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2月14日。

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2月14日。
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リアクション



12


 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、朝からずっとそわそわしていた。
 なぜなら今日はバレンタインデー。
 大切な人に想いを伝えられる日だ。
 フレデリカも、恋する乙女の例に漏れずチョコレートを作っていた。キッチンにチョコレートの甘い香りが充満している。
「よーし、これで大丈夫……の、はずっ!」
 大好きな人へと作ったチョコに、メッセージカードも添えて。
 今日のデートの準備はOK。
 そこではたと気付く。
 ――みんなへの感謝のチョコ、忘れてたわ……!
 バレンタインデーは、恋人同士だけのイベントではない。友達同士チョコを贈ったりだって、するのだ。それ用のチョコの準備を忘れるとは、迂闊。
 ちらり、キッチンのテーブルを見た。
 思考錯誤を重ねるうちに大量にできた、本命チョコの試作品。
 ――折角作ったのを無駄にするのも勿体ないし……。
 本命チョコには及ばないとはいえ、味にだって自信がある。
 ――これを渡しちゃおう。
 そうすれば感想も聞けるし、ちょっとの手抜きは許してもらえるはずだ。たぶん。
 ――あ、でも、さすがに。
 とある友人が今日誕生日なので、そこはまた別なチョコを用意しよう。
 ――あと、リンス君やクロエちゃんにもこっちじゃないのを渡そうかな。
 などと考えていたら、それも楽しくなってきた。
 デートまではまだ時間がある。
 だから、きっとみんな集まっているであろう工房へと、フレデリカは向かった。
 向かう途中で、携帯から紺侍の番号を呼び出して。
「あ、もしもし紺侍さん? 今から人形工房に来れる? そう、リンス君のところよ。えー、じゃないの。来なさい」
 多少無理矢理にだけれど、誘い出し。
 紺侍には我儘と取られたかもしれないけれど、そんなつもりはない。
 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)はそれをわかってくれているようで、苦笑いしていた。
「フリッカ、いくら写真の腕を磨いてもらいたいからって、無理に誘ってはいけませんよ?」
「大丈夫、きっと来てくれるから!」
「そういう問題ではなくて。……まあ、そうですね。来てくれるでしょうけれど」
 なんだかんだ義理堅い人間なのだ。以前あった騒動に関わったこともあって、多少の無理でも受けてくれると思っていた。
 呼び出しもした。
 友達用も、本命用も、ラッピング済み。
 あとは可愛い恰好をして、出掛けて行くだけ。


*...***...*


「ヴァイシャリーに自然観察しに行くの。付き合ってくれない?」
 多比良 幽那(たひら・ゆうな)の誘いに、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は二つ返事でOKした。
 何も考えていなかったのだが、よくよく考えてみたところ。
 ――これって、デートじゃね……?
 しかも、今日は2月14日である。
 ――…………!?
 言語表記が不可能なほどに、部屋の中をかけずり回ってもんどりうって、奇声も発してからぴたり、止まって。
 ――あわわ! あわワワわ!!!
 見た感じだけでも平静を装い、意味もなく正座して、心を落ち着けようと務めてみた。
「ワンダホゥワンダホゥ!!」
 無理だった。口から言葉が迸る。
 ――静まれ! 静まれお兄さんの心!!
「ザムディン! ザムディーーン!!」
 とにかく、叫んだ。この状況で横文字を叫ぶと魔法のようだが、別に心を沈静化させる魔法だとか、そういうわけではない。ザムディンとは近所に住んでいるおじいさんの名前だ。おかっぱ頭の孫を持つ、御歳82歳のおじいさん。皺が刻まれた顔に少しばかり憎らしい笑みを浮かべてピースするのが特徴である。
 さて、おじいさんの名前を叫んだところで急にクドの心は平静さを取り戻した。沈静魔法でもなんでもないのに、その効果の一片があったらしい。恐るべしザムディン。
「先走るな、クド・ストレイフ……」
 そして、自分に言い聞かせるように口に出した。
「これはきっと単なる偶然でさぁ」
 幽那が誘った日が、今日が、偶然他の人のスケジュールとかが合わなかっただけなのだろう。
 それで二十番目くらいの遠い候補である自分にお誘いが来たのだ。バレンタインデー? 365分の1の確率を引いただけである。
「きっとただそれだけのことですよ。たぶん。恐らく。…………はぁ」
 言い聞かせて、納得してみて、その瞬間冷静さを通り越してテンションがだだ下がりになった。けれどそのおかげで奇行に走ることもない。心の中は空しさでいっぱいだが、
「いっぱいおっぱいボク元気。いつもの素敵で無敵なクドお兄さんです」
 無意味に鏡の前でドヤ顔してみた。……よし、大丈夫だ。
 ――……ま、あれだ。
 動機やらなんやらはともかくとして、誘ってもらえたのは事実だし。
 ――細かいことは抜きにして、とりあえず楽しみましょうかね。
 ――ああそうだ。出掛けるならキツネくんを捜してみようか。
 ――前回の騒動で口を滑らせて迷惑かけちゃいましたしねぇ。謝っとかないと。
 その旨は先に幽那に伝えておこう。
 かこかこ、携帯のメールを作成しながら、お詫びの品は何にしようかと考えながら待ち合わせ場所に向かった。


 クドとヴァイシャリーに遊びに行くことにした。
 理由は、幽那がヴァイシャリーの自然観察をしたいからだ。
「ヴァイシャリーの自然は、イルミンスールほどではないけれど……新鮮ね!」
 少しばかりテンションが上がってしまい、後ろを歩くクドが置いて行かれ気味になる。それに気付いて立ち止まり、クドを待っては歩き、また立ち止まり、の繰り返し。
 どうやらクドはメールで言っていたキツネくんとやらを捜しているらしく、若干歩調がゆっくりだ。
「私も一緒に捜してあげましょうか?」
「いえいえ。幽さんの手を煩わせるほど見付けにくい相手じゃないですよ。……ほら」
 言うが早いか見付けたらしい。クドが指差した先には、金髪で背の高いカメラを持った男の人が居た。
「カメラマンなの?」
「ですかねぇ? ね、キツネくん」
「何スかクドさん。デートぶっこいてるリア充にかけられる言葉もかける言葉もありませんよ」
「じゃ、リア充になれるように詫びチョコをあげまさぁね。お返しは考えなくていいんで」
「詫びチョコ……流行らなさそうなネーミングっスねー」
「あ、いらない? そう、じゃお兄さんが食べますね」
「嘘っス要りますありがとうございます」
 軽いノリ同士の軽い会話だった。『キツネくん』は、チョコを受け取ると「どもっス。それじゃ、お気をつけて」と言って郊外へと行ってしまった。ひらひら振られる手に、クドが振り返す。幽那もそれを真似してみた。
「詫びチョコって何?」
「ああ、先日お兄さんの口が軽いせいで迷惑をかけちゃいまして。謝らせてくれなかったんですけどね」
「ふうん……」
 先日のことは知らないけれど、これでクドの用事も終わったし。
「じゃ、付き合ってもらおうかな」
「つ、付き合う?」
「ええ。自然が多い場所を探しに行くわ!」
「あ、ですよね。そういう意味ですよね」
「他になんの意味があるの?」
 なぜか知らないけれど、クドが一喜一憂していた。見ている分には面白いけれど、よくわからない部分も多い。
「じゃあヴァイシャリー湖へ行きましょっか」
「いいわね! 私、スケッチしに来たの。ヴァイシャリー近辺特有の植物を描きたいわ」
 何せ幽那は植物学者である。
「ま、見て回りましょうかね。さすがにお兄さんも、ヴァイシャリー特有の植物が生えてるポイントまでは把握してませんし」
「散歩ね。いいわね、素敵」
 歩いて見て回り、写生に丁度良い場所を見付けたらシートを引いて座りこんだ。持ってきた画材を広げ、準備は万端。
 いざ描こうと思ったけれど、
 ――クドをほっとくのも良くないわね。
「クドもそこに並んで」
「? こうですかね?」
「そう。女の子と遊ぶんだから、他の女の子になびかないように、よ。アルラウネに監視されててね♪」
「幽さん、なんかさらっと怖いこと言いませんでした? まあ、お兄さんからすれば植物も余裕で守備範囲だから、いちゃつくには何にも問題ないんですけどね……!」
 握り拳を作って、無駄にイイ笑顔をするクドに。
「クド?」
 幽那は微笑みかけた。画材の準備もOKだが、【崩落する空】をぶち込む準備もOKである。
「……すみません」
 素直に謝ったのでそれなら良しと、にっこり笑んで描き始めた。
 ――でも残念ね。クドが馬鹿なことをしたら、どんどんぶち込もうと思っていたのに。
 掛け声だって考えていた。まずは手始めに『スターダストエクスプロージョン』、次は『ギャラクシアンデモリション』、それでも止まらないなら『マクロコスモスコラプション』、最終的には『ワールズエンドディケイション』、となるように。
「残念だわ」
「幽さん。お兄さんちょっと寒気が」
「うん、動かないでね」
 幽那の呟きを敏感に察知したクドが何か言ったが笑顔で制す。
「楽しいわね、『デート』」
 語尾にかっこわらい、が付きそうな声で。
 クドに笑いかけた。


*...***...*


 一方、クドと別れた紺侍の方はというと。
「よしカメラを抱えてうろつくそこの不審者のキミ!」
「うわ、初対面で不審者呼ばわりとか半端ねェ……」
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)に捕まっていた。
「キミも愛の使途【イェニチェリ】の俺様の目にとまったからには、ヴァイシャリーまで愛の逃避行だ」
「や、何言ってるかわかんねーっスってたたたた痛い痛いちょ何引っ張ってんスか!!」
 まったくもって意味不明の言葉と共にもみあげを引っ張られた。抜ける。千切れる。二足歩行が困難になったらどうしてくれる。
「このもみあゲームスいースね。ジェイダス人形にもぴったり」
 しかもいつのまにか毛先に人形をくくりつけられていた。大して長くもないのにくくりつけるとは、中々手先が器用らしい。それはさておき、痛いので止めてほしい。
「怒るっスよーグーで殴るっスよー」
「俺様ももみあげにエクステつけてみよっかな」
「人の話聞いてねェし」
 マジ半端ねェ、と独り言を零してもダメージはなさそうだ。諦めて変な体勢で歩く。無理に引っ張られなければそこまで痛くもないし、真っ直ぐではないが歩くことも可能だった。髪に負担が掛からないように首を傾げ続けているので、むちうちになりそうだが。あと視界が悪いが。
「つかどこまで行くんスか。オレ工房行かなきゃいけないんスけど」
「なら問題ないじゃんね? 俺様も工房行ってリンスきゅんの鼻先をつむつむするから。あ、まだエクステねぇや、それはまたの機会っスかねー」
 彼もリンスの知り合いらしい。本当にあの人形師は引きこもりのくせに人脈が広い。
 などと感想を抱いていたら、
「リンスきゅんの宸襟を騒がせ奉る狼藉、紡界紺侍er、許すまじ!」
 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)に、びしりと指を突き付けられた。
「コンジュラー……ナイス発音っスね」
「褒めたところで何も出やしないぞ小悪党!」
「ところでシンキンって何スか」
「知らね。鯉くんきっと、難しい言葉を覚えたから使いたいお年頃なんスよ。不惑の歳超えてるけど」
「マジっスか」
「ところで紺侍erよ、貴殿はリンスきゅんの写真を売っていたと聞く」
「ああ、ハイ。してましたけど」
 それは廃業した。
「……それがしもリンスきゅんのナチュラルなお写真でハァハァ致したく……」
 なのでもじもじされても渡せない。もっとも、売っていた時だってちょっとこの鯉には危なくて渡さなかったかもしれないが。
「すんません、もう盗撮写真売りは廃業なんスよ。人形師の写真でハァハァは、またの機会……もねェだろうけど、写真屋をどうぞご贔屓に」
「!! そんなことあるわけなかろう! それがしがリンスきゅんのお写真でハァハァなどと……!」
「いや今アンタ自身が言ってましたよね?」
「それがしの怒りが怒髪天である!」
「髪ねェし」
 むきい、と怒られてもどう対応すればいいのやら。
 光一郎を見ても、完全にスルーを決め込んでいた。オットーはオットーで頬を赤く染めて怒っている。
「こうなれば! 貴殿もそれがしと一緒にクロエちゃんとチョコレートを作る会に強制加入しかあるまい!」
「や、どういう流れっスかそれ。話に脈絡ねェにも程があるっスよ?」
「そしてそのあとのチョコレート交換会に参加するのだ」
「んでもってやっぱり人の話聞かねェし。アンタらお似合いのコンビなんスね」
 などと言っていたら、工房が近付いていた。


 工房内では。
「ハッピーバレンタイン♪」
 フレデリカが、予定通りリンスとクロエにチョコを渡していた。市販品ではあるが、そこそこ良いものである。
「これからもよろしくね、リンス君、クロエちゃん」
「ありがと」
「フレデリカおねぇちゃん、ありがとう! わたしもチョコ、つくったのよ!」
 クロエからはトリュフをもらった。手作りらしく、多少歪である。が、気持ちが嬉しいので見た目は関係ない。
 クロエの頭を撫でてから、
「はい、レンさんにも」
「? 随分と立派だが……俺が貰っていいのか?」
「いいのよ、本命チョコの試作品だから」
「なるほどな」
 その一言で全て納得される程度に、レンはフレデリカの現状を知っている人物である。
 メティスやノア、ザミエルにもチョコをあげていると、
「ちわー」
 入口から声が聞こえた。紺侍が到着したようだ。……何やら光一郎に髪をひっつかまれているが、どういった関係なのだろうか。
 フレデリカの姿を見付けた紺侍が、引かれていた髪を解き首をコキコキと動かしながら近付いてきた。
「ども、お待たせしました」
「やっぱり来てくれた」
「はあ。そりゃ、来ますよ」
 なんで? とばかりにきょとんとしている紺侍を見て、ああやっぱりいい人。くすり、笑う。
「で、何の用でしょ?」
「うん、バレンタインの風景を撮ってもらいたいなって」
「いいっスよ。いつ撮ります?」
「いつがいいかな。もう少し人が増えたら撮りたいな。前みたいに、集合写真で」
 ――それで、その写真をこっそり何かの大会に出しちゃおう。
「?? 何笑ってんスか?」
「別に!」
 この先は、秘密である。
「紺侍さん」
 疑問符を浮かべる紺侍に、ルイーザが話しかけた。おずおず、といった感じだ。そういえば家を出る時も強引な呼び出しについて気にかけていたっけ。
「バレンタインだと言うのに、突然呼んでしまって……申し訳ありません。ご迷惑じゃありませんでしたか?」
「大丈夫っスよルイーザさん。オレ特定の相手居ないっスから」
「でしたら、良かった……のでしょうか?」
「えェ。不都合一切ありません」
「そう言ってもらえると助かります。写真の仕上がり、私も楽しみにしていますので」
 今日はよろしくお願いします、とルイーザが丁寧に頭を下げた。
 それを見て、フレデリカは思いつく。
「紺侍さん、どうぞ」
「へ?」
 お礼にもなるし、感想ももらえるし、チョコを渡すことは有効じゃないか、と。
 が、紺侍は素っ頓狂な声を上げたまま固まってしまった。
「? どうかした?」
「……あの、フレデリカさん」
 神妙な声だった。会ってからそれなりに日が経つが、こんな声は初めて聞いた。いつもノリの軽い声なのだもの。
 何かと思えば、
「オレ、同性愛者っスからアンタの想いには、」
 勘違いされていた。
「それ、義理よ?」
 思わず笑ってしまいながら言うと、一拍、二拍、無言の時を経て。
「この出来で!?」
 叫び声を上げられた。
「本命チョコの試作品なの」
「ひでェ……」
「ショックを受けているのはお前だけだぞ、紡界」
 レンが追い打ちをかけている。そう、本命チョコの試作品を受け取った人間は、全員フレデリカに想い人が居ることを知っている。
 だから知らなかった紺侍にはダメージがあったらしい。
「ごめんなさい、そういうつもりはなかったんだけど……」
「えェ、ハイ。大丈夫っス問題ないス。チョコありがとうございます。試作でもなんでも嬉しいっス」
 そしてダメージを受けながらも、紺侍はきちんと礼を言った。
 罪悪感を覚えつつも、チョコを食む紺侍の感想を待つ。
「ん。美味いっス!」
「本当?」
「本当本当。良い奥さんになれますよ」
「奥さん……」
 ちょっと想像してみた。
 ……恥ずかしい。
「フリッカ、顔が赤いわよ?」
「ル、ルイ姉。からかわないでよ」
「ふふ♪」
 デートの時間まで、まだしばらくある。
 それまでここに居て、気持ちを落ち着けて行こう。


「ああ、じゃあ紡界とは行きずりだったんだ」
「そうっスねーなんかカメラ持ってて怪しげだったからつい。あ、何何嫉妬? 俺様モテモテね♪」
「それはないから安心して」
「うーんいつも通りローテンションな返答。このつまらなさがまさしくリンスきゅん」
「なにそれ」
「いや久々なものだから」
 光一郎が工房に来るのは、ハロウィンぶりだろうか。その間にも色々あったらしいことは聞いていたが、会ったのは本当に久々だ。
「そういうわけで、リンスきゅんにチョコレート色な俺様の褐色の肌を捧げよう!」
 ばっ、と両腕を広げると、
「…………」
「…………」
 リンスだけでなく、オットーからも冷たい目で見られた。
「……なんだね鯉くん、その目付きは」
「それがし失望した」
 いつものかるーい冗談なのに。もしかしたら時節柄、冗談耐性がギリギリまで落ちているのかもしれない。
 ならばいっそのこととことんまでからかってやろうかと思ったら、クロエと紺侍を連れて三人でキッチンへ消えて行った。道中言っていたチョコレート作りを実行に移すようだ。
 ――なら俺様も腕を奮っちゃおうかね?
 俺様特別お料理教室である。
 光一郎が座っていた椅子から立ち上がった瞬間、リンスが言った。
「なんか俺、今から嫌な予感に襲われてるんだけど」
「そのまま予感と禁断の恋に落ちればいいんじゃないかしら。それじゃキッチン借りますねっと」
 嫌味か皮肉か制止かわからないリンスの言葉は無視して、いざキッチンへ。


 そして出来上がったのは、
「……意外と普通だ」
「俺様をナメたらいけませーん」
 春節といえば湯圓――タンユエンであろう。
 見た目は白玉団子そのものである。団子の餡を肉にして、塩味にしてある。
「チョコレートだとかの甘甘に飽きた舌にやさしーと、俺様思いましてね?」
「しかも気が利いてるとか。……本当に南臣? なんか変なの食べた?」
 中々に失礼なことを言ってくれるがそれもスルーである。
「スープのダシは鶏がらと豚骨。干しエビさんとオニオンチップでさっぱりめにしてみました」
 理由は、リンスが匂い強いのダメそうだから、である。
 ――相手のことを考え尽くした料理、さすが俺様。
 自画自賛も一段落したら、
「さーあリンスきゅん。お兄さんがふーふーあーんしてあげますよ♪」
「……これが狙いか」
 げんなりした顔ゲット。
「ケケケ。俺様今回メイドだからね、ご奉仕しちゃうよ」
「いらない。メイド南臣とか心底いらない」
「ほう? 俺様のあーんを嫌がると?」
「いや、南臣を嫌がってる」
「つまり、口移しがいいと?」
「誰もそんなこと言ってない」
「ほーほー、まったく罪作りな人だ」
 ではでは、と迫ってみたところ、
「それがし涙のドロップキック!!」
 オットーが飛び込んできた。蹴りは避けるまでもなく外してくれたので、床にずざーっと滑りこんでいる。
「……何よ鯉くん」
「……紺侍erの料理の腕が……」
「腕が?」
「それがしよりも高かった……」
 何やらとってもへこんでいた。目尻に涙まで浮かんでいる……という情景は、床に突っ伏したままなので脳内補完しておく。大丈夫大体合っているはず。
 やっちまった? という顔で紺侍がキッチンから出て来たので、
「あららーつむつむ鯉くんのプライドめっきめっきにへし折ってくれちゃってまあまあ」
 からかっておく。
「だってオレ、一人暮らしっスから。自炊しねェと」
「一人暮らしならそりゃしょうがないっスね。鯉くんの惨敗ってことで」
 ウィナーつむつむ、と紺侍の右手を高く上げると、オットーがおいおいと泣き出した。
 リンスはついていけなさそうな顔で、タンユエンを食べていた。