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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション

   「シリウス・バイナリスタ」


 シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)の二人は、所属する百合園女学院から、定期的に姿を消した。
 どこへ行くのか、何をしているのか知る者は少ない。実際のところ、当の二人も前者の問いに関してはなかなか答えられない。
 二人は、ある人物を探していた。シャムシエル・サビク(しゃむしえる・さびく)。かつて十三人目の十二星華として、エリュシオンの故テレングト・カンテミールに造られた剣の花嫁である。
 カンテミールを失った後、シャムシエルはあちこちで暴れ回り、葦原島の事件が終わると同時に姿を消した。
 しかし、死んだわけではない。北に現れたと聞けば北へ、西で見かけたと聞けば西へ。二人は行方の分からなくなったシャムシエルを探し、飛び回っているのだ。
 だがその情報が、一度として正しかったことはない。――ひょっとしたら実際に現れたのかもしれないが、シリウスたちが辿り着いたときには、もう姿は見えなかった。
「ちょっと考え方を変えよう」
「どういう意味?」
「目撃情報を得てから行くから、後手に回るんだ。ってことは、先回りすればいい」
「それが出来れば、苦労はないよ」
 サビクは呆れた。
「まあ聞けって。近いうちに、明倫館で御前試合があるらしい」
「それが?」
「明倫館には、ベルナデット・オッド(べるなでっと・おっど)がいる」
「ちょっと待って。シャムシエルがベルナデットに会いに来るってこと? 彼女は漁火じゃない!」
「でも融合したのは、有名な話だ」
「大体、そんなに漁火に執着してるかな……?」
「他に手がかりもないし、行ってみようぜ。な?」
 というわけで、渋るサビクを引っ張って、シリウスは葦原島に向かったのだった。


 御前試合は、それほど大きな事件もなく進んだ。
 シリウスとサビクは、その間ずっと、ベルナデットを見張っていた。彼女はパートナーである北門平太(ほくもん・へいた)を応援するため、観客席にいた。怪しい人間が近づく様子はなかった。
「やっぱり、無理だったかあ」
 がっかりしたシリウスに、しかしサビクはそうでもないかも、と言った。
「シャムシエルが現れるとしたら、何のため? ベルナデットに漁火の記憶を取り戻させる?」
 ベルナデットは以前の記憶を失っている。本人ですらその状態なのだから、漁火としての自我を取り戻させるのは難しいだろう。だとしたら――、
「――見るため。ただ、見守るため」
「もしそうなら、こんな近くにいるわけないな」
 二人は、会場を走り回った。ベルナデットを目視できる限りの距離を。そして、見つけた。
「シャムシエル!!」
 歓声の中、サビクは睨みつけた。本当は剣を突きつけてやりたかったが、一般人が多いために、それは断念した。シャムシエルは他の人間を巻き込むことも厭うまい。危険を冒すわけにはいかなかった。
「……邪魔しないでくれないかな」
 不機嫌な口調で、シャムシエルは言った。視線はまだ、反対側に座るベルナデットを向いている。
 今にも斬りかかりそうなサビクを制し、シリウスは話しかけた。
「相変わらず、かな。久しぶりだな、シャムシエル。お前とゆっくり話がしたいんだ。お前ならいつでも逃げられるだろう。どうだ?」
 シャムシエルはちらり、と目だけをシリウスに向け、すぐに前を見る。
「話したければ話せば?」
 何をっ、と怒鳴りそうなサビクをどうにか宥め、シリウスは続ける。
「うん。……こういうのも何だけど……元気だったか? オレは教師になった。お前はどうなんだ? あれからめっきり噂も聞かず――契約者嫌いのお前のことだし、何か裏で企んでんじゃないかって、世間は血眼だぜ? けどこれまで半年、お前は表に出てこなかった」
 シャムシエルは答えない。本当に聞いているだけのようだ。
「今、何してるんだ? 或いは何もしてないのか……それが気になってな。契約者が憎いってお前は言うけど、何かをしてる様子もない。もちろん、良からぬことを企んでるってならオレは止めに向かうし――」
 その瞬間、優勝者が決まった。あろうことか、優勝者は三人。全員、明倫館の生徒で、その中には平太も含まれている。
 ようやく、シャムシエルはシリウスたちに顔を向けた。ベルナデットの姿が見えなくなったのだ。平太についていったらしい。
「……うるさいな、本当に」
「何を!?」
 サビクが睨みつける。しかし、シャムシエルは動じない。何も出来ないと踏んでいるのだろう。事実、ここで戦えば周囲の人間に被害が及ぶ。
「ボクが何をしようが、キミたちに教える義理はない」
 冷めた目で、シャムシエルは答える。
「だったら!」
 サビクは拳を、更に強く握り込んだ。
「どこか遠くに消えてしまえ!」
 シャムシエルの目が、呆れたように見開かれた。シリウスも唖然としている。
「追いかけておいて滅茶苦茶言っているのは分かっているよ! けど、けどなぁ!」
 サビクは、自分自身の感情を持て余していた。シャムシエルが憎い。勝ちたい。倒したい。今なら、五分五分の勝負が出来るはずだ。
 いっそシャムシエルが襲ってくればよかった。それなら正当防衛として、問答無用で戦える。だが、シリウスが不必要な戦いを望まない以上、手は出せない。シリウスの望まないことは、出来ない。そんなことをすれば――自分は、彼女を失ってしまうかもしれない。
 どうすればいいか、サビクには分からなかった。故に、シャムシエルが消えることを望んだ。殺せないなら、それしかない。それで全ては解決する。
「契約者は嫌いだ」
 シャムシエルは言った。「キミたち全員、皆殺しにしても飽き足らないぐらいだ」
 シリウスとサビクは、その言葉を聞いて、ほぼ条件反射の様にそれぞれの武器に手を伸ばした。
「だけどまあ、今はやめておく。契約者でない人間も大勢いるし――」
 ――それに、と呟いたような気がした。
「待て! どこへ行く!?」
 踵を返したシャムシエルに、サビクは呼びかけた。本当に、我ながらわけが分からない。
「追いたければ追えば? いつでも相手になるよ。その代わり、覚悟しとくんだね。ボクは、キミたちの周りの誰かが死んだって、構いやしないんだ。そのつもりで来るんだね」
 そのまま、一瞥もくれずに、シャムシエルは去った。このままでは、駄目だ。このままでは何も変わらず、前へ進むことも出来ない。サビクは、知らずシャムシエルの後を追おうとした。その手をシリウスが掴む。
「何で!?」
 シリウスはかぶりを振った。
「さっきからずっと、【ソウルヴィジュアライズ】を使ってたんだ」
【ソウルヴィジュアライズ】は、相手の感情をそのまま表情として読み取ることが出来る。
「あいつは本気だ。追えば、本当に周りの人間を殺す」
「だから見逃すのか!?」
「違う。違うんだ、サビク。あいつはさっき、『やめておく』って言ったろ? あれも本音だ。シャムシエルは多分――迷ってるんだ」
「どういう意味?」
「漁火だ。いや、ベルナデットかな? とにかくあいつは、漁火に執着してるんだ。やっぱりそれは間違いない。でもベルナデットは――彼女も契約者だろ?」
「だから?」
「漁火は殺せない。ベルナデットは殺したい。どうしたらいいか分からないんだ。今は、ただ見守ってるだけ……」
 サビクは振り返った。シャムシエルの姿は、帰っていく観客たちに紛れて、既に見えない。
 不思議なものだとサビクは思った。自分が迷っているように、シャムシエルも迷っている。偶然と言ってしまうのは容易い。だが、何かシャムシエルとは縁があるような気がしてならない。
「――また、会うのかな」
「多分」
 会えば、また戦いになるのだろう。ならば追わなければいい。だが、シャムシエルが契約者を目の敵にする以上、見逃すわけにはいかない。
 その時は――。
 ――いや、その時が来ないことを。
 せめて、迷いが晴れていることを。
 二人は、願わずにはいられなかった。