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これが私の新春ライフ!

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●空京神社にて――それぞれの年初

 影野 陽太(かげの・ようた)エリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)も三人並んで手を合わせた。彼らがこうして初詣を楽しむことのできる日が来ようとは、ほんの数週間前には想像もできなかったことだ。
 とりわけ陽太は感無量であっただろう。最愛の人御神楽環菜を喪い、ナラカに赴き彼女を取り戻すまでの彼の日々は苦難そのものだった。絶望的な場面になることもあったが、決して諦めなかったことが彼に光明を与えたのである。そして今、環菜のことを恋人と呼ぶことのできる自分がいる。まだそのことは夢のようで信じられないものの、少なくとも環菜は地上に帰還している――その揺るがせない事実が彼を幸福にしていた。
(「世界が平和でありますように」)
 陽太はまず祈った。
(「俺の『家族』が平穏無事でいられますように」)
 とも祈った。そして、
(「最愛の恋人を、二度と失わぬよう全力で守り通します。憂いに沈ませぬよう力の限り支えます。ずっと笑顔を灯せるよう、一生涯かけて幸せにしてみせます! それでも俺の力が届かないときにだけ……ほんの少し手助けしてもらえたら嬉しいです」)
 このことを強く、強く祈った。
 祈りを済ませ、三人は晴れやかな気持ちで歩んだ。陽太の清々しい横顔を見て、エリシアは冗談めかして言う。
「こうして三人揃って出掛けるのは久しぶりですわね。どうせ陽太は初詣が済んだら、御神楽環菜のもとに戻るのでしょうし、貴重な機会ですわ」
「い、いや、そんなことは……あるけど」
 陽太は照れくさげに返した。本当は今日も、来られるのであれば環菜と共に来たかったのだ。しかしまだ彼女は弱っており、安静を医師に命じられているのだった。だからせめて、今日はお守りを買って帰ろうと陽太は思っている。
「おにーちゃん、おねーちゃんと揃って出掛けるのって、久しぶりだねー!!」
 ノーンも嬉しそうに言った。心配や悩みを抱えずに、純粋に楽しめるお出かけとなると、一体いつ以来になるだろう。こんな日々がずっと続いてほしかった。だからさっきもノーンは、(「わたしの大好きは人たちが、みんなみんな笑って過ごせますよーに!」)と祈っておいたのだ。
 道々、三人は互いのこれまでを語り合いながら歩いた。ナラカと地上に別れた彼らにはそれぞれの冒険譚があった。それは、語っても語り尽くせないほどの経験だ。
「それでねー、怪ゴムの犯人は正悟ちゃんだったんだよー。みんなで追いつめたら、おにーちゃんは部屋からでてきて『ごめんなさい』ってあやまったのー」
 得意げに語っていたノーンであるが、ふと『おみくじ』の看板を見て目を輝かせた。
「ねー、おみくじやろうよ、おみくじっ♪」

 夢野 久(ゆめの・ひさし)は静かに両手を合わせた。
 久は神様に頼るような男ではない。ないのだが、初詣自体はわりと好きだという。
「年始の願掛けってのは、神頼み以上に、目標の再認識っつー意味があると思うからよ」
 あるときその理由を問われて、久はそう答えたそうだ。
「年の初めにする決意表明見たいなもんだ。贅沢な事に神さんが立会人のな」
 そういってニヤリと笑ったともいう。渋い。
 さて今年も彼はここに来た。空京神社、世間の賽銭相場よりずっと高い額を迷わず投げ入れて祈った。といっても彼の願いは、数年前からずっと変わっていない。いや、数年前どころか、記憶にあるものはずっと同じだった。
(「一つでも多く『何かを成せる』強さを。自分が望んだ事と、成すべきと思った事を実現できる力を手に入れられるように」)
 真摯な気持ちで心に言葉を唱える。二度は唱えない。今年もまた、確と己に誓った。
 ルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)も久の隣で静かに両手を合わせた。それにしても彼女の祈る時間は長かった。久が顔を上げてもまだ拝んでいた。しかも、やたらと真剣な表情であった。
(「ルルールは相変わらず、普段神社に来たがらねえ割に、いざ来ると熱心に参拝するよな。てか拝み方もエラい丁寧だしよ」)
 やや感心しかけた久であるが、待てよ、と思い直した。ルルールが、だしぬけに大声で告げたからである。
「世界人類が平和でありますよーに!」
 と。
「嘘つけ!」思わず久は突っ込んでいた。「お前絶対さっきまでいかがわしい願い事してただろ!」
「嘘だとは何よ!」
 キッ、と目を怒らせてルルールは振り返った。
「それに何、『いかがわしい』だなんて! 馬鹿ねえ! エッチな願い事なんてしないわよ!」
 ぴょんと賽銭箱の前の階段を飛び降りるやルルールはいきなり、胸の谷間をぎゅうぎゅうに寄せて上げてボリュームアップした。
「エッチな事は自力でやんなきゃ意味ないもん!」
 そしてメロン二つ分ほどの弾力性の塊を久に突き出し、宣言したのである。
「この魅力と!」
 叫ぶやたちまちトランスフォーム、こんどはインドのシヴァ神像じみたポーズを決めて、
「手管で!」
 さらにチェンジ、今度はミニすぎるスカートをたくし上げるようなギリギリ姿勢で、
「薬にも魔法にも頼らないのに今さら神頼みするわけないじゃない!」
 これ以上ないほど堂々と言い切った。なぜか、主に老人の参拝客たちが彼女を取り囲み手を合わせていた。
「……恥ずかしいヤツ」
 久はそれをまず告げてから、
「まあ、その無駄なストイックさだけは評価する。が、それ以外は何一つ自慢にならねえよ!? 脳味噌の洗浄を願えこのタコ!」
 びしりと指摘してさっさと歩き出した。
「ちょ……タコとは何よ自慢するわよもっと色々評価しなさいよいっそ崇め奉りなさいよー!」
 あっさりと久に袖にされたのが気に入らず、ルルールは叫んでその背を追いかけた。
「私のラブリーセクシーブレインを洗ったりしたら洗濯機が発情しちゃうじゃない!」
「何で洗濯機とか発想が無駄に所帯じみてんだよってか無機物が発情するかー!」
 などと言い争いながら、どんどん二人の背は小さくなってゆく。
「……私、完全に存在を忘れ去られてるね。彼らに」
 一人、賽銭箱の前に立ち尽くしたまま、佐野 豊実(さの・とよみ)は肩をすくめ苦笑した。
 仕方がないので彼は一人で祈った。神頼み自体は否定しない豊実なのだ。
(「究極の題材や着想に出会えます様に」)
 これもまた、久に言わせれば「目標の再認識」かもしれない。なぜなら豊実が久と組み、あれこれに首を突っ込んで回っている理由がこれだからだ。闇龍、ドージェ、神々、そして戦争……いずれも平穏な生活では絶対に見ることのできぬ混沌だ。今のところ豊実は、これら混沌を堪能していた。しかし、まだ足りないとも感じるのである。
(「もっと素敵な、或いはろくでもない物が見たい。今年こそ出会えると嬉しいねえ」)
 くくっと含み笑いすると、懐手になって彼は階段を降り、久とルルールの姿を探した。
「……いたいた」
 豊実は笑った。
「無機物も有機物も男も女もお日さまも子犬も私に発情するのよ!」
「するか!」
 彼らの言い争いはこの距離からでもよく聞こえるのだ。なにせ声が大きいのでやたら人の目を惹いている。180センチを越える長身のお姉さんが、きょとんとした顔で二人のやりとりを見ていた。
「んー」
 懐から片手だけ出し、顎をさすりながら豊実は思った。
(「ルルールは……魔女は『古の呪いによって不死となった少女』な訳で、つまり魔女になる前の立場がある訳だ。彼女が封印されていたのは日本らしいし……」)
 そこから色々と思いつくことはあるのだが、詮索のような野暮はやめておこう。少なくとも今日は。
 今は、彼らに追いつくことが大事だ。置き去りにされては迷子になりかねないから。
 ところで、久も豊実も気づいてはいなかったものの、本当はルルールも祈願はしていたのである。
(「私の周りの、私の大切な人たちが、誰一人欠けず、変わらず私の周りにいてくれますように」)
 というのがその祈願の内容ではあった。ああ見えて、実は寂しがり屋のルルールなのだ。といっても、ルルール本人は、決してそれを認めないだろうけれど。

 新年……空京神社……初詣……。
 あきらかに現実に帰ってきたはずなのに、どうもエミン・イェシルメン(えみん・いぇしるめん)は落ち着かなかった。先日見た悪夢が、どうしても頭から離れないのだ。もう昨年の話だというのに。
 エミンは無人島へ、そのパートナー金襴 かりん(きらん・かりん)と共にバカンスに出かけた。しかし感染病にかかってしまい、エミンは声を、かりんは視力を失った。そしてエミンは苦しんだ末に死んでしまった……これが夢である。
 ――あ・り・が・と・う・さ・よ・う・な・ら。
 エミンがかりんの手の平に書いた末期の文字、そして、
「ど、どういうこと!? エミン、エミン!?」
 泣きじゃくるかりんの姿が、目を閉じれば今でも、瞼の裏にありありと浮かんでくる。
 あまりにリアリティのある夢であったため、むしろあれこそが現実で、こうして初詣に来ている現在こそ、死後の自分が見ている夢ではないかとすらエミンには思えてしまうのだ。
(「……もう、パートナーとしてかりんに寂しい想いはさせないと……決めた筈だったのに、自分は先に死んで。……ただの夢だった、とはいえ」)
 だからエミンは、普段通りの笑みを浮かべながら拝殿まで来たものの、これ以上ないほど真摯に祈った。
 どうか、自分の存在が、パートナーたちの人生を一瞬でも彩るように、
 自分が死んだ時に、「おかしな奴だった」と笑ってもらえるように、
 と。
 無論、これは同行の二人も拝んでいる間だけの真摯さだ。彼らに無用な心配をかけたくないので、顔を上げたエミンは、いつものエミンに復していた。
「ヤン、かりん、君たちは何を祈ったんだい?」
 ヤン・ブリッジ(やん・ぶりっじ)はむっつりしながら述べた。
「神頼みに果たして意味はあるのでしょうか?」
 それは質問の答ではないように聞こえるが、エミンは先を促した。真面目に考えすぎるのがヤンのヤンらしさである。
「いえ、ここで神の存在如何を語るつもりは有りません。それに一説によると、神に強く願うことで、人は自分に暗示をかけているとか」
「つまり、ヤンは自己暗示としての祈りを捧げたわけだね?」
「端的に言うとそうなるでしょう。むしろ誓いです」
「それを教えてくれると嬉しいのだけどね。あ、恥ずかしいならいいよ」
「いえ決して恥ずかしいなどということは」
 というヤンの言葉尻が少々走っていた。もしかしたら本当は照れているのかもしれない。されどヤンはヤンである。胸を張って言った。
「私は誓いました。強くなることを」
 さらに続けた。
「そうして、エミンとかりんの側にいて、守ることを」
 この願いは自分で叶えるのです、と告げるヤンの目は、まさしく本心であることを語っていた。
 あまりに堅物とも言えようが、そんな真っ直ぐなヤンのことがエミンは好きだ。
 かりんも口を開いた。
「わたしは……」
 だが言い淀んでしまった。なぜなら彼女も、ヤンと同じ無人島の夢を見たからである。夢にしてもあまりに辛い経験だった。あの夢で、自分が遺された意味は何だろう。もしかしたら自分の存在は、エミンが自由に生きる足かせになっているのではないか、と思えてしまうのだった。
 少しの逡巡ののち、かりんは言った。
「わたしは、何を願えばいいかわからなかった……」
 手を合わせていた間、彼女は悲しみに迷い込んでしまっていた。かりんは思ったのである。
(「エミン、わたしは……あなたを縛るのがいや。優しいあなたが、側にいてくれることが嬉しくて……時々悲しい。いつかあなたも、わたしを遺して逝くのでしょう……?」)
 無論、そんなことは言えないし言わない。エミンを困らせることが彼女の本意ではないのだから。
 エミンは、ヤンに苦笑し、かりんに微笑みを向けた。そして、
「ありがとう」
 と言った。
 ヤンの優しさに、かりんの気持ちに。二人とも、自分の事を考えてくれているとエミンは知っていた。
「長い長い一生なのだから、自分との時間くらい遊んだって平気さ。楽しんで、色々なものを見て、三人で探そう。ヤンが強くなる方法を。かりんが寂しくない方法をね」
 エミンはいつだって彼らに笑みを向けていた。
「そうと決まれば、もう一度願おうじゃないか。みんなで楽しく暮らせるようにさ」
 ヤンもかりんもこの言葉で、ふと心が軽くなったように感じたのである。
 エミン自身も、それは同じだった。