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リアクション
第8章 時の流れ
「来てくださったんですね」
空京の外れにある、小さなアパートで早河 綾(はやかわ あや)がとても嬉しそうに笑みを浮かべる。
「兄は仕事でいなくて、クリスマスなのに寂しいなって思っていたんです……。だから、とっても嬉しいです」
綾は来客――メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)を、部屋へと招き入れた。
「飾り付け、大変でしたよねぇ〜?」
部屋の中の、テーブルや椅子が飾り付けられている。
綾は車椅子で生活している為、大きなツリーや上の方の壁、窓に飾り付けは無理だけれど。
テーブルの上には、可愛らしい食器に、ミニツリー。
そして、明るい色の花が沢山飾られていた。
「いえ、時間は沢山ありますから。どうぞ、こちらに」
促されて、メイベルは外が見える椅子に腰かけた。
手伝う必要もなく、綾はキッチンから危なげなく料理を運んできて、テーブルに並べていく。
「お土産ですぅ。セシリアの手作りのシュトーレンです〜」
シュトーレンはドイツの菓子パンだ。
「少しずつ食べてクリスマスを迎えるというお菓子なんですが、日持ちするのでという理由で作ってもらったんですぅ」
ケーキは日持ちしないから。今だけではなく、綾が後日に兄や友人とも楽しめるようにと思って。
「ありがとうございます! 私もお菓子作りました。食べてください。お土産も用意してあるんですよ」
部屋の隅に紙袋が置かれている。
どうやらメイベルとパートナー達へのお土産のようだ。
「では、いただきますぅ」
おしぼりで手を拭いて、メイベルはクリスマス料理を戴くことにする。
綾が切り分けてくれた、チキンと。ケーキをメインとし。
ノンアルコールの、シャンパンと、真っ白なポテトサラダ。
苺のムースに、鶏のから揚げ。
全て、綾の手作りだということだ。
「家事は綾さんがやっているんですかぁ」
「はい、料理の腕、上がったと思います。身体、不自由ですけれど、インターネットでお菓子の販売くらい、出来るんじゃないかなと今は思っています」
そう簡単には売れないだろうけれど。
働いて、少しでも稼げるようになりたいと、綾は言う。
「研究が必要でしょうけれどぉ、頑張ればきっと売れるようになりますぅ」
綾さんなら大丈夫とメイベルは言う。綾は淡い笑みを浮かべて、頷いた。
「メイベルさん達は、どのように過ごされていますか? 百合園に何か変化はありましたか?」
「百合園には、専攻科が設けられるみたいですよぉ〜。あとは、生徒会役員が変わったんですぅ」
最後に綾に会ったのは今年のバレンタイン。
その後に起こったこと。変わったこと。
パートナー達のこと。
他愛もない日常の話も。メイベルは綾に話して聞かせる。
綾はとても興味深そうに、メイベルの話を聞いていた。
……彼女は、元気、だった。
以前会った時よりもずっと。
ああ、時は流れているんだなぁと、メイベルは思う。
内職の仕事でも、ほんの少しだけ収入を得ることが出来るようになったそうで。
自分の生活費を稼ぎ、残りを寄付することが、そうして生きていくことが、今の彼女の夢、だそうだ。
メイベルもまた、彼女の話をしっかりと聞いて、頷いて、励まして、微笑み合った。
数時間後。お腹も心もいっぱいになった頃。
兄のルフラ・フルシトスは今晩は遅くなるということで。
お土産だけ残して、メイベルはパートナー達の元に帰ることになった。
「お土産は、食べ物ではないんです」
綾がメイベルに渡した紙袋の中には、布製のコースターと、ドライフラワーが入っていた。
共に、綾が作ったものだという。
袋の中にはメイベルとパートナー達の分が入っていた。
「よかったら、使ってください」
「ありがとうございますぅ〜。皆もとっても喜ぶと思います〜」
メイベルは笑顔で受け取った。
「あの……ありがとう、ございます」
最後に綾はほんの少しだけ、笑顔を消した。
でもすぐに、微笑みを浮かべ直して、礼をする。
「よかったら、また来てください。ちゃんと……生きてますから」
「はい。また、会いにきますぅ。今日は楽しかったです〜」
メイベルもぺこりと頭をさげて。
また会えることを楽しみにしている。その気持ちを笑みに込めて。
歩いては振り返り、振り返っては手を大きく振って。
今日は、お別れした。
「……互いに、時に少し……癒されましたねぇ」
ぽつんとメイベルの口から言葉が零れた。
それから、紙袋を大事に抱えて、大切なパートナー達の元へと戻っていく。
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