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これが私の新春ライフ!

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これが私の新春ライフ!

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●アウトドアでもニューイヤー

 ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)も修行の一日だ。
「こういう時だからこそ修行はかかしちゃいけねぇよな」
 ある幽谷の川辺。霧立ち昇るこの場所に一人立つ彼は、この寒空というに上半身裸だ。鋼のような肉体を輝かせながら、腕立て、腕立て、さらに腕立て、と軽く二千回ほど腕立て伏せをしまくった。
 神が出てきたことにより、戦いももっと厳しくなっていくだろうと彼は思っている。
(「流石に太刀打ちはできねぇだろうが、それを理由に諦めたくはねぇんだ」)
 その為には医学の勉強は勿論、心身をもっと鍛えねぇと……彼の頭脳と肉体がそう告げていた。
「だから、新春早々だが浮かれてねぇで鍛えねぇとな」
 ラルクが鍛えるのは自分のためではない。いざというとき、愛する者や大切な者を守りたい、ただそれだけのために鍛えるのだ。
「よーし、乗ってきたぜ!」
 軽く汗をかいたので、下半身のスウェットも脱ぎ捨て、ラルクは褌一枚になった。誰が見ているでもない。気にする必要はないだろう。
「さあ、ガンガン行くか!」
 腹筋、スクワット、そして拳素振り、いずれも千回以上、休みなく連続で行った。このあたりまではまだ、彼にとって通常のトレーニングメニューでしかない。
「さて、今回は新春って事で更にきついメニューをしてみっかな!」
 へへっ、とラルクは不敵な笑みを浮かべて、まず、自分の両脚をしっかりと紐で結んだ。そして目の前の、ごうごう水飛沫を上げる急流に目を向けた。
 水は氷のように冷たいことだろう。流れも猛速度だろう。おまけに足を括ったというハンデだ。ここに飛び込み、死なずに帰還するのは至難の業だ。しかし、
「うおおおお!! こんな流れ泳ぎきってみせるぜ!!」
 ラルクは迷わず飛び込んだ。
(「命がけの修行をしてこそ更に強くなれるんだと思うぜ!」)
 濁流に呑まれながら彼は思った。医者としての冷静な心が……医学的にはかなりダメダメだと叫んでいるがそんなもの聞き流した。
 半刻後、全身傷だらけになりながらも生還し、滝に打たれ精神修養するラルクの姿があった。
「こうやって精神も身体も極限状態になっても戦えるようにしっかりと身体を鍛えないとな」
 くわ、と彼は両眼を開いた。
「まだだ! この程度じゃまだまだ限界じゃないぜ!」
 修行の鬼と化したラルクは、滝に向かって蹴りの練習を開始したのである。
 どこまで行けるか。どれだけ越せるか。
「甘っちょろい修行なんて修行じゃねぇからな!」
 新年早々、己の限界を見極めんとする漢(おとこ)の姿がそこにあった。

 さて、ラルクが燃えたぎっている川の遙か下流。
 ここまで来ると川は穏やかな顔を見せていた。きらきら光る水面が目に眩しかった。
「うー、さっみぃ。よくもまぁ、こんな場所見つけたもんだな」
 懐手して白い息を吐いているのは、天下の剣豪宮本 武蔵(みやもと・むさし)だ。一般的には求道者的なストイックなイメージがある彼だが、英霊たる現在は、わりと寒がりな人だったりする。右手だけ出し、鬢をぽりぽりと掻きながら彼は言った。
「本当は家から出たくなかったんだが、まあ、寝正月だとなまっている体が更になまっちまいそうだからね……と、言ってるそばから来たのを後悔しつつあるけどよ。ま、風光明媚なのはいいやな」
 雄大な光景だ。川は美しく、平原はほどよく枯れて白みがかっていた。きっと夜は、満天の星空が拝めることだろう。漢詩のひとつでも口ずさみたくなった武蔵なのだが、
「ほら武蔵さん、たたずんでる暇があったらテント張って下さい。体力あるのだけがとりえなんですから」
 ぽい、と坂崎 今宵(さかざき・こよい)からテントと設営キットを投げ渡されてしかめっ面をした。なお、今宵は愛想のいい笑顔を浮かべていた。
「おいおい嬢ちゃん、到着そうそう雑用かよ。面倒……」
 と不平を口にしかけたものの武蔵は黙った。今宵が笑顔のまま、マーシャルアーツよろしく蹴りの構えを取ったからだ。
「い、いや何でもない何でもねえぜ。だからその足を引っ込めてくれ! 俺はこうみえてテント設営の名人なんだぜ。二テン一流、なんちゃって」
 今宵はこの愉快なダジャレを丸きり無視した。
「終わったら武蔵さん、次は調理場をセットするの手伝って下さいね。水運んだり、材料器具と色々運ぶの大変なんですから」
 黙々と仕事する武蔵の背中が、やけに哀愁を帯びていた。
 一方、九条 風天(くじょう・ふうてん)はキャンプ地を散策し釣りに適した場所を探し歩いていた。
「この辺りなら全員で糸を垂らせそうですね。地形もいいし……」
 場所を見極めんとする風天と比べると、同行の白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)にあまり真面目な様子はなかった。
「新年そうそう釣りとはお前も好きだな……」
 と他人事のように言っている。
「白姉、そう気のないことを言わないでください。やればきっと楽しいですよ。川魚は身が締まっていて美味しいんです」
「ふーん」ぴん、と彼女の耳が立った。「まあ、食べる方には興味があるので良いかな」
 彼ら四人は、新春釣りキャンプをすべくこの地に来たのだった。忙しい日々の中、都会の喧噪を忘れ大自然の中で釣りを楽しむ……きっと一服の清涼剤となることだろう。
 やがて準備が整い、全員釣り場に集まったところで風天は言った。
「せっかくですから、誰が一番大きいの釣れるか競争しましょう。賞品は……ボクの作る夕ご飯メニューリクエスト権一週間分というのはいかがですか? 腕によりをかけますよ」
「殿、ありがたいお言葉ですが、私は調理係に専念し、釣られた魚をその場で調理していきたいと思います」
 今宵は調理を頑張るという。
「おおぅ? よーし、釣り勝負か、乗った! ひッさびさだからな、燃えるぜ!」
 武蔵は喜んだ。セレナもこれには興味をそそられたようだ。
「ほう、メニューリクエスト権か。大好きな油揚げ祭りにしてやるぞ、ふふふ……」
 と笑っていたが、ふと気づいたように問うた。
「ところで風天、ぬしが優勝したらどうする気だ?」
「ボクが勝ったら……そうですね、お二人には、一週間家事を大いに手伝ってもらいましょうかね」
 風天はいい笑顔を見せたのである。結構キツイ罰かもしれない。
 というわけで皆、位置を定めて釣りを開始した。
 ――といってもものが釣りなので、そうそうエキサイティングな展開とはならない。基本、待つのが釣りだからだ。
「ぬぅ、当たりが来るまでは、武具の手入れでもしていましょうか」
 風天は竿を固定して武器を腰から外し、一方、武蔵はからからと笑った。
「先に勝利宣言しとくぜ! 俺はな、貧乏が長かったもんでな。今でいうサバイバル、ってやつか? その技術には熟達してるんだ。釣りもお手のモンよ」
「ご冗談でしょう、武蔵さん?」すると、彼の近くから今宵が言った。「サバイバルの達人なら、なぜ路頭に迷い、食べるものに困って殿に食事をたかったりしたんです?」
 突然、武蔵は釣り竿の前に座ったまま寝たふりをはじめた。
 開始早々セレナは退屈しはじめたようだ。最初こそ、じーっと川面を眺めたりもしていたのだが、
「……おい、風天つまらないぞ」
 などと言って、風天の髪の毛を弄ったりして遊びはじめたのだった。
「ちょ、ちょっと白姉、自分がヒマしてるからってボクで遊ばないで下さいよ。ほら、竿引いているのではないですか?」
「嘘つけ、そう簡単に……あ、本当だ」
 慌ててセレナは竿に飛びついた。確かに、活きのいいのがかかって暴れている。
 かくて悠長な釣り勝負はつづいた。餌に練り団子を使う風天、きちんと育てた生餌を用いる武蔵、餌を付け替えるのを面倒がってルアーを仕掛けたセレナ、と各人各様である。釣果としては、風天と武蔵が競っていた。新たな魚が釣れるたび、塩焼き、天ぷら、刺身……さまざまな料理を今宵が作っては皆に振る舞った。
 セレナは断トツで釣り上げた回数が少ない。それもそのはずだ。
「ふぁ〜あ……、眠くなってきたぞ。メシになったら起こしてくれ」
 といって早々に船を漕ぎ出したからだ。まれに引きに気づいて魚を取るが、それだけだ。ただし食べる方はちゃっかりしており、新しい料理ができるたびこまめに目覚めていた。
 ところがそんなセレナが最終的に、もっとも大きな魚を釣り上げたのだから、世の中とは不思議なものなのであった。
「ふふふ、見たか? 証拠に魚拓でも残しておくかの?」
 文句なく一番、見た目も勇壮な大物を手に、セレナはニヤリと笑ったのだった。
 これにより、帰郷後本当に一週間、九条家では油揚げ祭が開催されることになるのだが……この時点はセレナ以外、誰もそのことを知らなかった。
 よく食べ、よく笑ってやがて夜は更け、そろそろ寝よう、という話になった。
「あ、ところでこのテント気が付いたのですが」
 そのとき、今宵が突然言ったのだった。
「二人用サイズなので、殿と私と姉さまが入れば限界です。ほんの、ほんの少しだけ可哀想ですが、武蔵さんは寝袋に包まって外で寝てくださいね?」
「センセー……そんな、それならボクが」
 と言いかけた風天に、武蔵はフッ、と笑んで告げた。
「気持ちだけもらっとくぜ大将。こう見えて俺は野宿には慣れてるんでな。真冬の野宿となると話が別な気もするが慣れてはいるのは確かだ。俺のことなら気にするな」
「いいんですか」
「いいってことよ。……ただ、使い捨てカイロの類があったらくれ、全部くれー!」
 そして。
 本当に二人用のテントなので、三人で使うととかなり狭かった。自然、風天を中心にして、右にセレナ左に今宵、身を寄せ合うようにして眠ることになった。
 セレナは彼に実をすり寄せていった。
「両手に花じゃのう、風天? ギラギラしたりせんように」
「ぎ、ギラギラなんてしませんよ」
「ふふ……どうかの? ではギラギラしたりすることのないよう、久々に子守唄でも唄ってやろう」
 セレナは口ずさむ、遠い昔から知っている子守唄を。
「こうしていると風天が子供の頃を思い出すな……よく唄ってやったものだ。まぁ、私から見ればまだまだ可愛いものだが」
 いつの間にかセレナは、幼き風天を思い出しながら彼の頭を撫でていた。
 テントの外では、焚き火の前で座禅を組み、宮本武蔵が眠ろうと努力していた。
「くっそ、嬢ちゃん俺には相変わらずヒデェな。だが俺ほどにもなれば心頭滅却の心でこの程度余裕だぜ……」
 へっくしょい! これは彼のクシャミの音である。