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●新年会の慶びとときめき

 からり晴れてはいてもやはり真冬、行き帰りの道は随分と寒かった。
「ただいま。帰ったぞ」
 姫神 司(ひめがみ・つかさ)がドアを開けると、室内の暖かな空気が彼女を迎えてくれた。ここは彼女のパートナー、マーセラス家の実家だ。代々交易を商って成功している一族なので、門から玄関まで50メートル近くある大邸宅なのである。
 さきほどまで司は、ヒューバート・マーセラス(ひゅーばーと・まーせらす)を伴って空京神社に初詣に出かけていた。
「いやはや、凄い人出であったな。さすが空京神社だ」
 今の司は、紫地の振り袖姿だった。白い牡丹と金の組み紐の模様があでやかである。胸にはさりげなく、ヒューバートが神社で買ってくれた恋愛成就のお守りがあった。
「さて今夜の鍋の準備は任せて貰おうか」
 振り袖で料理するわけにはいかないので、司は割烹着に着替えてから準備に入った。。
「ああ、司。お帰りなさい。外は寒かったでしょう? 初詣は楽しかったですか?」」
 マスクを着用、普段着の上に綿入り半纏の姿で、グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)が顔を出した。あいにくと彼は風邪で、この姿にて年始を迎えたのである。
「おお、神社か。盛況すぎて驚いたぞ。ほら、グレッグは風邪をひいているのだから、今日はおとなしくしていた方がいいだろう。炬燵でみかんでも食べるがいい」
 と言って司は、購入してきた『病気平癒のお守り』と『みかん』をグレッグに手渡した。
「すいません。ありがとうございます」
 二つの土産品を手に、マスクをしていてもわかるくらい、ほっこりとした笑みをグレッグは浮かべた。
「具材は揃っているだろうか? 鍋の仕上げはわたくしの実家の味付けをぜひ食べて欲しいゆえ、やらせて貰うぞ。具材はおすそ分けさせて貰おう。出来上がりを楽しみにしていてくれ」
 では待っていろ、と司は述べて厨房に向かった。 
 マーセラス家の大邸宅には、日本人客用の本格的な和室もあった。十六畳ほどの、少々広すぎるくらいの一室である。窓の外には日本庭園まで用意され、灯籠、小滝にししおどしまで見えた。
 部屋にいるのはヒューバートだけだ。用意された高級家具調コタツにぼんやりと入っていたのだが、
「邪魔するぞ」
 アーヴィン・マーセラス(あーう゛ぃん・まーせらす)が襖を開けて部屋に入ってきた。すっ、と音もなく開けたかと思いきや、振り返って丁寧に閉じる。そして、ばか丁寧にコタツ布団をめくってこれまたするりと音もなく入った。
 なんというか、見ているだけで疲れる……とヒューバートは兄を見て思った。どうしてこの人は、いちいち完璧なまでに礼儀正しく生きているのだろう。もっと気楽にやればいいのに。そして問題は、アーヴィン自身がその自分の生き方を、まったく疑問に思っていないところなのだった。
「…………」
 アーヴィンはしばし無言だったが、
「そうだ、コンロ」
 と立ち上がって、また例のばか丁寧な一連の行動を踏まえて出て行き、一連の行動を踏まえて戻ってきた。かちゃかちゃとコタツの上に、鍋用のカセットコンロを設置した。で、しばらくカチカチやっていたが、
「…………火が付かない」
 と言った。
「そりゃそうだろ、カセットボンベ入れなきゃ」
 ヒューバートが指摘すると、
「そうかすまん」
 アーヴィンは、今度はボンベをキャップのついたまま入れようとした。
「キャップ! キャップ!」
 またヒューバートが指摘すると、
「そうかうっかりしていた」
 キャップを外して彼は、なんと現れた突起を手で押したのだった。当然、ガスが漏れた。
「うわっ! い、息が……」
「だからなに一人コントやってんだ! もう、コンロの準備は俺がするからそこで寝ててくれ」
 ヒューバートは飛び出してカセットボンベを兄から奪うと、窓を開けて換気し、正しくセットし直したのだった。やはりこの兄は、ビジネス以外はまるでダメだ。しかも自信満々で非常識なミスをやるのでたちが悪い。
(「まったく、この人、俺がいないと死ぬかもしれん……」)
 しかしそんな兄が、ヒューバートは好きだった。完璧人間に見えて、隙だらけなのが憎めない。といってもいつまでも、兄の心配ばかりしてはいられないだろう。なのでヒューバートが今年、初詣で祈ったのは(「俺より兄に、しっかり者の良いお嫁さんが早く来ますように」)という一言だったのである。
「ああ、コタツ、コタツですね。温かい……」
 次によろよろと、三男坊グレッグがやってきてコタツに入った。
「ところでこの部屋……、何かガス臭くないですか?」
「いや、それはな……」
 ヒューバートが説明しようとしたところで、
「よし、準備は完璧だ。一度煮立ててきたので、すぐにでも食べられる。秘伝の醤油鍋を味わってくれ」
 司も入ってきた。
「ん? この部屋、なんかガス臭くないか?」
「いや、それはな……」
 かくて鍋パーティが始まったのだった。
「司君、大学にはそろそろ慣れたかね?」
 アーヴィンが問うた。司は、
「まあ、慣れたところもあり慣れていないところもあり……」
 微妙な回答でお茶を濁した。大学生活そのものには適応したものの、気になるあの人――アクリト学長――の前に出ると、まだ、どうも自然に会話できない彼女なのだ。
「そうか、早く慣れて学業に邁進するのだぞ」
「やはり大学の授業は全然違うな。今までイルミンスールで教わっていた事とかなり違うゆえ戸惑う事も多いぞ」
「とはいえそれもすべて自分の努力次第だ、甘く考えず絶えず精進しなければな」
 アーヴィンは司には、まるで彼女が本当の妹であるかのように優しい目を向けた。
 その一方、アーヴィンはグレッグに対しては厳しい。
「年末年始に風邪で寝込むなど、お前は本当に……」
 と、いった塩梅でくどくどと説教をはじめたので、横で聞いているヒューバートは水を差すべく、
「あーカニが煮えてるな、これ以上煮ると固くならない?」
 ひょいとカニを兄の皿に置いた。
「ん、頂こう」
 成功。説教は中断した。
「(グレッグの)兄上、この白菜も甘くて美味しいぞ。葛きりは私の実家で付き合いのある
老舗から送られてきたものなのだが、食べてみてくれ」
 司も協力することにした。アーヴィンが説教再開する前に、彼の皿に白菜を乗せたのだ。
 彼女に『兄』と呼ばれて、内心嬉しいアーヴィンである。
「ふむ……どれ。……悪くないな」
 と照れ隠しのように言った。さらに司は話題を転換した。
「グレッグは食事中喋らんな。そういえば私もバートにお守りを買って貰ったのだ」
 恋愛成就のお守りを、懐から出して皆に見せた。
「素敵ですね。ご利益がきっとありますよ」
 具合が悪いとはいえ、グレッグは笑顔で頷いた。
 どうやら『兄』として気になったらしく、アーヴィンはグレッグへの説教など忘れて、
「司君、そのお相手の話を詳しく聞かせて貰おうか」
 と、お守りを覗きこんでしまう。
「とても素敵な方なのだ」
 司は頬を染めた。するとますます『兄』アーヴィンは気になったようで、
「……今度、家に連れて来なさい」
 どん、と皿を置き真顔でアーヴィンは命じた。はずみに、皿から汁が零れてしまった。
「いや、それ難しいでしょ……」
 それをこっそり拭いてやりつつ、ヒューバートはやれやれと肩をすくめるのだ。彼は想像してみた。アクリト学長とアーヴィンが、この部屋で膝つき合わせて対面する絵面を。
(「ちょっと見たいかも……」)
 ヒューバートは苦笑いした。