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リアクション
■ 唐突で残酷な ■
龍杜でパートナー別れの時を見ることが出来るらしい。
そんな話を耳にしてはじめて、白波 理沙(しらなみ・りさ)はパートナーとも別れなければならない日が来るのだと、はっとした。
契約を結んでパートナーとなって以来、理沙にとってのチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)は、そこにいて当然の存在であり、不可欠な存在だ。
自分のいない未来を想像できない以上に、チェルシーのいない未来など考えられない。
けれどそれは必ずやってくる。
知るのは怖いけれど、知らずにいるのも落ち着かなくて、理沙は迷いながらも龍杜で未来見をしてみることにした。
■ ■ ■
水盤の中で時は進む。
それは今から十数年の後……。
理沙たちは新たな世界の調査に赴いていた。
「この間の遺跡での発見は良かったわよね」
「ええ。理沙さんが奥の隠し扉を見付けるまでは、どうなることかと思いましたけれど」
収穫があって良かったですわと、チェルシーは理沙に頷いた。
最近は理沙の格闘王との知名度も上がってきた。パートナーのチェルシーは家柄も手伝って、一流の大魔術師として理沙よりも知名度が高い。
そのためか、持ち込まれる依頼も増加する一方で、その中から面白そうなものを選んで冒険に出掛けている。
今回の世界は最近発見されたばかりの孤島。これまで発見されなかったのが不思議なくらいの位置にある孤島はいかにも訳ありで、理沙のところに依頼が回ってきたのだ。
「今回もその調子で頼むわよ」
今回の依頼には雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)も同行している。こんな依頼に出掛けるのだと話したら、自分も行ってみたいと乗り気になったからだ。年齢を重ねるごとにアダルティな魅力を増していった雅羅は、未だに先祖が遺したバントラインスペシャルを愛用し、堂々たるガンマンといったところだ。
近接格闘の理沙、魔法のチェルシー、銃による援護の雅羅という組み合わせはバランスも良く、こうして共に冒険に出ることも少なくない。だからこの日も理沙にとっては、いつもと変わらぬ冒険の日……のはずだった。
「私たちは敵でも餌でもない……って言っても通じてなさそうね」
いきなり襲いかかってきた獣から飛び退き、距離を取りながら理沙は不敵に笑う。
未踏の地を探索するなら、これくらいのことは当然覚悟している。
「4頭か……」
理沙は獣を観察する。大型犬ほどの大きさの獣が3頭。犬と違うのは、その体表が毛ではなく金属の鱗で覆われていることと、異様に発達した顎を持つこと。
「随分と硬そうだけど、私の蹴りを食らっても平気でいられるかしら?」
理沙はこちらに飛びかかってきた先頭の獣に、蹴りをみまった。
周囲から理沙を襲おうとする残り3頭は、チェルシーの魔法と雅羅のバントラインスペシャルが牽制する。
予想通り、蹴りを入れた脚にかなり硬い感触が伝わる。硬く鋭い鱗はこちらの脚が痛むほどだが、攻撃は通っているようで、獣はぐふっと息を吐いて一旦下がった。
ぐるると唸る口元から垂れた涎が、じゅっと草を焦がす。
一度理沙に蹴りを入れられて警戒しているのだろう。獣はある程度の距離を保ちながら、じりじりと位置を変え、襲撃ポイントを探る。
回り込まれるとまずい。
理沙はちらりと背後のチェルシーを見やった。
自分や雅羅はまだ良いのだけれど、チェルシーは他の契約者に比べ運動能力も普通で、丈夫な方でもない。こと魔法となれば攻守ともにすぐれているチェルシーも、その力を発揮するには前衛がしっかりと彼女を守ることが必須となる。
雅羅に目で合図して、後衛への突破路を作らぬように理沙は位置を調整した。
再び獣が跳躍する。だがその動きは理沙にはとうに読めていた。
「通さないわよ」
練り上げた気を両手で撃ち出す。
空中で跳ねられたように獣は飛ばされ、そこに雅羅が銃弾を撃ち込む。連射能力こそ低いが、長年使い続けた銃だ。狙いは正確に獣の眉間に吸い込まれ、地面に落ちた獣はそのまま動かなくなった。
まずは1頭。
残りの獣は警戒を強めたが、逃げようとはしない。どうにかして3人を食べられないかと算段する獣の紫の目には、飢えがありありと現れている。
1頭ずつでは倒されると思ったのか、2頭は連動して攻撃を仕掛けてきた。
「……くっ」
理沙の拳と雅羅の射撃で1頭を迎え撃ち、チェルシーの魔法が2頭を巻き込んで吹き荒れる。迎え撃たれた1頭は、悲痛に吼えて横倒しになったが、もう1頭のほうは攻撃後の体勢を崩した理沙に牙をたてた。
理沙は敏捷に身体をひねった為に牙はかすっただけだが、それでも腕からは血が噴き出し、傷周辺の服は酸の唾液に侵食される。
「理沙さん……!」
「これくらいの傷は大丈夫よ、チェルシー。長引かせると厄介だから、攻撃優先で行くわ」
すぐさま回復が必要な傷ではないと判断し、理沙は最後の1頭に狙いを定めた。
理沙の血を牙から垂らしながら再び襲撃してくる獣に、理沙は鋭い蹴りをみまった……その瞬間。
背後から悲鳴が挙がった。
振り返ったところには、どこから現れたのか新手の獣。
そして獣に首筋を噛まれ、くずおれるチェルシー。
「チェルシー!?」
「理沙、危ない!」
すっかり注意がおろそかになっている理沙と獣の間に雅羅が入り込み、バントラインスペシャルを突き出した。がきっ、と銃身で獣の牙を受け止める。
「雅羅ごめん、そっちは任せる!」
もう目の前の獣どころではなく、理沙はチェルシーに駆け寄ると、その上に覆い被さっている獣を蹴り飛ばした。飛ばされた獣はもうこちらを襲おうとはせず、再び木々の間へと姿を隠した。
「チェル、しっかりして!」
何かを喋ろうとしたチェルシーの口から血が溢れた。理沙は叫びたいのを我慢して、ヒールをかける。チェルシーほどではなくても、理沙だって回復はお手の物……のはずなのに。
「え……嘘……なんでヒールが効かないのっ」
傷は塞がる様子もなく、理沙は慌ててヒールをかけ直した。
が、やはり回復魔法は効果を現さない。まさかと思い、自分の腕にも掛けてみたけれど結果は同じだ。
「…………さすがに……これは……マズイ、みたい、ですわね……」
掠れたチェルシーの声に、理沙は大きく首を振る。
「だ、大丈夫よ。きっと……そう、ヒールじゃなくてもっと強力な魔法なら、それとも別に何か方法がきっと……」
狼狽する理沙に、チェルシーは苦しい息で言った。
「理沙さん……ありが、とう……。わたくし、理沙さん、と……一緒に冒険した、ことも、学校に通ったこと、も……すべて……良い思い出、ですわ……」
「チェル! そんなお別れみたいなこと言わないでよ。すぐに助けてあげる、だから……大丈夫よ、大丈夫に決まってるでしょ!?」
そう言いつつも、どうする手だても見つからぬまま、理沙はチェルシーの手を両手で握りしめる。そうしていれば、チェルシーの生命力をつなぎ止めておけるような気がして。
理沙の手を感じたチェルシーの目に涙がふくれあがり、ほろりと頬をすべった。悲しいのではなく、そうしてきつく手を握ってくれる理沙の存在が嬉しくて。
「……理沙……」
獣を倒し終えた雅羅が、そっと理沙の隣に膝をついた。
「ねえ、雅羅からも言ってちょうだい。チェルは大丈夫だって。チェルが私の傍から居なくなるなんて……そんなこと……あり得ないよわっ!」
最後は喉も裂けよとばかりに叫び、理沙は繋いだ手に自分の頬をつけた。その手の冷たさに理沙も涙を止められない。
理沙の肩をそっと抱く雅羅の姿に、チェルシーは淡く微笑んだ。
「理沙さんは……もうわたくしが居なくても……素敵な仲間が、いらっしゃいますもの……わたくしは、何も心配して、いませんわ。だか、ら……わたくし、の……分、も……これか、ら、も……」
最期の瞬間まで理沙の顔を見つめ続けていたチェルシーの目が、閉じられる。
同時に理沙が取っている手からも力が抜けた。
「チェル、嘘、嘘よね? チェル、チェル……チェルーー!」
受け入れがたいこの結末。
己の半身を失ったような喪失感に、理沙はただただ泣き叫び続ける。
ふりかかったこの運命に、全身全霊で拒否を訴えながら――。
■ ■ ■
現実に戻ってきてからも、しばらく理沙は言葉を発することが出来なかった。
全身を揺るがしたあのショックが、まだ心にこびりついて離れない。
けれど、現実世界の理沙は泣いてはいなかった。
――未来はきっと変えられる。
理沙は今もチェルシーの手の感触が残っているような自分の手をじっと眺める。
――未来はきっと変えられる、私のこの手で、きっと。
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