立派な薔薇園になるのだろうという想像は難くない。
 その庭園の真ん中に、小さな演台のようなものが置かれていて、その前にはベンチが並べられていた。
 丁度、チャペルのような雰囲気だ。
 その上、そこには数人の男女が集まっていて、演台の前に立つ二人は揃ってウエディングドレス姿だ。一人が正装で演台の反対側に立って進行役を務めている様子で、残りの人々はベンチで暖かい眼差しと拍手とを送っている。
 結婚式だ。
「あ、これか、模擬結婚式」
 ペトラは招待状に書かれていた一文を思い出す。模擬結婚式が出来ます、と記されていたはずだ。
「マスターとシルフィアの時も思ったけど、すてきだよね。ポチさんもそう思うでしょ?」
 模擬とはいえ、幸せそうな笑顔を交わしている二人の姿に、ペトラはうっとりとした眼差しを向けている。ポチの助はどちらかというとそんなペトラの様子の方が気になる。
「ペトラちゃんは、ドレスも似合うと思うのです」
「……そうかな」
 ポチの助の言葉に、ペトラはぽっと頬を赤らめる。
「あれは模擬なので、誰でも出来るのです。だから、ペトラちゃんがどうしてもと言うなら、付き合ってあげてもいいのですよ?」
 ポチの助はそっぽを向いたまま、早口に誘いかけた。が、ペトラは上の空で、返事が無い。
「ペトラちゃん?」
「へ? あ、ああ、ごめん、へへ……」
 訝しんだポチの助の問いかけに、ペトラは我に返ったように振り向いて、曖昧に笑う。
「どうしましたか?」
「……いや、ウエディングドレスかぁ、って思って……」
 ちょっと妄想していた、とは言えないペトラである。
「憧れですか」
「憧れ……かな、うん。昔はそんな風に思わなかったんだけどね。ポチさんと遊ぶようになってからかも……なんてね」
 ふふふ、と悪戯っぽく笑ってみせるペトラに、ポチの助は思わず見とれてしまう。
 それはやっぱり、自分と結婚式がしたいと、そういうことでは、とポチの助が改めて問いかけようとすると。
「そういえばポチさん、この間言っていた――」
 そこまで言いかけて、ペトラは口をつぐんだ。
 以前二人の間では、ポチの助がペトラの専属機晶技師になるとかなんとか、という話が出たことがある。なんだかんだと今は有耶無耶になっているが、お互い心のどこかで引っかかっているようだ。
 だが、今は多分その時ではないのだろう、とペトラは言葉を続けることをやめた。
「いいや、ちゃんと成れたら教えてくれるんだもんね」
 夢の邪魔しちゃ悪いもんね、と口の中で付け加えて、ペトラは話を切り上げた。
 ポチの助はタイミングを逃してしまい、模擬結婚式の話も、専属技師の話も、続け損ねる。
「……待ってて欲しいのです」
 ちゃんと胸を張って言えるときまで、と、ポチの助も今は言葉を引っ込めた。
 その言葉を伝えられる日が、早く来ますようにと願いながら。

 一方。
 ペトラのパートナーであるアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)シルフィア・ジェニアス(しるふぃあ・じぇにあす)のふたりは、夫婦水入らずでお祭りを楽しんで居た。
「こういう、こじんまりとした祭もいいものだな」
「そうね、見つけてきたペトラに感謝しなくちゃ」
 アルクラントの言葉に、シルフィアはふふ、と笑って頷いた。
 先ほど、ペトラとリア充中のポチの助の飼い主、つまりフレンディスとベルクにばったり会って、他愛の無い話などしてきたのだが、大きな祭ではお互い参加していることを知っていたとしてもそうそう出会えないだろう。
「浴衣、似合ってるぞ」
「去年と同じだけど……いい浴衣でしょ?」
 褒められたのが嬉しくて、シルフィアは纏った浴衣の袖をちょこん、と持ち上げて見せる。
 去年も着ていたものではあるが、年にそう何度も着るものでもなし、浴衣姿は新鮮に感じられる。
「お、射的があるじゃないか。よし……」
 射的、と書かれた屋台を見つけたアルクラントは、シルフィアを伴ってそちらへと向かう。
 店主に小銭を渡し、コルク玉と引き替えた。
「新技の披露をさせてもらおう」
 そう得意げに笑って、コルク玉を射的用の玩具の銃に装填する。
「五月雨撃ちで放った銃弾同士を跳弾させて、一つのターゲットに打ち込むんだ。まだ練習中なんだけれど……上手くいくよう、祈っててくれよ、シルフィア」
 シルフィアからの期待の眼差しを背中に感じながら、アルクラントは手元のコルク玉を全て指先にスタンバイさせ、一発目を打ち込んだ。目にも留まらぬ速さで次々装填と発射を繰り返し、コルク玉を跳弾させる。
 台に当たって跳ね返ったコルク玉は、見事一つの的へ向かう――かと、思いきや。
 ひょいひょいひょい、っと、全てが明後日の方向に飛び跳ねてしまった。
「な、何故だ……!」
 アルクラントはそのあんまりな結果に、がっくりと肩を落とす。こんなつもりではなかったのに。
 ――どうやら、コルク玉が一般の銃弾とは違い、円錐台型をして居るのと、そもそも射的用の玩具の銃では命中精度が出ないことが原因のようだ。
「…………」
 思わず肩を落として黙り込んで仕舞うアルクラントの背中を、シルフィアがぽふんと叩く。
「今度、実戦で見せて貰うのを楽しみにしてるわね」
 ね、と微笑みかけると、アルクラントはごほんと咳払いを一つ。それで気持ちを切り替えることにしたらしい。
「そういえば、ポチとペトラはどうしているかな」
 ポチを誘って夏祭りに行く、というペトラを連れて屋敷の入り口までは一緒に来たのだが、そこからは別行動をして居る。
「この間の七夕以来、ポチの様子がおかしいというか……いや、それはペトラもか」
 信頼はして居るけれど心配だ、という表情でぼやくアルクラントに、シルフィアはふふ、と笑う。
「多分、ベルクさんが知ったらまた落ち込むような、そういう変化、なんじゃないかな。確信があるわけじゃないけど……」
 確信はないと言いながら、ペトラの様子から、予想は概ね当たっているのではないかと思って居る。
「ポチ君もペトラも、きっと楽しくやって行けると思うな」
 私達みたいに、と付け加えて、シルフィアはアルクラントの腕に抱きついた。
 どうもアルクラントの方は、いまいちピンと来ていない様子だったけれど。