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春は試練の雪だるま

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春は試練の雪だるま

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第8章


 八神 誠一(やがみ・せいいち)は、ツァンダの自宅で、冷蔵庫の前にいた。
「いやぁ、この間大型の冷蔵庫に買い替えたんですけどね。そのせいでパートナーとか友人が調子にのってバカスカ料理を作っちゃって……片付けるのを手伝ってくれると助かるんですけれど」
 と、助けを求めたウィンターに呟く誠一。
 ウィンターはと言えば、一人しめしめとほくそ笑んでいた。
 何しろ、他の分身は色々と大変な目にあっているのは分かっている。そして自分はといえば、冷蔵庫の中身の料理の始末。
 一般的にいえば、料理の片付けといえば、食べることに他ならない。
「お安い御用でスノー、任せるがいいでスノー!!」
 どーんと胸を張ったウィンターを横目に、そっとため息をつきながら冷蔵庫のドアを開ける誠一。
「じゃあ……行きますよ」

 ドアを開けると、まずその中から真っ黒い闇の瘴気が吹き出してきた。
「……この家では、冷蔵庫に魔物でも飼ってるのでスノー?」
 ウィンターの呟きに、誠一も呆然と返す。
「いやあ……かなり酷いものが入っているのは承知のうえだったんですが……これは計算外」

 冷蔵庫の中にあった料理とは、誠一のパートナーや友人が集まって作ったものだった。
 例えば、それは紫色で牙が生えていて粘性の強い触手の生えた料理であったり、
 もしくは緑色で軟体を持ち自ら相手の口に入り込んで相手を支配しようとする料理であったり、
 全体的に茶色で瘴気を巻き散らす自己再生能力を秘めた料理であったりしたのである。

「わかったでスノー。この冷蔵庫はきっと蟲毒のツボでスノー」
 いいえ料理です。

 だがウィンターの言うこともあながち間違っていない。
 以上に述べた料理たちはそれこそ蟲毒さながらに互いに食べ合い食べられ合い、その生命力を増してきたのだ。
 その結果、大型の冷蔵庫一杯に詰め込まれた、粘性の強い、触手と牙の生えた、軟体の、自己再生能力を秘めた、瘴気を巻き散らす巨大なモンスターが誕生していたのである。
 紫と緑と茶色が混じったその生物は、夢のような毒色をしていた。

「ま、間違いなく悪夢でスノー……せ、誠一、どうぞお先に食べるがいいでスノー……」
「い、いやあさすがに……ここまでのものが誕生しているとは思いませんでした……」
 その粘性生物――『冷蔵庫の残り物』は、冷蔵庫からゆっくりと這い出してきて、周囲の食べ物といわず物体といわず体内に取りこんで、成長を続けている。
「せ、誠一……」
「何でしょう」
「逃げるでスノー、このまま部屋で戦うのは不利でスノー。外に助けを求めるべきでスノー」
「同感です」

 とはいえ、こんな危険生物を野放しにはできない。
 二人は、誠一の自室のドアを取りこんでまたひと回り大きくなった冷蔵庫の残り物の注意を自分達に引きつけ、一般人を巻き込まないように後退するのだった。


                              ☆


「な、なんだこいつは!!」
 緋ノ神 紅凛(ひのかみ・こうりん)は驚きの声を上げた。
 ウィンターの分身に頼まれて、ぶつくさ言いながらも街に出てきた紅凛達は、突然あられたモンスターに遭遇することになった。
 それは『ブラック・クルセイダー』がホテル占拠と遊園地爆破を行なうための陽動として『チョコレイト・クルセイダー』の残党が用意した最後の切り札。巨大な一つ目を持つ球体から、数本の触手と2本の手が生えた醜悪なデザインのチョコゴーレムは、まさに悪魔の名が相応しい。

「あ……あれは……『睨みつけるもの』……まるで名前を言ってはいけない怪物のようでスノー」
 その言葉に、姫神 天音(ひめかみ・あまね)は驚いた。
「名前を言ってはいけない? その名前自体にすでに呪いの魔力が込められているということですか……なんと恐ろしい……」
「その通りでスノー。あの悪魔の名前をひとたび呼べば、世界が崩壊するほどの威力を秘めているかもしれないスノー」
 ブリジット・イェーガー(ぶりじっと・いぇーがー)も戦慄を隠せない。
「何ということでしょう……では、アレは何と呼べばよいのですか……」
「そう……ここではあえて『ブラウンデビル』というありきたりな名前にしておくでスノー」
 それを受けて、奏 シキ(かなで・しき)も頷いた。
「分かりました……それはそれで軽薄な笑顔が浮かびますが……『ブラウンデビル』ということにしておきましょう」
 そうしようそうしようと、頷きあう一行。
 その一行に向けて、紅凛は叫んだ。


「何の打ち合わせをしてるんだ、あんたらはっ!!」


 気を取りなおした天音達は、一人でブラウンデビルへと立ち向かう紅凛を援護した。
「――すみません、お願いします!!」
 天音は自らの光条兵器『ヒノカグツチ』を紅凛に渡した。籠手型の赤い光条兵器が、鋭く光る。
 ブリジットは魔鎧の姿に変身し、紅凛の身を包む。そこに現れたのは赤い竜を思わせる一人の鎧姿の戦士だった。
「ブリジット・イェーガー、参る!!」
 シキは、紅凛達の戦いの邪魔にならないように、いち早く一般人を避難させている。

 光条兵器と魔鎧を装着した紅凛は、単身『ブラウンデビル』に挑んでいった。


「何だか分からないが……騒ぎとなれば放ってはおけないよっ!!」


                              ☆


 その頃、蒼空学園から若者ファッションに身を包んで爆弾を探して遊園地を訪れていた天城 一輝とコレット・パームラズは、度重なる職務質問にもめげず、活動を続けていた。
 そこに、ローザ・セントレスが声をかける。
「またですわ、あっちに爆弾がありましたけれど――」
 一輝は顔を上げた。
「――また、停止中か?」
 その言葉に、小型飛空艇に乗ったローザが頷いた。
 コレットも、疑問を口にする。
「ここまで見つけた爆弾は全部、氷で凍らされて役に立たなくなっていたね、どういうこと?」
 そう、一輝達はホテルの爆破と占拠の事件直後から、すでにいくつかの爆弾を見つけていたのだ。
 だが、そのいずれもがすでに何者かに氷で凍らされていて、使い物にならなくなっていたのだ。
 爆弾は時限式で、魔法の氷で覆われて機械の仕掛けが動かない状況では、自動で爆発することはできない。
「ふむ……まあいい。それならば氷づけの爆弾を安全な場所に集めて行こう、どうせホテル以外の一般客の誘導は、ほとんど終ってるんだ」
 と一輝はパートナーたちに告げ、爆弾捜索を続けるのだった。


「ふぅ……これで良し、と」
 遊園地を人知れず陰から陰へと移動し、いち早く爆弾を氷づけにして回っていたのは、霧島 春美(きりしま・はるみ)だった。
「それにしても……どうして爆弾が仕掛けられていることが分かったでスノー?」
 その傍らには、ウィンターの分身の姿がある。
 また一つの爆弾をブリザードで凍らせた春美は、ウィンターにウィンクして答えた。
「答えは簡単。人が知らないことを知るのが私の仕事だからよ……というのは置いといて、実はコレ」
 と、取り出したのは一枚の手紙だった。
「手紙?」
 ウィンターが受け取ったその手紙の差出人は『ジェイムス・モリアーティ』だ。
「……また大きく出たでスノーね」
 ウィンターはその手紙を開けて中身を読んで呟いた。正直言ってその手書きの手紙の筆跡は汚く、安っぽいコロンからは緻密な犯罪者の香りは感じられない。
「中身は挑戦状よ。正体も分かってる……ここんとこ世間を騒がしている放火・爆発物の犯罪者――コードネームは『フォレスト』」
 春美の言葉に、ウィンターは聞き返す。
「モリアーティにフォレスト……本名は森さんってところでスノー?」

「……たぶん」

 ともあれ、その挑戦状には今日、遊園地で爆発事件があることが予告されており、この遊園地で春美との決着を着けたい、と記されていた。
 このところ契約者の能力を使って放火・爆発物の犯罪を繰り返していた愉快犯の『フォレスト』。その犯罪のほとんどをマジカルホームズ、霧島 春美の活躍により阻害されてきており、ついに業を煮やしたというわけだ。
「そこで、ヤツはとうとう独身貴族評議会……『ブラック・ハート団』と『チョコレイト・クルセイダー』の残党と手を結び、この遊園地を決着の舞台に選んだ、ということね」
「なるほど……分かったでスノー……ところで、この決闘のために呼び出された場所……」
 ウィンターの言葉を、春美が継いだ。
「ええ……この私を呼び出すのにモリアーティの名を語り――あまつさえ『ライヘンバッハの滝』を指定するとは、洒落のつもりなのかしらね」


「……ツァンダの街にライヘンバッハの滝があるとは、初めて聞いたでスノー」


                              ☆


「何か……何かきっかけがあれば、こいつらを何とかできるのに……」
 騎沙良 詩穂は焦った。
 『ブラック・クルセイダー』達は、街や遊園地の各地で陽動作戦を繰り広げているようだが、肝心の爆弾が爆発していないようで、混乱している。
 天城 一輝や霧島 春美が爆弾を片っ端から処理してしまっているため、次々に遊園地を爆破していくはずが、多い通に進んでいないのだ。
 また、街の陽動にと放った通称『ブラウンデビル』も緋ノ神 紅凛達が食い止めているし、遊園地に放った怪人『クドスキー』を始めとするゴーレムも、他のコントラクターに邪魔されて存分な働きをできないでいる。
 だが、ホテルの中には人質がいるため、なかなか思い切った行動に出られない。パートナーの清風 青白磁は後頭部を強打されて気絶しているが、自分とセルフィーナ・クロスフィールドは縛られているわけでもないし、自由の身だ。
 人質の中で両手を縛られている橘 美咲も、多勢に無勢に捕まってしまったようだが、束縛を解いてやればかなりの働きを期待できる。おそらく、この3人でこの場の敵を掃討できる筈なのだ。
 しかし、万が一にも一般人の人質を傷つけさせるわけにはいかない。その懸念が詩穂を思い留まらせている。
 ほんの数秒でいい、犯人の気を引いてくれればいいのだが。静かに、詩穂と美咲、セルフィーナはそのチャンスを待っていた。


 そして遂に、思いがけない形でそのチャンスは訪れることになる。


「うわぁあああぁっ!?」
 裏口で見張りをしていた黒タイツが悲鳴と共にロビーに転がり込んできた。いや、正確には何者かに殴り飛ばされたのだ。
 事態を確認するにも、その男は気絶してしまい、何が起こったのかは分からない。

 だがしかし、その場の全員がすぐに目にすることになった。
 何者がこのホテルに侵入してきたのかということを。

「……往くぞ! 吾らこそは正義と愛と誠の精霊『ウィンター・ウィンター』とその愛らしいマスコットキャラクターの『なぎべぇ』である!!」

 ウィンター・ウィンターの分身と草薙 武尊(くさなぎ・たける)であった。
 武尊はウィンターと共に人助けをするべく、雪だるマーを装着したうえで頭に白い動物の着ぐるみを被り、暴風のブーストでバーストダッシュを強化して裏口から一気に突っ込んできたのである!!

「ば、化け物だっ!!」
 裏口のバリケードごと、黒タイツ男を吹き飛ばしてホテル内に進入した武尊とウィンターに、ブラック・クルセイダー達は浮き足立つ。
 もちろん、戦闘能力のないウィンターは囮。本命は愛らしいマスコットに変装した武尊だ。
「化け物とは失礼な!! この愛らしいマスコットキャラ『なぎべぇ』に向かって!!」
 ちなみに、武尊は175cmの85kg、随分と体格のいいマスコットもいたものだが、あまり気にしないのが吉であろう。
 ホテルのホールに侵入するなり、武尊は人質と犯人グループとの状況を把握した。
「なぎべぇ・アイ!! 実力者、判断!!」
 武尊は、再びバーストダッシュで犯人グループと人質の間に割り込み、黒タイツ男の一人を雅刀で切りつけた。
「ふん!!」
 そして、すばやい動きで美咲を縛っていた縄を切断する。
「――ありがとねっ!!」
 自由になった美咲は、武尊の背について他の人質を守りながら黒タイツ集団を薙ぎ倒していく。

「く、動くな! こっちにはまだ人質が――!!」

 当然、それを黙って見過ごす詩穂とセルフィーナではない。
「やらせると思ってるのっ!?」
 手に持ったシルバーソーサーを投げつけて、人質に向かう黒タイツ男の武器を弾く。
「ホテルの皆さんには、絶対に傷つけさせません!!」
 セルフィーナがモーニングスターを振りまわすと、一度に何人かの黒タイツ男が吹き飛んで行く。

 大乱闘の中で当然、周囲の器物も大きく壊れる惨状になったわけだが、とにかく人質に怪我はなく全員を取り抑えることができた。


 最も哀れだったのは、気絶したまま踏まれて蹴られてせっかく直した皿も割られた青白磁だったという。


                              ☆