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第1章 賑わう街で

 太陽が傾き、夕方に近づき。
 ヴァイシャリーの街は、より賑やかになる。
 仕事を終えて街に繰り出してきた大人や若者達が混ざって、祭りが更に盛り上がっていく。
 神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)は、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)との話を終えた後、そんな街の中を。
 人々の姿を眺めながら、ロイヤルガードの宿舎に向かって歩いていた。
「あっ、メールです」
「ん? こっちも」
 アレナと優子の携帯電話が、同時に音を立てた。
「葵さんです」
 差出人は一緒。
 生徒会執行部、白百合団の班長、そしてロイヤルガードの秋月 葵(あきづき・あおい)だった。
 メールの内容も一緒。
 お祭りへのお誘いだ。
「宿舎の前で待っててくれるそうです。少しなら、大丈夫ですよね?」
「うん、今日はもう用事はないし、秋月と話しをする良い機会かもしれないな」
「そうですね」
 微笑んで、アレナは葵にOKの電話をかけた。

○     ○     ○


「おいおいそんな急ぐなって」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は、前を歩くソフィア・エルスティール(そふぃあ・えるすてぃーる)の手を掴んで止める。
 少しくらい人が多くても、小柄な彼女はすたすた進めるけれど、巨漢なラルクはそうはいかない。
「あ、ごめんなさい」
 ソフィアは立ち止まるとぺこりと頭を下げた。
 祭りへ行こうと誘ったのは、ソフィアの方。
 ラルクが最近、とっても悩んでいるように見えたから。
「本当はロイヤルガードのお仕事、あったんじゃないですか?」
「いや、捕虜交換とかそんな話は耳しているが、俺は関わってないしな……」
 それに。
 ラルクは密かに眉を寄せて、目を伏せる。
 悔しすぎて、顔を出す気になれなかった。
(いくら、神だからってあんなに容易くやられるなんてな……みっともねぇ)
 そんな彼を、心配そうにソフィアは見ている。
「っとっと、ソフィア、ちょっと優子を探さないと……」
「え? あ、はい。神楽崎さんにご用事ですね。丁度私もご用事ありましたので」
 優子は、このヴァイシャリーの祭りの主役だ。
 無論、自分達も主役ではあるのだけれど。
 この町に住み、守ってきた彼女達は特別な存在なはず。
 きっと顔を出しているはずだと、ラルクは優子の姿を探していた。

「優子!」
 名前を呼ばれて、神楽崎優子は振り向いた。
 駆けてくる人物のことは良く知っている。西シャンバラのロイヤルガードのラルクとパートナーだ。
「おっす、やっと見つけたーすまんが、ちょっといいか? 渡したいものがあってな。なんならアレナも一緒に」
「ん? ああ。ただ、この後約束があるんで……」
「わかってる。そう時間はとらせねぇさ」
 そう言って、ラルクは優子とアレナを連れて、人の少ない河原の方へと歩いていく。
「……すまねぇな、つき合わせちまって。ちょっと相談ごとがあってな」
 歩きながら、ラルクはそう切り出した。
 ソフィアは黙って、後ろからついてくる。
「なんだ?」
 優子の声は優しさを含んでいた。
 首を縦に振って、ラルクは語り始める。
「俺さ、結婚したんだがな、ちょっち将来が不安なんだわ。龍騎士にもあんな軽がるとこてんぱんにやられちまって、こんな事で本当に大切な奴を守れるんかってな……あいつを失うと思うと……不安でな……」
「……」
 この先、更なる強敵と戦うこともあるだろう。
 大切な人が出来て、結ばれて。そしてラルクは不安になった。
 守りきれるのだろうか、と。
 失ってしまうのではないか、と。
「結婚して改めて感じた責任ってやつだな」
 苦笑して、ラルクは優子に目を向ける。
 優子は考えながら、ゆっくりと語り始める。
「地球の子供から見たキミは……私も、神以上の、理解の域を超えた存在だよ。キミは軽々とやられたと感じたかもしれないが、私から見たキミは頼もしく心強い仲間で、その気持ちは今も変わらない。敵わない相手は、これからも沢山現れるだろう。だけれど人は、水中や地中に埋められただけで、宇宙に放り出されただけで、生きてはいけない弱くて脆い存在なんだ。それはいくら肉体を強化しても変わらない、事実」
 軽く息をついた後、優子は言葉を続けていく。
「私は、戦い以外の、キミの強さを知っている。キミは医学を学んでいるんだろ? 力もあり、人を救う知識もあり、大切な家族もいる。力で護った存在は、知識で護った存在は、そして大切な伴侶もまた『人』だから。キミと同じように、守りたいという気持ちを持っている人だから。キミは強いが、キミだけ強くある必要はない。私も、キミを護りたい、し。まあ、あの時は役に立ったのか、立てなかったのかわからなかったけれど」
 魔法資料館での戦いにて、優子が名乗った後で、龍騎士は去っていった。
 その理由は未だわからない。
 話を聞いた後、ラルクは大きく息をついた。
「すまねぇ。あんがとうな。っとあともう一つ」
 ラルクは用意しておいた、花束を優子へと差し出した。
 高級な花をふんだんに用いた花束だ。
「……私に?」
「勿論だ。お礼といっちゃあなんだが日頃から頑張ってるっていう意味で感謝の品って奴だな」
「そうか、ありがとう」
 優子は両手で花束を受け取って、微笑みを浮かべ得た。
「あ……では、私はアレナさんに……いつもお疲れ様です」
 黙ってついてきたソフィアは、同じく黙って優子に従っていたアレナに、花束を差し出した。
「えっ? あ、ありがとうございます。でも、私の方がお二人にプレゼントをしたい、くらいです」
 自分がいない間、ロイヤルガードとして優子と共に戦ってきてくれた方達だから、とアレナは言葉を続けた。
「私達はこのお祭りだけで十分です。いつもお仕事お疲れさまです」
 そう、ソフィアが笑顔を向けると、アレナの顔にも笑顔が移っていき。
 彼女はこくりと首を縦に振って、花束を嬉しそうに受け取った。
「すまんな。優子も色々と大変な時期にこんな相談に持ちかけちまって」
「いや、こうして皆と話をすることで、見えてくることが沢山ある。今日はありがとう」
「そうか。ま、時間を割いてくれてありがとな」
 それから、ラルクは互いに頑張ろうと言葉を残して、ソフィアと祭りに戻っていった。
 パレードを楽しみ、大切な人へのお土産を買って、帰宅するのだろう。
 愛する者のもとに。