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リアクション
第3章 繋がる刻(とき) 7
「あのよ……ちょいと聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
繭の中を中心部に向かって歩いていたそのとき、石原にそんな言葉を投げかけたのは一人の女だった。
弁天屋 菊(べんてんや・きく)――地下トンネルに引き続き、彼の護衛役として繭へも同行した契約者である。彼女は石原にとって、1946年の世界でもともに戦った、旧知たる存在でもあった。
「ん、どうしたのじゃ?」
当然、石原は親しみを含んだ顔で振り返った。菊はかすかに言いずらそうにしながらも、やがて、決心したように殊勝な顔で尋ねた。
「以前、あんたに『お守り』を渡したことがあっただろ? あれって、今はどうなってるのかなってな」
それは、菊が1946年の世界で石原と別れた際に渡した『お守り』のことだった。あれには彼女なりに彼のことを気遣ったものが入っていたのだ。女々しいと言えば聞こえは悪いが、どうなったのか――その結末だけは気になる。
と――
「ほっほ、これのことじゃな?」
ごそごそと懐を漁った石原は、擦り切れたボロボロのお守りを見せた。
「あれから本当に色々とあってのぅ。こんなに擦り切れてしまった。しかし、これはまだ開けておらんよ。今となっては、中に“書かれていること”は大体想像がついておるがな」
石原は含みある笑みを浮かべた。菊はそれに驚きを隠せないような表情を見せたが、すぐに納得したような顔に変わった。彼の性格であれば、確かに中を見なかったのも理解はできようというものだった。
「……懐かしいのぉ。菊くんたちにとっては数日かそこらの事なのかもしれんが、わしにとっては半世紀も前のことじゃ」
石原は遠い記憶を思い起こすような顔で宙を見上げた。走馬燈のように記憶が駆け巡っているのだろうか。懐かしさに笑みをこぼしている。
「そうか。そうだよな。あたしらにとっては数日の出来事でも、あんたにとっては長い長い出来事か……」
菊は不思議な感覚に浮き立つような気持ちを覚える。
「僕らの数日と、爺さんたちの何十年が重なってるわけか。確かに、おかしな話だよな」
そんな菊の気持ちを代弁するように、リゼネリ・べルザァート(りぜねり・べるざぁーと)が皮肉げにつぶやいた。
「ふん……本来は重なるはずのなかった時間じゃ。あまり喜ばしい状況でもないがのぉ」
同調するように、薄汚いローブの中から声が囁かれる。
それは、同じく石原の護衛役としてついてきたシュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)のものだった。目深く被ったローブの中から、口を開いているのだ。
「まあ、たしかにそうかもしれないけどさねぇ……面白くないかい? こういう状況」
「面白い?」
手記の首を傾げさせたのは、曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)の一言だった。彼はいかにも眠たげな顔でにへらと笑いながら、付け加える。
「そう。未来と過去が一緒になってさ。あんまり好ましくないことなんだろうけど……こういう余興って人生には必要だと思うんだよねえ、オレは」
「余興のう……あまり歓迎したくはないのぉ……それは、きっとああいうのも含むのじゃろうからな」
そう言って手記が指さした先では、獰猛なうなり声をあげる存在が石原たちを見つめていた。
イレイザー・スポーンの群れである。中心部に近づけば近づくほど、その出現頻度は高くなっているような気がしないではない。
「ラムズ、足止めを頼むぞ」
「ええ、分かりました」
手記に呼びかけられて答えたのは、どこか存在が希薄な印象を与える青年だった。
彼は――ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は種族の一種たる『弓引く者』を従えると、薄い笑みを地味な顔立ちに浮かべる。
「思う存分、やってしまってください」
「――言われなくとも、じゃな」
瞬間、ローブが翻った音が鳴ったと思ったとき、手記の姿はそこにはなかった。すでに、敵の目の前にまで迫っている彼女の後ろ姿が見える。
驚異的なスピードだ――と、石原が思うより早く、他の契約者たちは見慣れているのか、それぞれに動き出していた。
「オレらはこいつをぶち込むから、前にいる奴らは気を付けてくれよ」
「そういうのは構える前に言ってほしいもんだね」
ホエールアヴァターラ・バズーカを肩にかつぐ瑠樹を見やりながら、前線に出たリゼネリがぼやく。彼は二丁拳銃でイレイザー・スポーンを撃ち抜きながら、パートナーに気遣うような視線を送った。
「エス、大丈夫か?」
「そんなに、大丈夫でもないかも……」
両手に構えるティアマトの鱗で敵を斬り裂くエリエス・アーマデリア(えりえす・あーまでりあ)は素直に答えた。彼女のスピードは、その足に装着されている推進装置のおかげで十分なほどに加速されている。だが、それでもさすがに突貫して一人で連中の相手を引き受けることなどは無茶であった。
「いったん退いてろ。ボクらが後は引き受ける」
エリエスと入れ替わるように飛び込んだリゼネリに、敵の刃が迫った。だが、彼は冷静に拳銃の銃身でそれを受け止めて対処する。
「リゼネリさん、危ないですーっ!」
「あ? ……ちょっ、ちょっと、待てよっ!」
思わず飛び退いたリゼネリの背後から、バズーカの弾が飛来した。そいつはイレイザー・スポーンをぶち抜くと、爆発――轟音とともに、その身を蹴散らす。
陰気な顔つきの青年はその眉を下げて、後ろのゆる族を見やった。
「あのなぁっ! ボクを殺す気かよ!」
「いやー、でも、死ななかったからアリですよね?」
瑠樹とともにバズーカをぶち込んでいくマティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)は、ゆる族特有の愛らしさを存分に発揮して首をかしげた。
「まったく……て、うおっ!?」
ため息をこぼすリゼネリの後ろで、槍に叩き斬られたイレイザーが倒れ伏した。
今度は一体何事か、と振り返った彼の目に飛び込んで来たのは、手記がイレイザー・スポーンの上に君臨する姿である。
「瑠樹…………よいぞ。最後にぶち込んでやるのじゃ」
「ああ、分かったよ……」
最後の一匹のイレイザー・スポーンに、瑠樹はバズーカの砲口を向けた。
「悪いが……あんたらの思い通りには、させたくないからねぇ」
その言葉は彼らへの手向けだったのか。
次の瞬間――バズーカの弾を食らって、イレイザー・スポーンの群れは爆炎に包まれていた。