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夏祭りの魔法

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「……結婚式か」
「だから、私達がやるのは契約式だってばー」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の二人は、バージンロードの前に立っていた。
 ルカルカは誓いのドレスに誓いのティアラ……と上から下まで揃いのウエディングドレス姿。一方のダリルも、ルカルカと対になるタキシード姿だ。契約式、とルカルカは言っているが、見た目は完全に結婚式である。
 「お嫁さんは必要無い、とか言ってるけど、いざってときに狼狽えないように、何事も経験経験」とダリルを丸めこんで今日の模擬挙式、もとい契約式の実施に同意させたのだが、やるからには本格的に、とのダリルの意向でこんな衣装である。ついでに、記念撮影も済ませた。ルカルカは、先日結婚式を挙げたばかりの夫に見せるのだとはしゃいで居るが、ダリル的には複雑である。
 結婚式ではないので入場のバックグラウンドミュージックは結婚行進曲ではなく、落ち着いたクラッシック。
 音楽を合図に、二人はバージンロードを歩き始める。
 一歩ずつ、丁寧に。
 演台の前までたどり着くと、パトリックの進行に合わせて誓いの言葉を口にする。
「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを信頼し、これを敬い、これを支え、これを助け、その命ある限り、真心を尽くす事を誓います」
 ルカルカがすらすらと、しかし噛みしめるように丁寧に述べると、ダリルも続いて同じように口上を述べる。
「では、指輪の交換を」
 パトリックの合図で二人は向き合って、「古き誓いのリング」を互いの右手に収め合った。
 流石に誓いのキスは省略で、パトリックの合図でバージンロードを戻っていく。
 終わってしまえばほんの一瞬の出来事だったけれど、二人に取って、この時間はかけがえのない大切なものとなったことだろう。
「はい、ダリル」
 バージンロードを抜けたところで、ルカルカは手にしていたブルーローズブーケをダリルに差し出した。
 何故ブーケを差し出されるのか、と思いながらも受け取ると、次の瞬間、ルカルカがぎゅっとダリルに抱きついた。
「私、貴方のパートナーで本当によかったよ……」
 ダリルの胸元に顔を押しつけるようにして、ルカルカが呟く。
 それを聞いたダリルは、やおらルカルカを横抱きにして抱き上げると、突然聖獣:真スレイプニルを召喚した。そして、ひらりとその背に跨がって、一気に空へと舞い上がった。
「ほえ? ダリル?」
 突然のことにルカルカは呆気にとられたままダリルを見上げる。が、その声は猛然と二人の周囲を逆巻く風に遮られ、ダリルの耳には届かない。
「――俺こそ、ルカのパートナーで良かった。ルカは俺にとって『特別』だ。末永く宜しくな」
 ダリルが呟いたそんな本音も、ルカルカの耳には届かない。
「え、ダリル、何? 聞こえなかったから、もう一回」
 ルカルカが声を張り上げているが、ダリルはそれきりぴっちりと口を閉ざす。
 スレイプニルが全力で空を駆ける速度の中では、風の轟音で声がかき消されることなど、計算のうちだ。



「見て見て!」
 控え室から飛びだしてきたリゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)フィリス・レギオン(ふぃりす・れぎおん)の姿を見つけた黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)は、思わずくすりと笑ってしまった。新郎新婦というより、フラワーガールのような二人がやってきたのだから。どちらがドレスを着るのか決めかねた結果、二人ともドレスという選択をしたらしい。
 たぶん二人が着ているドレス、本来はウエディングドレスではなくて、フラワーガール……バージンロードにお花を撒く係の、小さな女の子たちのためのドレスなのだろう。120センチジュニアサイズのウエディングドレスが用意してあるとは考えにくい。とはいえ、「花嫁さんとお揃い」というコンセプトのドレスと見え、裾が踏まないよう短くしてあったり、スカートのボリュームがやや少ないこと以外は、ウエディングドレスのようなデザインだ。
 今日はフィリスの強い、強い、それは強い要望で、フィリスとリゼルヴィアの模擬結婚式が行われる事になっている。――フィリスとリゼルヴィア、付き合ってすらいないのだが。それでもリゼルヴィアは承諾した。ごっこ遊びの延長のような感覚もあるのかもしれない。
「二人とも、とっても可愛いわ」
 頑張ってね、とユリナがフィリスの背中を叩く。と。
「ユリナ」
 ユリナの夫である黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)が、フィリスたちの後を追ってやってきた。――タキシード姿で。
「……竜斗さん、その格好」
 その姿に、ユリナは唖然として言葉を失う。
「いや、折角だから便乗してみようかな……なんてね」
「便乗、って竜斗さん、結婚式、何回やるつもりですか。三回目ですよ!」
 もう、とユリナは頬を膨らませて不服を訴える。が、竜斗の目には、そんな様子も可愛らしいとしか映らない。
 三回目の結婚式のことはとりあえず置いておき、先に今日の主役達の式を済ませてしまおうと、竜斗はユリナを連れてベンチへ腰を下ろした。
 すっかり進行役も板に付いたパトリックが、フィリスたちの入場を促す。結婚行進曲と共に、フラワーガールのような二人がちょこちょことバージンロードを進んでいくのを、保護者ふたりは微笑ましい気持ちで見守っている。
 楽しそうに歩いて行くリゼルヴィアとは対照的に、フィリスはどこか緊張の面持ちだ。動きも固い。
 二人はそのまま演台の前まで進み出た。
「……えーと、じゃあ、誓いの言葉をおねがいします」
 ごっこ遊びのような結婚式に、パトリックは若干の戸惑いを隠せない様子だ。だが、一応頼まれたからには進行する。それが発起人の責任というもの。
 パトリックに促されたフィリスは、徐にリゼルヴィアの方を向いて、背筋を伸ばした。
 リゼルヴィアも釣られるように、フィリスと向かい合う。
 フィリスは大きく息を吸い、決死の面持ちになると、リゼルヴィアを正面から真っ直ぐ見詰めた。
「り、リゼルヴィアちゃん、君のことがす、好き、です。どうか僕と、付き合ってください……っ!」
 練習ほど滑らかには行かなかったけれど、大失態だけは回避して、フィリスは深々と頭を下げる。
 万が一にも断られたらどうしようという不安が、ばくばくと心臓を打つ。
「……ボクも、フィリス君のこと、好きだよ」
 永遠にも感じた沈黙の後。
 リゼルヴィアはにっこりと笑ってそういった。
「まだ子どもだけど……お付き合いしても、いいよ……いいかなぁ?」
 良い? とばかりにリゼルヴィアはユリナと竜斗の方を振り向いた。
 まだ早い……と思わないでもないが、早すぎる、ということもないのかもしれない。
 ユリナと竜斗は顔を見合わせてから、揃って視線を逸らした。「見ないことにします」という意思表示だ。
「良いみたいだよ」
 そう言って、リゼルヴィアはフィリスの顔を覗き込んだ。
「あっ、あっあ……あの、あ、り、ありがとう!」
 リゼルヴィアの答えにすっかり舞い上がったフィリスは、いよいよ滑舌が怪しい。
「……えー、では、新たなカップルの誕生、そして退場です。皆様、大きな拍手を」
 流石にまだ誓いの言葉やら誓いのキスやらは早いだろう、と判断したパトリックが、二人に退場を促す。
 半ば放心状態のフィリスの手を引っ張るようにして、リゼルヴィアはバージンロードを戻っていく。
 良かったね、と竜斗達ふたりは、新たに誕生した小さなカップルに惜しみない拍手を送った。
「で、次はどうなさいますか?」
 リゼルヴィアたちの「結婚式」が終わり、パトリックはよそ行きの顔で竜斗達に問いかけた。三回目の結婚式はやるのかどうなのか、と。
「折角だから、ちょっとだけ」
「本当にやるんですか……」
 ちょっと呆れ気味に笑いながら、ユリナは立ち上がる。 
 そして、竜斗と二人並んで、バージンロードを進む。
「それでは、誓いの言葉を」
「えーっと……誓い、って訳じゃ無いけど……いつもありがとう、ユリナ。本当に感謝してる。これからも、末永くよろしくな」
 竜斗の、その照れのない、真っ直ぐな言葉に、むしろユリナの方が照れてしまう。
 こちらこそよろしくお願いします、と消え入りそうな声で答えた。
 それから、パトリックの進行に従って誓いのキスをさっと済ませ、そのまま退場となった。
「模擬結婚式……そういえば私達も、2021年に模擬結婚式、しましたね」
 帰りのバージンロードを歩きながら、ユリナが思い出したように言う。
 2021年には模擬挙式、2022年に本当の挙式、そして今年はまた模擬挙式――そう思うとなんだか、恥ずかしいやら、懐かしいやら、感動するやら。
 思わず涙腺が緩くなってしまう。
 うる、と来た目頭を慌てて擦って、ユリナは竜斗の腕に抱きついた。
 そして、これからもずっと一緒です、と微笑んだ。