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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ

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【蒼フロ3周年記念】パートナーとの出会いと別れ
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リアクション

 
 
 
 ■ たとえまばゆさに傷つけられたとしても―― ■
 
 
 
 龍杜を訪れる人も絶えようかという時間。
 秘術を使い続けた疲れに、龍杜 那由他(たつもり・なゆた)がそろそろ休もうかと考えているところに、ひっそりと扉が叩かれた。
「この秘術をしてもらうには、自分の素性を明かさないといけないのかしら?」
 己の姿をすっぽりと布で覆い隠した訪問者の問いに、那由他はいいえと首を振った。
「秘術には名前も生年月日も何もいらないの。それに、望まれない限りあたしがそれを見ることもないわ。過去、それとも未来を見たいと思うなら、そこに座って龍の水盤を覗けばいい。それだけよ」
 見せる為の力は貸すが、そこに踏み入ることは許されないのが龍杜の秘術なのだと那由他が答えると、訪問者は幾分安心したように室内に入った。
 布から僅かに銀髪が覗く小柄な少女と、見事なプロポーションの女性の二人連れだ。
 那由他に促されるまま水盤の傍らに座り、その中を覗き込む。心に引かれた過去への道を辿って――。
 
 
 
 ――そう……あの日あたしは死のうと思ってた――
 
 
 
 物心ついたときから、メニエス・レイン(めにえす・れいん)は孤児院の薄暗い部屋で過ごしていた。
 窓のない壁に囲まれた部屋。
 わずかな生活用品があるだけのそこが、メニエスの世界のすべてだった。
 
 ここに来る前のことを、メニエスは覚えていない。
 イタリアの路地はまるで迷路、その日の当たらない路地裏に捨てられていたところを拾われたのだと、説明を受けたことがあるだけだ。
 捨てられた理由は分からない。メニエスが髪も肌も白く、日に当たれない身体であることが要因の1つだったのかも知れないし、そうでなかったかも知れない。理由を答えられる人が誰なのかさえ分からないのだから、その真実は恐らく永遠に失われたままなのだろう。
 
 メニエスが外の世界のことを知ったのは、渡された本を読んだからだった。
 壁の外にはどこまでも青い空が広がっている。太陽が輝き、風が吹き、生命が溢れているのだと知ったとき、すぐにでも外に出たいと思ったのを、今でもメニエスは覚えている。
 それからは自分から外の世界の事柄が書かれた本をねだり、成長と共に外への思いを募らせた。
 特にパラミタが現れたのを知ってからは、パラミタに行きたいと願うようになった。そこにはきっと、物語で読んだような色んな出来事があるに違いない。
 
 けれど、その願いが叶うはずはなかった。
 メニエスはパラミタどころか、この小さな場所を出ることさえ出来ない。
 空を見ることもなく、一生を終える。
 ここか、他のどこかか、いずれにしろ薄暗く狭い部屋の中で。
 
 外に出たい――己を突き動かす強い欲求。
 でも出られない――そんな身体への恨み。
 憧れが強いほど、それらはメニエスを苛んだ。
 そしてある日。
 こんなに辛いのならば、一度でいい、外に出てそのまま死んでしまいたい。その気持ちに耐えられなくなったメニエスは、見つからぬように部屋を抜け、孤児院の扉を開けた。
 
 開け放たれた扉から光が射す。
 本で読んだまぶしさが、これほどまでに圧倒的な存在感があるものだったなんて。
 本で読んだ空の青さは、これほどまでに多層に様々な青を宿したものだとは教えてくれなかった。
 光は肌を焼き、痛みを感じさせたけれど、メニエスは構わず外の世界へと歩き出した。
 
 見上げる空は高く高く、続く道は遠く遠く。
 あまりのまぶしさに涙は絶えず流れ続け、視界は殆ど真っ白だったけれど、その目を懸命に開いてメニエスは初めてみるものばかりの街を楽しんだ。
 
 家がある。
 人がいる。
 動物がいる。
 植物がある。
 
 石畳を歩く靴音。
 横を駆け抜けてゆく子供の声。
 何の音だか分からない、ただわーんと溶け合って聞こえる街の音。
 
 焼きたてのパンの香り。
 つんと鼻を驚かせる香水の匂い。
 饐えたような臭いさえ、物珍しい。
 
 外の世界は、メニエスが知らなかったもので満ち満ちていた――。
 
 
 やがてメニエスは路地裏にある小さな公園へとたどり着いた。
 腫れ上がったまぶたと焼けた視界で、もうほとんど何も見えない。
 体中が火傷したように痛む。
 息苦しくて口を大きく開けてあえいだけれど、空気が入ってきているのかいないのか、それさえも分からない。
 踏み出した足ががくりと崩れ、メニエスはその場に倒れた。
 薄目を開け、頭上に広がる空を見る。
 心残りはあるけれど、この空の下で最期を迎えられるなら、薄暗い小部屋で生きているよりもずっと嬉しい。
 外に出たのを後悔することなく、メニエスは目を閉じようとした……その時。
 視界に何かが入ってきた。
 よく見えないけれど、メイドの恰好をしたその姿は、まるで自分を天へと導いてくれる天使のようだ……。
「あ……」
 閉じようとした目で、メニエスは懸命にその人――ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)を見ようとした。
 ミストラルはメニエスの上へとかがみ込み、笑顔で問うた。

「パラミタに行きませんか?」
 と。

「いきたい……パラミタに、いきたい……」
 かすれる声で、メニエスは懸命に訴えた。
 聞こえないのではないかという恐怖にかられ、何度も何度も、いきたい、と繰り返す。
 ずっと憧れたあの場所へ。
 絶対に行けないと諦めていたあの場所へ。
 もし行けるものならば――。
 
 ミストラルは死にかかっているメニエスの頭をそっと抱き上げると、その首筋に口唇を当てて血を吸った。
「さあ、これであなたも吸血鬼。パラミタに行きたいならば、あなたもわたくしの血を吸いなさい。それが契約の印」
 メニエスは言われるまま、ミストラルの血を吸った。
 喉を通るミストラルの血は甘美だった。
 とろりとその血が巡るにつれて、メニエスの身体からは痛みが消えてゆく。
 契約者となったことでメニエスの身体は変化し、これまで身体をむしばんでいた症状から解放されたのだ。
 
「なんてきれいな空……」
 メニエスは起きあがり、世界を見渡す。
 まぶしさに苦しめられることなく見上げた空は、信じられないくらい高くて青かった。
 
 
 
 ――――
 
 無心に空を見上げて喜んでいるメニエスの姿を、ミストラルはじっと見つめた。
 理想のパートナーを探し求めてきたけれど、この子がきっとそうなのだろうと思う。
 公園に倒れているのを見たとき、心に何かを感じたのだから。
 そして、契約はなされた。
 これでメニエスとミストラルはパートナーとして結びあわされた、切れぬ絆で。
 ゆっくりと……ミストラルは口の端をつりあげ、笑顔とは違う笑みを浮かべたのだった。