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リアクション
第1章 13日の魔物 11
お台場では騒然たる様相が描かれていた。
魔物たちが各地を闊歩し、一般人がパニックになっている。無論、対魔物チームや警察がその避難誘導などに動いているが――爆炎が起こったり、アスファルトが衝撃波とともにへこんだりしているのを見ては、一般人の動揺は当然と言えた。
まして、彼らはその正体が分からないのである。
そしてその中には――無残にも魔物によって家族を殺される娘も存在していた。
「あ……ああ……ぁ……」
少女の目の前に広がるのは惨劇だった。
獰猛なうなり声をあげるガーゴイルの爪からは血がしたたり落ちている。その正体は、地面に転がる二つの死体から絞り取ったものだ。
死体は男と女。二対のもの――生前まで、左右から少女の手を片手ずつ握り締め笑い合っていた両親ものだった。
魔物が何なのか。少女には分からない。ただ、腰が抜けて逃げることも出来ず、少女はがくがくと震えながら、後ずさりするしかなかった。それに、ガーゴイルがじり……と詰め寄る。血の色のような赤い目が、次はお前の番だと言っているようだった。
助けて……助けて……誰かっ……!
「あ……」
ガーゴイルが振るった爪を受け止めて、青い影が彼女を庇ったのはその時だった。
「大丈夫?」
同時に、背後からそっと温かな腕が少女を包み込んだ。見上げると、そこには優しげな笑みを湛えて少女を見下ろしている娘の顔がある。母親にそっくりな顔をしていて、少女は思わず『おかあさん……?』と呟いていた。
「…………」
娘の名は蓮見 朱里(はすみ・しゅり)といった。
彼女の目はすでに息絶えている二人の死体を見つめている。
交通事故で死んだと思っていた――両親である。つまり、この怯えてしまってぎゅっと目をつむりながら自分の胸に顔を埋めている女の子もまた、蓮見朱里という名の娘――13年前の、彼女自身だった。
「下がってるんだ、朱里」
「え、ええ……」
くいくいっと指先を動かしてガーゴイルを挑発する金髪の青年――アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)に告げられて、朱里は幼い自分を抱きしめながら後ろに下がった。
瞬間、魔物とアインの戦いが始まる。蒼い輝きをたたえる鋼鉄の身体で敵の攻撃を受け止めて、抜き出した剣で相手を斬り裂く。
他のガーゴイルたちが仲間の危機を察知して集まってくるが、アインはそれに動じず、巧みな戦い方で対応した。一匹、二匹、鋼鉄の身体にがっちとつかみかかってくるが、もろともしない。
「……朱里を傷つける奴は……許さない……っ」
吐き出した呼吸は気合いとなり、ガーゴイルたちを次々と叩き伏せていった。
そして、ついにその場にいた敵はすべて地にくずおれる。
「大丈夫だったか?」
「ええ……だけど……」
幼い朱里にも手を差し伸べながら聞いたアインに、朱里は答えながら転がっている二人の死体を見つめた。
初めて真実を知った感覚は、苦いものだった。これ以上は見ていられず、思わず目を逸らしてしまう。だけど、それを受け止めるだけの覚悟は彼女には出来ていた。
魔物事件が勃発するということを聞いていたときから――心のどこかで、真実がこうであることは予感していたのだ。
朱里の口からそっと……子守唄が流れ出した。
それまで彼女の胸の中で震える一方だった女の子が、その子守唄に反応して顔をあげる。
それは、彼女の母――朱里の母が歌っていた子守唄だったのだ。
朱里の記憶に残る、かすかな母との思い出。
「聖母さま……?」
子守唄を歌う朱里を見上げながら、少女はふと口を開いた。アインの方へも向き直り、その傷ついた鋼鉄の身体を見ながら、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「王子……さま……?」
幼い朱里のつぶやきを聞いて、アインは微笑んでみせるだけだった。
そして子守唄が終わる頃には――幼い朱里の意識は眠りへと誘われている。
「連れていきましょうか」
「そうだな」
過去の自分をそっと抱えて、朱里とアインは一般人の保護をしている仲間のもとに向かった。
樹月 刀真(きづき・とうま)はじっと見つめていた。
まるで感情というものを一切そぎ落としたような目である。その目が見つめる光景は、魔物が人間を惨殺する光景だった。
それだけなら――大した意味は持たなかったかもしれない。片付ければ済むだけの話だ。いつも通り、魔物を殲滅すればいい。
だが、刀真はその光景を見続ける。冷たく、触れたら斬れてしまいそうな刃物の瞳で。
「…………」
隣にいた漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)たちは、そんな彼を黙って見つめていることしか出来なかった。なにか言葉をかけようか。そう考えることもあったが……それが今の刀真にとってなんら意味を持たないことであると、心が理解していた。
「…………」
やがて魔物がその場を離れ始める。
瞬間――刀真は動き出した。地を蹴るようにして、その魔物へと迫る。そこに迷いはない。魔物が、自分が惨殺した人間たちから距離を離したところで、ついに刀真の手が動く。
「がっ……」
魔物――ガーゴイルの首にワイヤークローが巻き付いた。何をされたのか、それを理解するよりも前にぐんっと魔物は引き寄せられる。
次の瞬間、黒い刀身が魔物を斬り裂いた。一閃ではない。何度も、何度も、ガーゴイルの苦悶の声が響く間も与えないほどに、無残に、残酷に、非情に――黒い剣が何度もガーゴイルを斬りつける。
あの頃の自分には出来ない。
だけど――今の自分になら出来るのだ。
高揚感? そんな興奮にも似た感覚が自分の身体の底からふつふつとわき上がってくる。だけど、そこにあるのは悲しみである。ガーゴイルの体液を浴びてもなお、奴の息の根が止まってもなお、刀真は何度も剣を振るった。
カラン。
ようやく、体液と汗によって剣を取り落とし、刀真は立ち尽くした。そこに、月夜たちが近付いてくる。
玉藻 前(たまもの・まえ)も月夜も、すべてを理解しているような顔だった。封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)だけが唯一、戸惑いに似た色を顔に浮かべている。
「……どうして助けなかったの?」
月夜は魔物に殺された人たちのことを示すように見やりながら尋ねた。刀真はそれに顔をあげる。冷え切っていたような表情が、いまは穏やかな光を取り戻しつつあった。
「助けたら……お前たちと出会えない」
その言葉を聞いて、前も月夜も瞳を潤ませながら恥ずかしげに顔を伏せた。
「ズルイ……」
そうつぶやきながら、彼女は刀真に駆け出した。
「そんな事言われたら我慢できなくなる……」
その胸に飛び込みながら、月夜は刀真に情熱的なキスをした。後ろで前でむっとした表情になると、追いかけるように刀真に飛び込んでいく。
「今までは見逃してきたが、ここまでされたら流石に無理だ……今宵は我を受け入れてもらうぞ、刀真?」
豊満な胸を押し付けながら、前は刀真の耳元で囁いた。
「離れろ……二人とも……」
「やだ、離れたくない……やっ」
半ば呆れながら刀真は二人を引き離そうとするも、月夜も前もそれに抵抗して必死になっている。
後ろにいる白花だけが、事情が分からずに首を傾げるばかりだった。
「2022年に帰ったら……好きにすればいい」
「ほんと? 嘘じゃない?」
「ああ……」
「帰ったらだな? 今回は逃さないからな……必ずだぞ?」
ようやく二人は納得して刀真から身を離した。彼は白花のもとに移動して、情熱的な抱擁を見ていて顔を真っ赤にいる彼女の頭にぽんと手を置く。
「お前も、大切なんだよ」
さらに口をぱくぱくさせる白花を置いて、刀真はその場を離れようとした。だが途中で、茂みの中に埋もれるようにしている二つの死体――両親を見下ろす。
震えているのか……。
幼い頃の自分は、両親に庇われるようにしてこの茂みに隠れていた。両親が我が身を呈して魔物から自分を救ってくれたのだ。その事実を変えてしまっては、歴史が変わることになってしまう。
恐らく、今も茂みの中で両親の身体に触れながら――自分の心を殺していっているのだろう。現実という悪魔に負けないように。
「さあ……行こう」
月夜たちに呼びかけながら、刀真は幼き頃の自分に心の中で別れを告げた。
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