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リアクション
第2章 眠りし女王 4
救助チームの一員として現場に急行した五十嵐 理沙(いがらし・りさ)は、仲間たちとともに早速乗客の救助に当たった。
ただし、やみくもに救助に当たっても仕方がない。
事前に決めていた通りに、彼女たちは自分の役割へと従事する。つまり、理沙は乗客の車内とトンネルからの脱出経路を作り、彼らを運び出すことが役目だった。
「はいっ、ズバーンっと」
携えていた剣で車体の壁を円形にスパッと斬って、彼女は車内の人たちをそこから避難するように誘導した。
「セレスっ! 応急処置は任せたわよ!」
「ええ、分かりましたわ。みことさん、よろしいですか?」
「は、はいっ」
理沙に呼びかけられたセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)は、同じ救助チームの仲間の姫宮 みこと(ひめみや・みこと)とともに、車内へと潜り込んだ。
彼女たちの役目は、怪我人の応急処置にある。救急パックを片手に、彼女たちは動くことすらままならない怪我人や、あるいは泣きじゃくる子供のもとへ駆けつけた。
その手から温かな“ヒール”の光をかざし、怪我を治癒していく。
無論――それだけで完治するほど、人間の身体は甘くはない。あくまでもそれは応急処置に過ぎないのだ。
「理沙、そっちにお子さんが……」
軽い擦り傷を負っていた子供の腕に絆創膏を貼って、セレスはその子供を理沙のもとに誘導する。
「はいはい」
理沙はその子供――泣きじゃくる男の子を、地上に運ぶ救助チームの小型飛空挺へと運び込んだ。その途中も、男の子はえぐえぐと泣いていたが、彼女はそんな彼に笑いかける。
「心配しなくても大丈夫よ。おねーさんにまっかせなさいっ」
どんと胸を叩いた理沙を見て、男の子は泣き止んでいた。
普段から突っ走りやすい性格をしている理沙だが、こういう光景を見ると面倒見の良い性格でもあるのだとセレスは思う。
「素敵ですね、理沙さん」
みことが理沙を見ながら微笑んでいるのを見て、
「そうですね……」
セレスは自分のことのように嬉しくなって自然と笑っていた。
さて、そんな救助活動であるが――魔物の脅威が去ったわけではない。
列車の外ではまだ殲滅されていない魔物の残党が、獲物を求めるように救助チームや避難する乗客を見据えていた。
が――そんな魔物に対して、身構える男がいる。
「ふん……貴様ら魔物の好きにはさせんぞ!」
引き締まった肉体と、精悍な顔立ちをした無骨な男――“緑竜殺し”と呼ばれるグレートソードを構えるのは、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)と呼ばれる契約者だった。
彼が負った役目は、邪魔をする魔物たちを食い止めることである。
すっと甚五郎は目を細めて横を見やる。そこにいる――隠れ身を使って闇に紛れている己がパートナーのブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)と目線を合わせたのだ。
タイミングを見計らって、彼は地を蹴った。
振るわれるグレートソードが、次々とゴブリンを斬り裂いていく。
一匹、二匹、三匹――倒れゆくゴブリンの数が増えていったとき、奥からオーガが現れた。オーガの雄叫びとともに、魔物たちは一斉に甚五郎に飛びかかった。
棍棒や無骨な剣が、甚五郎の身体に叩きつけられる。
だが――
「…………ふははははっ!」
甚五郎の壁のごとき鉄の肉体は、それらの武器を筋肉一つで受け止めていた。
「気合いだっ! 貴様らには……気合いが足りんのだあああぁぁ!」
次の瞬間――甚五郎は肉体から発するパワーだけで魔物たちを吹き飛ばした。
ブリジットが闇の中から発したミサイルポッドが、それに追随するように発射する。
「この俺がいる限り――民間人には指一本触れさせんぞ!」
無数の爆発とともに、魔物は掃討されていった。
なんというか、蒼灯 鴉(そうひ・からす)は戸惑っていた。
「へ〜、そう。じゃあ、鴉はアスカとは恋人同士なんだ?」
「あ、ああ……まあそうなるかな」
というのも、隣にいるオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)がやけに親しげに話しかけてくるからである。
鴉にとって、オルベールというのは天敵にも相当する犬猿な関係だった。同じアスカのパートナーでありながらも、彼女は彼女でアスカを溺愛しているため、鴉を『アスカを取ったいけすかない奴』と認識しているのである。
だが――現在のオルベールにはそんな節はまったく見あたらなかった。
それもそのはずである。
このオルベールは13年前――すなわち2009年時のオルベールであり、鴉とアスカは過去に遡っているため、彼女にとってはふたりと出会うのは今回が初めてなのだ。
出会いが違えばこんなにも対応が違うものか。
鴉はそんなことを思いながら、友好的に接してくる気まぐれな悪魔にたじたじになっていた。
「それにしても、良かったの? 魔物退治なんか手伝ってもらっちゃって?」
「うーん、まあ暇してたしね。それに、ちょっと興味もあったし」
「興味?」
アスカは首をかしげた。
「そう。アスカって――あの子と同じ名前だから」
それに対して魅惑の悪魔は誤魔化すようにくすっと笑うだけだった。いまいち答えになっていないが、それ以上に突っ込んだことを聞くのも困って、アスカは別の質問を尋ねた。
「じゃあその、ベルが地球にいた目的って?」
「目的? そうねぇ〜……私は人探しをしているのよ」
「人探し?」
「そう。出会った事もなければ姿も何の手がかりもない途方もない旅……だけど、会いたい気持ちだけが募ってるの、昔からね。前世の想いかもしれないわね」
説明をするオルベールの顔は実に嬉しげだった。
いつか出会えること。それをとても楽しみにしているのだろう。
「まあでも、今はその人の事もあれば、それとは別で、とある女の子も気にかけてるけどね」
「…………とある、女の子……?」
それは、先ほどつぶやいていた“あの子”というものだろうか?
「とても可愛い私の最初の地球の友達でもあれば、初めて『絆』を繋いだ……契約を交わした子。ああ、そうだ。貴方と同じ『アスカ』って名前なの。黒髪で……そう、ちょうど、貴方と同じそんな銀の瞳をしてたわ」
思い出すようにしてくすくすと笑うオルベールは、言いながら楽しくなってきたのかスキップを踏んで先を歩いた。
その背中を見つめるアスカは、驚きを隠せないでいた。
「アスカ……? それに契約って……っ!?」
「……たぶん、そういうことなんだろうな」
鴉も同じ事を考えていたのか。彼は同意するようにうなずいた。だが、冷静を装っているが、彼も動揺は隠せないでいるようだった。眉が自然とひそめられている。
「ちょっと待って、じゃあベルの話が本当なら私が最初に契約したのって、ルーツじゃなくてベルってこと!? しかも13年前にって……!」
「契約のいきさつは、さすがに口が固くて教えてくれないだろうな。さて……どうしたものか」
困り果てたように、鴉はため息をつく。
いずれにせよ考えても仕方のないことではあるのだ。
ならば、いまは――
「あら、魔物が出たわよ〜?」
「えええぇ〜っ!?」
ともかく目の前の敵を排除するしかないだろう。
タイミング悪く現れた魔物に武器を構えながら、鴉はオルベールにささやいた。
「もし……」
「ん?」
「もしその女の子が本当にこの『アスカ』だとしたら……どうする?」
「…………」
迫ってくる魔物に向けて魔力を高めながら、オルベールはしばらく考えるように鴉を見つめていた。が、やがてニパッと笑う。
「そのときは、そのときよ」
鴉もそれに微笑を浮かべて、三人は魔物と戦闘に入った。