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夏祭りの魔法

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夏祭りの魔法
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「うむ、可愛いぞ、月夜」
 玉藻 前(たまもの・まえ)は、鏡の前に立たせた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の後ろに立って満足そうに笑った。
 夏祭りに行くため、月夜に浴衣を着せていたのだ。
「これなら刀真も惚れ直す」
「惚れ……って、玉ちゃんっ!」
 慈しむように月夜を抱きしめる玉藻の言葉に、月夜は顔を赤らめる。だが玉藻はそんなささやかな苦情は気にも留めない。
 出来たぞ、と上機嫌な玉藻がパートナーである樹月 刀真(きづき・とうま)を呼びつけ、三人は連れだって祭の会場へと向かった。
「……普通にお祭りなんだな」
 何度かこの屋敷での催しに招待されている刀真は、今回もパーティーのようなものなのだと思って居たのだが、存外普通にお祭りをしているものだから肩すかし、とは違うか、予想が外れて若干驚いた。
「早速何か食べようではないか」
 そんな刀真をよそに、何故か玉藻がノリノリで二人を促す。玉藻が積極的に動く時は大体何か企んでいる時、と経験上察しているのだが、祭を楽しもう、と言われて拒む理由も無い。刀真と月夜は素直に玉藻の後に従った。
「ほら、月夜」
 真っ先に玉藻が向かったのはわたあめの屋台だった。何故か一つだけ買って、月夜に与える。
「うわー、ふわふわ。うん、甘ーい」
 月夜は受け取ったわたあめを、無邪気に口元へ運ぶ。
「綿菓子か、懐かしいな」
「刀真も食べる? 美味しいよ」
 ニコニコと食べ進めて居た月夜は、手にしていたわたあめをひょい、と刀真の口元へ向けて差し出す。
「ありがとう、じゃあ貰おうかな……」
 月夜がくれると言うのなら、と、刀真はまだ口の着いていないところを選んで、一口失敬する。砂糖の甘みが口の中いっぱいに広がった。
「甘い」
 素直な感想を述べると、月夜は当たり前だよとでも言いたそうにクスクスわらって、今刀真が食べた辺りにぱくりと食いついた。
「お前、そこは俺が食べた……」
「えへへっ」
 あまりにあっけらかんと行われた間接キスに、刀真は顔を赤くして視線を泳がせる。
 しかし月夜の方は確信犯だったか、ちょっとはにかみながらも笑顔を浮かべた。
「あっ、刀真、金魚掬いだよ、ほら!」
 と、月夜が一件の出店を指差す。
「やりたいのか?」
「うんっ」
 答えるが早いか、月夜は出店に向かって駆けていく。やれやれ、と刀真と玉藻は後を追った。
 刀真たちが追いついた頃には、月夜は真剣な顔で水槽の中を見詰めていた。
 その横顔があまりに真剣なので、刀真は家では飼えない、ということを言いだせない。
 えいっ、と気合いを込めて、月夜がポイを踊らせた。
 水面をくぐったポイは、スムーズな動きで一匹の金魚をその上にのせ、ぴっと水を切りながら再び水上へ現れた。そこへすかさず左手のお椀を差し出し、空中に踊る金魚をキャッチする。
「やったぁ」
 へへ、と笑う月夜だったが、今の拍子にポイには小さな穴が開いてしまった。その後何度か水の中をくぐらせたが結局、すくい上げられたのは最初の一匹だけだった。
「……全く、水ついてるぞ」
 得意げな顔でビニールに詰められた金魚を持ち上げる月夜の頬には、いつのまに跳ねたのやら、きらきらとひかる水滴がついていた。刀真は呆れたような、愛おしそうな手つきで、その水滴を拭ってやる。刀真の指先が頬に触れ、月夜はほんのり頬を赤らめる。
「金魚鉢を買わないとな」
 結局飼えないとは言い出せなかった刀真は、自嘲気味に呟いた。
 その後も色々と見て回るうち、射的の屋台の前で足が止まった。
「何が欲しい?」
 取ってやる、とばかりコルク銃を手にする刀真に、月夜はじゃああのぬいぐるみ、と指差す。
 しかし、刀真の放ったコルク玉はことごとく明後日の方向に飛んでいった。
「…………剣ばっかり振ってたからな」
 言い訳と共にコルク銃を台の上に置くと、今度は月夜がそれを取り上げた。
「今度は私の番ね」
 月夜は勇ましくコルク玉を銃に装填した。そして、ぴたりと狙いを定める。
「狙い、撃つ!」
 銃を使い慣れた月夜の一撃は、コルク銃ならではの精度の甘さを差し引いても充分な精度でもってぬいぐるみの頭部を捉えた。
 ぬいぐるみは見事に、ころんと景品台から落ちた。
「どう、凄いでしょ!」
 えっへん、と胸を張る月夜の、その腕前に素直に感嘆した刀真は、賞賛の言葉を贈ろうと口を開いた。
 が、その言葉が音になるより早く、ぺしん、と景気の良い音がして、玉藻の平手が月夜の頭を一撃していた。
「うにゃっ?!」
 思わず月夜は変な悲鳴を上げ、玉藻を見上げる。
 すると玉藻は月夜の耳元に口を寄せ、「お前がキメてどうする」と囁いた。ここは刀真にキメさせるところだろう、と。
「だって、刀真に格好良いところ見せたかったんだもん……」
 そんな月夜の言葉に、玉藻ははぁ、とため息を吐いた。
 なんとかこの二人を良い雰囲気に持ち込みたいのだけれど、どうも鈍感というか、天然というかで、なかなか玉藻の思うようには進展してくれない。
 なれば、と玉藻は一計を案ずる。
「そうだ、向こうで模擬結婚式なるものをやっていたな……見に行こうではないか」
 ロマンチックな結婚式の光景の一つも見せてやれば、少しは良いムードになるはず。そう考えた玉藻は、二人の返事を待たずに歩き出した。
 屋台街から少し離れた薔薇園の中で、模擬結婚式は粛々と執り行われていた。
 今は丁度タキシード姿の男静……もしかしたら女性かも知れない、とウエディングドレス姿の女性がバージンロードを模した通路を歩いているところだ。数人の列席者が、惜しみない拍手を送っている。
 式の邪魔にならないように遠巻きに、しかしよく見えるところで立ち止まると、後ろを着いてきた刀真と月夜も足を止める。
「うわぁ……綺麗だね」
 式を挙げている二人は幸せそうに微笑み交わして寄り添っている。ライスシャワーが夏の日差しを受けてきらきらと輝いていた。
 月夜はふと、隣に立つ刀真を見上げる。すると、視線に気付いたらしい刀真がこちらを向く。
 ぱたりと目があって、月夜は足元がふわふわするのを感じた。
 その感情が何という名前なのかは良くわからないけれど、無性に刀真に寄り添いたくなって、月夜はぎゅっとその腕を抱きしめる。
「――」
 抱きしめられた方としてはたまらない。
 急に距離が近くなって、匂い立つような良い香りが鼻をくすぐる。視線を落とすと、玉藻の手で美しく抜かれた襟足からはうなじが覗いていて、何とも言えない色香を放っている。
 ごくり、と刀真は喉を鳴らし――そういえば、個室があったと思い出す。
「月夜――」
 そのまま客間へ連れ込んでしまおうか、と名前を呼びかけた刀真だったが、しかしすぐ、反対隣に居る玉藻のことを思い出した。そして、なるほどどうやら今日の一連の行動は、このためのお膳立てか、と思い至る。
 第三者にお膳立てされたままというのは格好が付かない。
「何、刀真?」
「いや、何でも無い」
 今度はちゃんと、自分で部屋を用意して月夜を誘おう――そう、心の中で誓って、今は言葉を濁した。