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夏祭りの魔法

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「わぁー、結構色々用意してあるんだ」
 模擬挙式希望者用の控え室でドレスを選んでいるのは神月 摩耶(こうづき・まや)だ。
 その横では摩耶の恋人であるクリームヒルト・オッフェンバッハ(くりーむひると・おっふぇんばっは)が、白いタキシードに袖を通している。その豊満な胸を男性用の衣服に収めるのは一苦労――かと思いきや、女性が男装に使うためのタキシード、なる便利なものが用意されて居た(当然、パトリックの仕業である)ので、それを借りることにした。下手に男性ものを使うより、すらりとして美しいシルエットになる。
 一方の摩耶は、潤沢に用意されたドレスの中から一枚を選びかねていた。
「うーん、こっちのも可愛いし、あっちのも綺麗だし……」
 ワードローブに吊されたドレスを数着手に取っては戻し、当ててみては戻し、を繰り返す摩耶の姿を、クリームヒルトは微笑ましく見守っている。本当は着て欲しいものは決まっているのだけれど、摩耶が悩んでいる姿を見るのもまた一興と、口出しはしない。それにおそらくそのうち――
「ね、クリムちゃんはどれが一番好き?」
 予想通りのお伺いが来た事に内心満足しながら、クリームヒルトは吊されたドレスのうち一枚を迷わず手に取った。腰に切り替えが入ってふわりと広がるスカートが特徴の、プリンセスラインのドレスだ。
「此れを着て貰えるかしら?」
 絶対に似合う、と確信を持って差し出すと、摩耶は嬉しそうにそれを受け取る。
「えへ、ボクもそれが一番いいなって思ってた」
 にっこりと笑った摩耶は、早速受け取ったドレスに袖を通す。
 まさにおとぎ話のプリンセスのような、胸元の大きく開いた体に沿うビスチェに、幾重にも重なったチュールとオーガンジーの作るラインが美しいドレスは、クリームヒルトが予想したとおり、摩耶の愛らしい顔立ちをよく引き立てている。
「さあ、行きましょうか」
 摩耶がドレスに着替え終わると、クリームヒルトは彼女の手を恭しく取った。
 そして、模擬結婚式の会場となるローズガーデンへと向かう。
 予約制のイベントというわけでは無いので、参加者はその場のノリや雰囲気でタイミングを融通しあっていた。今は丁度、誰も使っていないらしい。
 薔薇園の中央の開けた部分に演台とベンチがチャペルのように並べられているが、今は演台にパトリックがひとり待ちぼうけているだけだ。
 しかし、クリームヒルトが軽く片手を挙げてみせると、パトリックは素早く反応した。姿勢を正して、こほんと咳払いをひとつすると、朗々と挙式の開始を告げる。
 二人の名前や模擬挙式の目的、おおざっぱな進行の希望などは、着替えに入る前に伝えてある。入場から本番の結婚式のつもりで本格的に、という二人の希望に則り、パトリックは粛々と新郎新婦入場、と合図する。
 すると、どこからともなく荘厳な音楽が流れ始めた。
 (なお、パトリックひとりでは手が回りきらない演出部分は、友人が裏方として手伝ってくれている)
 摩耶とクリームヒルトは軽く腕を組み、一歩ずつバージンロードに見立てた通路を進んでいく。
 たっぷりと時間を掛けてパトリックの前まで進み出ると、牧師とも神父ともつかないけれど何となくそれっぽい格好をしたパトリックが厳かに、汝この女を妻とし、永遠の愛を誓いますか、とお決まりの口上を述べる。
「ええ、誓うわ。摩耶はあたしの愛しい正妻よ」
 「正妻」という単語にどこか引っかかるものを感じながら、パトリックは敢えて突っ込むことはせず、摩耶の方を向き、同様の問いかけをする。
「誓いますっ! クリムちゃんのコトを、世界で一番、永遠に愛しますっ!」
 摩耶が真っ直ぐに答えたのを受けて、パトリックはでは誓いのキスを――と促す。
 二人はゆっくりと向き合うと、クリームヒルトが摩耶の被っていたヴェールを持ち上げる。そして、ゆっくりと二人の唇が重なって――
 ――離れない。
 ちゅ、ちゅ、と何度も唇を合わせたかと思うと、そのまま互いに啄み始め、終いには舌まで絡み始める。
 だが、パトリックもわざわざ止めるような勿体ないことはせず、厳かそうな顔をしたまま、心の中でガッツポーズを決めているものだから、二人の誓いのキスは止まることをしらない。
 そのまま数分は経っただろうか、たっぷりと十二分に互いの唇を堪能してから、ようやく二人は顔を離す。
 そして、何事もなかったかのようにパトリックに向き直った。
 ごほん、とパトリックは咳払いを一つ。
 お二人の愛が永遠にあらんことを、とかなんとか、厳かに告げて式の終了、新郎新婦退場を宣言する。
 再び厳かなメロディーが流れ始めると、徐にクリームヒルトが摩耶をお姫様抱っこの格好で抱き上げた。
 急に抱き上げられても摩耶は動じることなく、むしろ嬉しそうに恋人の首元に抱きついている。
「さあ、この後は新婚初夜の予行演習と行きましょうか」
 わざと周囲に聞こえるほどの大きな声でクリームヒルトが宣言すると、摩耶はそれに答えるようにクリームヒルトの頬に口付ける。
「いっぱい、いっぱい、ボクのコト可愛がって……ね?」
 甘ったるいオーラをこれでもかと振りまきながら、二人は衣装を脱ぐため、控え室へと向かう。
 衣装を返却した後の二人が何処で何をしていたか、ここではちょっと語れない。


 
 摩耶たちが立ち去った後の式場にやってきたのは、白波 理沙(しらなみ・りさ)だ。
 ひとりでやってきた理沙は、ちょこんと置かれたベンチに腰を下ろすと、裏方スタッフの女性にこしょこしょと耳打ちをした。
 するとスタッフはわかりました、と元気に答え、控え室の方向へと駆けていった。それから暫くして控え室から戻ってきた彼女の後ろには、ウエディングドレス姿の白波 舞(しらなみ・まい)と、タキシード姿の龍堂 悠里(りゅうどう・ゆうり)が続いていた。
 客席の準備が出来たからと、主役を呼んできて貰ったというわけだ。
「いいわねぇ……舞、凄く綺麗だわ」
 現れた主役達の姿に、理沙はほうとため息を吐く。舞のウエディングドレス姿自体は、彼女が剣の花嫁であるため見たことがあったのだけれど、模擬とはいえ結婚式という場面で見ると、また違う。
 結婚行進曲をバックに腕を絡めてバージンロードを進む舞と悠里は、なんだか気恥ずかしそうで、でも、楽しそうだ。
 演台の前までたどり着くと、パトリックに促されてそれぞれが誓いの言葉を述べる。
「では、指輪の……あ、交換じゃないんだったか。贈呈? を」
 と、想定して居なかった式次第に、舞は一瞬目をぱちぱちとして、え、と悠里を見上げた。
 (なお、舞と悠里からは「気軽な感じで楽しみたい」と聞いていたパトリックは、進行の口調も少し緩い感じでお送りしている)
「悠里さん、本当に用意してくれていたの……?」
「ああ、今日の記念にな……舞が気に入ってくれると良いんだが」
 そう言う悠里に、パトリックは預かっていた指輪を差し出す。ちゃんと純白のリングピローに乗った細身の指輪には、オレンジ色の石が留められている。
 オレンジ色の正体はトパーズ。舞の誕生日、十一月の誕生石だ。
 トパーズと呼ばれる石は無色からオレンジ、黄色、ピンクなど様々な色相を持っているが、その中でも希少な美しいオレンジ色を放つ、インペリアルトパーズとも呼ばれる種のものだ。
 悠里はそっと指輪をリングピローから持ち上げると、舞の左手を取り、その薬指にそっと収めた。
「……ありがとう。勿論、嬉しいわ」
 自らの左手薬指に収まった指輪を見詰めて、舞はふわりと微笑む。
 それから、誓いのキスをした。

「少し前だったら、自分がこういうイベントに参加するなんて全く考えなかったんだけど……やっぱり、参加出来ないよりも、出来た方が楽しいわね」
 一通りの式次第を終えて退場してきた舞が、悠里を見上げてふふ、と笑う。
 そこへ、客席から理沙が合流してきた。
「素敵だったわよ、二人とも」
 そう言って、理沙は「本番も楽しみにしてるわ」と悠里の背中を叩く。
「本番、か……」
 悠里は照れくさそうに頬を染め、けれど、舞の手元に光るオレンジ色を見つけて、うん、と頷いた。
 それから無言で舞の左手に、自分の右手を絡める。
 「本番」を迎える日は、そう遠くないのかもしれない。