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第2章 クリスマスパーティー


クリスマスパーティーへ向かう道


「ちょっと早く付き過ぎちゃったわね。アディ、ちょっと街中をぶらついてみない?」
 綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)の言葉に対するアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)の返事が聞こえて来るまで、少し間があった。
 ――今年の年末年始も<シニフィアン・メイデン>の仕事でお正月は完全につぶれることは確定、せめてクリスマスぐらいやっておかないと身が保たない。
 さゆみが言い出したのはいつものことだが、そうなれば移動することになる。
「大丈夫、ヴァイシャリーならそれなりに知っている、つもり、の、筈……」
 自覚のあるさゆみが語尾を濁したのが、アデリーヌの「間」の答えだった。つまりさゆみは絶望的方向音痴である。
 パーティーの時間までは確かにあるが、油断していてその間に迷わない保障はない。余っているどころか大遅刻の可能性は大いにある。
「……では、こうしましょう」
 アデリーヌはさゆみと「恋人繋ぎ」で手を繋ぐと、片手に地図付きの観光パンフレット(ホテルなどで配っていた)を持って、さゆみの半歩先を歩くことにした。
「え、何、アデリーヌ甘えてる?」
「こうしないと繋いだ手が離れたら、さゆみが迷子になってしまいそうですもの」
 あまり遠くに離れないように、迷わないように、迷ってもすぐに戻れるように。
 一度細い路地に入り込んだら、なかなか出てくることが出来ない。アデリーヌはできるだけ分りやすい道を歩く。
 隠れた名店なんかには出会えないだろうが、分りやすい道ということは観光客向けで、クリスマスの飾りつけやイベントを行っている店もあるようだ。
 二人はジェラーとの買い食いや、冷えた体を温めようとカフェに入ってエスプレッソにビスコッティのような固焼きのビスケットを摘まんだり、雑貨屋を覗いたりして幾つかツリーのオーナメントになりそうな小物を買ったりしつつ百合園女学院に向かって行く。
 そうしてある店を出たところで、知っている顔を見つけてさゆみは声を上げた。
「トオル!」
 振り向いた顔、それは確かにトオル・ノヴァンブル(とおる・のう゛ぁんぶる)だった。
 トオルの背後にはトオルのパートナー磯城・グレイウルフ(しき・ぐれいうるふ)と彼に抱えられたパラミタの地祇 ぱらみい(ぱらみたのちぎ・ぱらみい)もいる。
「一緒に行きましょ!」
 次に出た言葉が、これだった。
(これなら、少なくとも彼らと一緒にいる間は迷子にならずにすむし、パーティに呼ばれているのなら、そのまま彼らと一緒に合流するのならこれまたお得だったりするわね)
 さゆみは怪しげなことを考えている。道に迷わない、が既に最重要課題になっている。いや、もちろん、最愛の人とクリスマスを過ごすのが目的なのだが。
 トオルはどこかほっとしたさゆみの表情を見て、首を傾げた後、
「もしかして迷子だったのか?」
「違うわよ、アディとはこうして一緒に歩くときはいつもこうしてるの!」
「しかも一緒に行くって……」
 パーティー開始まで余裕がある。トオルでなくとも二人で遊べばいいのにそんなことを「さゆみが」言う理由はそれくらいしか思いつかないだろうか。もう一つあるとしたら。
「ひ、久しぶりだもの。話したいこともあるし」
「じゃー、皆で行こうぜ」
 ……嘘じゃない、嘘じゃ。さゆみが誤魔化し(希望)ながらトオルと歩調を合わせれば、手を繋いでいるアデリーヌも当然同じ歩調で歩くことになる。アデリーヌはそんなさゆみの様子を穏やかに、やや苦笑を含んだ微笑をたたえながら見た。
 さゆみはトオルに近況報告をしつつ、聞きつつ、
「そっか、年明け頃からパラミタ各地に旅に、ね。元気で戻って来てね」
「ああ」
(……旅立つ人にきちんと別れを告げて、いつの日かの再会を誓うことができるのは幸せなことかもしれない)
 トオルは数年後戻ってくる、と言った。ちょっと寂しくなるけど、トオルの決めたことだ、明るく送り出してあげたい。
 そう、後輩の朝永真深は、「きちんと別れを告げることもできず」に別れてしまい、そのまま永遠に会えなくなってしまったのだから。
(あの時、やはり見捨てるんじゃなかった、捕まえに行くべきだった)
 今さらどうにもならない後悔の念。それを、多分これから生きている間は引きずることになることをさゆみは分っていた。今までも自分を責めるな、と言われても、どうしても「自分のせいで……」に帰着してしまうのだ。
「さゆみ……」
 アデリーヌはさゆみの明るい表情に差した陰りに、真深のことだろうと察して声を掛ける。
 深い心の傷はすぐには直らないだろう。いつも通りの生活をしている今だって、無理をしている。
「え? 何、アデリーヌ。あそこのお店行ってみたい? 後でね」
 さゆみは、自分がひどくひどく冴えない表情になりかけていたことに気付き、それを慌てて引っ込めて、さっきのカフェがどうだったとか、最近流行のコスプレ衣装がどうだとか、テキトーなことを話しながら、百合園女学院への道を歩いていった。
(いまこんな所で落ち込んでどうするのよ、今日はクリスマス、しかも12月25日は自分の誕生日。こういう日は明るく愉快に過ごさなきゃ。
 ……そうよね、真深もきっとこんなひどくしょぼくれた私の顔を見たら、きっと呆れてるかもしれない)
「どうした?」
 トオルが振り返る。
 さゆみは何でもないわ、と笑う。
 せっかくなんだから、今日はクリスマスパーティを楽しもう。久しぶりに会う人たちとのんびりと会話したり、踊ったりして。