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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~

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【蒼フロ3周年記念】蒼空・零 ~2009年~
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リアクション


第2章 眠りし女王 9

 その日――機晶姫の娘は初めて目覚めた。
 理由は分かっている。設計時に組み込まれていた起動予定(プログラム)が発動したためだ。これは必然である。目覚めたとき、娘はなんら疑問を抱かなかった。
 だがまだ、完全な起動にはほど遠い。
 機能は一部しか使用可能ではない。意識もまた、一部の脳内処理に封印(プロテクト)がかけられている。
 ああ、なるほど。『半起動』ということか。限定設定の中で任務をこなせ。そういう仕様である。
 戦闘能力に問題はない。レールガンは使用可能だ。アーマー各部の状態も埃をかぶっている以外はさしたる障害はない。
 設定されている目的地は――石原邸。
 石原肥満なる男の邸宅である。そこに、他にも仲間がいるらしい。彼女らに協力を仰げというのが、指示の内容だった。
 なぜ、こんなプログラムが組み込まれていたのか? 知らない。分からない。だが、娘は考えない。それは考えるべきことではない。我が造物主しか分からないこと。
「…………」
 娘は――ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は、そうして石原邸に向かって動き出した。

 石原邸――裏世界のならず者たちを束ねる石原が構える邸宅である。
 その中の客室とは思えぬほど豪華な部屋のベッドルームで、幼い少女がふてくされ顔でベッドに横たわっていた。
 名は、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)。見た目には10歳そこらにしか見えないまだまだ小学生の域を出ない少女であるが、実はこれでも一校の生徒たちを束ねるイルミンスール魔法学校の校長である。
 彼女がどうしてこんな場所にいるのかと言うと――すなわち眠りの任についているからであった。
 6月15日。明日には、恐らくインテグラルが時空の穴を飛び越えてこの時代に転移してくると考えられている。インテグラルと戦うには当然、イコンが必要だ。だが、そもそもパラミタ出現自体を知らぬこの時代の人間たちがそんなロボットアニメみたいな光景を見たら、大騒動になることは間違いなしである。
 そのため――インテグラルを隔離するという意味も含めて、エリザベートが結界と、インテグラルを封印するタイムホールを生み出すつもりなのだった。
 だが、それには当然、膨大な魔力が必要になる。
 エリザベートはそれを溜め込むために、こうして石原邸のベッドルームを借りて、休養によって魔力回復に努めているところだった。。
 が――我が儘なエリザベートは、無理やり眠るのが嫌なのか、なかなか素直に眠ってくれない。
「私はまだまだ遊びたいのですぅ〜」
 ぶすっと口を尖らせながら、エリザベートは不満を口にした。
 そんな彼女を隣で見守っている女の子が、困った子供を見るような目で優しげに笑う。
「もう、エリザベートちゃんったら……」
 女の子――神代 明日香(かみしろ・あすか)は、こんなエリザベートも可愛いなぁと、抱きしめたい気持ちを必死に抑えている顔をしていた。
 いやいや、ダメダメ。今はエリザベートちゃんをちゃんと寝かしつけないと。
「エリザベートちゃんの魔力が回復しないと、大変ですし困ってしまいますよ?」
「むぅ……面倒くさいですぅ〜」
「我儘ならいくらでも聞いてあげますから。その代わり、眠るための、ですけどね」
「む……」
 優しさと厳しさが共有された言い方に、エリザベートは思わず口をつぐむ。
 しかし、我儘を聞いてくれるというのであれば、これほど嬉しいことはない。
「汗かいてきたですぅ。拭いてですぅ」
「はいはい」
 すぐにタオルを用意して、丁寧に汗をぬぐう。
「静かで眠れないですぅ。絵本読んでですぅ」
「はいはい」
 すぐに名作絵本を用意した明日香は、彼女に絵本を読んであげる。
「外がうるさいですぅ。野球少年とかうざいだけですぅ」
「はい、仕留めてきました」
 もはやここまで来ると、『宇宙に行きたい』なんて依頼もちゃくちゃくとこなしそうな勢いだ。外では公園で野球にいそしんでいた未来ある少年たちの泣き声がしばらく響いていた。
 そんなこんなであやしているうちに――疲れてきたのだろう。エリザベートはとろんとした目になってきて、やがてくーっと静かに寝息を立てるようになった。
「……おやすみなさい」
 彼女の頬にそっとキスをして、明日香はようやくエリザベートから名護惜しげにだが離れていった。
「お疲れ様」
 ベッドルームの隣にある客間にやって来た明日香に、ねぎらいの声がかけられた。
 発したのは、どこか快活な印象を受ける金髪の娘――カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)である。彼女もまた明日香と同様にイルミンスールの生徒であって、エリザベート校長の護衛に訪れていたのだった。
「エリザベートは眠った?」
「はい。とおおおぉぉっても――可愛い寝顔でした」
 今にも食べてしまいそうなとろける笑顔で、明日香はくねくねと身を捻りながら言った。本当は添い寝したかったのだろうが、さすがにそれは自制が利いたらしい。
「ふむ。これでしばらくは安心だな。あとはどれだけ安眠できるか、か」
 カレンの向かい側に座っていた女が、落ち着いた声で言う。こちらも、カレン同様に金色の髪をした女性だった。ただし、カレンよりかは幾分かそのきめ細かさや鮮やかさが違うだろうか。金糸という言葉がよく似合う、美しい髪だった。
 まるで古きよき英国の騎士のようである。実際、ヴァルキリー種族なのだからそれも間違ってはいないだろうが――イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)は中でもその印象を一際目立たせる存在で、優雅にほのかな芳香を香らせるティーカップに口づけていた。
「そうでございますわね。エリザベートは安眠を邪魔されるのをなにより嫌いますので」
 カレンとイグナに挟まれるような位置で三角形を描いている娘――アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)も、イグナとはまた違った種類の優雅さでティーカップを傾けた。
 あちらが英国騎士であるならば、こちらはどこか儚げな貴族のお嬢様といった風体である。口調とも相まって、より一層その印象は深まっていた。
「だからこそっ、エリザベートの安眠を守るのがボクらの使命ってわけだよ!」
 カレンがごくっと紅茶を飲み干して、決意を固めるように言った。彼女の言葉に、仲間たちは頼もしげに微笑する。
「ああ、そうだな」
「そんな使命のために、ここはひとつ英気を養うという意味で――お茶菓子なんていかがでございますか?」
「おおおおおぉぉっ!」
 くすっと上品な笑みを浮かべながらアルティアが取り出した、透明な包装紙に包まれたお茶菓子を見て、カレンが嬉しそうな悲鳴をあげた。
「食べるっ、食べるっ!」
「じゃあ、さっそく用意を……こちら、温めたほうが美味しいということですが、いかがいたしましょうか?」
「あ、じゃあ、私が温めてきますぅ」
 手を上げたのは明日香だった。彼女はアルティアから一部のお茶菓子を受け取ると、台所へとパタパタ走っていく。
 と――玄関から呼び鈴が鳴ったのはその時だった。
「ん、なんだ?」
 イグナがとっさに立ち上がろうとする。
 だが、それよりも先に、カレンが彼女の前に手を伸ばして、その動きを制した。
「いいからいいから。イグナさんは座ってて。ボクが見てくるよ」
「む……そうか?」
 イグナが座ったのを見てから、カレンは玄関先へと向かった。
 なんでだろう? なぜか懐かしい人に会うみたいな、そんな不思議な予感があった。

 玄関の扉を開くと――そこにいたのは茶色のローブを纏った一人の少女だった。
 顔は、目深く被ったフードのせいで確認できない。ただ、背丈やその体つきから、少女だろうと、予測できるぐらいだった。
「だ、だれ……?」
「作戦プログラムの実行中。エリザベート・ワルプルギスは在留か」
「……う、うん」
 そのあまりの威圧感と恐ろしく無感動な声に、カレンは思わず素直に答えてしまった。
 と――台所から悲鳴と爆発音が聞こえたのはその時である。
 瞬間、ローブの少女はまるで弾かれるように邸宅の中に飛び込んでいた。
「え、あ、ちょっ……! ちょっとっ!」
 一目散に台所まで駆け抜けていく少女の背中を、慌ててカレンは追う。そのスピードは驚異的だ。すぐに姿が見えなくなってしまう。
 そしてさらに悲鳴が届く。今度は別の、おびえのような悲鳴だった。
「明日香っ!?」
 台所に飛び込んだカレン――その目に映ったのは、先ほどのローブの少女がレールガンと思しき巨大な砲身を明日香に突きつけている光景だった。
 駆け抜けた勢いか、フードが外れている。そこにあった顔は――
「ジュ、ジュレ……っ!?」
「不審な爆発物とそれを所持する女を発見。我の忠告に従って即時起立せよ」
「ふえええぇぇんっ! 電子レンジが爆発しただけだもーんっ!」
 何をどうしたら電子レンジが爆発するのかは分からないが、ともかく未来のカレンのパートナーたるジュレールは、明日香から一歩も引かず、レールガンを突きつけ続けていた。