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死いずる村(後編)

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死いずる村(後編)
死いずる村(後編) 死いずる村(後編)

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■3――二日目――18:00


 山場本家――。

「よく出来てるわね」
 山場弥美が何処か楽しそうな様子で言う。
 これが死人となった氷室 カイ(ひむろ・かい)の主人だった。
「もう一つ、協力して欲しいことがある。あなたを護るために必要なことだ」
 カイは言った。
「何かしら?」
 少女が楽しそうに小首を傾げる。
「死人たちに、ある噂を流させて欲しい」
「いいわよ」
 弥美は頷いて、それから、カイを見上げた。
「私の支配を受けているとはいえ、従順なのね」
「俺は誰かを護れれば、それでいいんだ」
「自分がそこに存在していてもいいのだと思えるから?」
「……そんなに分かりやすいか?」
「分かりやすいのは、いいことだわ。難しいのは駄目。
 でも、人に勘付かれるようでは、良い死人になれない」
「生者を狩るためには、か」
 零したカイの前で、弥美が微笑む。
「だから、私を護らせてあげる。
 私を護るために、あなたはきっと上手くやろうとするでしょう?」


(生者の数が少ない今、死人たちは俺たちが固まって行動すると予想しているはずだ)
 と、斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は考えていた。
 そして、その裏をつくため、ネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)と共に、彼は、あえて公民館の外に出て気配を潜めながら死人たちを探していた。
 固まっている生者たちを狙う死人の横ッ面を抑えるために。
 パタ、と瞬く古ぼけた街灯。
 星が夜空に綺麗に映えている。その分、村は暗かった。
「やれやれ……とんだ休日になったな。
 水も食料も良いとこは軒並みやられて、食事もままならない」
 銃を手にボヤいた邦彦を見やり、ネルが笑む。
「最後まで付き合うよ」
「まるで、死んでしまうような口ぶりだな」
 冗談めかして言ってやる。
 ネルが軽く目を瞬かせてから。
「そうか、まるで死亡フラグというやつだったな、あれでは」
 可笑しそうに笑って、彼女は続けた。
「生きて帰るよ、邦彦」
「ああ」
 邦彦は笑んで頷いた。
 と――。
 彼は、何か、人影が民家の方を走ったように感じた。
 ネルに目で合図して、そちらへ向かう。
 公民館のそばの、比較的新しい作りの家だ。
 門から入って庭の方へと進む。
 キュ、と小さく音がして、邦彦はそちらの方を見やった。
 窓ガラスだ。
 暗がりの中、月明かりに照らし出された邦彦たちを映し出している。
 そこへ、赤い線が、キュゥっと描かれていく。
“ダレモ――”
 それは文字だった。
 赤く描かれた文字。
“ダレモ、イキノコレナイ”
 そう読んだ瞬間、邦彦は叫んでいた。
「伏せろ!!」
 ゴゥ、と何処からか放たれたフェニックスによって、周囲は一気に明るさを持ち、庭木や家の焦げる匂いが充満した。
 地面を転がっていた邦彦はすぐに銃を構えながら、周囲を警戒した。
 と、気づく。
「邦彦!!」
 彼の頭上に現れたギロチンの刃に。
 ネルの声に弾かれるように、その場を離れようとした邦彦の右腕をギロチンの刃が奪う。
「ァぐッッ!」
 強烈な痛みに喘ぎながら、邦彦は気配を感じた方へと左手の銃を振って引き金を引いた。
 その跳弾によって弾けた光の中にギロチンを放ったアンリ・マユ(あんり・まゆ)の姿が浮かぶ。
 そこへ、ネルが駆け、刀を抜きざまにその首を切断した。
「邦彦っ、大丈夫!?」
 ゴロ、と転がった首を乱暴に掴みながら、ネルが振り返る。
 邦彦は呻くように言った。
「公民館だ……奴ら、襲撃を――」


 公民館の外。
「止まりなさい」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は公民館の中を伺おうとしていた少女に鋭く声をかけた。
 闇の中、少女が怯えたようにビクッと肩を震わせて、振り返る。
 ノクトビジョンを通して見えた少女は12、3歳に見えた。
 出で立ちからして、おそらく契約者だろう。
 少女は頭に二つで結んだ黒い髪を揺らし、怯えた瞳でルカルカを見ていた。
「リョウジサン、は……ここに?」
「ごめんなさい。先に確かめさせてもらうわ」
 ルカルカは躊躇なく手にしていた刃で少女の肩口を薙いだ。
「ヒッ――!?」
 斬られ、たたらを踏んだ少女が地面に尻持ちを付いて、その痛みに喘いだ。
 次の瞬間、ダリルの声と銃声が同時に響いた。
「伏せろ!」
 考えるより先に地面に身体を投げ出した傍をダリルの銃撃が描いた線と人影が過ぎ去っていく。
 人影は地面に蹲っていた少女を抱えて、建物の影へと潜り込んでいった。
「ルカ、無事か?」
「今のは、やっぱり死人だったみたいね」
 ルカルカは、人影に抱えられる前に少女の肩の傷が再生されていたのを思い出しながら呟いた。
 と――公民館の反対側の窓が激しく割られた音が響き渡った。
「今のは陽動!?」
「急ぐぞ!」


 パキン、とガラスの欠片を踏んで。
「よぉ、今夜はいい満月だな? 死人になるのにはいい夜じゃねぇか」
 ラルクが笑った。
 辺りにはラルクの放った痺れ粉が白く漂っていた。
「山葉校長を連れて逃げて!」
 那須 朱美(なす・あけみ)を纏った祥子の鋭い声に、火村 加夜(ひむら・かや)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が涼司を連れ立って部屋を飛び出していく。
 それを気配で確かめながら、祥子はラルクを見据えていた。
「私からのメールは意味がなかったかな?」
「しょうがねぇだろ。
 お前は死人じゃねぇから、分からねぇ事が多い。
 分からなけりゃ空振る事もあるさ」
「それって、死人へのお誘い?」
「知りたいことが沢山あるんだろ? 虎穴に入らずんばってヤツだぜ」
 ラルクの足先が音少なに床を擦って、その身体が迫る。
 朱美の真剣な声。
「祥子ッ、ガチでいくよ!」
「分かってる。私は託された義務を果たさなきゃいけない!」


 公民館の廊下を駆ける。
「これから死人たちは形振り構わずに涼司君を狙ってくるでしょうね」
 リカインの言葉に、加夜が表情を険しくする。
 ソルファイン・アンフィニス(そるふぁいん・あんふぃにす)が足を止めることなく辺りに注意を払いながら。
「彼らが得られるはずの食事の量には限りがあるから?」
「そう、彼らは食事をするたびに、生者という餌を減らし、死人という消費者を増やしてしまう。
 だから、山場弥美の言う『永遠』って、生気を得なくても死人が存在し続けられる、そんな環境のことを表しているんじゃないかと思うの。
 おそらく――死人の中にも同じように考えている者が居るはず。
 となれば、彼ら一人一人にとっても秘祭でヤマを顕現させることは、とても重要な意味を為すことになる」
 背後では、祥子たちとラルクのものと思われる激しい戦闘音が響いていた。
「だが――」
 涼司が苦く気持ちを噛むように言う。
「だからといって、皆が俺を護るために犠牲になるのは……」
「辛い、ですよね」
 加夜が言う。
「涼司くんの気持ちは、痛いくらい分かります。
 でも、涼司くんがここに呼ばれたのは死人の祭りを完成させるためじゃないと思うんです」
「加夜?」
「弥美さんの中には、涼司くんに死人を封印して欲しいっていう本当の弥美さんの意思もあったんじゃないかって」
「……叔母さんの本当の意思、か……」
 廊下を駆け抜けた先。
 加夜が公民館の裏手に出る扉を押し開ける。
「今、その思いに答えられるのは涼司くんだけなんです! だから、今は!!」
 そうして、彼らは公民館の外へ飛び出した。

 公民館、上空。
 貴宮 夏野(きみや・なつの)は機嫌良く鼻歌を歌いながら、小型飛空艇を駆っていた。
「いーいなぁ、いいなぁ〜、身体が再生するって楽しいなぁ〜」
 アクセル全開で夜の闇を滑っていく。
「『永遠』になったら、思う存分実験するんだぜ〜。だーかーらー、今はゴーゴーレッツゴー、どかーんだ、へへへへ」

 リカインたちが、“それ”に気付いた時には遅かった。
 上空から滑空してきた小型飛空艇が、公民館から出た涼司たち向かって突っ込んできたのだ。
「――って、そう簡単にさせないんだから」
 リカインが、咄嗟に【誓いの盾】を構えながら、小型飛空艇の行く手に立ち塞がる。
 夏野がケタケタと甲高く笑う。
「へへへへ、腕の二本や三本惜しくないって感じ? へへ、へへへへへ」
 リカインが防ぐよりも攻めるようにシールドで飛空艇の鼻先を弾き飛ばす。
 けたたましい音と衝撃を腕に感じながら、リカインは夏野が、ぬるんっと飛空艇から飛び出していたのを視界の端に捉えていた。
 加夜の声が鋭く。
「涼司くん、下がって!!」
「あはははのは〜〜」
 夏野が慣性の法則に従って虚空をすぽーんと飛びながら、何かを懐から取り出した。
 ソルファインが気づく。
「アンプル!?」
「あ、正解。ではだば、レッツ、ドロドロ〜」
 そして、夏野はアンプルを己自身の腕に打った。
 身体が崩れて消えて、赤いドロドロが涼司をかばった加夜へと降り注ぐ。
「加夜ッッ!!」
「――ひっ、ぃ……やぁッッ、入ってこな――りょう、じ、く……」
 赤いドロドロが凄まじいスピードで加夜の口、鼻、耳から彼女の中へと侵入し――
「……やってみるもんだね〜、だい・せい・こ〜」
 振り返った加夜は、片目を白く引っ繰り返らせながら無邪気に笑った。
「っ――ソル! 涼司君を!!」
 リカインの声に弾かれたようにソルファインが、呆然とする涼司の腕を取って走った。
「あ、待て〜、あれ? うまく、走れ? あれ? れれれ〜?」
 下手な人形使いに操られているようにカクカクと奇妙な動きを見せながら、加夜の身体が涼司を追おうとする。
「ごめん、加夜くん!」
 リカインは、加夜を突き飛ばして転倒させ、涼司たちの後を追った。


 暗闇の中を涼司とソルファインは駆けていた。
「――加夜が」
 涼司が感情の無い声を漏らしたのが聞こえ、ソルファインは胸がグゥと苦しくなった。
「山葉様……」
 彼の名を口にはしたが、続く言葉などあるはずも無かった。
(……誰もが理不尽に大切な人を失っていく。でも、それは――)
 先ほどリカインと交わした言葉を思い出しながら、ソルファインは自問自答を続けた。
(死人たちにとっても同じことかもしれません。彼等はただ、存在するために、大切な人を失いたくないがために、生者を襲う。彼等も僕たちもただ、消えたくないだけ)
 と――
 前方の茂みから、がさっと唐突に人影が現れ、二人は足を止めた。
「山葉ぁ……」
 人影が零した声は沈んでいた。
 涼司が、気付いたように問いかける。
「アキラか?」
 人影が近づき、月明かりの下へと姿を現す。
 それは、やはりアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)のようだった。
 顔を俯かせて、彼はゆっくりと近づいて来る。
「……ずっと、目が痛むんだ……ずっとさ」
「何処か、怪我を?」
 ソルファインはほぼ反射的にアキラに癒しの力を使っていた

 しかし。
「アキラ、お前……」
「山葉ぁ……俺……死人になっちゃったよ……」
 ぐぅ、とアキラが顔を上げる。その目は黒く濁り、赤黒い血がボタボタと流れていた。
「なあ、山葉なら死人を治す方法とか知ってるんだろ? じゃなくても、校長の、なんかスゲー力とか、なぁ!? そうだろ!? 山葉ぁ! スゲーから校長なんだろ!?」
 アキラが涼司へ掴み掛かろうとする。
 彼を止めようとしたソルファインは涼司に片手で制され、それを許した。
 アキラが涼司を掴み、全ての理不尽をぶつけるように激しく揺する。
「……なんで……なんで何も言わないんだよ……助けてくれって、言ったじゃんか……助けてくれるんじゃなかったのかよぉ!?」
(――僕は、彼らに振り上げる拳を持てず……救う手すら持ち得ない)
 ソルファインは酷い虚無感を抑えられないままアキラを見ていた。
 もしかしたら、癒しの力なら彼らを救えるかもしれない、と何処かで考えていた。
 だが、そんなものは彼らにとって何の意味も持たないのだと、彼は知った。
「……嫌だよ……俺、まだ死にたくないよぉ……山葉、助けてくれよぉ……なぁ……山葉ぁ……」
 アキラが山葉の胸に頭を擦りつけるように嘆く。
「……すまない。俺は……俺は、結局、誰も――」
「いやぁ……山葉のいい所なんだけどさー」
 と、アキラが言った。
「優しすぎるのも考えものだよね」
 トツ――と涼司の身体が揺れる。
 わずかに身体を折りながら石化していく涼司の身体。
 そこからゆっくりと離れるアキラの懐から覗いていたのは、30センチに満たないアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)の姿。
 アリスの小さな手が持っていたのは、涼司を石と化した刃。
 一拍の間があったのかは分からない。
 だが、ソルファインがその全てを認識し終えた瞬間、唐突に、死人アキラは暗い眼玉に照った鈍い光を虚空に滑らせてソルファインへ迫った。
 声を上げる間も無かった。
(――リカインさん、義仲様、申し訳ありません)
 ソルファインはアキラに首元を喰らいつかれながら、懐の奈落彼岸花を手に取った。
 ゴキン、とアキラの顎に噛み砕かれた骨。
 支えが不安定になって、カクリと自身の頭部が傾き、視界が夜空を仰ぐ。
 襲い来る痛みと脱力感。
 ゴプッと口元に泡立つ血。
 重くなる腕に命じて、ソルファインは血の溢れる口の中へとその毒花を押し込んだ。

「死人になる前に死んだみたいだネ」
 アリスがアキラの懐からソルファインを見やりながら言う。
「急がないと、他の連中が来る」
 石化した涼司を抱え、アキラはスナジゴクに掘らせておいたトンネルへと向かった。
 斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)たちの足音が、すぐそこまで迫っていた。


「ったく、さすがにお前らを纏めて一人でってのはキツいぜ」
 吹っ飛んだ腕を再生しながら、ラルクが鷹揚に笑う。
「やっぱり、不死身ってのは厄介ね」
 祥子が吐き捨てるように言う。
「その上、アンプルへの対処もバッチリなんて、正直反則よ」
 ルカルカは渋面で言った。
 ラルクの皮膚は龍鱗化しており、アンプルを容易に刺すことが出来ない。
 その上、他の部位を捨てながら戦える分、首元のガードも固い。
 とはいえ、祥子やルカルカたちを同時に相手にするのは、やはりキツいらしく、こちら側にまだ死人被害は出ていなかった。
「――まあ、ここまでして一人も死人にできねぇってのは格好悪ぃが、時間稼ぎにはなったか」
 ラルクが言って、身を翻す。
「……ッ」
 ルカルカは彼の言った言葉の意味を理解して、歯噛みした。
(――時間稼ぎだったのはわかってた。
 でも、死人として不死を手に入れたラルクは私たちが対処するしか無かった……)
 だから、これはお互いに賭けだったのだ。
 そして――おそらく、こちらはその賭けに負けた。
 ラルクが公民館の外へと飛んで、月明かりの下を潜りながら闇の中へ消えていく。
 秋の夜風が割れた窓から吹き込み、破れたカーテンを揺らしていた。