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リアクション
ドクター・ハデスが倒壊したビルの瓦礫に立っていた。
「お前の考えは間違っている!」
そう言う彼の足元に情けない声でペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が近づいてきた。
「ハデスせんせぇ……、来てくれたんですね……私何も出来ませんでしたぁ……」
「お前何もしてなかったのか!? 俺の優れた指揮官としての命令を果たさずして何がオリュンポスの戦闘員(特選)だ!」
「無理ですよぉ……あんな無茶苦茶な戦いに入る予知がありませんでした……」
顔が涙でグズグズだった。かなり怖い思いをしたのだろう。互いに本気で殺し合っている最中に入って行けというのは些か無茶がすぎる。
「まあいい……どうやら、RAR.もアセトも無事なようだからな。もう一度言うぞ、RAR.お前の考えは、間違っている!」
ハデスの言葉にRAR.が聞き返す。
「<<わたし>>の何が間違っているというのだ?」
「お前の言う、『アリサがαネットを使い続けなければならない』という部分。それが間違いだ。それを説明してくれる奴を連れてきた」
そう言うとハデスは後にいた機晶姫を紹介した。
「紹介しよう。彼女がアリス・アレンスキーだ」
アリサが第一声を掛ける。
「「相変わらず殺しあってるじゃねえか。仲がいいなおまえら」」
容姿は前と違えど、耳と脳に同時に語りかける声は確かにアリスだと、かつての彼女を知るものは確信した。
美羽が言う。
「アリスだ、間違いない!」
「「よお、私を殺してくれた人! 後でお礼すっからちょっと待ってくれない? あの頭の固そうな奴に説明しなきゃならないからな」」
ダリルが無表情に返す。
「説明してもらおうか」
「「OK じゃあまずは、アリサのαネットワーク能力についてのおさらいだ。これは私がアリサと記憶を共有しているために、おそらく誰よりもその実態を正確に言うことができるってことを頭に入れておけよ。
『αネットワーク』はアリサの《精神感応》能力を多人数対多人数で思考共有する能力であり、その意識ネットワークを構築する能力だ。誰かの思考のテレパスはほかの第三者も知ることが出来き、意識さえすれば過去の発言すら知ることができる」」
「そうだ。アリサがαネットを発動させている時、俺達はアリサという思考の中継点をハブホストとして、皆が意識を共有している。そうだろう?」
「「そう。まさにそこが“間違いだ”あいつはホストでも中継サーバーでもなんでもない。あいつは全員の思考をその頭で統括しているなんてことはない。その証拠に、お前たちの中でαネットワークに一度で繋がった奴らは、“アリサが眠っている今でもその思考をαネットワークでつなぐことができるだろう?”」
思い当たることはほかにも有った。
例えば、アリサがアセトに眠らされ、さらわれた後、彼らはαネットからその情報を拡散的に知ることが出来た。そこにアリサは介在していない。
アリサが眠っている無意識ですらその能力を発揮し続けていると考えれば、確かに今までの認識は間違ってはいない。しかし、それをかつてのアリサの同一個体が否定した。
そもそも、アリサはαネットの発動は彼らの知る限りたったの一度だけしかしていない。列車の中にいたアノ時だけだ。
アレーティアが尋ねる。
「では、αネットとはどんな能力何じゃ?」
アリスが答える。
「「αネットワークとは、アリサが《精神感応》で繋がる人間の無意識化に《意識の共有》という能力を植え付ける、“拡散性の付与能力”そして、そこの構築された意識のネットワークの呼び名だ」」
ハデスが言う。
「わかったか? つまりアリサを犠牲にする意味が無い」
ダリルが言う。
「ひとつ聞く。なぜおまえはそれに気づいた?」
「俺は《精神感応》が使えるが、一度もαネットに思考を流したことはない。なのに情報だけが俺の頭に入ってくる。そこに疑問が生じただけだ」
なるほどと、短くつぶやきダリルは己の中のRAR.に語りかける。
「RAR.聞いたとおりだ。どうやら俺の知識が間違っていたとは驚きだが、これでアリサを犠牲にする必要はない。アリサを返してくれないか」
<<わかりました。市民ダリル。市民アセト。世界存続の方法については再検討が必要になりました。そちらにアリサをお返しいたします>>
「というわけだ、しばらくしたらアンドロイドがアリサを運んできてくれる。手間をかけさせたな……すまない」
ルカルカが言う。
「ひやっとしたわよ。あんた本気でみんな殺すつもりだったでしょう? いくらなんでもやりすぎ」
ダリルは無言を返した。
傍らアセトがうなだれる。
「アリサを依代にできないなら、どうすれば私は助かるの……」
美和がアセトに近づいて言う。
「大丈夫、みんなでなんとかするから」
ベアトリーチェが続ける。
「そうです。私達『仲間』に任せてください」
アセトはかつて自分の心を救った言葉に顔を上げる。
「では、救ってくれますか? この世界を?」
皆が頷く。アセトは自分が人間であれば涙しただろうと思った。
「いや、ダメだ」
ただ一人、佐野和輝が彼女の望みを否定した。
「なぜ――」
「【第三世界】が存続するのは都合が悪い。それだけだ。だから存続できる鍵であるお前たちに消えてもらうぞ」
形相の変わった和輝にアニスが不安になる。
「和輝どうしたの?」
アニスに答えず、スノーに命じる。
「アニスを連れて離れろ」
和輝は隠し持っている端末から信号を送る。
「な、何だ? ノイエ13のコントロールが効かねぇぞ!」
操縦者のシリウスの意志とは無関係に、ノイエ13が動き始める。そして、あろうことか『魔導星銃バスターブラスター』のチャージを始めた。
サビクが言う。
「火器システムが乗っ取られてるよ!」
「そんなのはわかってる! あいついつの間に細工しやがった! このままじゃオリュンズごとRAR.が消えちまうぞ!」
「それどころじゃないよ!」
それどこか、ブラスターの衝撃波で近くにいる者達の生命すら危うい。無論それは火器システムをハッキングしている和輝も同じだ。
シリウスが叫ぶ。
「ダリルてめえどうにかしろ! 電子線は十八番だろ! さっきみたいに!」
「無理だ! 和輝のハッキング中継基地がこのオリュンズにない! 中継基地を破壊しようにもその位置がわからない。本人を止める以外に、ハッキングを止める方法がない!」
答えるダリルにめがけて、和輝が曙光銃エルドリッジを放つ。
「させない。たとえ俺たちが死んでも、俺たちの世界のために、災厄をもたらすこの世界を消さなければならない。犠牲は俺たちたかが数人と1億程度の虚影で、現実の100億人が救える!」
それが和輝の答えだった。ただその答えに至る理由を聞いている余裕は彼らにはなかった。
シリウスが【リトル・ウィッシュ】に奇跡を願う。
「なんでもいい! この状況を止めやがれ!」
【リトル・ウィッシュ】がひかり彼女の願いを叶える。
突如として、ハッキングは止まった。すぐにシステムを強制終了させ、バスターに収束させたエネルギーを開放させることが出来た。
「よかったよ……なんとかなって、なにがどうなったの?」
安堵するサビクをよそに、シリウスはモニター腰にその理不尽な奇跡を目の当たりにしていた。
和輝は、自らの頭をその手にある銃で撃ちぬいていた。
そして、彼の凝視する先にはアリサがいた。
アリサが和輝の無意識を操作し、そのこめかみを射ち抜かせたのだった。
和輝はその場に倒れ、動かなくなった。
「かずき?」
動かなくなった和輝にアニスが近づき、その死体を揺すった。
アニスは悟った。無意識の領域を支配された経験がある彼女は、今和輝が何をされたのかを感覚的に悟ってしまった。同時に、和輝がアリサに殺されたという事実を。
アニスがつぶやく。
「キライ……和輝のいない世界なんてキライ……全部……」
和輝が死んだ事実がアニサの心を、強化人間の契約主喪失による代償がアニスの精神を破壊した。
アニスが叫ぶ。
「……全部、全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部キライ!
和輝を殺したアリサは“一番キライ”!! 壊れちゃえばいいんだ!!!」
かつてのアリスの様にアニスの強化人間の力が暴走する。
恨みの力がアリサへと向かう。
しかしその力はアリサに届くことはなかった。
スノーのツインランスがアニスの小さな躯体を貫いていた。
スノーはアニスが誰かに手を掛けないよう、自らの手を汚すことにした。三人の中でアニスだけは綺麗なまま死ねる。それを望んで。
スノーが意識の消え行くアニスに語りかける。
「そうね……アニスの言うとおりだわ……だから、眠って和輝のいる世界で目覚めましょう……ね」
優しく語りかけられアニスの顔が穏やかになっていく。
「にゃは……じゃあ、先に……和輝のところにいってるよ……」
アニスの生命が止まる。
スノーはアニスを和輝の傍らに寝かし、落ちている和輝の銃を拾った。
「ほんといやよ、こんな役回り……」
銃口をこめかみに当て、アリサへと向く。
「私はあなたが最初からずっとキライだったわ。アリス。だから……さようなら。和輝が選んだ世界にあなたはいらない」
銃声が響く。
アリスは自らの選択の重さに立ち崩れるしかなかった。
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