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リアクション
アムリアナ女王
「はーい、こちらユグドラシルのルカルカ・ルー(るかるか・るー)。こちらの声は聞こえてる?」
女王の寝室に運び込んだ通信機に、ルカルカが明るく呼びかける。
その通信はナラカに潜行したナラカ城まで届いていた。
「よく聞こえる。通信機器に問題はない」
通信機から、もっとも近い場所から想いを送信させたいと志願したクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)の声がする。
友軍と確認作業を行なう間も、パートナーの島津 ヴァルナ(しまづ・う゛ぁるな)はシャンバラで伝統的な祈りを捧げる準備を進めている。
帝国側では通信を担当するルカルカの横で、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が見慣れない装置を操作している。古王国製のマシンで、館の寝室からナラカ城の間でデータ通信を司っているのだ。
経験をつんだテクノクラートであるダリルは、この複雑な操作を難なく行なっている。
砕音の説明によると、女王への想いの照射は、本来は闇龍をナラカに封じておくための機構の余剰分を使って行なう。ただ、この余剰分は闇龍が急に暴れだした際の封じ込めに使用する為のものだ。さらにナラカ城同様に闇龍を封じるネフェルティティが顕現している為、闇龍の封印はそれだけモロくなっている。
そこで闇龍の動きの監視を厚くし、異常が見られれば即、女王への照射を中断してシステムを闇龍封じに戻す事になっていた。
だが、今これから行なうのは本番の治療ではなく、まずアムリアナ女王の意思を確認する為に、女王の意識を取り戻すものだ。
女王へのメッセージは、すでにナラカ城内の「カタパルト」に移されている。
ただ、それでも周囲の人々は女王に祈らずにいられない。
「問題ない。やってくれ」
砕音の指示で、ルカルカとダリルが装置を操る。
「照射、開始する。3、2、1……!」
一瞬間をおいて、女王の寝室に暖かな力が溢れる。その奔流は、横たわるアムリアナ女王へと流れ込んでいく。
「陛下を囲む結界を解くわよ」
白輝精が宣言し、女王の体を囲んでいた光の繭が消滅していった。
アムリアナ女王のまぶたが震え、ゆっくりと開いていく。
「女王よ、お目覚めか!」
坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)が歓喜の声をあげる。病室に集まった者が皆、喜びあう。
「巫女装束を着て見せてくれると約束したでござろう!」
鹿次郎は持参した巫女装束を広げて見せる。女王は嬉しそうな、だがすまなそうな笑みを見せる。
白輝精が皆をいさめる為に、鹿次郎のボケにつっこんだ。
「陛下はまだ意識が戻っただけ! 元気に起きて動き回れる訳じゃないのよ」
思わず喜んだ者たちも、しゅんとなる。
赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)が女王に言った。
「陛下はジーグリンデさんとして生きる気はありませんか?」
彼女がどういう事かと聞くが、どうせ聞き入れてはもらえないだろうと、特に説得の言葉を用意していなかった霜月は沈黙する。
代わってヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が、彼女にハグをして、その頬にちゅっとアリスキッスを贈る。
「ジークリンデおねえちゃんはまだちゃんとここにいるです。
女王さまとか神さまとかは関係ないんです。
ボクはしってる人が力がなくなったからってきえちゃうとかダメなんです。
力とか関係ないんです。
いっしょにたのしくわらっておはなしとかあそびたいんです。
ぜったいボクはあきらめないです。
だからジークリンデおねえちゃんもがんばってほしいんです!」
しかし神倶鎚 エレン(かぐづち・えれん)がヴァーナーをたしなめ、牽制するように言う。
「そんなお気楽な事では困りますわ。アムリアナ女王には、女王としての責任を果たしてもらいたいですわね」
言い返そうとするヴァーナーを、女王が止めた。かすれた声でエレンに聞く。
「責任、とは?」
その瞳に、自分にできる事でやればやろう、というような意思を感じ、エレンはみずからが抱える疑問を口にする。
「今の世界の状況はあまりに不自然すぎます。シャンバラの状況にしてもエリュシオンの状況にしてもカナンやコンロンの状況にしても、何らかの意図すら感じるほどに不自然で異常な状態です。それらの始まりが五千年前のシャンバラ滅亡前から始まっているのであれば、その時代の情報は重要な鍵でしょう。
女王であったのなら、そして今シャンバラを復活するために『わかっていながら』地球の力を使ったのであるなら、勝手に力を渡してそれでさよならなんて許されませんわ」
エレンがそこで言葉を切り、答えを待っている事に、アムリアナは困惑する。
「あなたは、何を不自然だと感じ、何を知りたいのでしょう……? 地球の力とは、いったい? お答えしたくても、それが分からないと答える事ができません……」
女王は誤魔化しているのでも何でもなく、本当に困っていた。
「世界で起きている状況、異常についての情報、五千年前になにがあったのか、についてですわ」
女王はまた困ってしまう。
「……私は地球の神話にあるような全知の持ち主ではありません。その……何をお聞きになりたいのか、もっと具体的にあげていただけないでしょうか?
五千年前には、ネフェルティティが帝国に洗脳されて操られ、シャンバラ国内に反乱が起き……でも、これらは皆さん、ご存知のはずですよね……」
エレンのパートナーフィーリア・ウィンクルム(ふぃーりあ・うぃんくるむ)が、代わって言う。
「このままではたとえシャンバラが建国されようと東西が統合されようと、シャンバラの民に安寧などあるまい。
それに世界そのものが壊れてしまえば、シャンバラだの何だのという話しですらなくなるのじゃ。
アイシャ殿が力を継承したところで、なにもわからぬままでは今の状況を解決などできはすまい。それはただ力を振るうことによる事態の処理となり、より物事を悪くもしよう」
女王はフィーリアの言葉を、どうにか理解しようと考える。
「……世界が壊れる、とは、何の事を指しているのでしょう? 闇龍は封印されたのではなかったのですか? それとも他に危機が……?」
本気で困惑している女王を前に、フィーリアとエレンは顔を見合わせる。
エレンのもう一人のパートナーエレア・エイリアス(えれあ・えいりあす)が、今度は自分が、とのんびりした口調で話しだす。
「今〜、ヴァイシャリーと〜キマクは〜エリュシオンに〜恭順という形を〜とっていますわ〜。それは〜、アイシャさんが〜国家神として〜ちゃんと機能するかわからないと〜いうことが〜わからないから〜、シャンバラを〜残すための〜保険として〜ですけれど〜
でも〜、わたくしどもは〜アイシャさんが〜戴冠したとしても〜、シャンバラを〜本当の意味で〜安定させられるのか〜、不安なのですわ〜。
世界そのものの〜秘密というものを〜解き明かさなくては〜すべてがダメになるでしょうね〜。なにより〜、すべてに作為のようなものを〜感じますから〜誰かの思ったとおりの〜結末を迎えることに〜なりますわ〜」
女王の答えは、ほぼ同じだった。
「ええ……ですから、何をお尋ねなのでしょうか……?」
説得はできており、女王は聞かれた事に答えたいと思っているのだが、何を聞かれているのか理解できないのだ。
周囲の生徒たちも、サポートに入りたいと思っても、エレンたちが何を聞こうとしているのか分からないので、口の挟みようがない。
しかし姉ヶ崎 雪(あねがさき・ゆき)は、エレンや周囲の者にぴしゃりと言った。
「あなた方は己の都合だけで相手の価値を図っているに過ぎません。
一度は『ジークリンデの』命すらを狙い、今更になって救おうとしている自覚を持ちなさい!」
雪のパートナー坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)は、勢い込んでアムリアナ女王に迫る。
「かつて拙者と契約するでござると話したが、あの時から拙者冗談では無く本気でござるよ! 運命はあるでござる。拙者ら導かれる様に共に歩めたでござる」
しかし女王は首を横に振る。
「あなたとの契約上の相性は存在しないようです。
それに……私はもうこれ以上、誰とも契約するつもりはありません」
彼女の瞳には、強い信念と決意があった。鹿次郎は悲嘆にくれる。
「その命、国に捧げる覚悟と言うのであれば、拙者お供する覚悟ぐらいあるでござるよ! 腹を掻っ捌き共に命散らす覚悟は出来ているでござる!」
しかしアムリアナ女王は、彼をにらんだ。
「命を粗末にするのはやめなさい。覚悟があると言うならば、一人でも多くのシャンバラの民を救うのです」
鹿次郎と雪はかしこまって、身を震わせた。
代わって、樹月 刀真(きづき・とうま)がアムリアナ女王に語りかける。
「十二星華のティセラに会って話をしました。彼女は洗脳されシャンバラに被害を与えた者として、パラミタ法により死刑を宣告されましたが、それを理子が特赦を与えて自分を守ってもらう事で刑の執行を先延ばしにしています。
しかし、彼女は周りの人の事ばかり気にして自分はこのまま死刑で〜とか考えてるんですよ。ちょっと君が叱ってやって下さい」
アムリアナ女王は彼の話に驚いたようだ。
「まあ、それはいけません。シャンバラに混乱を招いたのは、ひとえに未熟な私の過ちです。それは私の罪なのです。ティセラが責苦を背負う事はありません」
刀真は淡々と話を続ける。
「それからアイシャとも話をしました。
彼女は彼女なりに覚悟を決めて『国家神』になろうとしています……それは、シャンバラにいる民の為に命を尽くして行うべき事だと思う、そう言ってね。
『国家神』になれば大地は蘇り、彼女を旗印とした統一シャンバラの建国もできるでしょう……しかし、その先にある地球やエリュシオン含め他方からの干渉やその干渉から起きるかもしれない各学校間の権益争いを御して、より良いシャンバラへ導く為の力が彼女や理子にはない」
「それは……心苦しいですが、あなた方にお任せします。死する私には、その行く末を祈るしかできません……」
アムリアナの言葉に、刀真は苦しげに首を振る。
「……悪い。やっぱり納得できないんだ。
『皆で素晴らしい国を作って行こう』その想いの為に理子達と一緒に時には別れて頑張ってきて、やっと建国できるって時に君は死んでしまう。
俺達はその終わり方が嫌なんだ……だからハッピーエンドにするチャンスをくれよ。
そして理子や十二星華達と一緒に蒼空学園でお茶会でも開こうぜ。そしてシャンバラの建国を祝おう」
「ごめんなさい……あなたの気持ちはとても嬉しいけれど……私にも、どうにもできない事だから……」
寂しげにいう女王に、刀真は言った。
「今から二つお願いをする。一つは死ぬのを諦めて、大帝の操り人形となってでも生き残ってくれ。
もう一つは『俺達が君を必ず救い出す』……この言葉を信じて待っていてくれ、その信頼は絶対に裏切らない」
「それを認める事はできない」
突然、通信機から声がした。ナラカ城にいるクレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)だ。
通信機を始めとした装置を預かるルカルカが、皆のために、こそっと注釈を入れる。
「ナラカ城とここは常時通信状態だから、こっちの声もあっちの声もリアルタイムで会話できるからね」
ナラカ城のクレーメックは、改めて言った。
「『眼』を埋め込む事で、女王を蘇生させる行為には反対する。
理由は、彼女自身がそれを望んでいないためだ」
女王の寝室に控える神裂 刹那(かんざき・せつな)も、刀真に反対する。
「意志を封じ、誰かを操るなど絶対に認められません。
大帝の『眼』に関してはジークリンデが自ら求めない限り、使用は絶対に許せません」「外野の意見は聞いてない」
刀真は切り捨てた。
「とにかく生きていれば機会はあるはずだ」
しかしクレーメックはさらに舌鋒強く、聞きただす。
「『眼』を埋め込まれ、アスコルドの意志に逆らう事が出来なくなった彼女が、シャンバラの敵となって現れる恐れがあるとは考えないのか?」
「それは俺たちが、何としてでもジークリンデを救い出す」
刀真の答えに、クレーメックは厳然として返す。
「もしそうなれば、東西の対立どころではない。
あくまでアムリアナに従うシャンバラ人と従う事を善しとしないシャンバラ人の間での、血みどろの内戦が始まってしまう。こんな恐ろしい事はない。
アイシャによる統一シャンバラ建国と、そこに至る犠牲や努力はすべて水泡に帰し、終わりの見えない戦いが始まるのだ」
クレーメックの言葉に、恐ろしい未来を想像した生徒たちは戦慄を覚えた。
プロクル・プロペ(ぷろくる・ぷろぺ)は当惑していた。
(このままでは、シャンバラは共に国を思うものたち同士で憎しみあい傷つけあい、目を曇らせたまま世界を滅ぼすことにもなりかねないのである!)