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リアクション
第2章 眠りし女王 7
昨日の出来事があってかどうかは分からないが――漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)たちと樹月 刀真(きづき・とうま)との間の絆のようなものは、より深いものになったような印象を受けた。
地下トンネルに先行して入った彼らは、後にやってくる肥満たちのために魔物退治をして露払いを引き受けている。
無論――その戦い方はこれまでと変わらぬものである。
今までの歴戦の戦いからくる経験を以てして、刀真は左手の白の剣と右手のワイヤークローを操って戦う。“ホークアイ”で視力を強化している月夜は、その卓越した視力と光条兵器のラスターハンドガンによるスナイプ射撃で敵を貫く。
玉藻 前(たまもの・まえ)も同様で、これまでと変わらず、九尾の尾を羽代わりにして飛び回り、“イヴィルアイ”で見つけた敵の弱点を“ファイアストーム”や“大魔弾コキュートス”という呼び名で知られる銃弾で貫いていく。
「開け地獄の門……我が九尾を以て終焉を招く!」
銃弾がゴブリンやオーガたちを貫通していく様は圧巻の一言に尽きるものだ。
そんな――彼らの戦闘。
封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)も当然、そこに追随してともに戦っている。白虎に乗って、蒼い鳥を伴って彼らとも一緒に戦う。
しかしそんな戦いの最中にあって、白花は月夜から聞いた昨日の出来事の話を思い出していた。
それはつまり――刀真の過去でもあった。
魔物に殺された両親の事。あのとき、両親に庇われた刀真がただ一人生き残ったこと。そしていま、その仇たる魔物を倒す力を手に入れながらも――両親は救わなかったこと。
無論、過去を変えることはあってはならない。
だがそんな作戦違反的な意味合いではなく、刀真は自分自身の決断としてそれを決めたのだ。
『助けたら、お前達と出会えない』
刀真はそう言った。
その言葉にどれだけの重みがあるだろう。白花はまだ刀真のことを多くは知らない。少なくとも、月夜たち以上には。
だから胸が切なくなる。彼の決断を、その時の意味を知ることが出来なかった自分に。そして彼自身に対しても。
「刀真さん……」
「ん……?」
気付いたらふと口を言葉が漏れていて、彼女は刀真に呼びかけていた。
「その……帰ったら……」
それ以上は、紡ぐことが出来ずに声が途切れてしまった。
魔物が襲いかかったきたことも要因である。とっさに刀真が飛び退き、白花が乗る白虎も距離を取ったのだ。
だが……今はそれでいいと、白花は思い直した。また帰ったときに言おう。そして、その時にはきっと――
「ひるむな。生きて帰るぞ」
「うん!」
刀真の呼びかけに月夜が元気よく答えたのを見て、白花もまた必ず“帰ろう”と決意した。
「チッ――」
舌打ちを飛ばした青年の頭上から降り注いだのは、オーガの放った鉄拳だった。飛び退いて鉄拳の軌道を避けた青年は、さらに跳躍して相手の頭上を飛び越え、距離を取る。
次いで、振り返り際に構えたのは“風銃エアリエル”――風の名を冠する銃だった。
「食らえっ……!」
銃弾がオーガを貫く。
それから青年――レン・オズワルド(れん・おずわるど)はさらに別の弾薬を詰め込むと、引き金を引いた。
カッ――と音を立てて光ったのは眩い閃光だった。
照明弾だ。オーガはその光にひるんでしまい、顔を覆った。それが隙となる。
銃弾がオーガを二度、三度とさらに貫き、ついにオーガはその場に倒れ伏した。
「ふぅ……っ、まあ、こんなものか」
「レンさんっ! こっち、こっちもやばいっ……!」
息をつくのも束の間――レンに喚くような声で呼びかけたのは十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)だった。
彼もまた、レンと同じようにトンネルへと先行したメンバーである。
大剣を両手で握って、オーガの拳を必死に受け止めている。
「顔を逸らせ! その代わり、しっかり決めろよ!」
「りょ、了解っ」
再び、照明弾の光がオーガをひるませる。
瞬間、顔を背けて照明弾を直接見ないようにしていた宵一は、相手の懐に潜り込んだ。くるっと回した片手の大剣の切っ先が、敵の腹部を狙い打つ。
叩き斬った腹部から血が噴き出し、オーガはその場にくずおれた。
「よくやったな」
倒れたオーガを見下ろして息をついていた宵一に、レンが笑いかけた。
「はぁー……死ぬかと思った」
これまで何度言ったかもしれぬ台詞を吐いて、宵一は膝をついた。大剣はその威力や重量のせめぎ合いは高い能力を有するが、いかんせん零距離まで踏み込まれたときの立ち回りが難しい。
「師匠はこんなのもろともしなかったのになぁ……」
そんなことを宵一は洩らした。
「その師匠ってのはそんなに凄かったのか?」
「もう、凄いのなんの。俺が見てきた中じゃ、一番の腕前だね。剣技も、もちろん精神も。俺が尊敬してやまない人さ」
「そうか――それは、一度手合わせ願いたいところだな」
ぞくりとするような高揚感を感じながらレンは言った。
強い者を見ると戦ってみたくなるのは、昔からの彼の癖である。時には悪いようにも働くが、良い方向で働くことが多い癖だ。それに、なにより男なら、強い者と手合わせするのはそれだけで嬉しさを覚えることだった。
が、それはともかく――
「それにしても……」
宵一とレンは明後日の方角に目をやった。
「向こうも凄いな」
彼らが見やった方角にいたのは、もう一組の戦闘メンバーだった。
「ジロー……このオーガの肉って食えたりするのかな?」
「試してみますか?」
オーガの斧を飛び回り立ち回りつつ、巧みに避け続けているフィーア・四条(ふぃーあ・しじょう)が聞くと、予想外にも隠岐次郎左衛門 広有(おきのじろうざえもん・ひろあり)は真顔でそんな言葉を返していた。
「…………いや、止めとく」
さすがにそれには困ったような顔でフィーアも首を振る。
いくら攻撃しても当たらない二人に、オーガもいい加減息切れし始め、苛立ちを募らせた顔つきになっていた。
「こいつらを倒しておけば、石原さんたちが安全なルートでその……なんだっけ? アムリアナだっけ? その女王さまのもとに行けるんだよね」
「そういうことになりますね」
「結果的には、未来を守ることになる……と」
フィーアが何気なくつぶやいたところに、オーガの拳が振り落とされる。だがそれを華麗に避けて――フィーアは構えていた剣でオーガの腕を切り裂いた。
「ねえジロー。今はそうでもないけどさ……当時の僕はね、正義の味方になりたかったんだ」
「正義の、味方……」
確認するようにジローが繰り返す。
「その希望を叶える……というのとは少し違うけど、たまにはこの僕がこういう立ち回りをするってのも、悪くはないだろう?」
少年のような笑みを浮かべながら、フィーアはさらにオーガに斬りかかった。巨大な魔物に立ち向かうその様は、確かに幼いころにテレビでよく見たような、正義の味方のそれだった。
「……そうですね。それがしも、そういうのは悪くないと思います」
広有はそんなフィーアの姿を嬉しそうに見つめながら微笑んだ。
と――二人の様子を見ていたレンたちも、繰り返すようにつぶやく。
「…………正義の味方か」
「悪くないよな、そういうのも」
二人は互いを見合って笑い合った。
そこに現れたのは、新たなオーガである。それも一体ではない。無数に現れたそれを見て、レンは一際異彩を放つ禍々しい雰囲気の銃弾を取り出した。
「げっ……レンさん、それ……」
「どいてろ。怪我するぞ」
“大魔弾コキュートス”――地獄の門から開かれる魔力を帯びた銃弾を装填して、レンはその銃口をオーガに向けて突きつけた。
「こいつは少々きついぞ」
ニヤリと笑ったその直後、銃弾はオーガに向けて飛来した。
闇と氷結の輝きを散らして、コキュートスはオーガを貫く。すると、オーガの身体は闇の力に蝕まれ、次いで、同時に発生した氷結の魔力に包まれていった。
「すげぇ……」
トンネルの道をふさぐようにして、オーガの氷づけが一丁上がりになる。
「これなら一匹ずつ倒していけるだろ」
氷づけのオーガの身体をのけるようにして、隙間から現れてくる仲間のオーガたちを見ながら、レンは悪戯な少年のような笑みで言った。