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12


 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は極度の方向音痴である。
 だから、今日こうして夏祭りに来て、はぐれてしまうことも想定していたけれど。
「……想定した上で、はぐれないように気をつけて見ていたんだがな……」
 やれやれ、と柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は首を振った。
 目を離したのは、ほんの少しの間だけ。気になった屋台を見ていた、その一分にも満たない時間だったのに。
「だから言ったじゃろうに。こんな混雑した場所であやつがはぐれないはずがないから気をつけろ、と」
 呆れた声で、アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が言い放つ。
 気をつけていた。いたんだ。ただ、ヴェルリアの迷子癖を甘く見ていたらしい。
「とにかく……探さないとな」
 人混みを逆走しようとしたところで、
「私、パス」
 リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)が素っ気なく言った。
「どうせいつも通りで、しばらくしたら見つかるでしょ?」
 その通りなので、返す言葉がない。
 何せはぐれるのは毎度のことなのだ。精神感応を使っての迷子探査もすっかり慣れてしまった。
 だけど、今日は盆祭り。
「いや。この混雑した状況ではそう簡単に落ち合えるとも思えない。それに一人だけ置いていくわけにもいかないだろう?」
 真司としては至極まっとうなことを言ったつもりなのだが、
「はー。ほんっと、真司はヴェルリアに甘いんだから」
「甘々じゃの」
 リーラにも、アレーティアにも呆れられてしまった。
「ま、わかりきってたけど。ヴェルリアが迷子になるのも、真司が甘いのも」
「そうじゃな。何せこの祭り会場には初めて来たのじゃ。奴が迷子になっても仕方あるまいよ。……真司の監督不行き届きは否めぬがな」
 しかも、なにやら好き放題言われている。
 ここまで言われるようなことをしたのだろうか。だって、ちゃんと見ていた。……結果はこれだけど。
「もう次からは手を繋いではぐれないようにするしかないわね」
 リーラが言った。どこまで本気なのかわからない言葉は聞き流し、集中する。精神感応の反応が悪い。やはり人が多いと上手くいかないようだ。
「すみません。人を探しているんですが……」
 積極的に参拝客に話しかけ、ヴェルリアを探す。


 さて、一方ではぐれたヴェルリアはというと。
「うーん……迷子になってしまいましたね」
 困ったように、首を傾げていた。
 ――今日こそは、と気をつけていたのですが……どうしてこうなってしまうのでしょう?
 せっかくの祭り。みんなで楽しみたかったのに、迷子になってしまうなんて。
 ――みんなと同じペースで、同じ道を同じように歩いていましたのに……。
 さらに首を傾げる。迷う要素なんてどこにもなかったのに、と。
 実際、ヴェルリアは他の三人に歩調を合わせて歩いていた。
 ただし、周りの屋台に気を取られながら。
 あれが美味しそう、これは素敵、金魚が可愛い、など逐一。
 その上祭りに来た客で道はごった返していたし、余所見ばかりしていたらはぐれてしまうのは必然なのに。
「どうしてでしょうねえ……」
 当の本人だけは、微塵も気付いていなかった。
 疑問も唱え終わったので、ヴェルリアは精神感応を使って真司に連絡を取った。繋がりが悪かったが、それでも何度となくやり取りを繰り返せばどの辺りに居るのかはお互いにわかってきて。
「真司」
「ヴェルリア!」
 時間がかかりはしたものの、無事に落ち合うことができた。
「心配したぞ」
「ごめんなさい」
 やや息を弾ませて言う真司に、頭を下げる。アレーティアが「元はと言えば」と真司に茶々を入れた。
「最初から手を繋いでいればはぐれなかったのにね」
 リーラまで、薄く笑みながら揶揄する。
 どういう話の流れかよくわからず、ヴェルリアはきょとんと真司を見つめた。
「あー……」
 決まり悪そうに、というか、少し躊躇った様子を見せてから、真司がヴェルリアに手を差し伸べる。
「……繋ぐか? 今日みたいな、人の多い日は」
「またはぐれるといけないから、ですね」
「ああ」
 それ以上でもそれ以下でもないぞ、と言うので、はい、と素直に頷いて。
 差し伸べられた手を取った。
 思っていたよりごつごつとした大きな手は、とても温かかった。