リアクション
◇ ◇ ◇ ――そして、一ヵ月後。 艦隊は、何とか無事に、パラミタ地表へ帰還した。 対を成す鎌、ブライド・オブ・シックルは揃い、御座船に回収された龍神族の血を引くと言われる龍騎士ケクロプスの遺体は、“龍神族の谷”に運ばれることになった。 二ヶ月に及ぶ探索の旅が、終わったのだ。 「ただいまなのです!」 「やあ、おかえり」 買い物から帰ってきたかのように、彼はハルカを迎えた。 ハルカを無事にオリヴィエ博士の元へ送り届け、光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)は、彼を軽くシメ上げようとしたのだが、 「はかせが死んじゃうのですっ……」 とハルカが青くなるので見逃すことにした。 「やれやれ、危うくナラカに堕ちるところだったよ」 と溜め息を吐くオリヴィエに、どの口が、と呆れる。 「オリヴィエ博士は、何故危険なナラカに、ハルカさんを送り出したのですか?」 小鳥遊美羽のパートナー、ベアトリーチェ・アイブリンガーが訊ねた。 多くの犠牲が出た探索だった。 ハルカだってひょっとしたら、死んでしまう可能性だってあったのだ。 「デスプルーフリングや、あの名刺など、ナラカで活動できるアイテムまで準備されて……」 「いや、それを持ってたのは、本当に偶然なんだけどね」 オリヴィエは苦笑した。 「別に、彼女の為に用意したもの、というわけではないよ」 元々持っていたものを貸しただけ、そう彼は主張する。 「行かせたのは、彼女が行きたいと言ったから、かな」 「そんな単純な理由で? 本当に危険な場所だったんですよ」 「……知ってるよ。 でも、地球には、百聞は一見にしかず、ていう言葉があるんでしょ」 他人に聞かされた百の真実など、自分の力で得た一つの真実に、遠く及ばない。 「欲しい真実は、自らの力で得るべきだ。 それがどんなに危険なことでも。 君達も、冒険者なんてものをやっているのなら、解ってるんだろう、本当は」 自らの足で、目で、力で。 例え、その先に求める真実が無かったとしても、それでも。 「…………」 解っていても、責めずにはいられなかった。 それだけ、危険な旅だったのだ。 口をつぐんだベアトリーチェに、オリヴィエは苦笑する。 「何だか説教くさくなってしまったな。 あまりこういう話は好きじゃないんだけど。ごめんね」 「いえ」 はたとベアトリーチェは顔を上げた。 「皆さん、一休みしていってください。 お茶を淹れました」 準備を整えた助手のヨシュアが入ってきて声をかける。 「お帰りなさい、お疲れ様でした」 皆さんご無事で、ほっとしました。 ヨシュアが、心からの労いの言葉をかけた。 教導団に戻った長曽禰少佐と都築少佐は、後処理に追われていた。 「ビールが飲みてえ……」 都築少佐は、書類の山に埋もれて、げんなりと言う。 「これが最後の報告書だ」 長曽禰少佐が、パソコンのエンターキーを押して、やれやれと椅子に背中を預けた。 「さあて、どんな責任追及が待ち構えてるかな」 嘯く都築少佐に苦笑する。 「お前が関わる任務では、拠点を失いすぎだ。 今回のことは、都築がいたせいだと報告しておいたからな」 「ひでえ」 苦笑している都築少佐を横目に笑って、長曽禰少佐は、書類に埋もれていたコーヒーカップを掘り出して飲む。 とりあえずは、これで自分達の任務は終了した。 後のことは、別の場所で様々な判断が成され、また色々と状況が動いて、ニルヴァーナへの到達に向けて、次の作戦が立てられて行くのだろう。 あるいは、またそれに自分も関わっていくのかもしれないが。 「……インドを切り離せ、か。 どういう意味なんだろうな?」 マレーナの手紙を思い出し、都築少佐が言った。 「俺には全く解らんが」 「特別メニュー、みたいなものじゃないか? マレーナは、常にドージェを先導してきた。 中国軍、闇龍、そして龍騎士団。 次は、大陸を切り離せってことなんじゃないかと」 「……は?」 都築少佐は怪訝そうな顔をする。 「インドがユーラシア大陸に激突してヒマラヤ山脈ができた、という伝説を知らないか? 割と有名な話だぞ」 「知らねえな」 「マレーナは、その逆をやらせようとしているんじゃないか」 途方もない話だった。 現実に行われたら、地球破壊どころの騒ぎではない。 だが、ナラカでなら、できるだろう。 イメージトレーニング、というわけだ。 「……ちょっと待て、大陸破壊のイメージトレーニング?」 都築少佐がこめかみを押さえる。 「確かに、スケールが大きすぎる話だな」 長曽禰少佐も肩を竦めた。 「…………何つうか、逞しい女だな」 「うん?」 「華奢な女という外見だが。 地球最強の神を、大陸破壊しろとナラカに蹴り出すとかな」 マレーナのことかと、長曽禰少佐は頷く。 「確かにな。 それくらい豪胆じゃないと、ドージェのパートナーなど務まらないだろう」 話を交わしたことがある。 手紙を受け取った時だ。 彼女は淡々と事実を述べ、淡々と、ドージェを信じていた。 ◇ ◇ ◇ ――そして、揃った光条兵器を、ブライドオブシリーズを預かるたいむちゃん に渡す役目となったのは。 『“ブライド・オブ・シックル”をお受け取りください』 エリュシオン帝国側の司令であった、ダイヤモンドの騎士。 彼を見て、たいむちゃんは驚いた。 どんなに姿が変わろうとも、彼女が間違えるはずはなかった。 たいむちゃんの声が、歓喜に震える。 「かつおぶし君! 無事だったんだね!」 十年前、クン・チャンで、たいむちゃんを命がけで救ったゆる族の少年、かつおぶし君。 彼は、恐竜の攻撃の手に絶命するその直前、神に覚醒した。 万物における、最高の硬度と共に。 その瞬間、ダイヤモンドの騎士が誕生したのである。 しかし―― 『過去の名は、捨てました。 今の私は、エリュシオン帝国、第三龍騎士団に所属する、一介の騎士に過ぎません』 頑ななその様子に、たいむちゃんは動揺する。 「ど、どうしてなの? ……折角、再会できたのに」 全てを犠牲に一人生き残り、孤独に耐えてきたたいむちゃんにとって、この再会がどんなに嬉しいことか。 だが、たいむちゃんの言葉に、ダイヤモンドの騎士は沈黙する。 多くの仲間を犠牲にしながら生き残ったのは、彼も同じだった。 その自分が、今は帝国に仕えている。 今更、元のかつおぶし君に戻ることは、許されないことだと思っていた。 だが。 だからこそ。 ただひとつ。この思いだけは。 『……大帝と、十年前に交わした約定があります。 あなたが故郷に戻る時には、それを最優先とすること。 ご安心ください。ニルヴァーナへの道は、必ずや開きます』 「……かつおぶし君……」 力強い仲間との再会だった。 なのに、何故だろう、この、染み入るような寂しさは。 ――不安は。 【奈落の底の底 完】 担当マスターより▼担当マスター 九道雷 ▼マスターコメント
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