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リアクション
第1章 13日の魔物 7
「13年前となると私が11歳の頃か〜……なんか、この頃の記憶って曖昧なのよね」
街中に現れたガーゴイルと戦いながら、気まぐれな口調の娘は何気なく口にする。
一見、世間話をしているようも見える。しかしそうしながらも、両手に握った剣を巧みに操ってガーゴイルを仕留めていく様は見事だった。
対魔物チームとして各地の魔物退治に努めている師王 アスカ(しおう・あすか)、その人である。芸術を愛する彼女としては、せっかく過去に来たのだからスケッチに勤しみたいのだそうだが――この事態ではそれも許されない。
半ば諦めのため息をつきながら、戦いを続けているのだった。
「……あまり無駄口を叩いてると、敵にやられるぞ」
彼女の傍から聞こえたのは、素っ気ない態度ながらも声音に優しさを滲ませる声だった。
アスカが見やると、そこには彼女と一緒に戦う蒼灯 鴉(そうひ・からす)がいる。彼もまた、アスカのサポートとして時を遡った者だった。
「うーん、そうは言ってもねぇ……ほら、わからないことって気になるじゃない? 特にそれが自分の記憶とかいう話になったら」
「そう、だな……」
元は裏の世界で殺し屋稼業を営んでいたマホロバ人は、その頃のことを思い出したのか殊勝な顔で答えた。
「だから、可能ならこの時代の私にも会ってみたいなぁ〜とか思ったり……」
「アスカ、危ないっ!?」
鴉の悲鳴にも似た声が響いた。
つい話に気を取られてしまった隙に、ガーゴイルが背後に迫っていたのだ。無論、アスカもそれに気付いて振り返る。だが、遅かった。このまま剣を振るったとしても、間に合わないだろう。
やられる……っ!?
そう思った、その時だった。
異様なパワーの念力が辺りを包み込み、ガーゴイルの動きを封じたのである。次いで、強力な電撃が魔物の身体を焼き尽くす。
「まったく、どこの誰かは分からないけど……よそ見は禁物よ」
力強い念動力場を作りながら、アスカの前に舞い降りたのは一人の悪魔だった。
たなびく優雅な銀髪に、アスカ以上に気まぐれっぽい薄い微笑を浮かべた顔。蠱惑的な雰囲気をかもすその悪魔は――アスカたちの知らない真剣な表情でガーゴイルを睨みつけた。
「……ベ、ベル……?」
オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)――13年前の彼女はいま、アスカたちと出会った。
「なんだろう? 今日……いつもより魔が……暴れているような……百鬼夜行みたいだ」
街を歩きながら、少年はそんなことをつぶやいた。
まだ年端もいかない少年である。年齢は一三、四歳ぐらいといったところか。中性的な顔立ちをしているため、女か男かの判別に困る少年だった。
セミロングの髪をしていることが、その要因に一役買っているかもしれない。銀髪の鮮やかな髪だ。顔立ちの美しさも相まって、すれ違う者を振り返らせる魅力に満ちていた。
「…………」
彼には、魔を見る力があった。
それはここ最近になって特に顕著になっている。街の中で魔物が暴れているのを見かける時があるのだ。
今日はニュースでも不可解な事件が相次いでいることを告げていたし、もしかしたら自分の知らないところでとんでもないことが起こっているのかもしれない。
しかし、今の彼にそれを認識しろと言うのも無理な問題だろう。
気のせいかな? 少年はそう判断した。
「あっ……やばい。待ち合わせに遅れる」
少年はモデルの仕事をしているのだ。出版社との待ち合わせの時間が迫っている。
彼は――13年前の神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)は、腕時計に目を落としながら急いで駆け出した。
ガーゴイルを斬り倒した妖刀村雨丸を振るって、その刀身についた体液を払う。
一般人に気付かれないうちに倒せたのは良かった。パニックになっては、その対応にも追われてしまうことになる。
と、ふと、そんな魔物退治に従事していたシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)は、信じられないものを見た。
「あれは……まさか……」
見たのは、ある少年の後ろ姿だけである。
しかしそれは、2022年でシェイドがさんざん見てきた、自分の契約者の後ろ姿にそっくりに思えた。
(紫翠? なんで、此処に……いるはずが……、でもあの銀髪は……)
考え込むが、そうしている内に後ろ姿は人混みの中に消えてしまう。
しまった。そう思って、シェイドはとっさにそれを追いかけた。
「悪い、退いてくれ」
人混みを掻き分けて、急いで後を追う。
だが、開けた場所に出たときにはすでにその後ろ姿は見失っていた。これだけの人の数である。この中から探し出すのは至難の業だ。
(本当に……紫翠だったのか……?)
まるで幻でも見たように、シェイドはその場に立ち尽くした。
「えへへ、おねえちゃーん」
「…………」
フリフリ服を身につけた少女に抱きつかれて、不死川神楽(しなずがわ・かぐら)は面倒くさそうに眉をひそめた。
なぜ自分がこんな餓鬼の面倒を見なくてはならないのか?
不機嫌を隠しもせず、神楽はじろりと少女を見やる。
「??」
少女は神楽の視線の意味が分からず、小首をかしげた。それから、愛くるしい顔でにぱっと笑う。
さすがにそれを見ると、神楽も少女を蹴り飛ばして「ついてくんな!」と言うほどの鬼になることは出来なかった。
(なんでこうなったかなぁ……)
と、神楽は思う。
この女の子用のフリフリ服にスカートを身につけている少女は、自分とはそもそも身分がかけ離れた存在なのだ。
少女の名は新風 燕馬(にいかぜ・えんま)という。日本でも有数の資産家の娘であり、屋敷の端から端までが見えないとかいうもっぱらの噂の大金持ちの家系。彼女は、そんな新風家の末っ子で当たるのである。
姉達や親戚の女性陣のアイドルとして猫かわいがりされているため、極端なその愛で方によってフリフリ系の服を身につけさせられているが、正真正銘の本家の血筋である。
それに比べ、神楽は新風家の親戚に当たり、わりかし上流階級ではあるが、言っても分家筋に当たる家の生まれである。
しかも本人はお嬢様とかガラじゃないと主張し、立派に不良化しているときてる。
そんな自分に、なぜ本家の末っ子が懐いたのかは疑問であるが――とにかくぴったりとくっついて離れないのだった。
そんなわけで本日も燕馬のお守りを任されて、神楽は街にお出かけに繰り出したのだが。
突如、街中で騒ぎが起きたのはその時だった。
「なっ……なんだなんだっ!?」
神楽は何が起こったのか分からない。ただ、車が横転し、路面に無数の傷が走り、衝撃と爆音があたりを包み込んだ。
「おねえちゃん……こっちっ!」
「お、おいっ……」
すると、燕馬が震える手で神楽を引っ張った。
なにやら、彼女には異形の怪物の姿が見えているらしい。怪物から神楽を守るために、彼女は必死になって街を駆け抜けた。子供の足で、必死に。
神楽はわけが分からなかったが、少なくとも燕馬が自分を守ろうとしてくれているのだということは分かった。
そのうち、事件の収拾のために駆けつけた警察かなにかの特殊チームが到着する。
彼らに保護されて、ようやく燕馬と神楽は息をつくことが出来た。
「……ありがとな、燕馬」
「えへへ」
事件の正体は分からないが、燕馬が自分を助けてくれたことは確かである。神楽は彼女の頭のうえにぽんと手を乗せて、その頭をやさしく撫ででやった。
「ああもう、うじゃうじゃいるわねっ」
ガーゴイルたちと戦いを繰り広げながら、いつもは陽気なお気楽お姉さん――ローザ・シェーントイフェル(ろーざ・しぇーんといふぇる)が苛立ちを見せた。
豊満な胸に、きらりと光る八重歯。グラビアモデルもビックリのプロポーションで、テレビに出ていてもおかしくないと思える。
そんな女性であるが、これでも魔物事件の解決に従事する立派な剣の花嫁だった。
「むぅ……ひーマンも、こんな忙しい地区に行かせるなんてひどいですぅ」
その横で、ともに戦っているフィーア・レーヴェンツァーン(ふぃーあ・れーう゛ぇんつぁーん)が不満たらたらの声を洩らす。
そう言いながらも、ガーゴイルたちを寄せ付けない戦いっぷりは見事だった。
「それにしても、ツバメちゃんはどうして来なかったですぅ? 行き先を聞いて急に止めたのが気になるですぅ」
「色々事情があるんでしょ。燕馬ちゃんだって、来たくなかったみたいなんだから」
と――そんなことを話していた時だった。
ようやく、救援の退魔物チームが到着する。彼らは一般市民の避難誘導や保護に動き出し、戦闘員はローザたちの加勢に回った。
そんな中、ローザが見たのは保護されていく一般市民の中の小さな影だった。
「え、あれって……?」
だが、小さな影はすぐに建物の後ろに隠れてしまった。
2022年で待っている契約者の姿に似ているような気がしたのだが……。もちろん、姿形は小さいなれど。
ローザはうーんと首をかしげた。
「ろ、ろーねぇ、てつだってほしいんですぅ!」
「あ、ごめんっ。いまいくわ!」
気になるが、今はそれどころではない。
ローザはフィーアのもとに急ぎ、小さな少女のは頭の片隅に追いやった。
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