空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

2月14日。

リアクション公開中!

2月14日。
2月14日。 2月14日。 2月14日。 2月14日。 2月14日。

リアクション



7


 霧雨 透乃(きりさめ・とうの)緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は、葦原明倫館の生徒だ。
 けれど、葦原島のデートに良さそうな場所は知らない。
 せっかくだから、そういう場所を探してみようと。
「陽子ちゃん、デートしよう?」
 陽子を誘ってみた。
 だって今日は2月14日。
 バレンタイン、それは勿論のことだけど。
 ――私達にはもっと意味のあることなんだよね。
 覚えているだろうか? 忘れるような人じゃないけど。
「デート、ですか?」
「バレンタインだしね!」
「?」
 ――あ、そっか。陽子ちゃんはバレンタインが何かわからないんだ。
 きょとんとした顔をする彼女を見て、記憶が無いからそうなのだという結論に至る。
「ええとね。今日は、恋人同士チョコを贈ったりする日なんだ。他にも友達同士のチョコとかもあるけど、私達は前者だね」
「そうでしたの。てっきり、一周年だからかと」
「! それもあるよ!」
 覚えていてくれたそのことに驚きと喜び。透乃が陽子の手を取ると、陽子がにっこりと笑った。
「それでは、恋する人達にとって特別な日である『バレンタイン』にあやかりましょうか」
 指を絡めて恋人繋ぎで、街へ繰り出す。


 甘味処で抹茶スイーツを食べながら、陽子は透乃との出会いを思い出す。去年の今頃のことだ。
 臆病で、自分に自信がなくて、消極的で。
 そんな自分を嫌いながらもどうにもできなくて。
 却って内に内にと閉じこもってしまっていた。
 だけど、そんな陽子の手を取って、透乃は様々な場所に連れ回した。振り回した。
 正直気が進まなかったことも多く、苦い記憶だってあるけれど。
 だけど、そうやって振り回されたおかげで、自分自身の嫌いだった部分が良くなって行った。
 透乃なりに、いろいろと気を遣ってくれたのだと思う。
 記憶がないなら様々な体験をすればいいだろうと。
 一緒にいろんなことをしてくれて、楽しんでくれて。
「……きっと、あの時から私、透乃ちゃんのこと」
「え? なあにー?」
「いえ、昔を思い出しまして」
 すました顔で、透乃の質問をかわす。
「昔といえばさ。陽子ちゃんって元は小食だったよね。
 なのに今はこんなに食べるんだからびっくりしちゃうよ。私のせいだけど」
 空になったあんみつの器やパフェの器を見て透乃が笑った。
「はい、透乃ちゃんのせいです。責任とって下さいね?」
「責任かぁ。うん、私、陽子ちゃんを幸せにするね。今も、これから先も、ずーっと」
「……もう」
 冗談混じりで言ったのに、真摯な顔と声でそんなことを甘く囁かれたらどうしようもない。
「赤くなった。可愛いなぁ♪」
「からかわないでください。もう……」
「えへへ、ごめんごめん。
 さってと、甘い物もいいけど、もうちょっと主食的なものが欲しいよね。そうだ、蕎麦食べにいかない?」
「お蕎麦ですか? いいですね」
 店を出、並んで街を歩く。
 隣を行く透乃を見て、不意に幸せな気持ちを感じた。
 当り前のように一緒に居られること。その奇跡。
「透乃ちゃん」
「ん?」
「あの時、私を見つけてくれてありがとう」
「いきなりどうしたの陽子ちゃん」
「伝えておきたくなったんです。
 これからもずっと、好きで居させてください」
「……任せて? 責任取るって言ったでしょ、ずっと陽子ちゃんが好きで居られるような人であり続けることもそのうちの一つだよ」
 街の真ん中だけど、触れるだけのキスを落とされた。
 指を絡めて、再び歩き出す。
 繋いだ手から伝わる温もりが、くすぐったくて気持ち良かった。


*...***...*


「クロ兄、デートしよ♪」
 ルウネ・シド(るうね・しど)に誘われて、クロイス・シド(くろいす・しど)は葦原島にやってきた。
 他にない和風な街並み。ゆったりと穏やかに緩やかに流れる時間。
 手を繋ぎ、ルウネの歩幅に合わせて歩く。
 確かに温かなルウネの手。今も昔も変わらない。
「クロ兄?」
 じっと手を見ていたからか、どうしたの、とルウネに顔を覗きこまれた。
「いや、ルウネがちゃんとここに居て、良かったなって」
「なあに、それ?」
「あ。ここ、ルウネが虐められてた場所だ」
「え?」
 大通りから一本外れた人気の少ない場所。
 いつの間にかそこに来ていて、笑った。
「懐かしいな」
「クロ兄がルウネを庇ってくれたんだよね、あの時は。カッコ良かったなあ……」
「そうか?」
「うん♪
 ……そうだ、クロ兄。今日、2月14日だよね。だから、チョコを作ってきたよ♪」
 にっこり笑って渡されたのは、可愛いラッピングが施された箱。
「お。ありがとなー」
 わしゃ、と頭を撫でて、大通りに戻る。
 目についた和菓子屋を見て、
「買って帰るか」
「え? クロ兄にはルウネのチョコがあるよね?」
「ルウネの分がないからな。あと土産」
 留守番をしているパートナーにも買って行こうと、店のドアを開けた。


*...***...*


 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は葦原明倫館在籍経験がある。
「だから勝手を知っているわ。どうかしら?」
『ええ、構いませんよ。一緒に行きますか?』
「そうね……あ、待って。下見をしたいから、現地で落ち合いましょう。待ち合わせ場所は、葦原島城下町入口の茶屋で」
『わかりました。では、葦原島城下町で』
 セオボルト・フィッツジェラルド(せおぼると・ふぃっつじぇらるど)に連絡を取って、バレンタインデートの場所は葦原島城下町に決定。着替えて待ち合わせの場所に向かった。
 

 シャンバラで和風な街並みと言えば、葦原島。
「和風も良いものですな」
 茶屋で抹茶を飲みつつ、セオボルトは言う。
 隣に座るローザマリアは、団子、汁粉、牡丹餅……と和風スイーツを少量ずつ万遍なくつまんでいた。
「セオも食べる? 美味しいわよ」
「では一口。頂きます」
 ローザマリアが皿ごと差し出してきたので、竹のフォークを受け取って食べる。
 美味しい。抹茶や和風スイーツより、玄米茶と芋ケンピの組み合わせの方が好きなセオボルトだが、素直にそう思った。
「どう?」
「美味しいですね。好みですよ」
「……なら、今度作ってみようかしら」
「レシピは?」
「調整するわ。偏食だけど、料理は嫌いじゃないの」
 自分の為に作ってくれるという彼女の行為を素直に嬉しく受け入れて、「抹茶も濃くて美味しいですよ」自分が頼んだそれを勧めてみた。
「頂くわ」
 ローザマリアが茶器を傾ける姿も様になっていて、良い。彼女のことだから、茶の飲み方まで調べてきていそうだ。事実、それくらいしゃんとしている。
「ん。美味しいわね……抹茶も良いものだわ」
「ええ。似合っていましたよ」
「何が?」
「抹茶を飲むローザの姿」
 小袖姿なのと相俟って、町の雰囲気にも溶け込んでいた。
「綺麗です」
 素直に感想を言うと、ローザマリアは少し照れたように口元を緩めた。
「まだ、渡すには早いけれど――はい、これ」
「え?」
 もじもじと、落ち着かない様子で膝より下を動かしながら、可愛くラッピングされた箱を渡されて、驚く。
「……バレンタインのチョコレート」
 追って言われた言葉に今日という日を思い出し、ああだからデートに誘われたのかと遅ればせながら理解。
 予想の範囲外からされたことは、どうしてこんなにも嬉しいのだろうか。
「ありがとうございます。すごく、嬉しいです」
 思わず抱き締めてしまいたくなるくらい。
 だけどそれは我慢した。町の入口である。堂々といちゃつくには人目がありすぎた。渡された手を握る以上はするべきではない。
「来年も、再来年も――ずっと、貴方の為にチョコを作っていたい。……だから、離れないで」
「勿論。ローザがそれを願うのなら、自分はローザの隣に在り続けましょう」
 そして、告白を受けて手の甲にキスをした。
 誓いのキスを、一度だけ。


*...***...*


 ここ、葦原に来て大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)秋葉 つかさ(あきば・つかさ)と知り合いになれた。
 そして先日。ダメもとでデートに誘ってみたところ、意外にもOKが出た。
 嬉しくて有頂天になったが、すぐに我に返り。
 どんな恰好をして行こうかと悩みぬき、時に服を買いに走り。
 パワードスーツか迷彩服が普段着の剛太郎だったが、カジュアルにキメた。
 驚くほど早く時間が経過し、デート当日。
 葦原に来てまだじっくり街を見ていない剛太郎にとって、デートも観光も楽しめる素敵な日となった。
「今日はよろしくお願いします」
 丁寧に挨拶すると、
「こちらこそお願いします」
 同じく丁寧に返された。それだけなのに妙に照れる。……というより、今平静を装っているだけなのだ。待ち合わせ場所に向かう瞬間から、遡ればデートに誘ったその日から、心臓はドキドキと大きく高鳴っている。現在進行形である。
「どこに参りましょう? 剛太郎様、何か希望はありますか?」
「はい。自分、和風スイーツを食べてみたいと思っておりました」
「でしたら良いお店があります。行ってみます?」
「はい!」
 元気よく返事をしたら、くすくすとあどけない顔で笑われた。


「前に剛太郎様から頂いたお酒」
「は」
「あれ、今日持ってきているんですよ」
「立川ですか」
「はい。葦原の町を見るということで……屋形船でも借りて、飲みながら遠目に観ましょうか」
 甘味処でその話を受けた時、気が気でなかった。
 『ひょっとしたら少しHな特別状況が発生するかも』。
 そう思ってしまって、その煩悩を振り払うことに一生懸命で。
 だけど、手を出すわけにはいかない。絶対に。
 ――そんな事をして、嫌われでもしたら。
 考えるだけで高鳴っていた心臓も落ち着き、むしろキュッとするくらいだ。
「あら? 顔色、あまりよろしくありませんね……体調不良ですか?」
「とんでもない! 少しばかり悪い想像をしてしまいまして」
「悪い? ふふ、いけないお方」
 半分当たっているので、嫣然と笑う彼女に言い返すことも出来ず曖昧に笑い。
 船を借りて、乗り込んだ。
「ふふ……日が高いうちからお酒、というのも大人の甘いデート独特のもの。良いですね、たまには」
「あ。酒を飲むなら、杯を取って来ないと」
 立ち上がろうとした剛太郎の手を、つかさが掴む。
 振り返ると、着ていた着物の裾をたくしあげたつかさがじっと剛太郎の目を見ていた。
「つ、つかささん?」
「わかめ酒なんていかがです?」
 蓋の開いた日本酒の瓶をつかさが脚へとかたむける。
「い……いけません!」
 それを、剛太郎は止めた。きょとん、とつかさが見上げ、首を傾げてくる。
「どうして?」
「あ、と。……女性が、そのような行動を……その、心まで許していない相手に軽々しく取るのは、と」
 言っていて少し悲しくなったが、言わざるを得なかった。
 全てを許していない雰囲気のあるつかさが取ったこの行動を、流すことはできなくて。
 沈黙が流れる。
「……思っていたより、」
 先に口を開いたのは、つかさだった。が、不自然に言葉を切らせてから続けて言葉を発することはない。
「臆病、ですか?」
 再びの沈黙に耐えられず、剛太郎が苦笑するように言った。
「いえ、そうとは。ただ、少し見解を改めようと思いました」
 それがどういう意味かは、深く追求しない。
「戻りましょうか」
 ただ、今日はもうそういう雰囲気ではないから。
 剛太郎は、静かにそう提案した。