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死いずる村(前編)

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死いずる村(前編)
死いずる村(前編) 死いずる村(前編)

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■1――一日目――08:30


 山葉 涼司(やまは・りょうじ)から知らせを受けて、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と二人、アクリトの元を訪れた樹月 刀真(きづき・とうま)は、同様に注射器とアンプルを手にしている面々を見渡した。
 刀真の銀色の髪が、秋風に揺れている。
「ここにいるみんなは、信用できるのかな」
 月夜が逡巡するようにしながら呟く。すると刀真は、冷静さと冷徹さを併せ持ち滲ませる赤い瞳で皆を見た。
「疑ってかかるばかりじゃ、前には進めないだろう」
 元々は山葉 涼司(やまは・りょうじ)の修行に伴って訪れた彼は、腕を組むと細く息を吐いた。涼司からの信頼が厚い分、その想いに応えたい反面、彼はこの現状を打破したいとも考えていた。
「元々修行に来たんだ。これも、その一巻だと思えば、易いだろ」
 どこか不安そうな月夜を甘やかすように、珍しく穏やかに刀真が微笑む。
 するとそれを聴いていた桐生 円(きりゅう・まどか)が顔を上げた。
「ここには修行に来たの?」
「嗚呼、そうだ」
「ボクは――引き寄せられるようにこの村に来たんだ。だけど……だからこそ、ある程度人を信頼しないと生き残れないかな、って思ってる」
 円は、僅かに波がかかった短い緑色の髪を揺らすと、帽子に手を添え、赤い瞳を瞬かせた。
 ――一人では狙われるだけ、かな。
 ――だから信頼できそうな人たちと組んで、ある程度、『生きているのか』『死んでいるのか』の判別方法を考えたい。
 彼女はそんな風に考えながら、パートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)へと振り返った。
 ――その為には、信用できる生者を見つける事が最善策だよね。
「厄介な状況みたいねぇ」
 オリヴィアが呟くと、ミネルバが金色の瞳を陽気に揺らした。
「オリヴィー、ここは楽しまないと損々」
 場の空気を和ますようにミネルバが言う。
 するとそれを聴いていたイルマ・レスト(いるま・れすと)が歩み寄ってきた。
「なんですか、このB級ホラー映画みたいな展開? 必ず千歳と一緒に生きてヴァイシャリーに戻りますから」
 朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)が大切でならない事を滲ませながら、イルマはセミロングの薄い茶色の髪を揺らした。一方の千歳はといえば、難しい表情で腕を組んでいる。
「修行を兼ねて日本に来ていたのだけど、まさかこんな事件に巻き込まれてしまうとは予想外だった」
 その声に、円が視線を向ける。
「あ」
 同様に視線を向け声を上げたのは、七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。
「良かった、みんながいてくれて」
 百合園女学院という同じ学舎の学徒の姿を見つけて、歩は安堵するように頬を持ち上げる。それは円達も同様だった。様々な人々が集っているこの村においては、同校出身である事はおろか、顔見知りの契約者に出会える事だけでも、心強い事である。
 緊迫した村の空気を切り裂くような、和やかでお嬢様然とした彼女達の光景に、刀真は月夜を見た。
「彼女達は、信頼して良いと思う。個人的にも、知っている顔がある」
「そうね」
 二人がそんな会話を交わしている前で、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が喜び合っている歩達へと駆け寄っていった。首元まで伸びたセミロングの白い髪が美しい。小夜子は、端整な顔立ちの中、一際目立つ優しい青い瞳を、円や千歳、歩へと向けながら微笑する。
「良かったですわ、皆無事で」
 日本人の名を口にしてはいるが、ドイツ人とのクォーターである彼女は、朗らかに微笑んだ。実の所、小夜子は考えてもいた。
 ――知り合いと言えど、むやみに信用は出来ないかな。
 ――でも単独で行動するにはリスクが高いわね。
 そこで、顔見知りを捜していた彼女は、この時漸く、同じ百合園女学院の皆と会えたのである。
「信頼できそうな人間が四人か」
 彼女達のパートナーを除いて、刀真が冷静に数えていると、その横に長身の影が立った。
「そう言うあなたも信用できそうですから、人間の数で言えば五人、私にとっては信用できる相手が出来た」
 刀真に声をかけたのは、東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)である。
 彼の傍らには、バルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)ドゥムカ・ウェムカ(どぅむか・うぇむか)の姿があった。
 精悍な顔つきの雄軒は、腕の袖をまくる。均整の取れ魅力的な形をした筋肉が、無駄なくついていた。
「厄介な事になったものです。……確かに祭りには興味がありますが、自分が『死人』に仲間入りしてしまっては、元も子もありませんからね」
 雄軒が言うと、バルトが頷いて見せた。
「その通りであろうな。信用できる相手が見つかったとしても、その端から死人の仲間入りで話にならん」
「かぁ! ドキ! 死人だらけの山場村。ポロリもあるよ! ――とか、嬉しくねェぜ。ダンナ好みのイイ人でもいるってんなら別だけどな」
 雄軒をダンナと呼ぶドゥムカが、揶揄するように言いながら、辺りを見回した。
「俺を信用してくれるというのは嬉しいが……、こうして皆の様子だけで生者か否か判断する事は、正直甘いんじゃないか」
 考え込むようにしながら、冷静に刀真が述べる。
 すると円と歩が、そろって視線を向けた。
「円ちゃん、確か、嘘感知――」
 歩が、オリヴィアへと視線を向けながら、円に声をかける。
「そうだね。オリヴィアなら、嘘感知が使えるから、死人か否か分かるかも知れない」
「嘘感知が効くかどうか、未だ分からないのよね?」
 小夜子が不安そうに言うと、円が小刻みに頷いた。
「だから、ひとまず死人じゃない事を証明する為に、ボクのアンプルをオリヴィアに打つよ」
 円がそう言って緑色の髪を揺らした時、刀真が首を振った。
「いいや。それでは――仮に円達が死人だった場合、偽物を打った可能性を否定できない」
「失礼しちゃうなぁ。ミネルバちゃん達は死人じゃないよ?」
 ミネルバが唇を尖らせる。それに頷きながら、刀真が頷いた。
「だとすれば、だ。皆が生きている事を証明する為に、円達がアンプルを無駄打ちする事になる。俺達の無罪を証明してくれるというのに、その為に貴重なアンプルを消費させるわけにはいかないだろう」
「じゃあ、どうするんだ?」
 千歳が言うと、月夜が息を飲んだ。
「それじゃあ、まさか――」
 パートナーの黒い瞳を見つめ返してから、刀真が静かに頷いた。
「俺のアンプルを使ってくれ。俺は、円達を信用している」
「良いの、ね?」
「何かあったら、私が責任を持って処罰しよう」
 雄軒はそう言うと、注射器にアンプルをセットした刀真と、腕を差し出したオリヴィアの真横に立った。
 小夜子がその光景を見守っている。
 オリヴィアの白い腕に、一度乾いた唇を舐めてから、決意した様子で刀真が注射器をあてがった。血の滲む小さな点ができ、そして緩慢に、アンプルの中身が注射されていく。
「なんともありませんか?」
 イルマが尋ねると、それまで硬い表情だったオリヴィアが、唇の端を持ち上げた。
 勿論アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)の言葉が嘘の可能性もあったから、これは多大なる決意の結果である。
「生者だ」
 バルトが言うと、大きくドゥムカが頷く。
「間違いねぇな」
「良かったです」
 エンデ・フォルモント(えんで・ふぉるもんと)が呟いた時、風が彼女の薄茶色の髪を攫った。
「これで、オリヴィアさんの嘘感知が効けば、此処にいる皆が死者ではないと証明できるわ」
 赤い瞳を揺らしながら、エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)が呟く。
「――少なくとも、ここに嘘をついている者はいない」
 スキルを発揮したオリヴィアがそう告げると、皆が安堵するように吐息した。
「尤も、此処にいる者は全員生者だからこそ――今後、死人相手に嘘感知が効くか否かは分からないが」
 彼女のその声に、一同は誰ともなく顔を見合わせる。
「じゃあ、ミネルバちゃんは護衛ー! 護衛やるー! みんなの事を守るよ」
 ミネルバがそう言うと、円が頷いた。
「まだ事態を把握できてないし、みんなで情報収集もしよう」
 その声に、刀真が首を縦に振る。
「それなら、修行で共に来たし、俺は涼司に聴いてみる。それを、円達にも伝えよう」
「私も一緒に行くわ」
 月夜が言うと、刀真は微笑して頷いた。
「私も」
 そこに歩が声を挟む。
「そう言う事なら、私はアクリトに質問に行くとしますか」
 雄軒が言うと、バルトとドゥムカもまた頷いた。
「じゃあ、弥美さんにはボクが」
 円が言うと、千歳がイルマを見た。
「私達は拠点を守ろうか。帰る場所が無くなっては、どうしようもないからな」
「そういうことなら、私はみんなの護衛をしますわ」
 二人のやりとりを聴いて、小夜子がそう声をかけた。彼女のパートナーであるエンデとエノンも同意するように頷く。
 こうして彼女達は、協力する事――互いに信用し合う事を確認したのだった。