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死いずる村(後編)

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死いずる村(後編)
死いずる村(後編) 死いずる村(後編)

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■□■第四章――二日目――午後

■0――一日目――15:00


 まだ崩壊の爪あとが生々しく残る山場神社の一角。
 布を深く被ったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は手を合わせて黙祷していた。
 その前に置かれた、奈落彼岸花と日本酒。


「腹が減ったな……」
 白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)が、ずるずると“それ”を引きずりながら呟く。
 そういえば、と松岡 徹雄(まつおか・てつお)は思った。
(しばらく何も食べてないねぇ……)
 閻羅穴へと向かう山道の途中で、振り返って空を見やり、大体の時間を把握する。
 木々の向こうに、彼らが一晩を明かした寺の屋根があった。
「あの破戒僧、とうとう帰ってきやしなかったな」
 竜造が徹雄の思考を読むかのように言う。
「……やっぱり、死人に――」
 そう呟いたのはアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)だった。
 彼女は竜造と徹雄の後ろをトボトボと付いて来ていた。
 竜造が、ハッと軽く吐き捨てて。
「こっちにゃ襲撃も無かったってのにな」
 彼は、つまらなそうだった。
 そもそも、こうして出歩いているのも、彼が退屈を紛らわせるためだった。
 収穫はあったが。
 あの公民館に張られていた紙だ。
 全てを信用する気にはなれなかったが、少なくとも『真実』が含まれていることは既に証明されていた。
「行くか」
 竜造が独り零して、閻羅穴へ向かって歩き出す。
 彼は、その片手で、首の無い死人の身体を引きずっていた。
 そして、徹雄の手には、だらん、と口を開いた男の首を下げてられていた。
 先刻、竜造たちを襲った死人だ。
 昼間だというのに、空腹を抑えきれなかったのだろう。
 彼はあっさりと竜造に首を叩っ斬られた。
 竜造は手応えの無さに文句を垂れていたが、ともかく――死人の動きは止まった。
 その点については、あの掲示板の内容は確かに真実を語っていたのだ。
「あの……」
 アユナが竜造と徹雄の後に続きながら、零すように言う。
「ンだよ?」
 アユナの方を見もせず、竜造がぞんざいに返す。
 だからといって、アユナは、さして様子を変えることは無かった。
 相変わらず、酷い臆病さを根本においた辿々しい調子で続けた。
「……本当に、穴へ?」
「てめぇが言ったんだろうが。試すんだよ」
「でも……」
「“可哀想”か?」
「……いえ」
「だよなァ。てめえは、ンなたまじゃねぇ」
 竜造は、そう言って、それで終いだというように後は何も言わず、ただ閻羅穴へと歩んでいく。
 アユナも何か言葉を飲み込んだまま、後ろを付いてくる。
 アクリトが閻羅穴へ人を投げ込んでいるのを見たと言ったのは、アユナだった。
 昨日の晩の話だ。
(アクリトが正常であったとして。
 更に、彼がこの村に起きている何かを調べ、幾つかの答えにたどり着いていたのだとしたら……)
 彼が穴へ放り込んでいたのは、死人だったと考えることが出来る。
 そして、彼が何のために死人を穴へ放り込んでいたのか。
 彼らはそれを確かめようとしていた。


 憎らしいほどの快晴だ。
「ああ……」
 夜薙 綾香(やなぎ・あやか)は笑った。
 ぐったりとした身体は思うように動かせない。
 地に落ちた建物や木々の影を渡るように、彼女たちは移動していた。
 死人である彼女たちにとって、日光は柔らかな恵みではなく、『昼』は活動に適した時間では無かった。
 今、生者に見つかり、死人だと判明すれば危険だろう。
 ふと、改めてそんな事を考え、綾香は細い指先で己の首元を触れた。
 ――それでも。
 いや、だからこそ、彼女は昼に動くことを選んだ。
「時間は限られているのだ」
 一人零してから、綾香は振り返り、共に居た三人の死人に「行け」と命じた。

 そうして。
「お腹が空くのは辛いよね」
 トポトポと、ヴェルセ・ディアスポラ(う゛ぇるせ・でぃあすぽら)は灯油を撒きながら呟いていた。
 『トウユウ』という名のホームセンターだ。
 トポトポと灯油を零して回って、店の正面へと戻ってくる。
「お腹が空くのは辛い――辛くて、とても怖いよね」
 ヴェルセは、カチッ、とライターを鳴らした。


「なるほど」
 竜造は、深い深い穴の淵に立って下方の闇を見下ろして、片口で笑んだ。
「使えそうじゃねぇか」
「……声すら、届かないんですね」
 アユナは徹雄の腰元の服を掴みながら、穴を覗いていた。
 そちらの方を一瞥して、竜造は踵を返した。
 穴に放り込んだ死人は這い上がってこれない。
 雑魚を放り込むにはちょうど良い虫取り籠だった。


 とある農家の納屋――。

 斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は、年季の入った農家の作業小屋の中に居た。
 ここには、肥料の臭いと土の匂いの入り混じった、何処か懐かしい空気が閉じ込められている。
 薄く息をついて。
「日本人だな、俺も」
「この状況で呑気な感想だな」
 端に置かれたプラ箱に腰掛けていたネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)の戯れたような声に、笑みを傾けてやる。
「ずっと気を張り続けられるほど、人間はよく出来ちゃいないからな。
 それに、昼は死人の動きが極端に鈍くなる。油断する気は無いが……」
 と――併設されている納屋から、ボンッ、という小さな爆発音が聞こえて、邦彦とネルは顔を合わせた。
 二人揃って小屋を出て納屋へと飛び込む。
 納屋の中、飛び込んできた二人の方へ振り返る六興 咲苗の顔は煤けていた。
「……驚かせちゃいました?」
 昨晩、閻羅穴を確かめた後、『農家にある様々な物を用いて、ある種の火薬を作り出す』と言い出したのは咲苗だった。
 祖父に銃の扱いを習う傍ら、咲苗は、そんな物騒な知識を得ていたのだ。
 ネルが咲苗の顔をハンカチで拭ってやるのを見ながら、邦彦は嘆息した。
「この環境なら、もう少しマシな手習いがあったと思うがな」
「――マタギの祖父から銃を習って、火薬の製造に興味を持つ。
 それって……自然な流れだと思います」
 ネルに頬を拭われながら、咲苗が言う。
 邦彦は、指先で頬を掻いてから。
「塩梅は?」
「少量で試してみたんですが、ちゃんと爆発してくれました。
 実際に作ったのは初めてだったから不安でしたけど……上手くいきそうです」
「そうか。それは良かっ――」
 言いかけて、邦彦は口を噤んだ。
 怪訝に見やってきた咲苗とネルの方を見やって、己の頭をトンと指先で叩いてみせる。
 尚も、怪訝な顔を続ける咲苗にネルが「仲間からのテレパシーよ」と告げる。
 邦彦には、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)からのテレパシーの声が届いていた。
 しばしの後、ダリルとの交信を終え、邦彦は咲苗を見据え言った。
「急いでくれ。公民館に集まることになった。
 日暮れ前に辿り着いておきたい。……意味は分かるな?」
 咲苗がコクリと頷いて作業台の方へと向き直る。

(……そうだよね)
 咲苗は、邦彦の言葉に何かしら改めて自覚していた。
(これは、狩りなんだ……いつもと違うのは、僕は獲物で、狩られる側だということだけ)
 火薬の匂いが鼻の奥に染み付いているのを感じながら、薄く喉を鳴らす。
(だからそう、夜が来る前に隠れて息を潜めなくちゃいけない)
 夜は、もう、人間に許された世界では無いのだ。
 ふと――手を止める。
(お祖父ちゃん)


 山場医院――。

「ようやく、全員に確認が取れた」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が言う。
 彼はテレパシーを用いて、知人たちと連絡を取り合っていた。
 連絡を取る中で、違和感の無い返事を返す者には、一度、公民館で合流しようと呼びかけていた。
「やはり、全員が集まりやすいのは公民館だな。
 しかし、円たちは変電所に居る。
 今から公民館に向かってもらうのは危険だ。
 死人による妨害があった場合、日暮れまでに全員が到達できない可能性があるからな。
 集合は明日の朝にした方が良いだろう。
 祥子たちは――」
 と、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はダリルの言葉を遮って、静かに問いかけた。
「ねぇ……ダリル」
 ダリルがルカルカを見やる。
 彼の目は、彼女が何を自分に訪ねたいのか分かっているようだった。
 それでも、多分、彼は己から問いかけないと、それを教えてはくれないだろう。
 そして、“それ”は、例え、答えが分かっていたとしても、確かめておかなければいけないことだった。
「……真一郎さんは……」
「彼とも交信してみたが――他の、おそらく死人になってしまった皆と同じだ」
 ダリルが首を振る。
 ルカルカは、「そう」、と漏らし。
「ごめんなさい。ダリル、状況の続きを」
「…………ああ。
 祥子たちは今、民宿ハナイカダに居る。
 彼女たちと邦彦たちとは、先に公民館での合流しておいた方が良いだろう」
「分かったわ。そうと決まれば、すぐに向かいましょう」
 ルカルカは振り返り、山葉 涼司(やまは・りょうじ)と、山場家別宅から移動してきていた火村 加夜(ひむら・かや)リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)たちに言った。


 民宿・ハナイカダ――。

 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は自身の携帯でメールを打っていた。
『弥美様からの命令の変更と追加』
 祥子の指先の動きに合わせて、画面の中に文字が並んでいく。
『死人は生者の生気を喰らっても飢えと渇きが満たされるだけだが、死人を喰らうことで、力を得ることが出来る。
 死人を喰らい、より強力な死人となれ』
 それから、祥子は少しばかり考える間を置いてから。
『追記:強くならなければルカルカの守りは突破できない』
 打ち終えて、素早く何度か文面を確認し、祥子は送信を押した。
「うまく行けばいいんだけど」
 零して、祥子はイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)たちの方を見やった。
「お待たせ。私たちも公民館に向かいましょう」


 住人を失って久しい空き家の奥。
 ボロボロに穴の空いた障子から漏れる光の先の闇の中に、軽快な着信メロディーが流れていた。
 それが、ぷつりと切れる。
「――フッ」
 ラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)は、薄闇の中、ボロボロに掠れた畳の上で笑った。
 胡坐をかいた格好で覗き込んだ携帯電話の画面の明かりに目を細めながら携帯を閉じる。
「あいつは、まだ死人じゃねぇみてぇだな」
 クツクツと笑って、ラルクは瞑想するように姿勢を正し、目を閉じた。
「祥子。お前は死人の『呪縛』ってのを甘くみてる。
 いや、多分、お前だけじゃねぇだろうけどな……」
 手を組み、スゥと意気を沈める。
 そして、彼は「まあ、それはどうでもいいとして」と呟いた。
「どっちが生き残ることが出来るか――少しばか楽しみだぜ、俺は」


 公民館前――。

 ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は、そこに貼り出されていた情報を声に出して読み上げていた。
 公民館の入口に設けられた小さな階段には、ダルそうに座り込んでいる高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が居る。
 傾いた日差しと暑くも冷たくも無い風があった。
 空は青く、雲は白い。
 疎らに虫が鳴いている。
「……何してんだ?」
 悠司が半眼でラムズを見やりながら問いかけてくる。
 彼の事は知っていた。昨日残された記録に彼の事もあったのだ。
 だから、ラムスは悠司と出会った時に、違和感の無い再会を演じることができた。
 ラムズは情報の読み上げを止め、悠司の方を見やった。
「記録ですよ」
「記録?」
「この状況を後世に残したいものですから、こうしておかないと」
「そんなもん、事件が解決してからでもいいんじゃねぇか?」
「今じゃないと。なぜなら、明日にはもう――」
「死んでるかもしれない?」
 悠司が片方の眉を上げながら問いかける。
 ラムズは笑みやった。
「いえ、きっと忘れているので」
 と、そこへ少女の声が聞こえた。
「――やれ、ようやく見つけたぞ」
 ラムズと悠司が振り返った先。
 その道の真ん中には少女が立っていた。
 昼日の下に堂々と立っているということは死人ではないだろう。
 少女が眉を顰めながら、周囲へ視線を向け。
「まったく、山に待機しておけと言われておったから動きはせんなんだが、昨晩は随分と騒がしかったのぅ」
 ラムズは首を傾げた。
「すみません、どなたでしょうか?」
 ラムズの言葉に、少女は彼を見やって一刻むぅっと顔を顰めたが、すぐに嘆息しながら顔を振り、諦めたような表情を向けた。
「……そうじゃったな。主は」
 少女がすたすたと近づいてきて、小さな手で握手を求めてくる。
「『初めまして』。我は主のパートナー、シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)じゃよ」


 やがて、公民館には、涼司たちや祥子たち、邦彦らが集まった。