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リアクション
第21章 捜索・1
ハルカ達、行方不明者の捜索にあたるテレジア・ユスティナ・ベルクホーフェン(てれじあゆすてぃな・べるくほーふぇん)の前に、一人の奈落人が現れた。
ツィルニトラでナラカの地表に降り、亀裂の近くでイコンの外に出てみようとした時だ。
「私を纏ってくださるのは光栄ですが、イコンの外に出ることは不可能でございますよ」
装備していたパートナーの魔鎧、デウス・エクス・マーキナー(でうすえくす・まーきなー)が言った。
「あ……そうでしたね」
「外に出るのでしたら、パワードスーツを装備なさらなくては。
持参なさっているのでございましょう。お着替えくださいませ」
そんな会話をしていた時だった。
「――おまえ達が、パラミタ人か。
生身の人間が生身のまま、この世界を闊歩するとは、いい度胸してるじゃねえか」
「誰です?」
テレジアが、操縦席を開こうとするのを、パートナーの英霊、瀬名 千鶴(せな・ちづる)が咄嗟に留める。
「ふん、我は、名も無き奈落人。
おまえ達が気に入らないな。……妬ましい。
出て来いよ。我は既に命を失ったというのに……許せねえ。
おまえ達も、此方側に引きずりこんでやる」
その憎悪に満ちた声に、テレジアは動揺した。
「テレサ。テレサ、大丈夫でございますか?」
その心の動きを敏感に感じ取って、デウスが声をかける。
「デウス、テレサちゃんをお願いね」
冷静な声でそう言ったのは、千鶴だった。
千鶴は単身イコンの外に出、奈落人と対峙する。
「君の相手は、私がするわ」
「一人でか? 中に、もっといるんだろう」
「充分よ。少なくとも、あなたに対してはね」
「言ってくれる! 我等がどれだけ生者を羨み、妬ましく思っているか、貴様等にはわかるまい。
いいだろう、この地に土足で踏み込んだ罪、思い知らせてやる」
「自分の意志が、全奈落人の意志だと思わないで欲しいわね。
例外はあるものよ。どこにでも」
兆発に、千鶴は乗らない。
冷静に、相手の強さを見極め、勝てる相手だと判断した。
「――千鶴……!」
「テレサ、いけません!」
だが、どこか訴えるようなテレジアの叫びがイコンの中から聞こえ、眉を寄せる。
何を言おうとしているのか、千鶴には解った。
殺さないで、と、訴えているのだ、彼女は。
戦場で、ただ敵としてまみえ、相手を知らないまま戦うならよかった。
しかし言葉を交わしてしまった。
もうただの敵とは思えない。
敵味方を問わず救うことを、当り前の信条とする救護者として、テレジアはそう考えてしまうのだ。
例えそれが、どんなに危険な奈落人でも。
「テレサ!」
「でも、もう、見捨てることなどできません。
このまま殺すことなど……」
同情的にも、そして危機意識的にも。
殺すことができないなら、悪事を成せないように封じるか、または、一生見張り続けるしかない。
千鶴は痛恨の思いで、奈落人の攻撃を躱した。
殺すことはできる。
生かせばテレジアがどうするかが解る。
――テレジアは一生、その狂気と、戦い続けなければならないのだ。
「――これでも、くらいなさい!」
死に至らないダメージ。
苦い思いで、千鶴は奈落人の口にほのおのキノコをねじ込んだ。
「私と契約しませんか。
……パラミタに行くことができます」
そう言ったテレジアに、奈落人は嘲笑を浴びせた。
「本気かよ、我はおまえに憑依して、おまえを取り殺すぜ!」
「そんなことはさせません。あなたには負けません、絶対に」
奈落人はまだ笑い続けている。
「いいだろう。いつかおまえを乗っ取ってやる」
「……させません」
こうして、テレジアは奈落人、マーツェカ・ヴェーツ(まーつぇか・う゛ぇーつ)と契約した。
赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は、ナラカ地表に降りた後、パートナー達と共に、他の救助者達とは別行動を取った。
「分かれて探した方が効率がいいでしょうし。
方法が、クコに音を聞き取って貰うしかないのがキツイですが」
勿論仲間達との連絡も密に取り合う。
英霊のジャンヌ・ダルク(じゃんぬ・だるく)が籠手型HCを持って連絡係を務める。
霜月はレッサーワイバーンの櫟に乗り、ジャンヌと獣人のクコ・赤嶺(くこ・あかみね)は白馬に乗って、亀裂付近を中心に捜索した。
「あそこに、人が!」
「え?」
指差したジャンヌは、次の瞬間驚いて、すぐさま手綱を引いた。
あれは。あの人物は。
「ジャンヌ!?」
白馬を飛び降りるジャンヌを、クコが呼び止める。
違う。それは、私の名前ではない。
叫びを背後に振り切りながら、前方で彼女を迎え、笑顔を向ける少女に、叫んだ。
「ジャンヌ!」
そうだ、これはあの少女の名だ。
「こんなところに居たのですか! ずっと探していたのです……!」
交換した名を、私の名を、返してもらう為に。
突然、ゴバッ、と、その少女の腰の辺りから、触手というには太い、牙のようなものが突出し、ジャンヌを挟みこもうとした。
「っ!?」
「ジャンヌ!」
急降下していた霜月が、狐月でその触手を斬る。
「……あっ……?」
ジャンヌは、夢から醒めたように呆然とした。
親友の姿だったそれは、形が崩れてウミウシに変化し、それと戦う霜月の姿に、完全に我に返った。
「ごめんなさい……」
「気にしないで下さい。大事にならなかったのですし」
霜月は気落ちするジャンヌを慰める。
「敵がうようよしていることは解り切っているんだから。
ただの、その内のひとつでしょ。
さあ、油断しないように、先へ進みましょ」
クコが、ぽん、とジャンヌの肩を叩いて励まし、先を促した。
単身でナラカ地表に落下したゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は、現状を打破する為に、先に落ちたハルカを探すことにした。
色々な可能性を消去法で潰した結果、一番自分の利になりそうなのは、あの子供を確保しとくことじゃねーか? という結論になったのだ。
助ける為ではなく自分の為だ。
「ピーピー泣きじゃくってたら笑えるけどなァ?」
折角探してやるのだ、それくらいの楽しみがあってしかるべきだ、などと考えながらアンデッド:屍龍を駆って、自分が落ちた亀裂内を探す。
「…………にしても、っかしいな?」
何だか体が重い。
というか、何かが重く自分の背中にのしかかっている。
子泣きじじいじゃあるまいし、何でこんな、どんどん重くなって行くんだ、つか何だこの十字架は。
何で俺様の背中に刺さってるんだ。
「ぐっ、うぎゃあああっ!」
十字架の、横に突き出た部分がぐにゃりと曲がってゲドーを抱え込んだ時には、それはウミウシになっていた。
鋭い刃のように、食い込むウミウシがゲドーの皮膚を切り裂く。
「俺様を食おうたぁ、いい度胸だこのナメクジがあ!」
今や体をすっぽりと覆い尽くそうとしているウミウシに、ゲドーは自分ごと天のいかづちを降らせた。
「変な音が聞こえるわ。子供の声ではないけど」
そう言ったクコに、近くの亀裂内を降りて行った霜月は、ナラカのウミウシを発見した。
「ウミウシがいる。
襲われているのは奈落人か……? いや」
屍龍が近くにいることで、霜月は一瞬そう判断したが、それはゲドーだった。
撃退してみると、ケドーは気を失っていたものの、リジェネーションの効果で、何とか死に至るまでにはなっていない。
「放っておくわけにもいきませんし」
と、保護しようとすると、ケドーはそれを拒んだ。
「ここまで来て、手ぶらで帰れるか!」
「何をする気なんです。
飛空艦に戻らなくては、地上へ帰ることはできないんですよ?
じきに地表が崩落すれば、ここも巻き込まれます。
急いで戻らなくては」
「…………」
霜月の言葉に、ケドーは顔を顰めていたが、やがて、ちっ、と舌打ちをして、何かを諦めたようだった。
巨大良雄を中心として放射状に広がる亀裂は、数百キロの範囲に及び、その全てを捜索する時間はなかった。
パワードスーツを装備して行方不明者の捜索にあたる、レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)とパートナーの剣の花嫁、ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)は、落下位置から大体の場所を予測して、亀裂のひとつに突入する。
「この亀裂、底まで突き抜けているようだぜ?」
亀裂というよりは、谷のような巨大な裂け目を降下しながら、ハイラルが言った。
「どうやら、この付近にはいないようだな。別の亀裂を当たるか、それともこのまま降下するか?」
ハズレか、と言って訊ねたハイラルに、レリウスは一瞬考えた。
青白い光の海の層を抜けた底は、陰鬱とした森の中だった。
まるで自分が小人になったような印象を受ける、深層まで続く深い森だ。
静かで、生き物のいる様子はない。
ナラカの生き物は皆、上の階層に生息しているらしかった。
「腐海みてぇ……」
大変、オレ達、マスクをしてない。嘯いたハイラルに
「しているだろう、下らないことを言うな」
とハイラルが言う。
肩を竦めたハイラルは、あいつの傭兵モードはまだ続行中か、と、心の中で溜め息を吐いた。
(あれ心臓に悪いんだよな……。無茶するし、やること冷てぇし)
ぞっとするような冷たい目で、奈落人に憑依された国軍兵を、躊躇いなく斬り捨てていた。
あの中には、顔見知りもいたというのに。
時々、このまま教導団にいることは、彼の為になるのだろうかとハイラルは考える。
傭兵以外の生き方を知って欲しい、と、学校への入学を勧めたのに。
「…………何だ!?」
突然の襲撃を返り討って、ハイラルは混乱した。
そこは森の底ではなかった。
戦場だ。見覚えがあるような気がするが、ないような気もする。
次々襲撃して来る兵士は生身で、自分もレリウスも、スーツを着ていない。
「って、えっ!?」
まるで機械のように周囲の兵士を容赦なく薙ぎ払って行くレリウスにはっとした。
レリウスが今、その槍を突き込もうとしているのは。
「バカ! やめろ!!」
それは、ハイラルだった。
だが、自分ではないことを、ハイラルは知っていた。
半ば体当たりするようにレリウスを押さえ付けて、動きを制する。
「――違う」
「何?」
感情の無い、冷たい呟き。
「こんな戦場じゃなかった。敵も、武器も、」
「違ってようが幻覚だろうが偽者だろうが、おまえがその人を殺したらダメだろ、馬鹿野郎!
傭兵モードも大概にしろ!」
怒鳴り付けると、レリウスの動きが止まる。
「くそっ」
くたり、と力を失ったレリウスを抱え、ハイラルは周囲を見渡した。
風景は消えず、敵兵の姿もなくならない。
その数は多く、一部はウミウシに変化している。
ハイラルが舌打ちした時、上空からミサイルが降り注いだ。
太陽の無い日の夕方のような薄暗さだった。
魔鎧の武者鎧 『鉄の龍神』(むしゃよろい・くろがねのりゅうじん)を装備した松平 岩造(まつだいら・がんぞう)の乗るプラヴァーの混沌予測装置が、アラートを鳴らした。
「何だ?」
何か、思想の具現化がされたか、と岩造は身構えたが、周囲に異変はない。
機晶姫のファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)がレーダーを確認する。
「後方に反応。
妙である。先刻までは……」
「俺達が通過した後で異変が生じたってわけか!」
すぐにプラヴァーを旋回させて引き返す。
ハイラル達に群がるウミウシに真っ先に気付いたのは、小型飛空艇に乗っていた、ドラゴニュートのドラニオ・フェイロン(どらにお・ふぇいろん)だ。
一気に近付いて、ミサイルポッドからミサイルを射出した。
「二人とも、無事か!」
「すまん! 助かった!」
礼を言ったハイラル達二人は、確認当初、生身に見えたが、今はスーツを装備している。
岩造のプラヴァーが着地し、ウミウシの群れを踏み潰した。
艦隊が、地表を割ることに成功し、ナラカの底部分への到達を果たしたらしい。
「帰還するか?
未だ、発見されておらぬ行方不明者もいるというが」
「じゃあ、そいつらも探さなきゃな。
ついでにナラカ偵察だ」
ファルコンの言葉に、岩造はそう答え、このまま捜索を続行することにした。
レリウス達と共に先を進み、やがて暗い森を抜ける。
驚く程に唐突に、いきなり森を抜けた向こうは砂漠だった。
思わず背後を見ると、あんなに深く、聳えるようだった森がなくなっている。
「あの森も、何かの具現化だったのか?」
「くれぐれも油断をするでないぞ。
まあ、注意しておれば避けられるというものではないようじゃがな」
想像の具現化は、精神の底からトラウマを拾い上げるようだから。
それでも、しないよりはいいだろうと、『鉄の龍神』が忠告し、エンデュアを張って岩造の精神を保って行かせようとする。
「生体反応だ。近い」
ファルコンが、計器を見て言った。
ナラカの底に降りて、初めての反応だ。
「右斜め前、何か……誰かいるぜ!」
少しして、岩造のプラヴァーより少し先行して飛んでいた小型飛空艇のドラニオが前方を指差した。
発見したのは、真っ先にナラカの底へ先行した、四谷 大助(しや・だいすけ)と白麻 戌子(しろま・いぬこ)だった。
具現化のウミウシとの戦いで疲労困憊になりつつさ迷い歩いていた二人は、それでも帰還を渋ったが、大助が
「もう、諦めろ。
このまま歩いてても、ドージェには辿りつかないよ」
と説得し、戌子は渋々頷いた。
「不明者を保護したので、一旦帰艦する」
ドラニオが1号艦に連絡する。
「そっちで確保したか」
長曽禰少佐はやれやれと呟いた。
そして、彼等は帰還の途中で、もう一人発見した。
それは、自身の三倍以上もある巨大なウミウシに潰された、瀕死の白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)だった。
死に至らなかったのは、ウミウシもまた、弱った様子でひくひくと転がっていたからである。
「ナラカの底は、ナラカの生物にも生き難いところらしいな」
岩造はそう言って、ウミウシにとどめを刺す。
「くっそう……ドージェに勝ったと思ったのによ……!」
かの最強の男をなます斬りにした夢を見た彼は、このまま戻れるか! と岩造達の保護を拒んで逃げようとしたが、総出で何とか抑えこみ、連れ帰ることに成功したのだった。
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