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2月14日。

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リアクション



6


 シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)がデートをするというから、
 ――護衛って事でついて来たのはいいけどさ。
 マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)は二人を見て思った。
「シャノンさん強いからなんとかなるよね」
 手作りチョコを持って、和装して、雄軒と腕まで組んじゃって。
 女の子らしく、恰好だってとっても可愛いけれど。
 中身はシャノンなのだ。
 狂気を支配する者と呼ばれ、強力な魔法を扱う吸血鬼。
 ――要らないでしょ、護衛なんてさー。
 そう自己で結論付けて。
 ――……という訳で、俺はかわいいい人を石化させに行こう♪
 鼻歌交じりに葦原の街へ歩き出し
「ふにゃ……?」
 た、ところでミスティーア・シャルレント(みすてぃーあ・しゃるれんと)に尻尾を掴まれた。
「ちょ、ちょっとミスティー姉さん……尻尾はやめてよぉ……」
「だめ。マッシュ、あなた今良からぬことを考えたでしょう? 雄軒様とお姉様のデートなのよ? きっちりかんさ……もとい、護衛しなくては」
 手からなんとか逃れて、
「いいじゃない。シャノンさん達だよ? 不良も進んで道を開けるような人達だよ? 護衛なんて必要ないよ」
 でしょ? と二人を見た。幸せそうに手を繋いで歩いているその姿は、恋人のそれそのものだけど。
「それは思っても言わない約束よ」
 と言いつつ、ミスティーアの目はきょろきょろと落ち着きなく動いていた。通って行った店の一つ一つを追っている。
「もしかして……ミスティー姉さん、観光したいの?」
「……まぁ、折角の葦原だもの。興味はあるわよ」
「でも護衛の仕事があるんだよね?」
「マッシュ。あなた良い性格してるわよね、本当」
 微笑んだら同じく微笑み返された。それは重畳、とばかりにさらににっこり笑い返す。
 一拍置いて、ミスティーアが小さく息を吐いた。それから顔を上げ、
「さぁ行くわよマッシュ、レッツゴー葦原!」
 がしっ、とマッシュの手を掴んだ。
「えっちょミスティー姉さん起承転結ぶっ飛びすぎてて意味がわからない」
「あ。マッシュ、あの飴毬みたいよ、面白い」
「! 本当だ」
 手を引かれて和菓子の店に入り、飴を買い与えられ。
「お姉様の和服、素敵だったわよねぇー……いいなぁ和服。見て行ってもいい?」
「しょうがないなぁ」
 それを頬張りながら、ミスティーアが呉服屋さんで試着をするのを見ているうちに。
 ――護衛は?
 我に返ったがもう遅い。すっかりはぐれていた。
 ――ま、ミスティー姉さんに付き合うのも悪くはないか。
 そこらを歩く人を石化させたいなと疼くけど。
「お待たせ、マッシュ」
 着付けを終えたらしいミスティーアに声を掛けられて振り返り、
「あ。遅いよ姉さ、」
 鮮やかな赤が差し色に使われた、黒の着物を纏った彼女を見て硬直。
「? どうかした?」
 ――そこらの他人より、ミスティー姉さんの方がよほど。
「ミスティー姉さん、ちょっと石化しない?」
「ほほー? いい度胸ね?」


 マッシュとミスティーアが姿をくらませても、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)は気にしない。
 ミスティーアが居るからマッシュが暴れたりはしないだろうし、何より自身がするべき護衛の任務をこなすために。
 とはいえ、シャノンが強いからそこまで神経を研ぎ澄まさなくてもいいだろう。
 二人の邪魔をしないようにと距離も取ってあるので、
「なあなあバルト兄さん、あれ面白そうだぜ」
「ふむ? どれだ?」
 どちらかというと魄喰 迫(はくはみの・はく)との観光が主な目的になっていた。保護者的意味合いも含めて。
「あれ」
「喧嘩じゃないか。首を突っ込むなよ」
「えーいいじゃん」
「駄目だ。面倒事は避けるぞ」
「ま、バルト兄さんがそう言うなら我慢するか」
 ちぇー、とぶーたれつつ、迫はバルトの言うとおりにして隣を歩いた。
「あ。あれ美味そう!」
 面白そうとか、美味そうとか、催し物を見付けては走って行くから追いつくのが大変だけど。
 けれど、面倒事は避けようと言ったのでそういった方向へは突っ込んで行かない。
 チョコを見てふと思った。
 珍しく聞き分けの良い彼女に、買ってやろうかな、なんて。
「迫、」
「兄さん兄さん、これやるよ!」
 どれがいい、と聞こうとしたら、可愛くラッピングされた箱を笑顔で渡された。
「バレンタインだろ? 祭りだろ? せっかくだからあたしも兄さんに渡したいなって思って。買っちゃった」
「……そうか。ありがとう」
「ホワイトデーの三倍返し期待してるぜ?」
 それは単純に質量が三倍かなのだろうか。それとも値段か。あるいは気持ちが三倍か。
「わかった」
「えっマジで? やったー楽しみ!」
 どれを指しているのか、推理せねばなるまい。
 その日までに最良の答えを。


 さて、そんな風に四人に見守られていた雄軒とシャノンはと言うと。
 手を繋いで、静かな街を自分達のペースでゆっくりと歩いていた。
 雄軒は、幸せを噛み締める。
 念願叶ってのデートである。この時をどれほど待ったか。この小さな手を取れる日を、どれほど焦がれたか。
 しかしそんな思いはおくびにも出さない。いつも通りの態度だ。
 ――それにしても。
 ちらり、シャノンを見た。
 ――絶対に可愛いのはわかっていましたが……!
 まさか着物で来るとは思わなかった。洒落こんで洋服を着なかった自分を褒める。
「雄軒、どうかした?」
「はい、シャノンは可愛いなあって」
「えっ、な、なんだ、突然……っ!」
「私にとっての一番だなぁって、そう思っていて」
 何を考えるにしても、彼女のことが先に来る。
 景色ひとつ、知識ひとつ、戦ひとつ。その全てに於いて、『シャノンと』と頭につくのだ。
 だから、なんてことのない街を歩いているだけなのに。
 彼女が隣に居る、それだけで幸せだなと。
 ――なんて、まるで恋する乙女のようですね。私としたことが。
 自分自身苦笑するように笑うと、シャノンは真っ赤な顔をしていた。繋いだ手にも力がこもっている。
「わ、」
「?」
「私も、その…………雄軒が、一番で、……、…………」
「〜〜っ!」
 真っ赤な顔をさらに赤くして、可愛いことを言ったシャノンを抱き締めた。
「ああもう! 可愛いですね可愛いですね! 貴方は本当に可愛い人ですね!」
「ちょ、雄軒っ、街中っ! 人の目っ!!」
「問題ありません、見せつけてやります!」
「私が恥ずかしいっ!」
「はいっ」
 声に、ぴたり。抱擁を止めた。
「手は繋いでいてもいいですか?」
「……うん」
「それとも、腕を組みますか?」
「……じゃあ、どっちも」
「わかりました」
 腕を組んだ上で、指も絡めて。
 あてどなく歩く。
 たまに気が向いたら頭を撫でて。
 気になったお店にふらりと足を向けて、抹茶スイーツを食べてみたりして。
「幸せです」
 滑り込みで取れた宿の中、雄軒は噛み締めるように言った。
「ああ。……私も、幸せ。だ」
 返ってきた言葉に、二人して微笑む。
「こういう、何気ないことでも笑えること。隣を歩く幸せ。……それを、雄軒が教えてくれた」
「シャノン、」
 それは私もです。そう言いかけた口に、人差し指が当てられて黙る。
「本当に感謝している。……受け取ってほしい」
 雄軒の言葉を抑え、シャノンが渡してきたものはハート型の箱。
「料理……あまり得意じゃないから、味はいまいちかもしれないけど。
 …………その、気持ちは、……愛は、たっぷり篭ってるから」
「……シャノン」
「…………何?」
「ここなら、人の目はありません。……抱き締めても、良いですか?」
 問いに、かすかに頷いたのを見て。
 そっと、抱き締めた。
 全身全霊で表したいくらいの幸せだけど、そんなことをしたら壊れてしまうんじゃないかと思って、そっと。
「幸せです」
「うん」
「世界中で誰よりも幸せな気がします」
「それはどうかな。……私も、負けないくらい幸せだから」