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手を繋いで歩こう

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第10章 視察後のひととき

(私服の団長ってすっごく新鮮っていうか、かっこいい……じゃなくて!)
 土御門 雲雀(つちみかど・ひばり)は、首をぶんぶん横に振った。
 ななめ前には、教導団の団長、金 鋭峰(じん・るいふぉん)の姿がある。
 宮殿での用事を終えた後、雲雀の誘いで空京の視察をしていた。
 鋭峰は一般的な黒系のスーツを着ている。
 目つきが鋭く目立つという理由で、サングラスをつけてもいた。
 雲雀も釣り合う服装を心掛けたのだけれど、元不良だったこともあり、丈が短く派手目のものしかもっていなくて。
 少しだけ、釣り合わないかな……むしろ、危険なカップルに見えたりしていないだろうかと、不安になる。
 鋭峰は何も言わずに、鋭く目を光らせて街の様子を見て回っていた。
(……ああ、煩い! 心臓がうるさいし、前見えないし)
 鋭峰の姿を見ていると……先月の彼の言葉。
 側にいたいという雲雀のお願いに対して『拒否はしない』と言ってくれた、あの言葉が思い出されて。
 どうしてもずっと直視していることが出来なかった。
「どうした? 遅れるな」
 軽く振り向いて、鋭峰が隣を指差す。隣にいろという意味らしい。
「はいっ」
 返事をして、近づいた雲雀は、鼓動を高鳴らせながら。
「…その、あの……一瞬でいいので、…手、繋いでもいいですかっ」
 思い切ってそう言葉を発した。
 鋭峰のサングラスの奥の目は、怪訝そうだった。
「えっと、でありますが、このままだと見失うといいますか、ほら、人が多くてはぐれそうでありますから」
 焦って自分でも何を言っているのか分からなくなりながら、雲雀は言葉を並べていた。
「そ……の方が自然なら、構わん」
 ぶっきらぼうにそう言う鋭峰だが、手を差し出してきたりはせず、目も逸らしていた。
 嫌ではない、だけれど、自分から積極的に手を繋ぐことは出来ないようだった。
(が、頑張らないと……!)
 雲雀はぎゅっと目をつぶって気合を入れた後、手を伸ばして鋭峰の手を掴んだ。
 自分より大きくて、逞しくて……彼の手は暖かかった。
 冷酷な人に、見えるのに――。

「よし出来た。集合時間までは、まだちょっとあるよな」
 橘 カオル(たちばな・かおる)李 梅琳(り・めいりん)と一緒に、先に店内でパトロールの報告書をまとめていた。
 今回は有志で3組に分かれて、視察を行っている。
 さりげなくカオルは梅琳にくっついており、梅琳も避けたりはしなかった。
「こちらも終了。ほとんど事件、なかったしね」
 そう微笑んで梅琳がペンを置いた途端。
「お疲れさん、メイリン」
 カオルがメイリンの頬に軽くキスをした。
 にっこり微笑みを向けると、梅琳はこくりと頷いて淡い笑みを見せた。
 瞬間。
 カオルは窓の外に、雲雀の姿を見た。その隣にいる鋭峰の姿も。
「うおっと」
 彼がこちらに目を向ける前に、カオルは急いで梅琳から離れる。
「危ない危ない」
 くすりと、梅琳は笑みを浮かべた。

 鋭峰と並んで歩道を歩き、高級寿司屋が見えたところで、雲雀は彼から手を離した。
「ありがとうございました!」
 必要以上に頭を深く下げた雲雀に対して、鋭峰は軽く口元に笑みを見せた。が、すぐに普段の硬い表情に戻る。
「食事はここでとるのだな?」
「は、はい……あっ、カオルさんと李大尉……!?」
 店内に、いちゃついているカオルと梅琳との姿があり、雲雀はあわあわとする。
「えええっと、予約してありますから、すぐに召し上がれるはずであります!」
 雲雀はドアを開けて、鋭峰を店へと通した。
「だ、団長、こちらへどうぞ」
 すぐにカオル達が、立ち上がる。
 そして、雲雀の後ろからも……。
「お待たせー。こっちも異常なかったわよ。ね、レオン」
「ん、ああ……。なんか厳粛そうな店だよな」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)と、レオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)のペアも、集合場所である寿司屋に到着をした。

「レオンはお寿司好き?」
 団長が一緒ということもあり、回転ずしというわけにもいかず、高級寿司屋で寿司懐石を戴くことにしたのだけれど、レオンはこういう場所に慣れていないらしく落ち着かない様子だった。
「まあな。でもなんか、オレ場違いな気も……」
 何より団長がいるから。
 場を盛り上げるのが好きな彼としては、自然にふるまえず、居心地の悪さを感じているようだ。
 彼はセーターにジーンズといった、ラフな格好をしている。
「こういうのにも、慣れないとね」
 ルカルカの言葉に、苦笑しながらレオンは頷く。
「ヒバりん、違う違う。箸はそんな風に握りしめてぶっさすものじゃないよ!」
「え!?」
 雲雀は鋭峰の隣で、箸を2本両手で握りしめて、フォークのように刺して使おうとしていた。
「箸はこうやって持って、こう掴むの」
 ルカルカは雲雀やレオンに箸の使い方を教えていく。
「す、すみませ……!」
 雲雀はあわてて直そうとするが、寿司を掴むのはかなり難しそうだ。
 カオルと梅琳はさすがに団長の前ではべたべたすることはなく、普通に距離をとって食事をしていた。
 2人とも、こういった場の嗜みは普通にあるようだった。
 そんな皆をほほえましげに見た後、ルカルカは今日の料理について、鋭峰に説明を始めた。
「日本から仕入れた食材が多いようですが、こちらのネタは、雲海の雲魚なんですよ」
「パラミタの魚も、合うようだな」
 ルカルカの説明を鋭峰は頷きながら聞き、時折説教くさいことを言いながら食事を楽しんでいく。

「先日は大変美味しいクッキーを頂き、有難うございます。今後も教導として微力を……」
 食事を終えた頃。
 鋭峰と会話をしていたルカルカの言葉が、一瞬止まった。
 聞きたいことが、あって。
「団長、あのですね、あの……」
 ずっと胸につかえていたことを、深呼吸をした後、ルカルカは語りだす。
「私、貴方の教導の一員である事に誇りと喜びをもってます」
 先頭に立って現場で戦ってきた。
 少尉になり、戦功を上げてロイヤルガード選出もされた。
「でも、この方向でいいのか、ずっと考えていました……」
 前線に行く立場の自分には、金団長を側で守ることがなかなか出来ない。
 だから、ずっと不安で気がかりで……。
「私は、私は……っ!」
 貴方に必要な人材ですか?
 貴方のお役に立っていますか?
 ルカルカは鋭峰に、そう問いかけていた。
 鋭峰は静かに箸を置いた。
 冷たくも見える、厳しい瞳をルカルカに向けて。
 彼の口から、言葉は発せられる。
「無論だ。君はわが精鋭の中でも最も信頼に足る一人だと思っている」
 それから湯呑を手に取って、茶を飲んだ後。
 ルカルカの方は見ずに、こう続けた。
「これからも、その……よろしく頼む」
「はい……っ!」
 ルカルカははっきりと返事をして、頭を下げたのだった。

 食事後には、抽選券を1組1枚ずつ持って、抽選会場へと向かった。
 ルカルカとレオンのペアは5等の粗品をそれぞれ受け取った。
「何が出ますかね……」
 鋭峰は抽選には興味がないということで、雲雀が一人でハンドルを回す。
 コロン、と転がり落ちたのは青色の玉だった。
「おめでとうございます。4等ですー」
 係員の言葉に、皆で景品を確認する。
 途端。
「……ぷっ」
 梅琳が小さく吹き出して、隠すために後ろを向く。
「どうした? メイリン」
「いえ、あのパジャマを着た団長の姿を思い浮かべちゃって、ふふふ……」
 梅琳の言葉に、カオルは再び景品に目を向ける。
 ハートが沢山書かれた、水色とピンクのペアパジャマだ!
 カオルも梅琳と共に、こっそり笑う。
「あ、オレ達も回さなきゃな、うん」
「カオル、回してくれる?」
「おー」
 軽く咳払いをして、カオルはガラガラに向かっていき、ハンドルを回した。
「2等以上こいっ!」
 出てきた玉は――。
「き、金? 嘘、うそ!?」
「おめでとうございます! 特等です」
 係員が鈴をカランカランと鳴らして、祝福する。
「メイリン、オレ……」
 もし当たったら、プロポーズしてしまうかもと思っていたカオル。
 景品は、高級リゾートホテル宿泊券。泊りに行った先で或いは……。
「ちょうどいい。この寝間着も貴様らが使うがいい」
 鋭峰が、ハートがいっぱい描かれた可愛いパジャマを、カオルにつきつけた。
「え? え……っ? それって」
「えっと、良かったらどうぞであります……」
 雲雀も複雑な気持ちながらも、梅琳に自分が受け取ったパジャマを渡した。
「ありがとう。使わせてもらうわ」
 そう梅琳は微笑みを浮かべた。
「あ、ありがとうございますっ」
 カオルも立ち去る鋭峰に頭を下げて礼を言う。
(団長公認で、泊ってこいってこと!?)
 鼓動を高鳴らせながら梅琳を見上げると、梅琳はパジャマを抱えながら、微笑んでいた。
「さーて、帰ろう! 次の休み待ち遠しいわね。……のんびり休みがとれるよう、頑張っていかないとね」
 ルカルカが、皆の背をぱしんと叩いていく。
 そして、雲雀、レオンと共に鋭峰を護衛するために、急いで彼を追うのだった。