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死いずる村(前編)

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死いずる村(前編)
死いずる村(前編) 死いずる村(前編)

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■5――一日目――10:30


 夜明けを確認し、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は、アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)に自身が勧めた手前もあり、山場村の中央へとやって来た。突然の来訪だったが、危険を覚悟で叔母である山場弥美に指示された山場本家の別宅に滞在することを決めた彼は、共に修行に訪れた皆に村の散策等を頼み、とりあえず、役場の方を訪れてみる事にしたのである。
「――っ」
 昨夜は不慮の出来事が重なった為、修行で疲労していたにもかかわらず、満足に眠ることが出来なかった。それもあって涼司が、歩きながら小さく息を飲む。
 その様子に、涼司の身体を心配して付いてきた火村 加夜(ひむら・かや)が、少しばかり辛そうな顔をした。
「大丈夫ですか?」
「お、おぅ。俺は、大丈夫だ」
 しかし明るく笑う涼司を見て、彼女もまた頬を持ち上げる。
 こういう時だからこそ、婚約者――支えることが出来る相手として、彼女は涼司の気苦労を取り去るべく、笑顔を浮かべようと決意する。
「こんな状況じゃなかったら、本家でも、きっと弥美さんが、二・三日の宿泊なら快く迎えてくれるんだろうが……」
 優しかった叔母のことを回想しながら、涼司が思案する。
 その言葉を聴き、意を決したように加夜が顔を上げた。
「私、きちんと弥美さんに、ご挨拶しようと思ってます」
「加夜……だけど、それは」
「危険かも知れません。それは分かっています。だけど――涼司くんの叔母さんですし、はじめまして、ですから。優しくて、良い人だったんでしょう?」
「嗚呼。弥美さんは、良い人だった。大好きだったよ――親戚連中みんなに、加夜のことを紹介できれば良いとも思ってる。だけどな……」
 そこまで言うと、涼司は逡巡するように視線を落とした。
「危険な目に遭わせたくない」
「え?」
「悪ぃか?」
「……涼司くん」
「――変か? 好きな奴を、危ない目に遭わせたくないって思うのは。それも、俺のせいで巻き込んだ」
 加夜は白い頬と青い瞳に、いつも以上に優しい色を浮かべると、はにかんだ。
「私は、涼司くんを守りたい」
「加夜……」
「確かに、村に入ったら空気が変わりましたね。それでも――私は、ずっと一緒にいて、共に戦い、出来る事をしたいんです。守られるだけじゃ、嫌なんです。婚約者というのは、私と涼司くんは、支え合って、補い合って、困難をも共に制覇していく関係でしょう? ――まだまだ、私にはその力が足りないかも知れませんが」
「そんなことはない。有難う」
 加夜の言葉に元気づけられた様子で、涼司が自信に溢れる瞳で、大きく頷いた。
 その強い眼差しを見返しながら、加夜は一人考える。
 ――それに弥美さんがとても気になりますし。
「じゃあ、行くか。とりあえず、アクリトの様子を確かめたら――そうだな、弥美さんの所にも」
「――はい!」
 そうして二人は歩き出した。

「ちょっと待って、聴きたい事があるんだけど」

 その時二人の元に声がかかった。
 現れたのは、魔鎧である櫛名田 姫神(くしなだ・ひめ)を纏った水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)天津 麻羅(あまつ・まら)だった。
緋雨がマスクを外しながら、二人に向かって微笑みかける。同時に彼女は、鎧化も解いた。
「無事だったか」
「今のところ大丈夫かな。山葉さん達は?」
 アンプルを見せながら、緋雨が尋ねる。根回しを発揮し、山葉と一足早く会話するに至った彼女は、それでも念のため訊いた。
「アンプルは未だ持ってる。加夜も無事だ」
 そう言って隣を歩く婚約者へと、涼司が視線を向ける。
 すると青い髪を揺らしてから、加夜もアンプルを取り出して見せた。涼司も同様にしてアンプルと注射器を提示して見せた後、しまってから、緋雨達をまじまじと眺める。
「本物のようじゃな」
 麻羅が言うと、涼司は頷きながら、頬を持ち上げた。
「それで? 聴きたい事って何だよ?」
「山場村の地理を、出来る限り正確に聞きたいの」
 それを銃型HCに登録しようとしていた彼女に、涼司が申し訳なさそうな顔をした。
「俺も小さい頃に来ただけだから、正確なものとなると、ちょっとなぁ――山場神社と若宮神社、それから図書館に、嗚呼、寺もあったな、六角寺。寺の後ろには、閻羅穴って言う大穴が開いていた覚えがある」
「そっかぁ……ちなみに、村の中心的な所とか、重要な場所、後は物とかはあるの?」
 緋雨の声に、涼司は腕を組んだ。
「自分の親戚のことを言うのも何だけどなぁ、村の中心は、やっぱり弥美さんの所の山場本家だ」
「その、山場弥美――どのような人物なのじゃ?」
 麻羅が尋ねると、涼司が考え込むように虚空を見据えた。
「村での立ち位置、っていう意味なら、長老みたいなもんだろうな。神社の人たちも、他の村の何軒かも、秘祭の手伝いはするらしいけど、迷信みたいなもので、『封印する力』は山場の血を引くものにしかないとかなんとか、聴いたことがあるぜ」
「じゃあ、山場の秘祭って、具体的には?」
 緋雨が続けると、涼司が思い出すように呟く。
「飯を食って、数日過ごして、儀式だなんだって踊ったり騒いだりした後、屋台に行ってだな――……小さかったからな。射的だとか金魚すくいの印象が強くてなぁ……嗚呼、でも最後は、『憑依』って奴に見立てた人形の首を刎ねて、閻羅穴に落とすんだ。今思えば、結構えぐい祭りだよな」
 ――これ以上聞き出せる事はなさそうじゃな。
 麻羅がそんな瞳で、緋雨を見る。すると、彼女も同意するように頷いた。
「有難う。よし、早速配信しちゃおっかな」
 緋雨が言うと、涼司が首を傾げる。
「配信?」
「そ。これから何があるか分からないから、みんなのアンプルの有無と、分かった情報を、随時配信しようと思って――姫神、お願いね」
 緋雨の声に、頷いた姫神は、宣伝広告を使ってネット配信を試みた。
「やっぱり繋がらないようじゃな」
 しかしそれが出来なかった為、嘆息しつつ麻羅が紙を取り出す。
「ここは、手書きで!」
 気を取り直したように緋雨が声を上げる。
「おう、頑張ってくれ」
 涼司はそう声援をおくると、再び、加夜と共に歩き始めた。


 そんな彼らの光景を、上空から見ている者がいた。
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)である。
 涼司を親友だと感じている彼女は、携帯電話で連絡を貰い、すぐにこの村へと駆けつけたのだった。パートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)も一緒にきた。
「調べる前に探す物、それは味方よ」
 ルカルカは、マントの隠れ身と飛行魔法で空から双眼鏡を使い涼司周辺を観察していた。
 ――誰が味方か分かるまでは、これが得策のはず。
 親友と呼ばれるだけの事があり、彼女は、涼司の人望の厚さもよく知っていた。
 だからこそこの混乱した事態の上では、彼に接触を図ろうとする人々が多いだろう事も推測していたのだ。
 ――一人で調査するのは殺して下さいと言ってるも同然。
 冷静にそう判断しているからこそ、ルカルカは、村に散らばる人々を的確な眼差しで見据えることが出来た。
 涼司自身が呼び寄せ、助力を請うた親友。
 それが、ルカルカである。
 だからこそ、彼女もまた、涼司を信頼していた。
「ごめんね、ちょっとだけ、囮になってね」
 ルカルカは、涼司と彼の元に集う皆を監察する為、あえて彼の前には姿を現さず、上空から目を光らせているのだった。
 ――まず、確かめなければならないことは三つ。
「人々――皆の、生者か死人かの判別、そして二点目として、秘祭や村の謎に関わるヒント、そして最重要項目、死人の弱点」
 上空で呟いた彼女は、それらが判明するまでの間、涼司が無事でいてくれることを祈った。いや、それは適切な表現ではないかも知れない。親友である彼女は、当然涼司の力量もよく知っている。裏打ちされた信頼感から、ルカルカはきっと涼司が暫しの間、難局を乗り切ってくれるだろうと信じていた。
 そうして上空から事を見守っているルカルカを一瞥しながら、ダリルが短く嘆息した。
彼は丁度その下にある、村の西側の山場医院に腰を落ち着けていた。
 そこには、アクリトのアンプル配布を手伝い終えた中谷 冴子の姿もある。
 彼女は、この山場医院に勤めている。
「私は、貴方達が何を言っているのか、全然分からないんだよね。正直、ダムに沈んだ記憶なんてないし――第一、ここはずっと昭和っぽいままだった。平成になっても、全然何も変わらなかったからね」
 豊かと言って差し支えが無い胸を白衣の下に隠した女医は、突然来訪したダリルの前で、一人首を傾げる。これでも彼女は、この山場村唯一の、医師である。女医だ。
「設備があれば分析も調合も出来るのだが……」
 アンプルに真剣に向き合いながら、ダリルがそう呟いた。
 彼は、シャンバラ教導団の優秀な保健室の医師である。裏打ちされた実力があった。
 ダリルは青い瞳を揺らしながら、医師として携帯してる往診カバンから簡易検査キットを取り出す。主に血液の成分を検分する為の品だ。
「そう言うことなら、アクリトとも話しをした方が良いんじゃない?」
 冴子が言うと、ダリルが顔を上げた。それを確認しながら、彼女は続ける。
「私も医師の端くれとして、色々とアンプルの中身に興味があって聴いてみたんだけど――多分、血液病というより……これは、タンパク質が関係している気がするのよね」
「タンパク質だと? ――それは、死人には、何か得意な肉体的変容があるということか?」
「そりゃ死んでいるんだから、生体とは違うでしょうけど……少なくとも、死人がなんの変容もなく、肉体を維持できるとは考えがたいわ。貴方なら、もしかしたら見つけられるかも知れない」
 冴子はそう言うと椅子に座り、短いスカートの間で、足を組み直した。
「私はただの村人だから、貴方達の協力関係は知らないけど。この医院にある物を貸すことで、何かを明らかに出来るんなら、助力は惜しまないわ」
 ダリルはそれを耳にすると微笑した。
「他にも何か役立つモノがあるかも知れない――そう、鎮守の森の方に、昔の医院があるの。資料も結構そちらにあるから、時間を見て取ってくるわね」
 冴子はそう口にしながら、労うように、ダリルの側へとコーヒーカップを置いた。