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リアクション
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「こいつ――意外にやるな……」
緋ノ神 紅凛は苦戦していた。
見掛け倒しに思われた『ブラウンデビル』だったが、その大きな目玉からは光術を発射し、近づく者は触手と2本の手で阻み、何よりやっかいなのはその再生能力だった。
光条兵器で武装した紅凛の攻撃とチョコレートでできたブラウンデビルとの相性は悪くない筈だが、紅凛の攻撃速度よりも回復速度の方が速いのだ。
「負けることはなくても――このままじゃジリ貧だよ……」
呟いた紅凛に、一般人の避難を手伝っていた姫神 天音が遠くから声をかけた。
「紅凛、がんばってくださーいっ!! 頑張ってその悪魔を倒したら、ウィンターちゃんにハグハグしたりもふもふしたりスリスリしたりしてもいいそうですよーっ!!」
「え、それホントッ!?」
紅凛はかわいいコに目がない。男の子でも女の子でもかわいければ問題なく、背格好的にもまだ幼いウィンターは紅凛のストライクゾーンに入っていたようだ。
「そ、そんなこと言ってないでスノー!!!」
だが、もうすっかりその気になってしまった紅凛は止められない。
「――フッ!!」
遠当てでブラウンデビルの大きな目に攻撃をし、その視界を一瞬だけ塞ぐと、紅凛は一気に跳躍し、ブラウンデビルの懐にもぐりこんだ。
「――やる気出てきたよーっ! 回復速度が速いなら、それを上回る速度で攻撃してやればいい!!!」
光条兵器を活かした紅凛のラッシュに、見る見るブラウンデビルの体が消滅していく。
「うりゃあああぁぁぁっっっ!!!」
もの凄いラッシュの末に、紅凛はブラウンデビルの核を打ち砕いた!!
「やりましたわーっ!!」
天音が喜びの声を上げた。
その声を聞いたウィンターは、ぽつりと呟いた。
「――この流れでいくと、私が紅凛にハグられたりもふられたりスリスリされたりするでスノー?」
そこに、奏 シキは声をかける。
「まあまあ、いいではないですか……紅凛も本当に嫌がることはしませんから……。
それに、これも人助けだと思えばいいんですよ。事実、あなたのおかげで紅凛は頑張れて、多くの人を助けられたのですから」
シキに頭を撫でられたウィンター。さらに飛んできた紅凛に抱きつかれてスリスリされながらも、悪い気はしないのだった。
「……ならまあ、仕方ないでスノーね」
そこにやって来たのが小鳥遊 美羽だった。
「……チョコの怪物が暴れてるっていうから来てみたけど……問題なかったみたいね」
ウィンターに珍しいパンを買ってきてとパシリを頼んだ美羽だったが、いつまで経ってもコハク・ソーロッドとウィンターが戻らないので、おなかが減ってたまらない。
「――美羽!!」
と、そこにコハクとウィンターが駆けつけた。
「あ、コハクにウィンター、何してたのよ」
美羽がふくれっつらをするが、ウィンターはその美羽に激しく抗議した。
「何じゃないでスノー!! どうして行った先々の店で騒動が起こっているのでスノー!! きっと知っていたに違いないでスノー!!」
事実、ある店は地上げヤクザに絡まれて大変なことになっていたし、ある店はパラ実生にヒャッハーされて大変なことになっていたし、ある店は強盗が入って大変なことになっていたりしたのだ。
「まあ、とにかく買ってきたでスノー」
と、ウィンターは各種パンの入った紙袋を渡した。
「はい、ご苦労様……ありがとう」
美羽は微笑んでウィンターの頭を撫でる。
「ふ、ふん。本当に大変だったのでスノー。こんなことでは……あれ……?」
ウィンターが言葉を止めたのを見て、美羽とコハクはウィンターの様子を見た。
「どうしたんだい、ウィンター?」
「あれは……何でスノー?」
街の向こうから砂煙を上げてやってくるのは、八神 誠一とウィンターの分身。
そして、『冷蔵庫の残り物』だった。
「たたたたすけてでスノーーーっ!!!」
道端のゴミなどを取りこんで少しずつ大きくなった『冷蔵庫の残り物』は誠一とウィンターを追いかけつつ、道を爆走してくる。
「さすがに……これはヤバいですねぇ……っと!!」
誠一がワイヤークローを冷蔵庫の残り物に放つ。
半液体化している冷蔵庫の残り物には打撃、漸撃の類はほぼ利かない。ワイヤークローもねちゃり、と嫌な音を立てて冷蔵庫の残り物の中に埋没してしまうが、誠一の狙いはまさにそこにあった。
「――よし」
すかざずワイヤークローからアルティマ・トゥーレによる冷気を放ち、冷蔵庫の残り物を内部から凍らせ始める誠一。
確かに冷蔵庫の残り物の足は止まったものの、すでに全長3mを越す体となったモンスターを完全に止めることはできない。
まだ凍りついていない上半分を激しく動かしてのたうった先には、紅凛達が倒した『ブラウンデビル』を構成していた魔法のかかったチョレートがあった。
「……まさか……」
誠一とウィンターの脳裏に嫌な予感が走り、はたしてそれは一瞬のうちに現実となる。
冷蔵庫の残り物は瞬く間に魔法チョコと一体化し、さらに巨大化したうえで力を増し、誠一のワイヤークローを飲み込んでしまった!
「危ないでスノー!!」
ウィンターが誠一をつき飛ばした。
「うわっ!!」
誠一の手からワイヤークローが離れ、自由になったワイヤークローは冷蔵庫の残り物チョコの中に飲み込まれていく。
もはや個人レベルの冷凍術では効き目がなかったのだろう。あのままいったら誠一ごと飲み込まれていた。
「――さてさて、いよいよヤバくなってきましたよ……」
普段は感情を表に出さない誠一だが、今回ばかりは戦慄を覚えた。
色々と運が悪かったのは認めるが、それにしてもこんな怪物を野放しにするわけにはいかない。
すると、各地の分身と連絡を取ったのであろう、ウィンターが誠一に告げた。
「誠一、考えがあるでスノー!! この怪物を遊園地まで誘導するでスノー!!」
そこに、その場にいたウィンターに頼まれたコントラクターもまた、怪物の誘導に協力した。
「おいおい、ちょっと私が苦戦している間に、大変なことになってるじゃないか!!」
と、顔面中に擦り傷を作った武神 牙竜は驚いた。
結局、龍ヶ崎 灯とリリィ・シャーロックの二人に色々と様々なことについて追求され、二人に襲われつつも逃げまわっていたのである。
「げっ!! 何コレ!?」
騒動を聞き付けて、ルカルカ・ルーとダリル・ガイザックも駆けつける。
「何と言うか……壮絶な光景だな」
同行していたアルメリア・アーミテージも驚きの声を上げた。
「これはまた……大変なことになりましたねぇ……」
無理もない、すでに5m級の怪物に成長した『冷蔵庫の中身』は道路一杯に広がりながら、先頭の誠一とウィンターの分身を追っていく。
「お、おいおい……冗談じゃないぜ!!」
笹野 冬月は襲ってきた触手を爆炎波で切り落とし、防御した。
二人のパートナーはまだ遊園地で遊んでいるのだろうか。実の所は爆弾事件に巻き込まれてそれどころではないわけだが、今の冬月はそれを知らない。
他のウィンターの分身が連れて来た非不未予異無亡病 近遠と刹那・アシュノッド達もそこに合流した。
「うわ。何コレ」
と、刹那はとりあえず伸びてきた触手を剣で払うが、辛うじて触手の先を切り落とす程度になってしまう。
「危ないですよ――ここはボクが!!」
近遠の雷術が炸裂し、何本かの触手を落とすことに成功する。
体が弱いだけで、近遠の魔法は効果があるようだ。
それぞれのパートナーと共に、怪物『冷蔵庫の残り物』の拡大を防ぎながら、ウィンターの誘導にしたがって移動する一行だった。
ウィンターは、それぞれの分身と合流するたびに、先頭のウィンターと合体し、少しずつ元の力を取り戻していく。
「誠一、雪だるマーを装着するでスノー!!」
ウィンターの言葉と共に、誠一に雪だるマーが装着されて誠一のスピードがアップした。
「なるほど……見た目は悪いけど……言ってる場合じゃないですからねぇ」
誠一の呟きと共に、怪物『冷蔵庫の残り物』を遊園地へと誘導していくコントラクター達であった。
☆
一方その頃、ツァンダの街の郊外ではノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が人知れず地味な人助けをしていた。
「はーい、べろべろばーでスノー!!」
ウィンターの分身が赤ん坊をあやしている。
街で起こっている騒動を察知しているのかも知れないが、その赤ん坊は何故かぐずって寝つきが悪く、そろそろ10時半を回る時間帯なので、母親が近所迷惑を考慮して外に連れ出して散歩しているところだった。
ちなみに、ノーンのパートナー影野 陽太(かげの・ようた)は恋人のためにナラカ行きの電車に乗って行っているため、不在である。
「……ダメでスノー、なかなか泣きやまないでスノー」
ウィンターが顔をしかめてお手上げのポーズを取った。赤ん坊は何が気に入らないのか、ひたすらおぎゃーおぎゃーと泣き続け、一向に泣きやむ気配がない。
「じゃあ……私がやってみるね」
ノーンはウィンターと交代して、赤ん坊の顔を覗き込んだ。
「――すぅ……」
ノーンは眠りの竪琴を弾き始めた。ゆっくりと、静かなメロディーが周囲に響き渡る。
最初はぐずっていた赤ん坊も徐々にまどろみ始め、ゆるやかな眠りに落ちていく。
「ウィンターちゃん、歌って」
と、ノーンはウィンターに囁いた。
「え――歌?」
ウィンターは戸惑った。
ノーンは竪琴を弾きながら、微笑む。
「そう、何でもいいから……この竪琴を伴奏にして……子守唄を歌ってあげたほうが、この子も安心すると思うの」
しかし、ウィンターはその言葉に戸惑うばかりで、歌い出そうとはしなかった。
穏やかな竪琴の旋律とは対照的に、俯いてしまう。
「――ウィンター……ちゃん?」
ノーンは竪琴を引き続け、赤ん坊はいつしか安らかな眠りに落ちていった。
「あ、ありがとうございます……!!」
と、赤ん坊の母親は深々と頭を下げ、帰って行った。
どうやらそれによりスタンプがまたひとつ進んだようだが、ウィンターの表情は暗いままだった。
「あの……ウィンターちゃん……子守唄とか……嫌いだった?」
ノーンはおずおずと尋ねた。特に自覚はないが、何かウィンターの気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。
「……ないのでスノー」
ぽつりと、ウィンターは言った。
「え?」
「知らないのでスノー!! 子守唄とか歌ってもらったこと、ないのでスノー!! 私には――親なんていないから知らないのでスノー!!!」
そのまま、街を走り出してしまうウィンター。
その後を、ノーンは追いかけるのだった。
「ウィンターちゃん、待って!!!」